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2007-12-18

[]涼宮ハルヒの憂鬱、アニメ版の展開


「涼宮ハルヒの憂鬱」新アニメが公式サイトで告知された :にゅーあきばどっとこむ


ホームページ上でも作品に乗っ取った展開が見られるので有名な「涼宮ハルヒの憂鬱」のオフィシャルサイトがまた新しくなったようで。

f:id:hejihogu:20071218220615j:image

HARUHI - Not Found

表示される5つの入力欄に「k n s a k」と入力し、その後のメッセージにEnterで答え続けると新アニメの告知をみることができます。


f:id:hejihogu:20071218221241j:image

告知ページでは、「『涼宮ハルヒの憂鬱』二期、中止。もとい、『涼宮ハルヒの憂鬱』新アニメーション化、決定!」との告知と、作品クレジットが記載されている。クレジットには「(C)2007,2008,2009谷川流いとうのいぢ/SOS団」とある。2009年が入っているということは、その時期にかけてテレビ放映されるということなのかもしれない。

「涼宮ハルヒの憂鬱」新アニメが公式サイトで告知された :にゅーあきばどっとこむ

これを見ると、新シリーズの放映は2008年〜2009年にかかる時期なんですかね? ちょうど来年の今頃やってるのかな?

[]消費されるエントリの裏でじわじわと記憶に残るブログ


あからさまなものですな - てきとうチャ日記」を読んで。

ブログの記事は消耗品だ。いやほとんどの情報は消耗品なのだけれどネットのニュースのほうがその傾向が顕著だ。その日のネットサーファー達に「面白い」「ためになる」「笑える」「興味深い」とニュースサイトなどで貼られその日得た情報として毎日毎日貼られては消え貼られては消えていく。消えてるというよりも流されているという表現の方が正しいのか。

あからさまなものですな - てきとうチャ日記

確かにブログの記事がまるで消耗品のように消費されていくのを、ブログを書きつつ実感しています。普通の記事で数日、大きくヒットした記事でも数週間くらいの山で読み流されていきます。


でも、そんな裏で検索エンジン経由でほそぼそ読まれる過去記事や、じわじわと増えていく購読者数(各RSSリーダーの登録数を見てると分かる)を見てると、消費されつつも、じわじわとこのブログが認識されていってるんだなぁ、という実感も沸きます。


長く書き続けてると「ちりも積もれば山となる」的に結構多くの人の目に止まってくれるようになるもんだなぁ、と、ふと後ろを振り返ってみて思ったり。

[]崩れ行く情報流通の常識


【正論】「ネット」と新聞 東京大学教授・坂村健 新聞界の常識が崩れ去った - MSN産経ニュース」を読んで。

この問題を語ろうとするとき気をつけなければならないのは、この主題が1つの主題ではなくなってしまった、ということだ。それを無視しあくまで一体として情緒的議論をすれば、混乱するだけで建設的な議論にはならない。

 「新聞の未来」はいま、新聞「記者」の未来、新聞「社」の未来、新聞「レイアウト」の未来、新聞「広告」の未来、新聞「紙」の未来、新聞「販売店」の未来、新聞「折り込みチラシ」の未来−−ざっと考えてもこれだけの未来に分裂してしまった。

【正論】「ネット」と新聞 東京大学教授・坂村健 新聞界の常識が崩れ去った - MSN産経ニュース

いままでは何らかの形を取らないと流通させられなかった情報が、ネットが普及したおかげで簡単にほとんどコストをかけずに流通させられるようになって、情報を取り扱うさまざまな分野で今までの常識が通用しなくなってきています。

今までの常識が通用しなくなって、当然これからの未来がどうなるかは考えていかなくてはならないんですが、今までの常識に囚われ続ける人々も多く、あちこちで大きな衝突が生まれています。


新聞、雑誌など、情報が流通しやすい形の分野ほど過去の常識の崩れ方は早く、大きな変化が生まれそうですが、音楽、映像など権利者とユーザーが大きく反発しあっている分野もあって、正に大きな変化の過渡期なんだな、と感じる時期にさしかかっています。


その「自由」を、どう生かし「未来」をデザインするか。それを決めるのは、技術ではなくあくまでも社会だ。おそらく、その制度設計の最大課題となるのは著作権という社会制度の再設計だろう。

 そのとき、社会系の学問の門外漢として私が危惧(きぐ)するのは日本の技術力ではない。「枠のない自由」に挑戦して新しい社会を再構築することに、安定志向のわれわれ日本人は不得意ではないかということだ。

 情報通信技術がらみの分野で日本が世界でイニシアチブを取れない歯がゆさは前から感じていることだ。「新聞」のような伝統的な社会要素すら解体されつつある今、すべての社会分野の再構築で日本が取り残される−−そんなことにならないでほしい。未来を決めるのは技術力ではない。それは社会を変える勇気なのである。

【正論】「ネット」と新聞 東京大学教授・坂村健 新聞界の常識が崩れ去った - MSN産経ニュース

著作権について、日々いろんな議論が繰り広げられ、時代に沿った形に変えていこうという動きもありますが、最近の流れを見ているとユーザーそっちのけで話が進んでいて、失望させられることしきりです。


今日も、私的録音録画小委員会に関するニュースが出ていましたが、約7500件も集まったパブリックコメントはほぼスルーする形で「ダウンロード違法化」の流れがほぼ確定になってしまいました。

著作権とは何なのか、何を守るための権利なのか。


権利者は「クリエイターの権利を守るためだ!」と主張しますが、ユーザー側から見ていると、「既存の流通の形を守るため」にしか見えません。遅々として進まないネット利用、一部の悪意あるユーザーの行動をまともなユーザーにかぶせるユーザー軽視な体質(CCCDなど)。

ユーザー側も「インターネットではなんでもただで入手できる」と技術を悪用する方向でばかり褒め称える人たちが居て、コンテンツに対して対価を払うという基本ルールが守られないことも多い。



技術はもう十分発達した今、次に考えるべきは、どうしたら権利者側とユーザー側が譲り合える部分に歩み寄れるかを考えること。新しい情報流通手段ができてしまった今、いつまでも過去の常識を守り続けるのは不可能で、こうしている今もどんどんと状況は変化しています。

現実的な落としどころがどこになるかは、どんどんウェブ上で発言して考えていくべき問題なのだと思う。

[]うぬぼれてなくても検索したくなる自分の名前


TechCrunch Japanese アーカイブ » Googleで「うぬぼれ検索」しているのは、あなただけではない」を読んで。


「うぬぼれ検索」って何?って最初思ったのですが、エゴサーチのことでした。エゴサーチってのは、自分の名前やハンドルをネット上で検索することで、自分に関することがどれだけ出てくるかを調べることを言います。


例えば、私のハンドル「hejihogu」をGoogleで検索してみると、こんな感じ。

f:id:hejihogu:20071218205704j:image

hejihogu - Google 検索

数年前だと、私以外のhejihoguさんもちらほら見かけたのですが、ここ2〜3年で上位はほぼ全て私自身に絡んだ情報しか出なくなりました。あちこちのWebサービスでこのハンドルを使い続けているので、すっかり「hejihogu = 私」という情報がウェブ上に蓄積されたことになります。

検索で確認すると、自分がいろんなWebサービスを使ってるんだなぁってのが実感できます。



ウェブ上にあまり何かを書き込むことが無い人でも、本名でエゴサーチしてみると意外と自分の情報が出てきたりします。ありふれた名前や、同じ名前に有名人がいるときは埋もれてしまいますが、変わった名前だったり、ウェブに情報が載るくらい著名な活動をしていたりすると、これまたさっきの例と同じく自分の情報が上位にびっしり表示されたりします。



本名の方はあまりウェブに情報が残るような活動をしてませんが、ハンドルの方はなんだかんだで10年以上使い続けてるハンドルなので、検索したときのヒット数が軽く数桁違ってました。

[]出力を楽しむブログ


頭の中にあることを瞬間的に出せる訓練をしないとコンセプトもへったくれもない:DESIGN IT! w/LOVE」を読んで。


ブログを書いてることも、頭の中にあることを瞬間的に出すための訓練なのかな、と思うことがよくあります。


本を読んだり、テレビを見たり、何かを体験したり、ウェブを見たり。いろんな入力がありますが、入力して終わりだと、結構あっという間にそれは記憶の奥底へと沈んでしまいます。これを、例えばブログに書くみたいな形で出力すると、出力するためにいろいろと頭を使うことで記憶はしっかりと焼き付けられますし、あいまいだった知識や経験を支えるような情報を自ら調べたり、ブログへのフィードバックで得たりすることもできます。


ブログへの出力って結構スピード感が大事かな、と思ってるところがあって、頭の中で何か書けそうなインスピレーションが浮かんできたら、そのまま勢いで書いてしまいます。人によっては、じっくり考えを寝かせたり、考察を加えたりしてしっかりした記事を書く人もいるでしょうが、私の場合はほとんど勢いで記事を更新してます。だから記事のストックとかはほとんどなし。



思いつきでパッと書いてすぐに更新できるってのが、ブログのいいところのひとつだと思っています。間違ったこと書いても、別にそれが決定稿な訳じゃないから、間違いに気づいたらそれを後から訂正すればいいし、あえて不完全な形でエントリを起こすことで、周りの反応も得やすかったりします。

あまり長々とブログで書く文章を見直してると、つっこまれないようにひたすらくどい説明になったり、とがった表現を書き直して刺激のない文章になってしまったりと、読んでてつまらない文章になりがち。



自分の頭の中だけで考えていてあっという間に記憶の奥底へ沈めてしまうよりは、ブログに出力することで多くのフィードバックをもらうことの方がずっと楽しいということに気づいてしまったので、こうやって日々ブログを書き続けていたりします。

[]備えあれば憂いなしのバックアップ


ノートパソコンが故障…それでも損害ゼロで復帰できた方法 | Lifehacking.jp」を読んで。


PCを使っていて怖いのが、HDDの故障によるデータ消失。他の部分の故障なら、なんとかデータを取り出す手段はありますが、データを保存する肝心のHDD自体が故障してしまったらどうしようもありません。

上記の記事でも触れられていますが、いざってときに重要なのはバックアップ、つまりデータの多重化ですね。


外付けHDDなどにデータを定期的にバックアップするとか、ネットワーク上でデータを保存するとか。手持ちの画像をウェブ上の画像共有サイトにアップするのや、ブログを書くのも、一種のバックアップかもしれません。自分の使用しているマシンの中、外付けHDDの中、ウェブ上など、別々の場所にデータを保存しておけば、いざってときのダメージが少なくてすみます。

最近は、ウェブ上にデータを置くのも結構簡単になりましたし、USBメモリなども大容量化、低価格化して、普段の作業用データくらいなら簡単にカバーできるようになったので、こまめにバックアップする癖をつけるといざってときに泣かないで済みそう。容量数GBで数千円なんて、ちょっと前じゃ考えられなかった値段です。



バックアップに関しては、二度と入手できないデータが最重要ですね。自分で作ったデータがそうです。ウェブ上で簡単に再入手できるようなデータはバックアップする意味はほとんどありません。

定期的に光学メディアなどでデータをバックアップしてる人もいると思うのですが、数年というスパンで見ると、アクセス手段がなくなってしまう場合があるので、なるべくいつまでも読み込み可能なメディアに移動させるのも大事。昔使っていて、今現在ではアクセス手段が無くなってしまったバックアップ媒体はいくつもあります。

ドライブがあっても、それを接続できるマシンがない、なんてのも結構ありがちなので、マシンを代替するときは特に要注意。