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2008-09-05
■[記事広告]「ブログタイムズ」は記事広告の分野を革命できるか?
(この記事は「ブログタイムズ」による記事広告です)
「ブログタイムズ」はブログで広告主の商品・サービスの記事を書き、それに対して1,000〜10,000円の掲載料が発生する記事広告サービスです。
普段、巡回しているブログのいくつかでこの「ブログタイムズ」に関する記事広告が出ているので気づき「ブログタイムズ」のサイトを見てみると、今までのこの手のサービスよりずっとブロガー側に近づいているものだったので、試しに登録してみました。(登録申し込み後、審査あり)
この記事は、「ブログタイムズ」自身による記事広告の案件で、掲載料として10,000円という契約になっています。(通常は個別案件の掲載料は非開示とのこと)
ブログタイムズの特徴
「ブログタイムズ」の特徴は
- 「会員登録できるブログの条件が緩いこと」
- 「記事掲載料が1記事あたり1,000〜10,000円と高価なこと」
- 「ブロガーは参加したい案件を選択する、スポンサーは記事広告を書いて欲しいブログを承認すると言う互いの選択の後で記事広告作成がなされること」
という点。
「会員登録できるブログの条件が緩い」というのは、目安として挙げられている「1日300PV以上のブログ」というもので、頻繁に更新されていて、それなりに読める文章を書いているブログなら達成できそうな数字。
これは、より幅広く数多くのブログを対象とすることで、よりブログと記事広告がマッチした形を生み出すことを狙ってる条件であろうと思われます。
「記事掲載料が1記事あたり1,000〜10,000円と高価なこと」というのは、今までの1記事書いても数百円程度という、物を書いて対価をもらうという作業としては他のメディアのそれと比べ格段に安くモチベーションが上がらない価格と比べ、記事広告を書くことへの意欲を高めてくれる価格となっています。
最後のブロガーとスポンサー企業が互いに選択・承認しあう、というのは、掲載してもらいたい記事広告のジャンルを問わずにむやみやたらと多くのブログに記事広告を出す場合に比べ、スポンサー企業側がこのブログに書いてもらいたいというブログを承認できるので、より高い効果が望めますし、ブロガー側も自分のブログと合う記事広告、取り上げてみたい案件を選択できるので、互いに良い部分を持っています。
ブログから収益を上げる手段としては、商品を紹介するアフィリエイト、Google AdSenseなどのテキストマッチ広告配信サービス、今回のブログタイムズのような記事広告サービスなどいろいろありますが、アフィリエイトや広告配信サービスでは収益を上げるのにはかなりのアクセス数を確保しないと難しいもの。
その点、記事広告サービスでは、そのしくみがうまく回り、記事広告依頼が多くのスポンサー企業から来るようになれば、いくつかの条件を満たす記事を書く必要はあるものの、他の方法と比べて比較的簡単に収益を上げることが可能です。
自分が書いているブログで収益を上げてみたい、と考えているブロガーなら、この「ブログタイムズ」を登録して使ってみる価値は十分にあるでしょう。
ブロガー側の記事広告に対する意識
いままで、ブログにおける記事広告というのは、記事広告であるということを全く隠した状態での運営、記事広告で報酬が発生しているということを明かさない状態での実施というパターンで、読者側にはいろいろと秘密裏の中実行されていたというものが多く存在していました。
読者はブロガーの書く本音を読みにそのブログにやってきてるのに、それは単なる宣伝だった、裏で報酬が発生していた、というのは、読者側からしてみるとブロガーの裏切りとも取れる行為で、過去にそれが原因でいくつもの騒動が起こってきました。
これらのことから、ブロガーにとって記事広告を掲載するというのは、自分のブログを読みに来てくれる読者に裏切り行為だと思われてしまうという危険性を持った行為であるという認識が広まっています。
以前の記事広告の何がいけなかったかというのは、「広告であること」というのをひたすら読者に気づかれない様に隠していたこと。要はブログの持つメディアとしての宣伝力を、読者をブロガーに対する信頼を裏切るという形で利用していたのが大きな間違いでした。
逆に、「これは掲載料を頂いて書いている広告ですよ」と明示して記事広告を書くのであれば、読者もそういう心づもりでそれを読めます。
「金をもらって書かれた内容は一切信用ならない」という人はそれを読まないでしょうし、もし読まれたとしても「金をもらってるからには、悪いことは書けないに違いない」と感じる人も多いでしょう。でも、ブロガーは「広告です」と明示して書いているのだから、それがどう受け取られるかは直接ブロガーの評価へも跳ね返ってきます。
下手な提灯記事と思われないような内容の記事広告を書く、というのはブロガーにとってチャレンジしがいのある行為でもあります。
記事広告サービスに期待したいところ
良い「記事広告」を書くために必要な情報を網羅したリリースなり、モニターなりを、記事広告を書くブロガーにしっかり提供してもらうこと。
いくらブロガーが頑張って記事広告を書こうと思っても、その材料となるプレリリース情報に乏しければ、書き様がありません。また、少なすぎる情報から書かれた記事広告はどれも似通ったものとなってしまい、それが広告として発揮する効果は著しく低くなることでしょう。
もちろん、記事広告をブロガーが書きたくなるような案件が豊富に提供される、というのも期待したいところではありますが、これはこのシステムがどれくらい有効活用されるか?という部分にもかかっているので、記事広告を書くブロガー側の腕にもかかっているかもしれません。
[PR by ブログタイムス]
■[iPhone]ケータイとPC/Macという二つの環境の間で揺れ動くiPhone
「iPhoneを気にいる人,そうでない人 « marutanm annex」を読んで。
iPhoneを携帯電話ではなく、「小型PC/Mac+電話機能といった位置づけ」で捉えたという話。
さておき,iPhone=小型PC/Mac+電話機能といった位置づけと思った根拠は,今iPhoneでやっているほとんどのことが今までMacでやっていたことだから.Macを起動してあれやこれややっていたことを,iPhoneでサッとやってしまうというスタイルが身に付いている.メールチェックしかり,新着フィードチェックしかり,twitterしかり.どこでもサッとこれらが出来てしまうのは非常に快適.そして自分にとってこれらは日本ケータイでは快適になし得なかったこと.そうなってしまうとiPhoneはもはや手放せないデバイスだ.
iPhoneを気にいる人,そうでない人 « marutanm annex
iPhoneを使うのにPCは必須なのだけれど、普段PCでやっていることをiPhoneという持ち運びできる小形端末で外に持ち出せる、と考えると非常にしっくり来る。
これは、iPod touchを使ってたころからうすうす感じてて、iPhoneに切り替えて確信に至った事実。iPod touchではWi-fi環境下という足かせのせいで、どうしても「持ち運ぶ」という感覚を実感できなかったのが、iPhoneでがんがん外に持ち出して利用できるようになって、音楽を外に持ち出せるようにしてくれたiPodと同様に、iPhoneはPC環境を外に持ち出せるようにしてくれる道具なんだ、と確信した。
iPhoneを手にしようとする人は「今PC/MacでやっていることのうちどれだけをiPhoneで出来るか」を考えるべきだと思う.「今ケータイでやっていることをiPhoneでやろう」と考えるときっと失敗する.ケータイで快適にできていることは,ケータイにまかせておいた方がいいかもしれない.日本のケータイにあってiPhoneにない機能も色々あるしね.
iPhoneを気にいる人,そうでない人 « marutanm annex
お財布機能、ワンセグ、「ケータイサイト」の閲覧、「ケータイメール」のやりとりは、日本の普通の携帯電話の方が快適なことに間違いない。
よくごっちゃに語られるけど、「ケータイサイト」とPCから普通に見ているWebサイトはごく一部かぶっているものの異なる存在だし、「ケータイメール」も絵文字やデコメールなどPCのメールとは違う方向に進化を遂げた別の代物。
こうなると、
んで,近年のケータイ,PC/Macの価値はネットにつながっていて,主な用途もネットワークなしにはなし得ない.それを考えると,iPhoneを快適に使えるかどうかの分水嶺は,ふだんのインターネットへの窓口がケータイか,PC/Macか,だと思う.
iPhoneを気にいる人,そうでない人 « marutanm annex
という結論に至るのも至極当然な話。
ネットへの窓口がPC/Macな人はケータイをうまく活用できないことが多いし、ケータイな人はPC/Macやそれに準じているiPhoneをうまく活用することができないという。
日本では100万台売れる──との予測もあったアイフォーンに、もはや当初の勢いはない。アップルとソフトバンクは販売実績を極秘にしているが、通信業界に詳しいUBS証券の乾牧夫シニアアナリストは「20万台前後で止まっている感がある」と推測。年内販売は控えめに35万台程度と見積もっていたが、それにも及ばない情勢という。
スマートフォン戦線異常あり iPhone失速、ドコモ攻勢 - ITmedia News
iPhone3Gの販売がそれを熱狂的に欲しがっている人の元へはだいたい行き渡り、停滞していることをふまえた上記の記事だが、iPhoneを携帯電話として捉えると、数十万台という売れ行きは低いというのも分からなくはない捉え方。
逆に、PC/Mac環境を外に持ち出せるモバイル機器といった捉え方だと数十万台という台数はかなりの台数にも感じる。
乾氏は「新しい提案のある製品だが、日本向けに手直しせず発売した点で市場を見誤っていた。一定のヒットはしたが、戦後処理も必要な段階だ」とアイフォーン商戦を総括。携帯が電話とメール機能にとどまっていた欧米と異なり、「日本はすでにネット閲覧や音楽再生機能を盛り込んでいる。アイフォーンの新規性は薄い」と市場環境の相違を指摘した。
スマートフォン戦線異常あり iPhone失速、ドコモ攻勢 - ITmedia News
PC/Macを主として使っている人達にとって、iPhoneのネット閲覧機能、音楽再生機能は、日本の他の携帯電話とは比較にならないほど優れている代物。
もちろん、日本向けにこなれていない部分の対応はまだまだ必要な部分も多いが、足りていないのはiPhoneとはいったいどういう製品なのかというアピールなのではないか?とも思える。携帯電話というカテゴリに属しながら、日本における携帯電話のカテゴリには収まらない別枠の製品なのだから。
携帯電話として売られながら、実はモバイルネット端末+電話というスタイルのiPhone。
日本ではいまいちヒットしないという状況はゲーム機のXbox360を彷彿させるものがある。日本の市場はそれだけ特殊なもの、ということなのだろうが、国内の状況ばかりに目がむいてると世界的な流れに日本だけ置いて行かれかねないのが気にかかる。
■[blog][iPhone]iPhoneでPhotoShareを使いながら実現するライフログの形
「「ライフログ」のカタチ - もとまかのiPhone・iPod touch戯れ日記」
「「ライフログ」のカタチ(後編) - もとまかのiPhone・iPod touch戯れ日記」を読んで。
iPhoneのPhotoShareという写真共有SNSサービス利用の話に絡む「ライフログ」とは?という話題。
「ライフログ」ってのは、ライフのログ、人生や生活の記録。
かつては、自分の生涯の記録を伝記というテキスト形式で書き残すくらいしかライフログを残す手段が存在してなかったのが、写真が発明されて、写真という記録も残るようになり、蓄音機の発明から始まる録音の技術によって音声での記録、映写機のような動画を撮影できる装置によって動画の記録、と新しい技術が開発される度にさまざまな方式で、ある人が生きてきた証を残せるようになりました。
これらの記録技術が技術革新によって個人でも簡単に利用できる様になったこと、インターネットという個人が簡単に情報を発信できる媒体が出現したこと、この二つが組み合わされることで「ライフログ」という記録は、特に身構えずとも簡単に、かつてでは考えられなかったほどの情報量を残すことが可能になりました。
現在は、この急激に進化した「ライフログ」という記録をどんな手段で残せるかの方法の模索、記録された莫大な量の情報を何か他の情報と組み合わせて有効活用することはできないか?という利用の模索が、多くの先進的ライフログユーザーやそれにまつわる記録技術の開発者達によって行われている時期なんだと思います。
PhotoShareのような、常時携帯しているiPhoneのようなモバイル端末から写真という形で記録を残せるという「ライフログ」も、その活用法については開発者、ユーザーともども模索してる段階。
機能からすると、「写真を共有する」という今までもたくさん存在していたWebサービスでありながら、iPhoneというモバイル端末に特化して作られているPhotoShareでは、利用スタイルがiPhoneの活用と大きく結びついてるところが面白い所。
PhotoShareをライフログという観点から考えて思い付くのは、以下の様なもの。
- 撮影した写真をどこからでも手軽にアップできるので、日常生活の至るところでライフログを記録できる。
- iPhoneに標準搭載されたスクリーンショット機能+カメラロールからの投稿機能により、iPhone上の画面も共有できる。
- 旅行時の写真撮影のような「めずらしい瞬間の一部を残す」という記録から、日常生活の「ちょっとした何気ない一部を残す」という記録へのライフログの拡大。
- テキスト情報をスクリーンショットという画像で共有するという、テキストと画像の共用という利用法。
- 「毎朝、花の写真で挨拶」「朝食を記録し続ける」「毎日の天気を記録する」という定点観測っぽい利用法。
- 写真共有による「ライフログ」同士の交わりから生まれるコミュニケーション。
iPhone上で自分の思考やメモ、Web上の何かをスクリーンショットという形で保存・記録・活用したりすることも、自分の生活の中の1シーンなので、そういう利用法もまたライフログの新しい形のひとつなのではないでしょうか。
そして共通して言えることですが、「ログ」というからこそ大事なのが、 「データアクセスの容易さ」だと思ってます。 (中略) 例えば私が日課にしている「今日の一言」という画像について。 これは、毎日毎日続けていくことに意味があると思ってて、 1年間続けることが出来たとしたら、その時きっとこう思うはずだと思ってます。 「1年前の今日、自分は何を書いたんだっけ?」 この欲求をクリア出来て初めて「ログ」としての意味が出てくる、そんな気がしています。
「ライフログ」のカタチ(後編) - もとまかのiPhone・iPod touch戯れ日記
ひたすら記録を貯めたライフログをどう利用するか、と考えたときに重要な出力の部分ですね。
ちょっと前に「習慣の力」というエントリで、PhotoShareで毎朝記録してる朝食の画像を出してみたんですが、PhotoShareでは写真を分類する機能はないので、朝食の記録画像をひとつひとつ手作業で拾ってくるしかありませんでした。
一月くらいの記録なら、せいぜい数分くらいで作業は終わりますが、一年分のような大量な記録だったり、一年前みたいな昔の記録だったりしたら、この作業はもっと大変になることは間違いありません。
自分なりにテーマを持って記録してる写真を後から簡単に抽出できるようなしくみというのは、PhotoShareでの記録をただ過去ログとして流してしまわないで有効活用するためにユーザーとして望む機能。
iPhone上でそれを確認、閲覧できるとか、Web上ではブログパーツみたいな形で自分のブログ上に貼付けられるとか、共通テーマみたいなものを設定して、大勢のユーザー間の共通テーマに沿った写真を横断的に見られる機能とか、あったら面白そうで盛り上がりそうだなあ、と想像できます。
常時携帯でき、さまざまな記録手段を実現しているiPhoneというモバイル端末とライフログという記録行為の相性は抜群だと思うので、ここから生まれてくる新しいライフログの形というものがどういう形になるのかは、自分がユーザーとして使いながら考えて行ける面白いテーマのひとつです。
■[blog]文章の長さの極意
「長文ブログは嫌われる?ほどよい文章量とは? - かみんぐあうとっ」を読んで。
ブログにおける文章の長さの話。
ほどよい文章量ってのは、存在してるようで実は存在していない幻みたいなものかと。
読む人によって快適に読める文章の長さ(の限界)は違うし、文章で取り上げられている話題への興味によって、同じ量でも長く感じる場合もあれば短く感じることもある。長い文章なのに、つるるっと素麺をすするがごとく自然に読ませてしまうものもあれば、たいしたことの無い長さなのにどうにも読み進まない文章もある。
長文なのに読み疲れしない、読ませてしまう文章ってどんなものなんだろう?
読んでる人を思わず引き込んでしまう巧みなネタや言い回し?
よどみなく筋が通っていて、すっと読める展開?
本当は長い文章なのだけれど、読んだ後にそれを忘れさせるような驚きの展開や結末?
そば打ちの名人の話で「その日の天候や温度、湿度によって、そばを作る時の水の量を変えるんですよ」ってのを聞いたことがある人は多いだろう。文章ってのもそばと同じで「そのときの話題や読ませたい相手、書く場所によって文章の長さを変えるんですよ」のが言えるのかもしれない。
そば打ちの名人がその技を習得したのは、長年の経験によるところが大きいだろうから、文章も同じ様にひたすら書いて書いて書きまくってるうちに、自然と絶妙な文章の長さというものを会得できるようになるのかもしれない。



