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2008-09-16

[]動くのは反則だろう・・・


f:id:hejihogu:20060318003519j:image

リラックマは、以前にUFOキャッチャーで集めてたけど、札幌から東京に引っ越すときに知人にほとんどあげてしまって以来、ゲットすることはなかった・・・・・・でも、これは!!


D

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なんじゃこりゃー、と思って調べてみたら、UFOキャッチャーなどの景品で動くリラックマシリーズがあったようで。


リラックマ、なんだかんだで息の長いキャラクターになりつつあるなあ。

[][]SNSの活用状況の移り変わり


TechCrunch Japanese アーカイブ » Facebook、「われわれはSNSじゃない。ここで新しい友達を作ろうとするのを止めよ」と警告」を読んで。

われわれはFacebookのアカウントはインターネットのみの友達ではなく、主としてユーザーの現実の交友関係(家族、同級生、同僚など)を反映する目的で利用されることを期待しています。Facebookのホームページで述べているとおり、われわれはソーシャル・ネットワーク・サイトではなく、ユーザーの周囲の人々とユーザーを結びつけるソーシャル・ツールを目指しています。既存の社会的コネクションの強化が目的であり、新しい友達の大きなグループを作るのが目的ではありません。
TechCrunch Japanese アーカイブ » Facebook、「われわれはSNSじゃない。ここで新しい友達を作ろうとするのを止めよ」と警告

SNSの使用用途に関する話題。

引用はFacebook内で人気のアプリで点数を稼ぐために偽アカウントを作成することに対するアカウント削除メールの一部なのだが、サービスの利用目的の部分が興味深い。



日本だと最王手のSNSサービスはmixiで、私もアカウントIDが5桁くらいの番号の頃から使ってる。最初は、このメールに書かれているような現実の交友関係をmixi上に反映させた使い方をしようとしていたが、他のユーザーの使い方を見ていると、mixi上で競い合うがごとく、どんどん新しい友達(マイミク)を増やして行くユーザーが多い様に見えた。

友達100人できるかな!じゃないが、マイミクの数が増えて行くことに楽しみを見いだしていたユーザーもかなり多かったのではないだろうか。



マイミクが増えれば、更新されるマイミクの日記や書き込まれるコメントの数もそれに従って増えて行き、あの赤いメッセージ(自分の日記にコメントが書き込まれると表示される告知文)を見たいがために一日中mixiに張り付く様になって、最後にはmixi疲れになってしまう、なんて人も少なからずいた。



mixiでの名前の登録は、最初は本名とハンドルとが混じり合う状態だったが、その後mixi上の日記が炎上して個人が特定されるような例が相次いだ辺りから、本名で登録する人はほとんどいなくなったように思う。現実の交友関係をmixi上に反映させるのなら、本名で登録した方がいろいろと便利なのだが、日本ではネット上での活動ではハンドル名を名乗るというのが一般的だったのと、炎上騒ぎなどで本名が悪用されるケースが相次いだせいで、mixi上ではほとんどの人がハンドルネームを名乗るようになった。



mixiはしばらく放置状態だったが、最近、また利用し始めている。古い知人を見つけたり、知人から別の知人を見つけたりするのに便利なことに今更ながらに気づいたので。

また、mixi上で何の接点もないところからいきなりマイミク登録をするようなことはないが、ネット上で何らかの接点を持つ(ブログや他のWebサービス上でやり取りした)人をマイミクに加えるようになった。現実の交友関係をちょっと拡大して、ネットの交友関係まで含めるように。

最近は、ブログとは違うもうちょっと日常よりな話題をmixi上で書く様になって、ブログとmixiを使い分けている。ブログとmixiとで、記事を相互利用したりも試してみたりしている。(mixiで下書き→ブログで本記事とか、同じ記事を両方に投稿とか)



活用したら面白そうかな、と思いつつもなかなか利用できないのがコミュニティ。

mixi上では多くのジャンルのコミュニティが作られてて、メジャーな物は数十万人規模、小さな物だと数人規模まであらゆるサイズのコミュニティが作られており、それぞれのジャンルに関する話題で盛り上がっているが、書き込まれる話題の危なさというか無鉄砲さというか配慮の無さというか、その辺に抵抗を感じてしまって、興味があるジャンルのコミュニティには入ってはみるものの、コミュニティ内で発言しようと言う気にはなかなかなれない。

自分の常識が通じなさそうな場所に書き込むことへの恐怖感とでもいうような感覚。

[]はしご酒の旅


@nifty:デイリーポータルZ:何次会まで行けるか?」を読んで。

何次会まで行けるか?を試す飲み会を、ある時ふとやりたくなった。ビール一杯と料理一品食べたらすぐ別の店へという動きで次々と店を移動する。10次会とか15次会とかまで行けたら楽しいんじゃないか?
@nifty:デイリーポータルZ:何次会まで行けるか?

デイリーポータルお得意のチャレンジ企画。やばい、こういうの大好きだ。



ここいらじゃ店が少ないのでこういうチャレンジはできないけど、札幌とか東京とかでチャレンジしてみたいなあ。

[]毎日を描き続ける「よつばと!」で変わるところ、変わらないところ


『よつばと!』の背景が細かくなったことについて考察する - 三軒茶屋 別館」を読んで。

よつばと!」の背景が、巻が進むにつれて細かくなってることに対する考察。


ちょうど、「よつばと!」のコミックが手元にあるので1巻と最新刊の8巻を見比べてみると。

f:id:hejihogu:20080916064509j:image

(コミック1巻、p32より)


f:id:hejihogu:20080916064510j:image

(コミック8巻、p62より)


ああ、分かり易い比較にならなかった・・・けど、全体的に読んでて確かに8巻の方が背景の描きこみがいろいろと細かくなってる。


つまり、『よつばと!』の「世界」は「よつばから見た世界」であり、 巻が進むにつれて線が細かくなる(=情報量が増える)ことで、「よつばが見る世界が変わっていく」ことを読者に疑似体験させる効果があるのではないかと思います。
『よつばと!』の背景が細かくなったことについて考察する - 三軒茶屋 別館

よつばと!」はよつばが引っ越してくる所から話がスタートしてて、それがちょうど夏休み直前くらい。その後、たんたんと夏休み中の日々が描かれていて、一時は「夏休みが終わった所で連載も終わってしまうんじゃ!」という心配がファンの間で囁かれてたけど、それも余計な心配で終わって今はお祭り、学園祭と秋の様子が描かれています。

物語中ではたった2ヶ月程度しか経過してませんが、よつば視線で考えると、どんどんと広がって行く世界、それがどんどんはっきり鮮明になっていくというのが描かれてるように思えます。



物語中で2ヶ月程度、現在8巻収録分までで55話、ってことを考えると、これ、1話1日ペースなんですかね。



世界はどんどん変わっていきますが、よつばのはっちゃけっぷりは1〜8巻まで変わらない勢いなのが、「よつばと!」の楽しいところです。

よつばと! 8 (電撃コミックス)

よつばと! 8 (電撃コミックス)

[]電源求めて彷徨うモバイラー


充電か、乾電池か - コデラノブログ 3」を読んで。


米国では、公共の場所にあるコンセントを利用しても、窃盗にはならない。米国の空港でみんなでコンセントをシェアするというのは、よく見られる風景である。一方日本の空港では、VIPラウンジで利用者に開放されているものは別として、そこらへんの壁のコンセントから充電したら、窃盗である。 充電か、乾電池か - コデラノブログ 3

モバイルでPCやら携帯電話、デジカメなどなどいろんなデジタルガジェットを活用してる人には大きな電源問題。デジタルガジェットの要求するエネルギーは増加する一方なのに対し、バッテリの容量進化は進んではいるもののじわじわとしか容量は上がらない。



これだけさまざまなデジタルガジェットが世の中に出回る時代になったのだから、喫茶店やファーストフード、飲食店、駅などの人が集う場所では、電源の利用を開放するとか、有料でもいいから利用してもいいことにするって流れにならないものか。

わざわざ専用の充電ステーションみたいな場所を作らずとも、今ある施設を利用させてくれるだけでもずいぶんと電源事情は改善される。



その手のデジタルガジェットを利用してかかる電気代はたかが知れているだろうから、サービスとして提供することで、人が店を利用してくれるという客寄せ効果が期待できるし、有料にするのなら少ない元手で利益を上げられる。

こういうサービスを提供することにすれば、無断で利用する人にはっきりと断ることができるようになるし、いいこと尽くめだと思うのだが。



なかなかこういう動きが出てこないのは電源を利用する人は周りの人にいろいろ悪影響を与えるみたいなことがあったりするんだろうか。それとも、そういう発想が無かったり、サービス提供が面倒だ、ってことなんだろうか?

[]趣味というか「イイ!」と思えるものは人それぞれだろ?


趣味って人と共有してナンボだろ?」を読んで。

趣味って人と共有して初めて意味が出てくるんじゃないのか? 誰かがその音楽を「イイ!」っていうから自分も「イイ!」と思えるわけだから、 まずは他人が何を聴いていて何を好きか、ということに常に敏感にならなければいけない。
趣味って人と共有してナンボだろ?

ここでは音楽の話になってるけれど、趣味ってのは自分が「イイ!」と思ってはまるスタイルと他人の「イイ!」に影響されてはまるスタイルの二種類がある。



自分が「イイ!」ものにはまる趣味のスタイルは、他人がそれをどう感じるかは関係ない。自分がいいと思うものを追求するスタイル。

他人の「イイ!」に影響されてはまるスタイルは、他人とのコミュニケーション手段、共通言語として趣味が存在するというスタイル。他人との共通の話題として趣味を捉えるため、流行に敏感になりアンテナを張りまくるが、自ら「イイ!」と思えるものを探すということはしない。



趣味をどっちのスタイルで捉えるかは人それぞれだし、ジャンルによって両方のスタイルを使い分けていたり、一つのジャンルでも両方のスタイルをうまく取り入れている人もいる。

「イイ!」が重なって趣味が共有できる人もいるだろうし、趣味は共有してナンボな人もいるだろうし、自分の趣味にひた走る人もいる。



一つ言えるのは、他人の趣味を馬鹿にする人ってのは、了見の狭い人なんだなってこと。

[]人は何故増田で過激な意見を書きたがるのか


はてダ・はてブ・増田・2ch・ニコ動のコミュニティ比較

  ↓

「はてながつまらないのはお前らのせい。俺は何もしないけど」 - インターネットください

  ↓

http://anond.hatelabo.jp/20080914021839 追記

時間順が正しいのかは分からないけど、流れ的にはこういう流れ。



  • ニコ動:基本口だけだけど、凄まじい物が出てくることが多々。
  • 2ch:基本口だけだけど、感想DBとして使うともの凄く機能するし、祭りがあると何か面白い成果物が生まれてくる。
  • 増田:口だけ。後から消せるから2chの数倍タチが悪い。実際昔のホテントリ記事やそのレスを見ると凄まじい量が消されてる事が分かる。
  • はてブ:口だけ。後から改変自由だから(以下増田と同じ) 基本一覧ページ非公開、希望者だけ公開にすればいいのに。
  • はてダ:基本口だけ。後から(ry 技術系の人ではてダ使ってる人も多いから成果物も出てるように見えるけど、言論系の人からは皆無に近い。言論系はオタとか非モテとかに関するオナニーばっかで感想DBとしてもほぼ機能しない。学術系は少しマシだけど、まとめる人がほぼいない、居てもリンク集記事だけでWiki作成まで行かず、これまた中途半端。

はてダ・はてブ・増田・2ch・ニコ動のコミュニティ比較

全部の項目に「口だけ」が入ってるけど、ネット上、どんな場所にでも「口だけ」な人は存在してる。自分からは何も行動はしない、情報は発信しないけれど、他人のことには口を出す「口だけ」。


後は場の特性的な部分が大きい。


ニコニコ動画は動画というコンテンツありきな場所なので、コンテンツ的な意味の凄まじい物が出やすい。コメントという反応を求めて、コンテンツをここで発表する人が多い。

2chは各板>スレッドという構造で、特定の話題について語る場所。特定の話題について語れる&匿名で人が集まりやすい。参加者が多い故の盛り上がり。短い個別発言が多いため、有志によるwikiでのまとめ作成などが行われる。

増田は匿名で書き込める個別記事の集合。顕名で書けないことを書く人が多いからか過激な書き方でのいわゆる釣りっぽい記事も。さんざん煽っておいて、後で「実はこういうことなんだ」的書き込みをする人が多い。

はてブはブックマークを共有する場所。元記事に対するコメントを残せるがブックマークが主でコメントはおまけ。ここで情報発信や議論を行うのは無謀。

はてダはブログサービスのひとつ。読者層が技術系、ネットをよく見る人に若干偏っているがそれ以外の層も存在している。個人ブログの集合だから、記事は玉石混合。コミュニティ内のやりとりは活発。特定の話題を掘り下げる人が多いので、全体としての分かりやすいまとめはあまり存在しない。



  • ニコ動 : 俺を楽しませる動画がいっぱいアップロードされているので好き。だからクリエイティビティに溢れてる。
  • 2ch : ノイズが多いけど誰かがテンプレやwikiにまとめてくれるから、後で見直すのが楽。人が多いから面白いものも出てくる。だから好きだしクリエイティビティが高い。
  • はてな系 : (自分を含め)誰もwikiにまとめてくれないので見るのが面倒。つまらないし最悪。だからクリエイティビティが低い。
「自分が動かなくても誰かが代わりにやってくれる」のと「俺が望むコンテンツが提供される」ことを「クリエイティビティが高い」と言い換えるのは、これはこれで斬新なのかもしれない。字面を変えると耳障りがよくなる一例。
「はてながつまらないのはお前らのせい。俺は何もしないけど」 - インターネットください

「俺から見てつまらない」という主観的視点が、「クリエイティビティが低い」というような客観的視点へと変換されてしまうのは、増田でよく見かける内容。


自らは情報発信側に回らずに見てるだけなのだったら、「俺が望むコンテンツが提供される」的意味合いでは、「ニコ動」「2ch」>>「はてな」なのは必然。それは、コンテンツありきな場や特定の話題を語るという場の特性的なものと、単純に参加者数の規模が違うという点による。



一言で言えば、はてなには「頭でっかち」になり易い環境が揃いすぎている。
http://anond.hatelabo.jp/20080914021839 追記

さまざまな情報溢れるはてなには「頭でっかち」になり易い環境が揃ってるんだろうし、匿名で好き勝手書き散らかせるネット上の多くの場所は「口だけ」になり易い環境が揃ってる。



「頭でっかち」「口だけ」になるか、自ら何かを残したり、発信したりできるかは、当人の心構え次第。環境に文句をつけたところで何も始まらない。

ネット上の多くのサービスは無料で使えるのだから、自ら何かを発信しないというのは極論で言えば「要はやる気がないんでしょ?」というだけのことでしかない。



顕名のブログで「発信」するより匿名で「情報提供」する方が後に続く人に役立つならそうしよう。自己顕示欲は満たされないかもしれない。でも後に続く人により役立つのであれば、その方が価値はあるだろう。そして私の身に残る物もその方が大きいだろう。 それが今の私の考え方だ。
http://anond.hatelabo.jp/20080914021839 追記

二つ目の増田記事からは、そういう意図が感じられたが、一つ目の増田記事からそれは感じなかった。



というか、この引用のような主張をしたかったはずなのに、何故自らがさんざんこき下ろす「増田」を使うのか、というところが謎。結果として、後に続く人は現れず、ただブーメランが飛び交うだけになってしまったという。

[]ネットの人と会うことのパターン


ネットの人と会うことについて - おれはおまえのパパじゃない」を読んで。

ネットで知った人とリアルで出会うことについての話題。



「友達になりたい」と「あの人を見てみたい」の違い


関連する話題をいくつも眺めてて思ったのが、ネットで知った人とリアルで会うことってのは「友達になりたい」、「あの人を見てみたい」という二つのパターンに分けられるということ。

「友達になりたい」ってのは、ネット上で何かを発信している人を見て、その人と交流を持ちたい、よしんば友達になりたいと思う心境。

「あの人を見てみたい」ってのは、ネット上の有名人がどんな人なのかを一度見てみたいってのや、芸能人とファンみたいな関係をネットで知った人(芸能人)と自分(ファン)の間で考える場合。



このパターン分けに大きく関係してそうなのが、その人がネットをどう捉えているかという意識。ネットをリアルの一部、もしくは延長線上として捉えている人は「友達になりたい」派が多そうだし、ネットはネット、リアルはリアルと両者を分けて考える人は「あの人を見てみたい」派が多そう。



ネットの卑近なところで言うと、こういう経験ないスか? ずっとファンだった人とオフ会で会うようになって、ようやく友達になれたみたいなところで、その人のサイト見なくなっちゃうっていう。ずっとファンだったのに。やっぱ友達になっちゃったからですよね。友達付き合いは続くけど、その人のサイトには興味が薄れていく。寂しい。こんなはずじゃなかったのに。友人の近況を知るための回覧板くらいのレベルになっちゃう。
ネットの人と会うことについて - おれはおまえのパパじゃない

私には「ファンだった人とオフ会で会う」という認識がないからなのだろうが、ここで言われてる経験は全く感じたことがない。

「ずっとファンだったのに、友達になってサイトを見なくなる」というのが分からない。ネット上で知って、その後リアルにあった後、友達と言えるような関係になった人のサイトは会う以前と同様か、もしくはそれ以上に見るようになるので。

上で取り上げた「ネットをリアルの一部と捉えている」か「ネットとリアルを区別している」かって違いがこういう部分で出てくるのかもしれない。


私にとっては、ファンというのをあまり感じず、ネットで知った人を取り込んで友達にしていく感覚があるのに対し、id:kowagariさんの場合はファンと友達を区別して認識しているという感じか。



ネット→リアルで会った後の関係


ネットで知った人とリアルで会った後、その後どういう関係になるかはケースバイケースなんだろうけど、友達といえる存在になるのは一部で、たいていは一回、もしくは何度か会ったことがある、くらいの関係に収まる。


テラヤマさんの記事だと、会ったあと、友達になる(友達の定義はいろいろだが、ここでは「直接に会うような交流が続く」としておく)ということが前提になっているのが違和感の原因だった。直接会ったのなら、その後も会うことが続かないと失礼という意識があるのかもしれない。しかし、自分の場合、会ったあとも、継続的にお互いにサイトを読んで、コメントする程度で、プライベートでやりとりしたり、会ったりしないという距離感のネット人間関係は結構あるので。
「会ってみる」と「友達になる」(継続的に交流が続く)は別 - ARTIFACT@ハテナ系

オフ会などで一回〜数回会ったことがある人は、一回も会ったことが無い人よりはより友達に近い存在にはなるのだけれども、「頻繁に会ったり、マメに連絡を取り合ったりする友達」という段階になるには、リアルで会うことを何回か繰り返したり、ネット上で単に互いの書く物を閲覧しているというレベルより上のより多くのコミュニケーションを取ることのできる方法での付き合い(掲示板、SNS、メッセンジャー、チャットなどでのやりとり)がないと、そこまで進めない。

こうしたコミュニケーションを取るには、双方からの相手への興味がないと難しいので、実際にリアルで会った人のごく一部としかそういう関係にはならない。



そういう親しい意味での友達までならなかった人でも、実際にリアルで会った後にそのことがきっかけでその人の読む物を見なくなったということはほとんど経験がない。


『「ネット」と「リアル」』で二分できない、もっと細かい段階があるような気がしています。 (たとえばブログという)一ヶ所で気に入っても、そことは別ののノリが支配する(ネット内の別の)世界でも気が合うかどうか。 多対多の世界だけでなく、一対一(メールとか)でも気が合うかどうか、そもそもそれを求めるのか。 「憧れ」のような心理だと、かなり限定した段階で関わりを止めておかないと却って辛くなるような。
CONCORDE: 「遠くよりお慕い申し上げております」

「ネット」と「リアル」ってのは、互いの存在を認識できる場所の違いでしかなくて、互いの認識、親しさに細かい段階があるような気が。


そこで出てくるのが「友達」と「ファン」の違い。

こちらから一方的な憧れを持つ「ファン」という認識を相手に対して持ってる場合には、敢えてそれを自分と同レベルな存在である「友達」に落としたくないという心理が働くとすると、ネットではその人の発信するものを見るけれど、実際には会いたくないって存在が分かる様な気がする。



パソ通の頃からそうやって近しい人とはどんどんオフして飲んで、仲良くなればパソ通関係無しで飲んだり遊びに行ってたりしたしね。それがネットであっても同じ感じかな。
ネットの人と会うことについて(via 9月14日〜有名アニメーター詰めetc. - 白い戯言) - 明日は明日の風が吹く

パソコン通信の時代は、個々の場所がなくて参加者同士がフラットな関係だったので、「友達になりたい」という状態が多かったんだと思う。私のその口。

パソコン通信時代でファンというような状態が見られたのは、活発的な活動をしているごく一部の人か、シスオペのような管理者側の存在くらいかな。



ネットだけの知り合いってのがミソで、回線切っちゃえば、ホントまったく関係がなくなっちゃうんだよねぇ。行き違いなどが原因で、相手のことを目に入れないようにしようとすれば、簡単に完全に消してしまうこともできなくもなく、そうなれば話し合いしようにも弁解する余地も出来ない。そうでなくても音信普通になれば、他に接点がなければ、それこそ元気にしてるのかすら判らない。
ネット上で親しくなること - だいの闇鍋食堂はてな店

ネットからできた知り合いってのは、リアルでの絡みが薄い分、関係が無くなるときはあっさり無くなる。


でも、音信不通ってのは、実はリアルの方でも結構ありがちな話で、引っ越しやら電話番号変更などの後に新しい連絡先を伝えなければ、ネットの知り合い同様にあっさり関係が無くなってしまったりも。



たぶん、ネット全体で見ると少数派なのかもしれないけれど、ネット上での自分のハンドルをずっと持続して使い続けている人で、自分のブログやアカウントをリセットしない人ってのは、ものすごい消息をつかみやすい存在なのかもしれない。いったん、ハンドルを知って活動場所をつかんでしまえば、ずっとそこで追い続けられるから。



ネット→リアルで会ったとき


ネット→リアルで会ったとき、案外悩むのが共通の話題。


何かしらの接点(共通の話題)が会って出会うときは、その共通の話題について語ればいいので困らないんですが、そういう接点がない場合(大規模オフ会、Twitter・はてな・2chなどコミュニティ参加者での集まりなど)、自己紹介や名刺交換くらいでぴたっと話が終わっちゃったりすることも。

サシ〜少人数(10人程度まで)くらいのオフ会に参加するとき、参加者のことを下調べしていくってのは、話の話題を探すための下準備で、オフ会で場を盛り上げる人なんかはこういう準備がマメだったりする。


あと、向こうがこっちのことを知っていて(自分が発信しているものを見ている)、こっちが相手のことを知らない場合とかは、こっちから話題振れなくてもやもやすることもある。


で、何が言いたいかって言うと、会うということは、その会う相手を多少なりとも楽しませる何か(興味深い話だったり、愉快な話だったり、勉強になる話だったり、中身はそれぞれですが・・・)をお土産として持っていかないとならないようなプレッシャーを伴うことでもあるというのが、私の中の共通見解だったりします。
面白いブログを書く人と会いたいか? - 今日の個人的なブレイク&おもしろ

そういう意味で、全く認識がなかったりほとんど無かったりする場合には出会うことへの障壁は高いけれど、ネット上で絡んでたり、何かしらのコミュニケーションを取っていて、互いのことを知れば知るほどこういうプレッシャーは減っていって、会いやすくなるのだろう。



リアルの私は友達としては魅力に欠ける人なのですが、書いているブログが好きだという人なら (ブログ+リアル)÷2 で合格点にしてもらえないだろうかという期待がありました。しかしリンク先の記事を見ると、ブログはブログでリアルはリアルみたいです。リアル単独で魅力がないとお友達になってもらえないのですね。がく。
会いたくて会えない - テラ・インコグニタに出会う - Yahoo!ブログ

魅力があるかどうかは相手が判断することだから、リアルでの自分を必要以上に卑下することはないと思うのだけど、出会った人の印象をどう見るかは、最初に書いたネットをどう捉えているか?ってのと関係がありそう。

ネットとリアルを同一、もしくは延長線上と捉えてる人は「(ブログ+リアル)÷2」で見てくれそうだし、区別してる人は「リアル」での印象で認識するという。



地域による差


ネットをリアルと同一か、区別しているかで、「友達になりたい」のか「あの人を見てみたい」のかが分かれる、という話を最初の方で書いたけれども、これは地域による差もあるかもしれない。



というのは、人口が多い首都圏、都会などになると、必然的に有名人が存在している数が増えるので「あの人を見てみたい」的なファン的存在として会ってみたい、というのが増え、逆に人口が少ない地方になると有名人に会うというよりかは、地域に住んでるネットを通じて出会える人と「友達になりたい」という場合が増えそうだということ。


これはあちこちで開催されているオフ会のレポートを見たり、自分で実際に地方、都会の両方のオフ会に何度も参加してみて感じたことでもある。



オフ会に対する心構え


このエントリで取り上げて来た話ってのは、どっちが正解とかいう話ではなく、オフ会に参加する人にもいろんな考え方がある人がいるんだ、という話。

自分がどのパターンに当てはまるか、オフ会を通じて人と会うことに何を求めているのか?というのは、オフ会に参加する前に一度くらいは考えておいてもいいかもしれない。



かつては、学校や会社、地域のコミュニティくらいしか人との出会いの場が無かったのが、こうしたネット→リアルの出会いの場も活用できるようになった今、うまくそういう場を使えば、自分の世界を広げるいい手段になる。