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2008-11-09
■[net]ネットを利用する目的は人それぞれだが、それでも我々は共存している
「CONCORDE: 拒絶はしないにしても、成長や生産的であることを「ネットする」目的にはしないかな。」を読んで。
そもそも本人が成長したがってるかどうか?という根本的なところもあり、ネットをストレス発散の憂さ晴らしの場として捉えている人はそもそも成長は望むべくも無い。
ネット上は二極化しがちだけど、あなたはどちらに向かいたい? - 北の大地から送る物欲日記
って部分がえらい言われようとのことでしたが、ネットをストレス発散の憂さ晴らしの場として捉えている人はネットで成長しようなんて望んでいませんよね? それを書いたまでなのですが。
何度も書いていますが、こういうところでがちゃがちゃやるのって圧倒的(とはいわないまでも)多数にとっては「あくまで趣味娯楽の領域」のこと、じゃないんですか?
そこをちゃんと踏まえて欲しかったりはするのです。
こんなところでまで「勤勉」や「目的意識」にとらわれにゃならんのか(まぁリテラシーはともかくとして)。
"こちら側"からすれば、ブログに限らずネットワークコミュニケーションを生産性とか投資効率とかいった類の概念で考えたり評価したりするのは頼むから止めてほしいと言いたくなるのです。
そんな概念からは対極にあることをやってるんですよ。だからこそ楽しいんじゃないですか。頼むからそんな概念で覆うなんてやめてほしいんですよ。
拒絶はしないにしても、成長や生産的であることを「ネットする」目的にはしないかな。: CONCORDE
ネットはTristarさんが言うところの「あくまで趣味娯楽の領域」という"(Tristarさんにとっての)こちら側"が圧倒的多数で、ここで楽しくやってるのだから、ネットワークコミュニケーションに生産性とか投資効率とかいった類いの概念を持ち込むのは止めて欲しい、とそういうことでしょうか?
「そこをちゃんと踏まえて欲しい」ってのは、圧倒的多数派はこちら側なのだから、空気読んでおかしなことを言い出さないでくれる?ってこと?
だから、ね。
切磋琢磨とのほほんが、オープンにフラットに、まったくわけ隔てなく混じりあってるから揉めるんでしょ、むしろ積極的に棲み分けたらどうよ、って書いているのですが。
拒絶はしないにしても、成長や生産的であることを「ネットする」目的にはしないかな。: CONCORDE
Tristarさんは積極的に棲み分けたらどうかと書いていると言われ、確かにそういう記事をいくつも書いておられますが、上述の部分を見ると、「ネットを使って成長しようなどと思う人々はネットがそういう場じゃないと踏まえるべき、そういう主張をするのも止めてもらいたい」と棲み分けではなく閉め出しを主張しているようにしか見えません。
「ネット上は二極化しがちだけど、あなたはどちらに向かいたい? - 北の大地から送る物欲日記」は、どちらに向かいたい?という問いかけを書いたエントリですが、「ネットで楽しく成長とか考えずに過ごす人にネットから出て行け!」というようなことは言っていません。
「ネットではそういう成長を望むのは無理だろう」という主張なら分かりますが、「ネットで成長とかそんなの望んでない人が圧倒的多数派だからありえない、そんな主張をしてくれるな」と言われても困ってしまいます。
ネットという場をどういう場と捉えるかは参加してる人それぞれで、自分が何かを成し遂げたり、身につけたりするような成長をしたいって人もいれば、楽しければいいやって人もいるでしょう。参加者ごとに目的が違うのだから、時には互いの主張がぶつかり合うこともあるでしょうが、それは自由に自分の主張が行える代償なのでしょう。
ネット上において、成長派と楽しく派(ずいぶんとあいまいな分類ではありますが)の棲み分けを唱えるTristarさんが、成長派に対して成長するにあたっての話をしている所にやってきて「私は楽しく派で、ネットというのは我々が圧倒的だから成長うんぬんなんて話すべきじゃない」と言ってしまうのがどうにも理解できません。棲み分けしようといいつつ、相手を排除しようという。
ネットにおいて、成長派のような考え方や行動をする人が少数派なのは、こうやって主張する我々も重々承知しています。それでもなお、我々がネットに対して思っている理想を発言しあい、同じ考えを持つ人達に向けて発信しているのは、我々自身はそうやって行動しているし、それが我々の想いだからです。
こうした主張を書いたところで、成長派と楽しく派のバランスが成長派<<楽しく派となっていることはそうそう簡単には変わらないでしょう。残念ながら、Tristarさんが危惧するネット上が成長の概念で覆われるなんてことにはなりそうもありません。
それでも、自分の考えをネット上で主張するのは、反対の主張を持つ人にやめろと言われてもやめられそうにありません。その逆が行われていることからも分かるように。
■[blog]このブログのトラックバックを承認制に変更しました
本日、トラックバックに承認機能を追加し、受け付けたトラックバックを管理者が事前に確認できるようになりました。この機能を利用して、スパムトラックバックなどを自分のダイアリー上に表示させないようにすることができます。
トラックバックに承認機能を追加し、トラックバック一覧ページで承認操作や削除が簡単に行えるようになりました - はてなダイアリー日記
はてなダイアリーにトラックバック承認機能が実装されたので、このブログのトラックバックを承認制に変更しました。
このブログのトラックバックポリシーは、左バー部分に表記してある「誹謗中傷やスパム、話題と関係のないコメントやトラックバックは削除する場合があります」ということで、これに該当するようなトラックバックはトラックバックが付けられた後の確認で削除して対応してきました。
削除しているトラックバックとして多いのが、自動生成ブログから飛んでくるトラックバックスパム(RSSフィードから記事を自動生成しているのがほとんど)、そしてはてなダイアリーに実装されている自動トラックバック機能でただURLが記載されているのみの記事から飛んでくるトラックバックの二種類です。
トラックバックを残すかどうかの基準は、そのトラックバックのリンクを辿って行ったときに何か情報が得られるのか?(1行コメントや反論でもかまいません)という部分です。ただURLを記載されただけの記事はトラックバック先に飛んでも何も新しい情報が得られないのでトラックバックを頂いても削除しています。
承認性に変更したことで、トラックバックが反映されるのが少し遅れてしまうことになりますがご了承ください。しばらくネットに繋げない場合には一時的に承認制を解除して対応する予定です。
■[blog]ブログは永遠に終わらない祭りのようなもの
「ブログは開設するまでが楽しいか、それとも開設してからのほうが楽しいか - 空気を読まない中杜カズサ」を読んで。
ブログは開設するまでが楽しいか、開設してからの方が楽しいかという話題。
ブログを開設するまでの楽しみってのは、自分の頭の中にあるものを作り上げて行く創作の楽しみが大きいのかな。テーマだったり、デザインだったりをあれこれ試行錯誤しながら、自分の納得がいくものへと作り上げる楽しみ。
そして、ブログを開設した後ってのは、書いたことに対して反応が返ってくることが楽しみになります。もちろん、褒められたり、賞賛されたりすれば嬉しい。つまりは他人から評価され認められるという楽しみ。
さて、そこで思い出したのはあるCM。確かウィスキーのCMで、「祭りで楽しいのは、一瞬で終わる祭りよりも、長い前準備だ」というもの。
ブログは開設するまでが楽しいか、それとも開設してからのほうが楽しいか - 空気を読まない中杜カズサ
祭りの場合には、一晩の盛り上がりで終わってしまう祭り本番そのものより、長い前準備期間の方が楽しいってのはあるかもしれません。祭り本番の一瞬の盛り上がりは瞬間的に爆発的な盛り上がりを見せた後、あっという間に終わってしまうものだから。
でも、ブログの場合で言うと、ブログを開設したってのはあくまでもスタートであって、その後もずっと書き続けて初めてブログ足りうる。つまり、祭りに例えていえば、永遠に終わらない祭りみたいなものなんです。自らが書き続ける限り終わらない祭り。
そう考えると、ブログの場合には祭りの場合と逆で、開設するまでの前準備より、開設した後書き続ける限り続くブログそのものが面白い、と言えそう。
もちろん、ある程度の反応が返ってこないと面白くないのは確かです。でも、最初は小さな祭りでも回を追うごとに口コミで人を集め続けて大きく成長していく祭りがあるように、ブログってのも書き続けるうちに定期的に読みに来てくれる人がついて大きくなっていくもの。
盛り上がりに期待しすぎて、あちこちに喧嘩をふっかけるような勢いで運営されるブログは、盛り上がりすぎて炎上してしまい、燃え尽きてしまうなんてのも。また、完成度や完璧を求めるがあまりに何度もリセットを繰り返すのもなかなか大きくなれない。
じわじわコツコツってのが、遠回りなようで一番確実なブログ運営なんでしょうね。



