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2009-03-31

heliograph2009-03-31

四万十川

朝、早く高知を出て、中村まで移動。沈下橋を見学、屋形船に乗り伝統漁法を見て。今から、宿毛宇和島を経由し内子へ向かいます。

2009-03-30

heliograph2009-03-30

徳島駅着

浅い眠りでしたが、無事に徳島駅につきました。電車がでるまで、街を少し歩きます。



徳島から室戸岬を経て、高知に着きました。駅の喫茶店に入ると、百円インターネットというのがあり、それを使って更新しています。

途中、日和佐駅での待ち時間に街を少し歩いたり、室戸岬の突端でアメフラシを見つけたり、安芸市でレンタサイクルに乗って、市内を見たりそれなりに写真を撮りました。写真は家に帰ってから更新します。もう時間切れのようです。では,これから高知市内を散策します。

2009-03-29

出発

渋谷マークシティから、徳島行きの高速バスに乗りました。 マークシティの5Fに高速バス乗り場があるのですが、そこからの眺めがなかなか良かったので、帰って来たら、撮ろうと思います。

テスト

旅行に出発する前に、投稿のテストです。

デジカメを持って行こうとしましたが、予備のメモリーが見つかりません。横浜で、フィルム代に比べれば安いなんて言い訳しながらメモリーを買いました。

2009-03-28 真似2

 昨日の続き,『「空」「地面」を画面から排する』という規則の効果であるが,遠近感が無くなるということが大きいと思う.26日の大丸剛史展「箱」」感想では,平面的なパターンの面白さでまとめた写真もありと書いてしまったが,当然の結果で,街の凹凸を平面的なパターンにおとすのが狙いだったのだろう.今日も新宿でこの『「空」「地面」を画面から排する』という規則で写真を撮った.
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明日から,旅行に出ます.携帯で更新するつもりです.

2009-03-27 真似

 昼,池袋で昼食後,街の中を歩きながら,昨日見た大丸剛史展「箱」を思い出し,真似をしてみた.
http://konicaminolta.jp/plaza/schedule/2009march/gallery_b_090324_note.html#inner によれば

「箱」シリーズにおいては、遠近感や現実感から一時的に解放されるべく、地上を構成する基本的な秩序である「空」「地面」を画面から排した。

 とあるが,『「空」「地面」を画面から排する』ということを考えて撮影してみたのだが,かなり難しかった.しかし,一度このようなルールを決めて街を歩くと,さんざん歩いて,撮るべきものはもうないと思っていた池袋の街が新鮮に見えてくるから不思議だ.
 柴田敏雄展の「特別講演 光田由里×柴田敏雄」で,柴田敏雄氏も空と地平線を絶対入れないで撮るように心がけると言っていた.その効果をしばらく考えて行きたいと思っている.
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http://heliograph.info/200903/27.htmlにもアップしました.

2009-03-26

コニカミノルタプラザへ


昼、どうにか時間を作り、コニカミノルタプラザへ大丸剛史展「箱」を見に行く。
大判(おそらく4x5?)による街の写真。ビルとか住宅が密集しているところを部分的に切り取って、まるで、箱を並べてあるかのように撮っている。あまり、見たことはない写真(私の記憶のデータベースにはない写真)であり面白いと思った。ただ、箱を並べたというより、よくある平面的なパターンの面白さでまとめた写真もあり、枚数が多いのだからもっと絞り込んでも良かったのではと思った。ただ、そんな写真でも、大判で撮っただけに、街の細かなディテールが写っていて画面の隅々を見るのが楽しくて、面白い写真になって来る。
何枚か新宿で写真を撮る。

2009-03-24 仕事

 職場の3年毎のコンピュータの入れ替えで,写真を撮る時間がありません.
今週はずっとコンピュータの入れ替えに振り回され,来週からは出張です.

2009-03-23

http://heliograph/200903/23.htmlに写真を載せました.

2009-03-22 WorkShop2回目

 14人の参加者,4時間30分位講評が続いた.先週と同様くたびれました.

 その中で,講師の鈴木理策さんの話で印象に残ったこと

 ある程度,写真をたくさん見ていると,データベースのようなものが出来て,被写体を見ると反射的にどう撮ればいいか対処できてしまう.そうならないために,不可能なことだと分かっていながらも,自分の見たままを撮ろうと考える.そこに写真機という自分とは別のものに来てもらって撮ってもらう.自分はそれに指示する監督のようなものだ.

 ノートに記録しなかったことなので,正確に記録したものではありません.
 自分の見たままを撮るということが分かりにくいのですが,この言葉が出てきたのは,ある人のベタを見て,一つのフレーミングで何枚も写真を撮っているが,すこし意識的にずらして撮ったらどうかという話から出てきた言葉です.一つの典型的な撮り方は十分に分かっているのだから,それだけでなく,自分の新しい表現をするために,あえてそこからずらして撮ったらどかというアドバイスだと思う.カメラで通している物の見方(過去の自分の写真,あるいは見た写真のデータベースによる見方)ではなく,自分の見たそのままを撮るということではないかと思います.
 私も,40年近く,写真雑誌,写真集,展覧会とたくさんの写真を見ることにより,そこそこのデータベースが出来てしまっている.それに縛られないためにはどうすればよいのか考えてみたいと思います.
 鈴木理策さんの場合は8x10で撮ることがそのための一つの選択だったようだ.ほんの一瞬,眼で見たものを1時間半もかけて撮るそうだ.
 

2009-03-21 アーティスト

昨日買った美術手帖(2009.04)にHIROMIXの写真とインタビューが載っている.
彼女の発言の中にアートとかアーティストという言葉が盛んに出てくるのに違和感を覚えた.

・・・・・
当初各局すべてのワイドショーから「女子高校生写真家」「プリクラのような感覚」というかたちで紹介したいと電話が来たので,毎回「高校は卒業してプロになりました.写真はアートでやっています」とイチイチ説明してから丁寧に断りました(笑).
 当時「プリクラ」はどうかと思いましたが,いま考えると気軽さと楽しさという点では近い部分もありますね.でもプリクラにアート性はないですね.好きですけれど.コンパクトカメラも昔から(ヴォルフガング・)ティルマンスも使っているのに,それを知らずに不理解のまま書かれたり.
 とにかく,90年代の日本はひどかったですね.写真芸術へ理解がなく,アーティストにとって大変な時代でした.この私のすごい気苦労を考えると,今の時代はアーティストにとって本当に恵まれた時代であると思います.
・・・・・

自分から,アートをやるとか,自分がアーティストって名乗るって,恥ずかしいことだと思うのは,自分だけの感覚なのかなぁ.それとも,インタビューで「ガーリー・フォト」ブーム当時の心境を聞かれて,

一般の人からだけでなく,業界人からの嫉妬もすごかったです.いま考えると男は女より上へ行きたいという気持ちが強いようですね.一緒に遊んだ何人かのミュージシャンは,私の家を訪ねた後に,それより大きい家を借りようとしたり.ライバル意識丸出しで写真を撮りはじめたり.なにをそんなにライバル心旺盛なのか,疑問に思う人たちにたくさん会いました.

と答えているので,」嫉妬から発言の揚げ足をとっているだけだと言われそうだ.
そして,今日この本に出会った.

アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人

アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人

この『アーティスト症候群』 を本屋で読み始めて,私の感じた違和感は決して私だけのものではないということがわかった.
出版社からのコメントhttp://www.meijishoin.co.jp/chosya/oono.htmlより

「人はなぜアーティスト になりたがるのか」−芸術がアートと言い換えられるようになった80年代、カタカナ職業の増加と前後してアーティストという呼び名も溢れていった。
  いまや美術界だけに留まらず、芸能・歌謡界、美容業界、工芸クラフト界なども席巻する「アーティスト」たち。何故、アーティストと呼ばれたいのか。なにをもってア―ティスト/アートとするのか。多彩な切り口から「アーティスト」を考える。

著者自身のこの本へのメッセージが同じくhttp://www.meijishoin.co.jp/chosya/oono.htmlに載っている.

世界との違和を生きる 大野左紀子     

アーティストには「自分はアーティストである」「アート活動をしている」という自己認識がありますが、それがないにも関わらず「アーティスト」と呼ばれる人々がいます。正規の美術教育を受けておらず、ただ自分の中の不可解な表出欲にだけ突き動かされて、次々と「何か」を作ってしまう。作ったものがアート作品かどうか、人にどう見られるかなど考えもしない。そうした人々を指して「アウトサイダー・アーティスト」と呼びます。

近年ではヘンリー・ダーガーが有名です。引きこもりに近い極度の孤独の中で、何十年にも渡って描き続けられた膨大な量の絵が死後に発見され、その荒唐無稽なファンタジー世界は多くの人々を驚嘆させました。

アウトサイダー・アーティストに共通しているのは、「世界と自分との不調和」という強い違和の感覚です。自分にとってこの現実世界にはリアリティが感じられない。そこで生の実感を得ることはできない。だから、仮構の世界を強固に作り上げようとする。それは自らが現実世界に押し潰されないための、必要に迫られた行為です。いわゆる「アート活動」ではないのです。しかしこの「世界と自分との不調和」の感覚こそは、アーティストの創作動機の根底にあるものだと思います。

20世紀前半のアーティスト達の中には、個々の表現で従来の美術を塗り替えようとしただけでなく、革命や社会運動に身を投じこの現実を変えようとした人々が多くいました。もちろん世界は容易には変わってくれないし、従って違和感も簡単には消えなかった。が、それはやはり、自らが現実世界に押し潰されないための、必要に迫られた行為だったでしょう。

そのような止むに止まれぬ無為の行為とそこに賭けられた闇雲なエネルギーを、他に名付けようもなく「アート」と言うのです。「アート」はアーティストと名乗る者が作っているから「アート」なのではない。そう考えると、アートやアーティストに対する見方も変わってくるのではないでしょうか。

ところで,HIROMIXの「アート」とか「表現」と呼ばれるものの正体は,という質門の答えは

人々の心を潤し毎日の生活を豊かにしてくれて,感動を与えてくれるものではないでしょうか.古代からアートは人々の生活に密着していました.近年は以前見られなかった複雑な表現も増えましたが,それだけ世の中の一部分の反映の具現化であり,みんな傷つき,疲れている証しなのでしょう.でも私はそういうのは苦手で,人が見て気分のよくなるものを意識し,どちらかというと古典的な正当派,夢のようなロマンティックなものを好みます.
・・・・・

途中,意味不明ですけど引用しました.


私自身の「アート(芸術)」という言葉の定義は何かと問われると答えに窮するが,少なくとも,アートとして写真を撮るなんていいたくはない.

2009-03-20 篠山紀信と中平卓馬

 
美術手帖4月号の特集は篠山紀信, 

美術手帖 2009年 04月号 [雑誌]

美術手帖 2009年 04月号 [雑誌]

そのなかの篠山紀信論(椹木野衣)を立ち読みしたのだが,結局買ってしまった.ひょっとするとこの部分は篠山紀信論というよりも中平卓馬論なのかもしれない

 ・・・・・・
 あれから、三十年を経て『写真決闘論』を読むとき,篠山に対する中平の反応はいかにも苦しい.最初から最後まで篠山に押されっぱなしという印象を受ける.中平が過度のアルコール摂取による昏睡で倒れ記憶を失うのは,この本と同じ一九七七年である.因果関係など不明だが,終始中平(の写真観)は篠山の「健康」に押されている.
 しかし変ではないか.中平の「写真=批評」は,もとはといえば内面を持たないカメラマンたちに突きつけられた刃であり,だからこそ,かってそれは相応の効果を持ったのではなかったか.その点,篠山紀信というのはある意味,典型的な「カメラ=男」にほかならない.彼の撮る写真に内面や表現にあたるものは見当たらない.ただ,撮る,といったカメラマンの所行に篠山ほどふさわしい人間もいないだろう.そのような動物的な写真家像を乗り越えた場所で,言葉とともに「写真者」として中平は居たのではなかったか,ある意味,中平のような写真家=批評家こそ,篠山にとっての最も苦手な,天敵のような存在だったはずなのに.
 そのことについては,次のように解いておこう.批評は,原理的に自己言及性を持つ,つまり,近代以後の作品に生じた自己意識が批評という営みなのだ.それが分業すれば作家と批評家になるが,それは職業的なものでしかなく,近代的な作家はかならず批評家とての側面を持つ.これは批評家も同様で,近代的な批評家はいずれ,批評する無根拠に晒されて創作に介入せざるえない.この循環(批評するわたし=わたしが批評する)には,かつての神のような外部からの身分保障が永久にないから,ほっておけば急速に閉塞し,精神そのものを破壊する.作家であれば制作ができなくなり,批評家であれば精神に異常を来す.これは原理的なものであるから避けるすべはない.原理との通底を回避して日常を導入し,経済的原理を梃にやりすごすしかない.中平はある意味,この通底を絶え間なく露呈させるような写真家だったし,だからこそ真の意味で批評的=臨界的だった.問題は意識の中の自己言及性が往々として自己否定・自己解体の回路に入り込むことだ.中平も同様に写真への意識の介入を断つために非人称的な「図鑑」を志向するようになる.しかし注意すべきなのは,意識を排そうするこの指向性自体が,実際には強固な意識の産物だということだ.中平が[図鑑]というようなことをいったとき,実はそれは,意識から脱色された原・物的なイメージに接近しているかのようで,実際には批評的な無意識はさらに強化されている.そうなるとイメージはけっして物自体には到達しないし,内面もまた風景と同化してより透明となる分,自縛的になる.中平の場合,もともとそこに写真=批評という病理があったとはいえまいか.
 ところが,最初から意識の志向など介在していない篠山のような写真家では,実は「図鑑」的なものはとうに実現されている.中平が気づいてしまったのはそのことだっだ.おそらく『写真決闘論』のなかで,中平にとっての篠山の写真は,まさしく「図鑑」的に見えていた.自分が懸命に近接しようしてきた「図鑑」を,篠山はいとも「簡単」に実現していたのだ.ただし,この致命的な発見そのものも実は中平の自己意識の効果であるにすぎない.篠山にはそもそもそうした命題が立てられてないからだ.
 ただし,篠山がもしも型とおりのカメラ=男にすぎなっかたとしたら,中平の敵ではなかっただろう.篠山がいつのまにか「図鑑」に到達していたのは,彼が卓越したカメラマンというより(そんなことは当然だ)篠山が常に「図鑑」ならぬ週刊誌のような使い捨ての「グラビア」の渦中によっている.つまり,図鑑という理念で中平が自己・批評的に実現しようと考えた写真の絶対零度篠山は資本主義の圧倒的な速度と消費の渦中に乗ることで,いともたやすく実現してしまった.これは中平にとって二重の意味でショックであったにちがいない.ひとつは彼の理念とは異なる,むしろ仮想敵のような写真家に成し遂げられているという事実.そしてそれを押し進める背景となったのが高度資本主義という消費社会の加速という,かつて自分が対面し打破すべき対象とした体制側の心臓部だったことである.
・・・・・・

来月にはNUDE by KISHIN(朝日出版)が発売されるらしい.

NUDE by KISHIN

NUDE by KISHIN



 http://heliograph.info/200903/20.html横浜の写真を載せました.

2009-03-18 写真と肌理

 「不完全な現実 デジタルメディアの現実」藤幡正樹(NTT出版より)

p.98 写真の発明とテクスチャ

写真が発目されて誰もが一様に驚いたのは,まずは正確な遠近法だったのかもしれないが,もしかしたらディティールがもつキメ(テクスチャー)の精緻さもあったのではないだろうか.西欧絵画の歴史を見ても,」初期の乾板写真ほどの精密さで対象を描いている絵画はそれほど多くない.

そう,「写真の肌理」を追求したい,
 新宿でカメラ屋に行く.RolleiのORTHO 25(10本で2万円位)は高すぎる.IlFord PAN F 50(一本 450円位)にしようと考えたが,今日は買わずに帰る.

新宿の写真をhttp://heliograph.info/200903/13.htmlにアップしました.

2009-03-16 気になるFilm

 昨日のワークショップに参加して,とりあえず,植物のシリーズを当面続けていこうと思う.とにかくプリントのクォリティーを上げたい.今まではTRI-XのみだったのをRollei ORTHO25を切り替えてみようと思っている.感度が低いので,一脚ではなく三脚を担いで行かねばならなくなり,体力面の不安はともかく,一脚の時よりも,構図の自由がきかず不自由な面もあるかもしれないが,せっかくの高いフィルムですから,じっくり撮って行きたい.
 それにしても,Hasselの修理が終わらないと撮影が出来ないので,いまのちに,このフィルムは今まで行ってきた2浴現像法でうまくいくのか,Rolleiの現像液の方がいいのかとか色々情報を集めていきたいと思っている.
 RolleiのFilmのホームページ http://www.rollei.jp/pd/Film.html

 今日は仕事が忙しく,写真は撮っていません.

 

2009-03-15 ワークショップ

 午後から 横浜美術館 市民のアトリエ のワークショップ「写真をつなげる 時間をつなげる」(講師 鈴木理策)へ行く.2時半から7時半まで密度の濃い時間でした.色々な人の写真を見て,本当にくたびれてしまいました.どうして,人の写真を見るどうしてくたびれてしまうのでしょうか,人の体験したかなり長い時間をこちらが短時間で追体験させられかもしれません.
 他の人は来週までの課題をもらったのですが,私は来週,植物の写真を持ってくるように言われただけでした.仕事の関係で,今の時期にとても暗室に入るような時間は作れそうにないのでホットしました.
 今日,家に置いていった植物の写真も来週もっていこうかなと思っています.
f:id:heliograph:20090315133537j:image


http://heliograph.info/200903/15.html横浜での写真をアップしました.


 

2009-03-14 定点観測

 午前中は強い風と雨,ごごになって,ようやく雨が上がった.遅い食事の後に,目白の定点観測の写真を撮る.これと,帰りがけに撮ったこの写真を撮っただけでした.

f:id:heliograph:20090314145450j:image



明日はワークショップ,写真選びは明日午前中にやろうと思います.

定点観測の写真をhttp://heliograph.info/200903/014.htmlにアップしました.

2009-03-13 写真選び

 仕事を早く切り上げ,夕方,写真選びのために秋谷に行く.
 前に伸ばした,16x20(小全紙)のバライタを見るが,黒のしまりがないものが多くてがっかり,プリントがこんなに下手だったことを思い出した.しばらく見てないうちに,自分では素晴らしいプリントができるような気になっていた.それでも,30枚近く無理矢理選んだ.
 写真を撮り放し,あるいは撮らない方が,自分は素晴らしい写真が撮れるんだと思い込めるのかもしれない.

 明日はそれより後にプリントした14x17(大四つ)の植物のシリーズから選ぼうと思う.
 駐車場に出て,海の写真を撮る.
f:id:heliograph:20090313173835j:image

http://heliograph.info/200903/12.html,http://heliograph.info/200903/13.htmlhttp://www.flickr.com/photos/heliograph/に昨日と今日の写真をアップ.
 

2009-03-12 カメラを忘れた

 このごろ,写真を撮る時間がないので,出勤するとき,目黒原宿で途中下車して,ホームから写真を撮った.これで,帰るときに写真のことを考えなくても良いと思ったのが大間違い,終電にぎりぎりに仕事場を飛び出し,肝心のカメラを置いてきてしまったのだ.途中で気付きながらも戻るに戻れず電車に飛び乗りました.従って,今日はhttp://heliograph.infohttp://www.flickr.com/photos/heliograph/も更新出来ません.
 今度の日曜日は横浜美術館でのワークショップの初日です.そのとき見せる写真も選ばねばなりません.
どうにかして,時間を作らねばと思っています.この2,3日は日記の更新は難しいかもしれません.

2009-03-10 タイムトンネル

 1967年,NHKで放送された番組に「タイムトンネル」という番組があった.アメリカで1966年、20世紀フォックスによって制作されたものだったらしい.
 その中で,時間を移動するときに,白と黒の縞模様のトンネルを通り抜ける.ストーリーは余り覚えてないのだけどそのトンネルのイメージだけが印象に残っている.
 昔,品川駅山手線から横須賀線に乗り換えるとき地下道を通ったのだが,その地下道の照明の間隔が離れていたために縞模様に見え,そこを通るとタイムトンネルのことを思い出した.そのトンネを28mmで撮ると,すごく長い写り本当に「タイムトンネル」のように写った.
 今日,池袋でガードの下を通り,
f:id:heliograph:20090310215132j:image


こんな写真を撮ったのですが,久し振りに「タイムトンネル」のことを思い出しました.

2009-03-09 今日も鎌倉へ

 昨日に引き続き,午前中鎌倉へ行く.御成通りで,着物の古着を売っている店のウインドウを写した.
f:id:heliograph:20090309124828j:image


この写真を撮りながら,去年,カフェ・ユイットで見た西垣佳奈子「layer−S」という,写真展を思い出した.
この展覧会の産経新聞の記事がhttp://sankei.jp.msn.com/culture/arts/080616/art0806160821000-n1.htm
で見られます.
 私のこの写真とは全然違う写真ですが.去年,私の見た写真展の中でも強く印象に残る写真展でした.

鎌倉で,用事をすませ,目白へ.http://heliograph.info/200903/09.html目白お定点観測の写真をアップしました.

2009-03-08 鎌倉へ

 鎌倉へ行き,由比ヶ浜の通りの古本屋に行き,

を買い.そのまま長谷まで歩き,この本を読む.
本のカバーの裏側に次のように写真家の言葉が紹介されいる.

  • メディアの伝統に背き,そのマテリアルを蔑視することがアイディアを純化する
  • 写真家は潜在する映像のなかに生き,それを追求する
    • ブッラサイ


  • 写真の本質の条件は,カメラではなく光を形成する感光材料にある
    • モハリ・ナギ


  • 即物主義こそ写真の本質であり,また写真の限界である
    • ポール・ストランド


  • 私をエキサイトさせる写真は,新しい方法で何事かを告げる写真だ
    • ハリー・カラハン


  • 写真家は,大陸の発見の夢みて航海をつづける冒険家である
    • エドワード・ウェストン


  • 写真は,ある対象についてのきわめて個人的な視覚報告書である
    • アレキセイ・ブロドウィッチ


  • 写真は現実にあるリズムを認識することに意味を生ずる
  • 写真の瞬間と,運動が行われている生理的瞬間とは一致するものではない
  • 現在とは,宇宙におけるらゆる出来事と時間の交差にすぎない

アレキセイ・ブロドウィッチ(Alexey brodovitch),オットー・シュタイナート(Otto Steinert)についてはよく知らなかった.これから,少し写真集などを探してみることにする.

2009-03-07 藤幡正樹

 新宿で本屋によいり,

不完全な現実―デジタル・メディアの経験

不完全な現実―デジタル・メディアの経験

を買う.

本屋でこの部分を読んで思わず買ってしまった.
視線と発見 ― 絵画・写真・デジカメ P.210より

 デジカメが向かっている方向,ケータイのカメラが示唆している方向の向こうには,スキャニングという概念が覆い被さってくる.スキャンすることは見ることとは関係がない.そこに意味を見いだす必要もない.フレームに収めること,デジタル化するという行為そのものにしか意味がないのだ.
 対象と直接に接して,対象を知るという行為は面倒くさすぎるので,現場では視覚像だけを手に入れて,あとから見るという余裕(財産)を所有することで,体験を執行猶予するものである.
 いや,そうではない.スキャン(撮影)されたイメージ(デジタル・データ)の多くはブログに載せるために撮っているという.それはもはや自分でさえも見るわけではなく,他者のための(とはいえ誰がみるともしれないページなのだが)データのスキャンニングなのである.
 そう,デジタル・カメラの本質は「見ないことの実践」なのだ.

 そう,今日もデジカメの画像をhttp://heliograph.info/200903/7.htmlに載せました.

2009-03-06 中上健次

 先日買った本「 中平卓馬 (KAWADE道の手帖)」に中上健次が「ダ・カーポ」の1989年5月7日号に書いた 文芸時評が[中平論アンソロジー]として載っている.「ダ・カーポ」での連載中唯一の写真集を対象としたものである.

 言葉,文字への徹底した抗戦を仕掛ける写真家の意志  中上健次

...つまり日本の文化は、言語中心主義なのである。儒教の影響なのか、言葉、文字がのさばり、写真のみならず、絵画も演劇も舞踏も。パフォーマンスの類を軽んじる。森山大道中平卓馬は、写真を抑圧し、搾取し、無化する言葉、文字へ徹底した抗戦を仕掛けたのである。言葉・文字を、神の御手がつくり出す物語と言い換えても良い。私はその御手をかって天皇と呼んだことがあるが、その文脈を使ってさらに言い換えれば、中平卓馬の『アデュウ ア エックス』は天皇に捧げる挽歌である。もちろん写真を撮る中平卓馬に天皇の意識はない。むしろ積極的な反天皇者であろう。しかし、中平卓馬の徹底性が、見る者の思考を徹底化させる。徹底化させるが故に、抗戦の戦略、戦術の弱さも見える。一つは物語に刃向かうにはこれしかないような、物の分断の方法である、それは一枚の写真の上では拡大(アップ)となり裁断(トリミング)になる。濃い焼きつけで一層はっきりする光と影でのコントラスト、つまりひりつくような明視の意志である。太陽に眼を焼かれてアラビア人を撃ったムルソーのような、中平卓馬のシャッターを押す指。
.....

 橋口譲二十七歳の地図』、中川道夫『上海紀聞』、砂守勝巳『カマ・ティダ―大阪西成―』は写真というよりも、言葉、文字の側に足を踏み入れた作品集である。それぞれ楽しい情報を見る者に与えるが、言葉・文字が支えなければ、一歩も立てない。辛うじて立っているとすれば念力による。

 その他,100点満点の評価が表になっていて,中平卓馬の『アデュウ ア エックス』は79点で全連載中の最高得点だったそうだ.ちなみに,評は略したが杉本博『SUGIMOTO』と瀬戸正人『バンコクハノイ1982−1987』が次に高い評価の40,橋口譲二十七歳の地図』は38、中川道夫『上海紀聞』は37、砂守勝巳『カマ・ティダ―大阪西成―』は36である.
 
 さて,hatenaで日記を書き,http://heliograph.infoでは写真だけを載せた理由は余計な言葉のない状態で写真を見てもらいたかったのだが.どのくらい見てもらえているのだろうか?

2009-03-05 横須賀美術館へ

 芥川(間所)沙織展
http://www.yokosuka-moa.jp/exhibit/kikaku/484.htmlより
f:id:heliograph:20081222115152j:image:right

芥川紗織(あくたがわ・さおり1924-1966)は、大胆でユニークな画題を鮮やかな染色で表現し、1950年代に一躍脚光を浴びました。彼女は、ユーモラスな植物の形態を思わせる油彩や、染色で描いた、叫ぶ<女>シリーズを、次々と発表しました。そして、日本の神話などに着想を得た「神話」「民話」シリーズにおいて、彼女の自由奔放な想像力が最大限に開花したといってよいでしょう。確固たる独創的なスタイルを確立するも、惜しくも42歳の若さでこの世を去ります。本展は、特異な作品群を生み出した、芥川(間所)紗織という作家の全貌を検証する、公立美術館で初めての展覧会となります。また共に活動した「制作者懇談会」のメンバーを含め、同時代の作家たちとの交流をご紹介いたします。

 東京音楽学校(現東京芸術大学)本科声楽部を卒業後,芥川也寸志と結婚.声楽の道をあきらめ絵の道をめざす,細かなところを気にせず染色で描いた色鮮やかな大胆な構図が面白い.絵の制作を続けることと家庭との両立が難しく離婚,渡米,絵の勉強を基礎からやり直し,落ち着いた色調の構図も安定した抽象画を描くようになったが,再婚し間所と姓が変わった3年後に42歳の若さで妊娠中毒症で死んでしまう.
 カタログを見ると,女性の絵画であることや油絵でない染色を用いていたことで,一段低く見られたことへの反発心が非常に強かったようだ.激しい気性の人だったろう,その激しさが出ている初期の叫ぶ<女>シリーズが素晴らしいと思った.


市川美幸

f:id:heliograph:20090306005126j:image:right
この美術館でもう一つ収穫があった.常設展の中で,写真家市川美幸のシリーズ「tele-ship-scope」を見ることができたことだ.カメラを望遠鏡の接眼部に接近させ望遠鏡を通した風景を撮ったもの,ボケていてよく何が写っているか判断できないものもある.

ちょうど屋上に望遠鏡が置いてあったので,私もカメラを望遠鏡の接眼部に近づけて,目の前の浦賀水道越しに見える対岸の工場を撮ってみる.
f:id:heliograph:20090305153831j:image


http://heliograph.info/200903/05.htmlにも望遠鏡を使った写真をアップしました.

2009-03-04 Ebony修理完了

 Ebonyの修理が終わり,東武東上線大山駅近くの会社までカメラを受け取りに行った.
 前枠の繰り出しがスムーズになり,回し過ぎると外れてしまったのがちゃんと止まるなど,前とは別の機械になっていた.中古を選ぶにも新品というか,ちゃんと調整されたものがどんなものか知らないと,このような目に遭うのが良く分かった.後はテスト撮影をして,光り漏れが止まったのかどうかのチェックするだけだ.

北板橋駅

 池袋から東武東上線に乗り,一つ目の北池袋駅のホームの近くに,このような建物がある.
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 大山に行くたびにこの建物が気になってしょうがなかった.今日,カメラを受け取った後帰りに,北池袋駅に降り写真を撮った.ホームを端から端まで歩き,20枚近く撮り仕事場に戻ったのだが,デジカメで写り具合を確かめているうちに,全部消してしまった.雨が降り出していたが,広角ズームを付けたデジタル一眼を持って北池袋に行き,再び撮影.
 飯沢耕太郎のデジグラフィという本に,デジタル写真の特徴に一瞬のうちに消えてしまうということがかいてあったことを思い出した.

デジグラフィ―デジタルは写真を殺すのか?

デジグラフィ―デジタルは写真を殺すのか?

 フィルムだって,カメラの蓋を間違えて感光させたり,現像の途中でタンクの蓋が開き感光させたり,一瞬のうちに消えてしまうのは必ずしもデジタルの特徴ではないとは今でも思っています.

 http://heliograph.info/200903/04.htmlに北板橋駅のホームから写真をアップしました.

2009-03-03 メイプルソープの映画

 この間,渋谷を歩いているとき,ポスターを見たのだが,近々MAPPLETHORPEの映画が公開されるようだ.

 今日,ネットで調べてみると,「BLACK WHITE + GRAY A PORTRAIT OF SAM WAGSTAFF + ROBERT MAPPLETHORPE」という映画で日本では「メイプルソープコレクター」という名前で公開される.
SAM WAGSTAFFというのが,コレクターというか MAPPLETHORPE を世に出した人物だ.
パトロンと芸術家という関係だけでなく,パートナーだった.

http://cinematoday.jp/movie/T0007298によれば

チェック:1970年代後半より前衛的な芸術写真で旋風を巻き起こしたアメリカ人写真家のロバート・メイプルソープのキャリアを追い、彼のパトロンでありパートナーでもあったサム・ワグスタッフにも同時に焦点を当てるドキュメンタリー。成功する以前にメイプルソープと同居していたミュージシャンのパティ・スミスも、証言者として出演。元写真キュレーターで写真についての著書もあるジェームズ・クランプだからこそ描ける、アートビジネスの表と裏に興味をそそられる。

ストーリー:写真家・ロバート・メイプルソープの成功の鍵は、彼に目を付けカメラを与えたアートコレクターのサム・ワグスタッフにあった。アトリエでのメイプルソープのほか、貴重な映像を公開する。また、二人と多くのときを過ごしたパティ・スミスや著名な写真家などが、二人がアートビジネスに残した軌跡を語る。


公式サイト http://www.mapplethorpe-movie.jp/ で予告編が見られるが,撮影シーン等も見られるようで,是非みたいと思っている.
その前に,前に読んだ,

メイプルソープ

メイプルソープ

でも読み直してみたい.

 今日は雪が降りそうだったので,早めに帰宅.写真は撮りませんでした.

2009-03-02 コニカミノルタプラザへ


 カモ マサユキ写真展「America, Americans」井上麻衣写真展「白いユートピア」を見に行く.

カモ マサユキ写真展「America, Americans」

僕は今年の春、長距離バスを使ってアメリカ一周の旅をした。その旅で僕は、西はシアトルサンフランシスコに始まり、ロサンゼルスデンヴァーを通り、東はアトランタワシントンDCニューヨーク、その他いろいろな場所に滞在し、様々な人々と出会った。この一連の風景写真はその旅の記録である。この撮影で、僕がこだわったことがふたつある。それはまず、必ず陸路で一周すること。なぜならばアメリカという国の大きさや風土、その土地に住む人々の生活を身をもって体感したかったからだ。そしてもうひとつは、そのアメリカの大きさに負けないように、すべて4×5のカメラで撮影することである。最後に、この旅で出会った、すべての人々に感謝したい。

大型カメラでアメリカを撮るというと,Stephen Shore のUncommon Placesが思い出されるが,それよりはずっと引いて撮った感じ,Death Valley のガソリンスタンドで親子で縄跳びっをしている写真,Santa Monicaの海岸の写真等が印象に残った.


井上麻衣写真展「白いユートピア

洗練されたインテリア、光が降りそそぐ大きな窓、真っ白な絨毯を敷きつめて。
作りこまれた無菌状態の淡黄色の壁紙の世界の中には、人が抱くとりとめのない夢や幻想がうごめいているようで、差し込む光も面白みのなさを覆い隠すような木々もだんだんと、ベールをかけたにせもののように思えてくる。
ありふれた幸福のイメージでぬり固められた不思議な家。そんなリアルさのない、おかしな空間の静けさに魅かれ、足を踏み入れた。

住宅展示場のモデルハウスの室内で撮った写真,生活感が全くない空間.作者の言うとおりまさに,「ありふれた幸福のイメージにぬり固まれた不思議な家」というところまでは同感であるが,ただのきれいなインテリア写真にしか見えなくてすぐ会場を出てしまった.家に帰り,上の作者の文章を読んでから見るとどのようにみえたのだろうか.

写真は,新宿でコニカミノルタプラザに行く前に撮ったものです.

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http://heliograph.info/200903/02.html目白定点観測の写真を載せました.

2009-03-01 神奈川近代美術館 鎌倉館へ


 伊庭靖子展 まばゆさの在処(ありか)を見に行く.
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2008/iba/event01.htmlより

 伊庭靖子(1967- )は、果物、プリン、クッション、器といった身近なものを自然光のもとで自ら撮影し、その写真のイメージを素材にして絵画へと転換する作業を続けています。新鮮な甘酸っぱさが口の中にまで広がってくるような果物、柔らかな布に触れているかのように感じるクッションやベッドリネン、あるいは透明のうわぐすりがかけられた艶やかな磁器など。それらひとつひとつの肌合いを感じさせる作品は、ただ物や写真を見るよりも、実感的に私たちの体の中に沁み込んでくるといってもいいかもしれません。それぞれの物質の微妙な質の違いを繊細この上ない感覚で捉えた伊庭の絵画は、人間の感性に独自の働きかけを引き起こします。
  物のもつ質のわずかな差をどのように表現していくのか、そのひたむきな探求によって生まれた画面は、私たちの感覚をひろげ、普段は見過ごしている物が静かに纏うまばゆさに満ちた世界を気づかせ、見る者に驚きとともに、確かさや温かさを感じさせてくれます。 

 写真から絵画を描くというとフォト・リアリズム(スーパーリアリズム)を思い出すが,それとは違って,写真を撮るとき,被写界深度を浅くして,カメラのピントの合っているところからぼけるところまでを写真を忠実に写している.会場を回りながら,写真を撮りそのまま写真をみせることとどう違うのだろうと考えていたが,

 カタログを読むと,単純に写真を写しているのではないことが分かった.

Y.I.)細密さは出したくはないということがあるんですね.特に私の作品は写真みたいだとまず言われるので,そこはあまり嬉しくはないんでうけれども,描き込めば描き込むほど.やはりフォト・リアリズムっぽい厭らしさが出てくると思うんですね.それはすごく細密に陰影を強くして一種のリアルな質を出す感じだと思うんです.けれども,私の場合はある程度の物のかたちや,全体の質を写真から引き出して,最後は写真をできるだけ見ないようにして,仕上げて行きたいですね.そこではやはり,写真によって引きずられないように,もっと写真では表現できないような要素,私がもっとそこを強調したいようなところが出るようにしているんで,だから近くに寄って細密に描き込むというのはないんだと思います.
...
...
Y.I.) だから,たとえば目の前にある物を普通に描くときだと,形を補って陰影を描いていったりすると思うんですけど,写真を絵に写してくときには端っこから単純に写していくんですよ.部分部分でやっていると絵具の乾きがばらばらになるので,そのあとつるんとした表面をつくりたくても難しかったりするので,やはり絵具ができるだけ乾かないうちに端っこから描いていくんです.

  • 全体的に描いていくのではないのですね.

Y.I.)それが何か作業になっていたので,それで最後は写真から離れたというのもあります.やはり,そこで,もう一度ちゃんと画面を見てものをつくることをしなければいけないな,ということがあったんですね.それで写真から少し離れてきたんです.

( 伊庭靖子展 まばゆさの在処 のカタログより,伊庭靖子インタビュー 聞き手:是枝 開)

もうひとつ引用

写真はその光だけを取りだして差異化することはどうしてもできない.それを可能にするのは画家のまなざしであり,しかるべき技量をともなった惜しみない制作の労力にほかならない.
...

「それはかつてあった」.このバルトのいうノエマの呪文からイメージを生き生きと奪回すること.まばゆさの在処を問いかけながら,その奪回をあきらめることなく試みていくこと.そのとき,画家は,やがてまばゆさが遍在する「カメラ・ルシーダ(明るい部屋)」としての絵画の可能性へとさらに一歩近づいていくにちがいない.
(カタログより まばゆさの在処―伊庭靖子の現在 水沢 勉)


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渋谷へ

 
 美術館の後,渋谷に行く.洋書のバーゲンセールの中に



を見つけて買う.

その中で解説Richard Lorenzが冒頭に引用している次の文章に感動した.

どうして絵画は因襲的絵画表現の足かせを払拭しなのか.どうしてカメラの巧妙な敏捷性が動体の観察に役立てられないのか.物の動きの連続した露光が一つのネガに焼き付けられないはずはない.どうして今まで誰もやらなかったアングルを試みないのか.私は大真面目で尋ねたいのだが,どうしてどれもこれも風景や肖像,造形に分類されるような平凡な写真ばかりを創り続ける必要があるのか.どこにも分類できないような新しい何かを創る喜びを考えてみたまえ.どちが上でどちらが下かさえわからないような…我々はカメラの可能性について認識し始めてさえいない.
Alvin Langdon Coban in Photograms of the Year (1916) 
(笠原美智子訳)

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