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2010-07-07

平敷兼七の追悼展

ArtItのレビューを小原真史さんも書いている。
その一番最初のレビューで平敷兼七の追悼展のことを書いていた。

以下、http://www.art-it.asia/u/reviewd10/osbmWRhxArH3QpaTjSw7/より引用

展覧会に点数をつけるという少々荷が重い役をこのサイトで引き受けるに当た
って、どうしても言及しておきたい展覧会がある。
対象が昨年末に開催されたものとなってしまうので、いきなりの反則技かもしれないが、TARO NASUでの「平敷兼七展」について。
 
 2009年の10月、沖縄写真家平敷兼七が急逝した。そのわずか2ヶ月後に東京
追悼展が開催された。
会場には極端に色褪せたものから折れたものまで、さまざまな状態のヴィンテージプリントが100点以上、ビニル袋に入れられたまま無造作にピンナップされていた。
値段も恐ろしく安く、私が訪れたのが会期末だったことも手伝ってほぼ完売状態だった。沖縄写真家大和で叩き売り、バラ売りされているという以前に、平敷の部屋から出てきたばかりのようにも見えるそのプリントの展示が、遺品整理にしか見えなかったのは残念でならない。

そして自戒を込めて言えば、私はプリントの来し方行く末が気になって、それらの写真と出
会い損ねてしまったのだった。(2010/03/02 15:19)


平敷さんの写真はどこかにまとめて保管されているのだろうか?気になる。

参考
http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100207/1265558502
http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100202/1265122576

五十嵐太郎「スーパーフラット再考2010ーー微細なデザインからみえるもの」

先日、http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100701/1278000543で、『ART and ARCHITECTURE REVIEW「July 2010」』の中村竜治さんのインタビューを紹介したが、『ART and ARCHITECTURE REVIEW「July 2010」』で五十嵐太郎スーパーフラット再考2010ーー微細なデザインからみえるもの」という文章が掲載された、ここでも、中村竜治のトウモロコシ畑について触れている。
その部分を引用する。(http://aar.art-it.asia/u/admin_edit1/JH9XzdY48bWSp7sg2mAh

建築はどこにあるの?」展(東京国立近代美術館)における中村竜治のとうもろこし畑は、間違いなく、微細なデザインの極致を開拓した。単に冷静なのではなく、わかりやすく狂っているのではなく、冷静な狂気というべき感性。筆者がこれまでに見てきたものでは、中国清王朝における工芸品は、人間の手でなせる超絶技巧の最高峰だった。現在のコンピュータ制御の造形でも、なかなかこのレベルには到達しないだろう。とうもろこし畑は、工芸品のような手つきでありながら、小さいオブジェではなく、人を包み込むような空気のかたまりとして出現している。人の手という意味では、学生の集団制作であり、とても清朝工芸品にかなわない。だが、レーザーカットによる現代の技術と、部材をつなぐ手作業を融合させることで、真に現代的な作品になったのである。
 とうもろこし畑が興味深いのは、ぺらぺらの表層的な紙でありながら、なおかつ構造体になっていることだ。しかも立体的なオプ・アートのような、錯視効果を生む装飾的な幾何学である。スーパーフラット建築において論じた青木淳ルイ・ヴィトン名古屋の表層における操作が拡張し、ついに空間を獲得したかのようだ。とうもろこし畑では、構造を安定させる強いかたちから構成されているのだが、その部材が細く、単位が小さく、また無数に反復されているために、かたちが消えていく。全体のヴォリュームとしては三角柱になっているが、それも便宜的なものであり、おそらく現象だけが鑑賞の記憶に残る。微細な線の集積ゆえに、目の焦点をあわせるのが難しい。動きながら見ると、さまざまな方向に視線の抜けが発生する。また人の手作業がもたらすわずかな偏差は、幾何学にゆらぎを与えるだろう。そして構造を強化すべく、床に近い部分は紙がやや厚くなっているために、眺める方角によって、均質なフレームによる透視図とは、かすかにずれた奥行きを生む。とうもろこし畑をじっと眺めていると、幾何学的な造形ながら、それが生命体のようにもふるまう、『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する使徒のように思えてきた。

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