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2010-07-08 写真とキャプション

イメジージの冒険

昼、外に食事にでて、ちょっと古本屋により、

イメージの冒険〈7〉写真 (1982年)

イメージの冒険〈7〉写真 (1982年)

を買う。その中の『桑原甲子雄谷川俊太郎の対談「写真は何を語りかけるのか」』で、「写真とキャプション」について触れていた。その部分を引用する。

○写真とキャプション
谷川 昔はキャプションていいましたけど、写真とことばの結びつきみたいなことは、写真をずうーっと撮られていたころはどうお考えでしたか?
桑原 写真のキャプションていうのはいろいろ意味があって、つまり戦場の写真でも、キャプションのつけ方で、戦場の一枚の写真の意味がかわってきちゃいます。キャプションは怖いですね。
谷川 やっぱり、写真だけで何かをいわなくてはいけないというか、表現しなくてはいけないというか。
桑原 そういう時もある
谷川 僕はわりとフォト・ストーリーとか、映画の脚本みたいなことで、映像の世界に入ってきたものだから、初期の頃から、写真と言葉とワンセットで考えてきたようなところがあると思うのですね。ただ、僕が、写真ていうのは、本当に素晴らしい働きをもっているなと思ったのは「ファミリー・オブ・マン」なんですね、あれはキャプションっていっても、詩とかことわざのようなものがポンポンと置いてあるのだけで、ちょっと普通の意味のキャプションとは違うんですけれど。
桑原 あれもキャプションによって「人間家族展」の意味っていうのは増幅されたでしょ。ただね、ロラン・バルトがいってるんですけど、彼が「ファミリー・オブ・ラン」を1950年かにパリで見て、人間、人類はひとつの家族だというタイトルで、すごく評判がいいんだけど、あれをパリにきているアルジェリアの労働者が見たら、何て思うだろうかっていうようなことをかいているわけ。バルトあたりはかなり鋭く写真を見てたんだなと思いますね。そういうことがあるから「ファミリー・オブ・マン」のキャプションがかなり力をもって、つまり映像に拮抗して、それだけのパワーをもってたんですね。言葉と映像とタイアップで何かひとつの主張をするとか表現するとかいうこともありうるでしょうね。それから写真だけで何かいうってこともありうるし、その辺はかなりフリースタイル でいいんじゃないですかな。
谷川 米ソ冷戦さなかに、「ファミリー・オブ・マン」を見たときには、僕もまだ若かったし、本当に素晴らしいって思ったんですけど、大分あとになって、ダイアン・アーバスって写真家を知りまして、あれはもうキャプションなんかない世界なんだけけれども、やはり、もう、「ファミリ−・オブ・マン」のああいう発想では人間は捉えられなくて、アーバスの方が、ただひとりの個人が撮った写真なんだけども、「ファミリー・オブ・マン」よりも深いところをいっているというショックを受けました。
桑原 一九七〇年代でしたっけ。
谷川 ええ
桑原 あれはニューヨークの近代美術館で「ファミリー・オブ・マン」より入場者が多かったんです。ちょうどベトナム戦争でアメリカ人も士気阻喪している頃だから、アメリカ人の心境にフィットしたんでしょうね。写真というのはいろいろな角度から見られるし、いろいろなジャンルがあるし、だから、写真はこうだとか、そういうこと、全然いえない。

“生きた経験”というイデオロギー

heisodekker(大嶋浩)さんのtwitterより

heisodekker
2010.07.08 16:52
ドキュメンタリー「グレーン・グールド 永遠のピアニズム」を見る。演奏会よりも録音を重視するグールドに対して「山の映像を見て満足するようなもの」とインタビュアーが言うと、グールドは「それは素晴らしいことだ。犠牲者が出なくていい」と答える。 via web

heisodekker
2010.07.08 16:55
グールドほど“生きた経験”というイデオロギーを軽蔑した者はいない。もちろん「山の映像」がある確かな存在論的実在性を現前させる限りにおいてだ。グールド−特権的瞬間を求めて。 via web

読書

tadanoriyokoo(横尾忠則)さんのtwitterより

tadanoriyokoo
2010.07.08 16:01
時々、読書によって人生の貴重な時間を奪われたような気になることがある。読み終った途端、本の内容何ひとつ記憶していないのは本のせいか、こちらのせいか知らないが、何も変ってない自分がいるだけだ。 via web

tadanoriyokoo
2010.07.08 16:01
本は他人の噛み終ったチューインガムを噛んでいるようなもので、美味い汁は他人が吸ってしまったあとだ。 via web

tadanoriyokoo
2010.07.08 16:01
他人の知識のおこぼれを頂戴するより、自分の経験を知識にした方がうんと身につくと思うけれど、やっぱり他人に経験を代行してもらいたいのは何なんだろう? via web

tadanoriyokoo
2010.07.08 16:01
本を読むことも読まないことも本に対する強迫観念だ。じゃ一層のこと自分で本を書いて、自分の本の読者になればいい。 via web

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