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2011-11-30

写真打ち出し

 打ち出し中にインクがなくなって今日は作業できないので、Blogを更新しておきます。もうすぐ、Hatena Daiaryの記事を書いた日数が1000日になる。今は983日です。今年中に何とか1000日目を迎えたいのです。
 今の状況は、EpsonのProLab Printを使って、打ち出しを続けています。ほとんど、そのまま調整しないで打ち出しているが、たまに、明るさ・濃度の調整して打ち出している。これから、打ち出したプリントを見て、写真の選び直しをする。やはり、打ち出しをすると、パソコンの画面で見ているのと違う印象を受ける。この作業をして、今までと、撮るものが少し変わってくるのだと思う、何となく、プリントしても面白くないものが分かってきたからだ。もっと対象に近づくことが大事だと感じている。
 
 

2011-11-28

前田一(@hajimemaeda)さんの畠山直哉展『ナチュラル・ストーリーズ』の感想


http://twitter.com/#!/hajimemaeda より

畠山直哉展『ナチュラル・ストーリーズ』を観てきた。現実(実際の出来事)を整合的に折り合いをつけて、作品に落とし込んでいく手際は、あまりにも見事です(発言や思考も含めて)。けれども、以前からずっと、私には彼の作品自体に何か特別なものが見えてきません(今回の展示も同様に)。

畠山直哉の被災地の写真と、報道で公開された被災地の写真の相違点はどこか?…というレポートを写真学生の方に書いてもらいたい。きっとおもしろいはずです。

グルスキーと同様に、畠山直哉も頭の中の見たい風景(光景)を写真作品にしている(はず)。しかし、作品に無数の誤認可能性があってはならないのが畠山直哉の写真に対するスタンス。両者の大きな違いは端的に「存在へのアクセスは可能か?」ということ(畠山→可能)。

解像度がいくら向上しても写真を誤認、見間違えることがある。そんなことぐらい畠山直哉は熟知しているはずだけど、写真作品からは、そのことが見えてこないのです。聖骸布を安直に信じてしまうように、世界(風景)を信じている。そんな写真。

今週はプリント週間


結局、EPSONのPX-G930を購入、昨日はEPSONホームページからドライバーやプリント用のソフトをダウンロードして、色々試してみました。
今日から、夏から今までの東京の写真を打ち出しました。少しの間、Blogの更新が滞るかもしれません。

2011-11-26

青梅アートフェスティバル

 去年は行かなかったけど、2年ぶりの青梅アートフェスティバルに行ってきました。吉川英治記念館で展示された作品は見なかったが、青梅駅付近の会場を回った。青梅市立美術館の紅葉が美しかったし、エナガシジュウカラメジロを見たりと楽しい散歩でした。
 今日の収穫は、青梅市立美術館で母袋俊也という作家を知ったこと。水彩、ボールペン、フェルトペンで描かれたDrawingの数々に惹かれた。
 母袋俊也さんのホームページは http://www.toshiya-motai.com/
 私が気になったのは、

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2011-11-25

「モノクロームorモノトーン」伊奈英次×柴田敏雄

 ギャラリーアートアンリミテッドで行われた「モノクロームorモノトーン」展の関連トークの一部がyoutubeで公開されました。
D

私が写っています。

Aaron Hobsonの「c i n e m a s c a p e s」

twitterで話題になっています。「Aaron Hobson」で検索すると色々な人がtweetしています。
http://aaronhobson.com/gsv1.html
を見てください。これらはGoogle Street Viewの写真です。6x12で撮った写真のように見えます。

何回かgoogle street view から写真を取り出してみましたが、なかなかこのようには写真を取り出すことは出来なかった、なかなか大変なさぎょうだと思います。
c i n e m a s c a p e s というシリーズの - Google Street View Editionということですから、Google Street Viewではなく普通に撮った写真もあるようです。http://aaronhobson.com/index.htmlからみることができます。

参考:

 http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20110302/1299086183

2011-11-24

畠山直哉展の被災地の写真について

大日方 欣一さんの畠山直哉展の被災地の写真についての呟きと、その後の村田卓也さんとのやりとりをまとめました。

2011-11-23

新宿

夕方、新宿に行く。デジカメの写真をプリントアウトしようにも、プリンターがなし、RAW現像ソフトも何を使うべきか、いっそのことコンピュータも買い直すかと、色々迷うことが多いのです。
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神奈川県立近代美術館葉山館「川合玉堂展 描かれた日本の原風景 」

 今日が最終日の川合玉堂展に行く。
 http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2011/gyokudou/index.html
 15歳の時に描いたというスケッチが素晴らしい。相変わらず、作品よりも、その下書きとかスケッチの方が気になる。
 いつも展覧会で図録を買って残念に思うことなのだが、今回の図録でもスケッチの扱いは軽く、図版が小さく、全てが掲載されていない。

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2011-11-22

再び畠山直哉展「ナチュラル・ストーリーズ」を見に行く


 今日は、畠山直哉展「ナチュラル・ストーリーズ」を見に東京都写真美術館に行った。「気仙川」と「陸前高田」の写真をもう一度見に行ったのだ。スライドショーで液晶画面に映し出される、気仙川の写真が美しい。プリントより柔らかく見えるのだ。被災後の「陸前高田」の写真を丹念に見た。もうこの写真について何か言うのをやめよう。ただ、写真をよく見るだけしかないのだ、そんな気がしてきた。
 帰りに、恵比寿の周りでで、写真を撮るつもりだったのだが。あっと言う間に暗くなってしまった。結局今日は、行きにこの一枚を撮っただけだった。
 写真を見るのは、本当にくたびれる。

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2011-11-21 写真でしか表現できないもの

写真でしか表現できないもの

アサヒカメラ 2011年 12月号 [雑誌]

アサヒカメラ 2011年 12月号 [雑誌]

を買う。『今日の写真2011』ホンマタカシさんとの対談相手が山崎博さんだったからだ。
 「美術と写真との接点と距離」いう副題がついている。「美術としての写真」と「写真として写真」の違いな、ど興味深いことを山崎さんが喋っているが。全部引用するわけにはいかないので、最後の方のだけを引用する。

山崎 僕はいつも写真でしか表現できないことを探しているんですよ。写真でしか出来ないことを探し当てたのが、「HELIOGRAPHY」*1長時間露光で太陽を写すことであったりするんです。

ホンマ さっき触れた小冊子*2のインタビューでも「アウトフォーカスは写真の特権だ」とおっしゃていますね。カメラという機械がなければアウトフォーカスという概念はなかった。

山崎 レンズを通った光が像として結ばれるまでに何が起きるかが重要だと思っているんです。

ホンマ コンセプトを考えてその通りの写真がきれいにできるわけでない。撮影する現場に行くとそこでまた予測できないものがある。」、そこが魅力だと語ってますね。

山崎 写真の場合、コンセプトをそのまま実現することは絶対にできない。ありえないんですよ(笑)。ではなぜコンセプトを立てるのか。無計画じゃないよ、ということですね。計画を立ててレンズを向ける方向を定めると、そのフレームのなかで必ず何かしら偶然が起きるんです。無計画なままにレンズを向けても、そこで何が起こっても偶然とはいえない。

ホンマ シャーロット・コットンという人が『現代写真論』
*3という本を書いているんですが、そのなかで「確定した構造が、予測も制御もできない要素と拮抗したとき、作品には魔術的な力が宿る」と書いています。山崎さんが言われていることと同じだなと思います。

山崎 僕がやりたいのは新しいものとして存在するものを作りたいということなんです。写真かアートか、という言語に首をつっこみたくないんですよ。

*1

Heliography (1983年)

Heliography (1983年)

*2:個展「動く写真! 止まる写真!!」 2009年に開催された「タイムトンネルシリーズ山崎博『動く写真! 止まる写真!!』展。リクルートクリエーションギャラリーG8 +ガーディアン・ガーデンのときに発行された小冊子

*3

現代写真論

現代写真論

2011-11-20

新宿

 久し振りに、写真を撮る。午後用事があったので、一時間くらいしか撮る時間がなかった。
 このところ、前に撮った写真を見直して、プリントアウトすべき写真を選んでいる。
 写真を選びす訓練をした目が次から次へと。撮るべき景色が見つ出す。何回も写真を撮っている場所であるのにもかかわらず、気持ち良く写真を撮ることができた。
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photographers' gallery 「金村修展──Alice In Butcher Land」

12時のオープン直後に行く。壁いっぱいにピンで貼られた写真。酢酸の臭いが部屋中に立ちこめていた。
すごい迫力だ。あざみ野の方は所用で見ることが出来ませんでした。残念。

2011-11-19 畠山直哉展の感想

畠山直哉展の感想

Takuma Ishikawa(@ishitakuma)さんのTwitterで呟いた、畠山直哉展の感想

畠山の展示は面白かった。世界を見下ろすと本人がいってるけど、カメラは超越的な或いは非人間的な態度をはっきりとしめす。この紙ぺらに必要な全体を掌握させるという自負が写真を完結させたビジョンとして歴然と存在させている。

パースペクティブ、下部構造と上部構造、自然と人工、偶然と恣意性が区分を示したち現れるが、陸前高田では写真の完結性、区分の表象と構成的な態度が見いだせなくなっていた。断片として完結させることはおろか対象が持っている意味の整理もできないなら

ここでは写真の言語的なパースペクティブは破綻する。どこを撮っても写真になってしまい、半永久的な反復運動を繰り返す波を撮り続けたホンマと違うのは、陸前高田の風景は圧倒的な意味の山だ。津波の凄まじい力による破壊の痕跡はどこを撮っても写真になるが、

空虚さの美学とは真逆で統一されることのない意味の山だ。写真は完結しない恣意で小さな部分に見える。畠山の陸前高田の写真は他の作品と違い知ってることしか教えてくれない。このぶつかりは無意味とは思えない。がそこで思考は立ち止まる。立ち止まらざるをえない。

2011-11-18 ナチュラル・ストーリーズ

畠山直哉展 ナチュラル・ストーリーズ


畠山さんの写真展に関する発言を読むことができるホームページのlink集

http://photo.sankei.jp.msn.com/essay/data/2011/09/0930hatakeyama/

  • 畠山直哉さん個展「ナチュラル・ストーリーズ」 人と自然の“間”で

http://sankei.jp.msn.com/life/news/111107/art11110708530003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111107/art11110708530003-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111107/art11110708530003-n3.htm

http://public-image.org/interview/2011/11/02/naoya-hatakeyama.html

2011-11-16 ジョルジョ・モランディ作品集

モランディの画集が発売される

2011.11.14 salut_yasutoさんがtwitter

ジョルジョ・モランディの作品集がついに完成との知らせが来ました。幻の展覧会になってしまっただけになおさらとっても嬉しい!岡田温司さんの監修。ボローニャモランディ美術館の作品を中心に。ブックデザインも素敵です。

https://twitter.com/#!/salut_yasutoより。
と呟いていた本は11月22日に発売されるようです。

ジョルジョ・モランディ

ジョルジョ・モランディ



http://www.foiltokyo.com/book/art/morandi.htmlによれば、モランディの作品は

アンディ・ウォーホールらのアメリカのポップアーティストや、ドイツベッヒャー夫妻をはじめとする写真家たちにも多大な影響を与えました。

とあります。先日紹介した。写真家・ルイジ・ギッリが撮影したモランディのアトリエの写真も17枚掲載されているようです。
 もしかしたら、この画集は幻になってしまった、展覧会のカタログとして準備されていたものかもしれませんね。

参考:モランディのアトリエの写真展 http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20111105/1320519978
   
   http://www.hugosalchemy.com/information/exhibition/2011/10/04/ghirri/

2011-11-15 写真とは事物との出会いを伝える媒体である

写真とは事物との出会いを伝える媒体である

佐伯剛さんの写真に関するtweetをまとめました。

2011-11-14 アンドレアス・グルスキーの作品が430万ドル

アンドレアス・グルスキーの作品が430万ドル[約3億3300万円]で落札


グルスキーの検索して、私のBlogに来る人が急に多くなったと思ったら、こんなことが起きてたんですね。
 独写真家の作品、史上最高額の3億3000万円で落札(http://sankei.jp.msn.com/world/news/111114/amr11111410060000-n1.htm)

写真がこれだけで売れたってことが話題になっていますが、430万ドル=$4.3 Million というのは、絵画から比べればまだまだまだまだ低い値段です。ちなみに絵画の最高落札価格は$151.2MillionでJackson Pollock「No. 5, 1948」David Geffen David Martinez private sale 2006(現在の貨幣価値に換算)詳しくは
◆世界で最も高額な絵画アート・ペインティング)ベスト10ランキング(http://aokiuva.web.infoseek.co.jp/wpainting.html)でご覧下さい。
 このことに関する。tweetをまとめました。

2011-11-13 「アートに言葉は必要か?」

「アートに言葉は必要か?」

宮島達男(@tatsuomiyajima)さんの連続tweetアートに言葉は必要か?」
https://twitter.com/#!/tatsuomiyajimaより

アートと言葉ー1. 今日、油画科の学生から質問、「アートに言葉は必要か?」大切な問題なので少々考える。もちろん、言葉で表せないからこそ、ビジュアルで表すわけだし、視覚で完結していなければ作品としては失格だろう。しかし、作家としては、「言葉」は考える事と同義で重要である。

アートと言葉ー2. これは「言葉」によって作品を説明したり、補完したりすることとは全く違う。作家自身が、何を伝えたいのか、彼の世界観、哲学、コンセプトを自分の言葉で確認するために必要なことなのだ。でないと、作ったモノに作家自身が騙されるから。

アートと言葉ー3. だから、アーテイストの「言葉」は具体的事物と結びつかないし、ハッキリ言って、良くわからない。それは、アーテイスト自身が自分の掴んだ世界観やイメージに、勝手な名前を付けているようなものだからだ。例えば、ボイスの「ユーラシア」やセザンヌの「サンサシオン」など。

アートと言葉-4. でも、彼らの言葉は確信に満ち、私達に伝わる。それは、彼らがその世界を強烈に見て、考え、言葉に置き換え、より確かな目標としているからだろう。言葉で考えられた目標は、強度を増し、その世界観はブレない。だから、それは作品をジャッジする大切な指標となるのだ。

アートと言葉-5. 逆に、「アーテイストは絵だけ描いていれば良い」という人がいる。それはサルだ。作品は、時に美し色を生み、美しいカタチを表すことがある。そして、アーテイストは自分で描いたものは、なかなか壊せない。たとえ、自分が目指す方向とは違ってもだ。作品に騙されるとはこのこと。

アートと言葉-6. そんな時、「言葉」がモノサシとなる。もちろん、その「言葉」は世界観そのものではない。しかし、自分が考えて近づいた指標ではある。だから、その世界観、思想、コンセプトにもう一度、立ち返れる。自分が作ったモノをジャッジできるのだ。

アートと言葉-7. 「上手に話せない」と悩む学生がいる。アーティストは噺家ではない。上手く話せる必要はない。ただ、自分で自分の世界観や思想を確認できる「言葉」にしておくことが重要で、それが他者に上手く伝わるかどうかは別のはなし。それが、本当の制作のための「言葉」である。

アートと言葉-8. 面白いのは、寡黙な作品で知られる作家、河原温やトローニー、オパルカなどは話し出すと止まらない。でも、彼らは自分の作品の説明などしない。そうではなくて、彼らの内部で渦巻き、どうしようもなく表出してくる世界観や思想を語っているのだ。

アートと言葉-9. 結局、人は「言葉」で思考する。故に、アーティストも思考をあきらめてはならないし、「言葉」を手離してはならない。「アートと言葉」了。

アートと言葉について多くのRTと感想をありがとう。作品を作っているから「言葉」が生まれます。オリジナルな作品を作っていないところに、オリジナルな「言葉」も生まれませんよね。

2011-11-12 災厄(カタストロフ)の記録と表象──3・11をめぐって

災厄(カタストロフ)の記録と表象──3・11をめぐって

togetterでまとめようとしたら、すでに版一欠(@edtion1)さんが、まとめられていました。

中谷礼仁+畠山直哉「災厄(カタストロフ)の記録と表象──3・11をめぐって」に関するツイート
http://togetter.com/li/213420


参考:
表象文化論学会第6回研究発表集会全体パネル「災厄(カタストロフ)の記録と表象──3・11をめぐって」
http://www.repre.org/conventions/6_1/311/

畠山直哉展「Natural Stories ナチュラル・ストーリーズ」と「作者が自分の作品について語ること」の意味 - Togetter http://togetter.com/li/208546

結果的に「凡庸」である事 或いはあえて「凡庸」である事を選び取る事 http://moscow91.blog98.fc2.com/blog-entry-423.html

東日本震災の写真 写真家の写真と報道写真の違いはあるのか http://togetter.com/li/197081

古凡村調査開始(文化財の確実な継承と地域活性化活用のための防災指針の作成と普及)中谷研究室班
http://rhenin.wordpress.com/2011/09/16/%E5%8F%A4%E5%87%A1%E6%9D%91%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E9%96%8B%E5%A7%8B%EF%BC%88%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1%E3%81%AE%E7%A2%BA%E5%AE%9F%E3%81%AA%E7%B6%99%E6%89%BF%E3%81%A8%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E6%B4%BB%E6%80%A7/

2011-11-11

近代的概念を静かに幕引きしていくもの

風の旅人 佐伯剛(@kazesaki)さんのtwitterhttps://twitter.com/#!/kazesaeki)より

昨夜、風の旅人の関係者であった小栗康平さん、本橋成一さん、前田英樹さん、皆川充さん達と、池袋で飲む。この集まりは、5年くらい前から、「小栗康平さんの次の映画に向けて」というのが趣旨だが、昨夜、ようやく、最初の蝶の羽ばたきが生じたような手ごたえを得た。

小栗さんとの話で、映画に限らないが、20世紀は次々と作品や物を作り出していかなければならない(時代から取り残されたり、忘れられたりするので・・)という強迫観念があったが、結局、そういうものは後で振り返れば何も残っていない。21世紀の物づくりは、それに気付いたところから始まる。

次から次へと作っても濁流にのまれて流されてしまう。そこだけが澄んだ水のように後になっても記憶に鮮明に残り続けるもの。小栗映画は、たった5作しかないが、全てそういうものだ。何度見直しても、新たな発見があり、そこまで考えに考え抜き、精密に作り込んでいたのだと改めて驚かされる。

20世紀の芸術家は、ピカソのように次々と作品を作りながら一つのところに留まらないバイタリティを備えた人が象徴的だった。創造と破壊と創造。でもそれはやはり近代の大量消費社会の価値概念ともリンクしていた。次の時代の芸術は、そうした近代的概念を静かに幕引きしていくものになるのでは。

近代の概念を幕引きするものは、世界の多様性を主張したり、また逆に一方向の正しさを論じる程度のものではなく、そうした自分の認知じだいも近代の影響下のものにすぎないという突き放した視点。これは近代社会で上手にポジションを獲得した者から嫌がられる視点で、教授職の批評家からは無視される。

2011-11-10

複雑から単純へ

横尾忠則(@tadanoriyokoo)さんのtwitterhttps://twitter.com/#!/tadanoriyokoo)より

アトリエの大整理を始めた。不必要な画材や、買ったまま何十年も眠っている大量の本など一掃することにした。複雑から単純への心の整理である。従来の複雑な作風もこのことで単純な画風になるだろう。

今さら物識りになったってぼくの人生と創造に大した影響などないことがわかった。絵を描くことによって与えられる知恵の方がずっと大きい。

自分の絵がぼくにとっての道師だ。どうして今まで自作が自らを教育していることがわからなかったのだろう。絵以外の雑務は何か大事なものを失っていくような気がしてならない。

絵を描くことと、体を動かす(運動)ことと、休息すること以外のわずらわしいことはできるだけ最小限にしたい。bit.ly/1Xgurj

もう本を買うのは止めだ。古典の名作だけあればいい。これからは読書の時間より制作の時間を優先だ。何もかも空っぽにしたい気持だ。本棚の膨大な本を見ていると、これらの本がぼくの人生に大した影響を与えていないことがわかる。影響を与えているのはほとんど肉体的行動によるものばかりだ。


確かに、実際に撮影することや、プリントすることや、作品を見直すことが一番勉強になる。今年はとりあえず、写真をため込んでたのですが、そろそろ、そこから整理し選ぶ作業に入らねばと思っています。

2011-11-09 風景の記録

一年前と現在


千葉市美術館に行くと街の中を歩くのが、結構面白い。去年、田中一村展の帰りに撮った、この写真のマネキン
2010年9月5日撮影
f:id:heliograph:20100905173951j:image
一年ちょっとでこんな風になっていました。
2010年11月6日撮影
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風景の記録 − 写真資料を考える −


国立歴史民俗博物館で「風景の記録 − 写真資料を考える −」という展覧会が開かれている。

会場  国立歴史民俗博物館 企画展示室A
会期   2011年11月8日(火)〜2012年1月15日(日)
開館時間 9時30分〜16時30分 (入館は16時00分まで)
休館日 11月14日(月)、21日(月)、28日(月)、12月5日(月)、12日(月)、19日(月)、26日(月)〜1月4日(水)、1月10日
 http://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/index.html#a から、趣旨の一部を引用します。

趣旨

風景は人びとの生活と深く結びついています。人びとは風景のなかでくらし、風景は自然のみならず人びとの生活のなかで作り出されます。今回の企画展示では、写真が風景の記録として、歴史と文化を考えるためのかけがえのない資料であることを紹介します。

写真は高い写実性を備えているために、風景の記録としてたいへん優れた資料です。しかし、風景のある断片を瞬間的にとらえた一つの像にすぎません。写真の外側と前後には無限の空間と時間があります。しかも、古い写真では、撮影の時期と場所が不明なものも少なくありません。本展示では、この点に留意しつつ、風景の広がり、時間の流れのなかの風景、風景の多様性という三つの観点を中心に構成します。

展示資料としては、本館が所蔵する「石井實フォトライブラリー」の写真を活用するとともに、幕末日本を撮影したF.ベアトに代表される古写真、近代の絵はがきなどを中心に構成します。


「石井實フォトライブラリー」について、初めて知った。
石井實(1926〜2007)さんは東京都の小学校教員、高校や大学の地理教員を勤めながら、地理研究と教材開発の一環として、終戦直後から2007年12月に亡くなられる直前までに、日本各地の写真三十数万コマを残した人で、その資料が現在国立歴史民俗博物館で整理されているようだ。

詳しくは、http://www.rekihaku.ac.jp/publication/rekihaku/158witness.htmlをご覧下さい。

2011-11-07 コラージュのお勉強 2

コラージュと固有色

清水穣さんが

プルラモン―単数にして複数の存在

プルラモン―単数にして複数の存在



を出しているのに気がついた。
現代思潮新社のホームページhttp://www.gendaishicho.co.jp/book/b94562.html
に、目次が出ていました

目次

写真
 「色相と肌触り 長崎」―東松照明論 
 アイデンティティ、典型、そしてエロス―吉永マサユキの『若き日本人の肖像』 
 コラージュと固有色―柴田敏雄の新作カラー写真によせて 
 永遠の仮構と復元―杉本博司論 
 コラージュとプレゼントネス―スティーヴン・ショアとマイケル・フリード 
 Moving Photographs―松江泰治のデジタル写真 
 「写真原点」の形成―中平卓馬マガジンワークによせて 
 Naked Photography―中平卓馬Documentaryとキリカエ 
 開かれたメモワール―古屋誠一の『メモワール』完結 
音楽
 セリー、フォルメル、メディアシュトックハウゼンの『ヘリコプター弦楽四重奏曲
 パリのシュトックハウゼン1952. 1. 16 - 1953. 3 .27 
アート
 事後性を現像する―木村友紀のファウンド・フォト・インスタレーション 
 記憶の現在形―木村友紀「一九四〇年は月曜日から始まる閏年」展評 
 凍らない音楽―幻の「はっぱとはらっぱ」展のために 
陶芸
 陶芸の「勢い」について―鯉江良二論 
 北宋汝窯青磁考古発掘成果展―大阪市立東洋陶磁美術館 
 「色」の変容―汝窯のその後―東洋陶磁美術館「幻の名窯 南宋修内司官窯」展展評 
 「眼」の力とは何か―浅川伯教・巧兄弟の心と眼「朝鮮時代の美」 
 見立ての虚実―「古道具坂田」展によせて


昔、勉強しなさいと怒られた、柴田敏雄さんのカラー写真について描かれているようです。勉強してみますか?

過去のコラージュについての記事

コラージュって何? http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20091125/1259171235
清水さんのコラージュの記事がTwitterでも話題になっています。http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100204/1265297898
清水さんの使っているコラージュの概念 http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100414/1271266273
勉強しなさい http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100714/1279121380
コラージュのお勉強 http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100715/1279220298
たぶん「コラージュが分からない」についてのつぶやき http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100716/1279298174

金村修『Alice In Butcher Land』&『Kawasaki Brötzmann 2002-2007』

金村修さんの展覧会情報が二つ。

会場:photographers' gallery、KULA PHOTO GALLERY
会期:2011年11月8日(火)〜20 日(日)12:00〜20:00 月曜、12日(土)休

  • 金村修『Kawasaki Brötzmann 2002-2007』

会場:横浜市民ギャラリーあざみ野
会期:2011年11月15日(火)〜11月20日(日) 13:00〜19:00

Alice In Butcher Land』は新作100点、そんなに広くない会場で、100点ということはプリントはそのくらいの大きさなのでしょうか?
『Kawasaki Brötzmann 2002-2007』では、2002年から2007年までの写真300点の再構成に挑むということです。
忙しいので行けるかどうか微妙ですが、一応メモ代わり

2011-11-06 酒井抱一と江戸琳派の全貌

酒井抱一と江戸琳派の全貌

千葉市美術館は生誕250年記念展「酒井抱一江戸琳派の全貌]を見に行く。
 
f:id:heliograph:20111106150114j:image
 2008年東京国立博物展で 尾形光琳生誕350周年記念「大琳派展−継承と変奏−」 を見た時、一番気になったのが酒井抱一だった。その展覧会を見るまで、その時はまだ、琳派のこともよく知らなかったし、ただの装飾的な日本画だとおもっていたのだが、そこで見た、酒井抱一の「夏秋草図屏風」を見て琳派に対する見方が変わった。
 今回再び「夏秋草図屏風」に出会えたし、「四季花鳥図屏風」「月に秋草図屏風」「十二ヶ月花鳥図」等にも惹かれた。
 昔はただ丁寧で手仕事だけだとおもっているような作品にも興味をもつようになってきたようだ。

参考:
D
千葉市美術館の生誕250年記念展「酒井抱一江戸琳派の全貌]のホームページ
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2011/1010/1010.html
東京国立博物館 尾形光琳生誕350周年記念「大琳派展−継承と変奏−」のホームページ
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=559
東京国立博物館の名品ギャラリーより夏秋草図屏風(なつあきくさずびょうぶ)
http://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=other&colid=A11189.2&t=type_s&id=11

2011-11-05

伊奈英次 x 柴田敏雄「モノクロームorモノトーン」


gallery ART UNLIMITED 伊奈英次柴田敏雄「モノクロームorモノトーン」展に行く。
今日は申し込んでいた、二人のgallery Talk があった。

 同じように8x10や4x5等の大型カメラで撮影することが多い二人であるが、社会性のあるものをテーマに撮る伊奈さんと純粋にアートとしての写真を追求する二人の対比が面白かった。

印象に残ったことを思い出してみる。

−柴田さんが自分の会場の作品について説明し、純粋に線や面がつくる形を撮ろうとしていることがよく分かった。

  • ただし、柴田さんは、自分がイメージしていたものを見つけて写真を撮っているわけではなく、何か面白くなりそうだという判断が働いてシャッターを押している。そのあと写真を選ぶときも判断、いろいろなところで判断をするのが写真だとも言っていた。

芸大出身で絵画の世界から写真に転じた柴田さんのことを、伊奈さんが、「写真に絵画の要素を密輸入したと」言って、そのことに対して説明を求めたような気がするが、柴田さんの答えがどうだったのか思い出せない。

  • 二人 もプリントはインクジェットとかラムダプリント等のデジタルでもかなわないが、撮る時はアナログの写真機でフィルムで撮ることにこだわっている。デジタルで撮るとすぐ結果が分かるから嫌なそうだし、8x10等で撮る時は持って行けるフォルダーの数が限られているので、何枚も撮れるデジタルとは緊張感が違う。

  • 伊奈さんは最近は白黒の写真を撮ることに意欲的なようで、自分はこの一年ほとんど白黒の写真を撮っていないのだが、その言葉を聞いて急に自分もフィルムで写真が撮りたくなった。(本当にに私は単純です)

うまく表現できそうもないので、この辺で止めておきますが、楽しい1時間半でした。

横浜市民ギャラリーあざみ野「BOOMOON クォン・ブムン写真展 SANSU −山水−」

 やっと、横浜市民ギャラリーあざみ野の「BOOMOON クォン・ブムン写真展 SANSU −山水−」を見に行って来ました。

ものすごい大きなプリント近づくと、細部が見事に写し撮られている。
会場の入り口で配られた冊子に、 「クォン・ブムンとの対話」からと題し、インタビューが掲載されていた。

そのなかで、

  • 圧倒的なサイズの作品でありながら、近寄ると驚くほど細密な部位まで焦点があっている独特な作品スタイルに行き着いたのにはどういう経緯があるのでしょうか?

という問いに対して、こう答えています。

写真の撮り方ではなく、写真の特殊性の問題です。絵画の場合、近づくと描かれて対象より絵の具の固まりが目につきます。しかし写真の場合、再現性という役割を根根強く求められます。いくら大型の写真であろうとも、対象に近づいてディテ−ルが確認できないと、見る人の期待を裏切ることになります。写真というメディアではそれがすぐわかってしまいます。特に「Sansu」のシリーズで、大きなサイズの作品を発表することが多いのは、私の目の前に果てしなく広がっていく風景を「再現」したいからです。

写真が小さいと、見る人は写真の意味を読むことに集中してしまいがちです。圧倒的な大きさの作品を前にすれば、写真を読もうとする前にまずみることになる。ここで意味や植え付けられたイメージから解き放たれた私たちの視覚を、一刻も早く回復することです。私の作品の前で、鑑賞者は私がいた場所に立ち、見ることに誘われているのです。

モランディのアトリエの写真展


 岡崎岡崎乾二さんが、今日もモランディに関する呟いてました。
https://twitter.com/#!/search/kenjirookazakiより

モランディ展は(原発事故で)中止になってしまった(モランディは、一般化=特定化を拒むバリケードとして事物を描いた。放射線モランディのバリケードも通過する?)。でも。モランディのアトリエ(写真)展は開催! 絵画(事件)以後に残存した静物たちhttp://goo.gl/A8E9L

この展覧会は、モランディが亡くなったのち、そのままに残された室内を撮った写真展のようで、モランディの描いた瓶や水差しが写されているようです。

http://www.hugosalchemy.com/information/exhibition/2011/10/04/ghirri/

展覧会名 写真家ルイジ・ギッリによる「モランディのアトリエ」展 Exhibition: ATELIER MORANDI by Luigi Ghirri
会期  2011年11月25日(金)〜12月21日(水) 火〜日12:00〜18:00(月祝休)
会場   107-0062 東京都港区青山5-3-10 FROM-1st 211 HUGO'S LTD.

2011-11-04 モランディの絵画

モランディ

 
 今年、残念だったのが、モランディ展が中止になったこと。

おかざき乾じろ(@kenjirookazaki)さんが

モランディについて呟いていました。https://twitter.com/#!/kenjirookazakiより

花を生けていない花瓶が鑑賞の対象になる(特にその装飾を愛でる)のは転倒に違いないが、花瓶と確定できない空っぽの瓶や器 を注視してしまうのは(その関心は何によってもたらされる?)転倒はいえない。なぜなら、これは人間の行っている(人間的な)行為の核心であるから。(モランディについて)

絵画はカラッポの器ですらない。それは(花が生けられないどころか)ウスッペラの絵の具であるにすぎない。それは影ですらない。(描かれたビンが影を射すはずもなく)。けれど、それはただの絵の具にとどまるらない。空っぽの瓶より充実してるのは空っぽという空間がないから。空間はなくただ瓶がある

中身が無いのではなく、中身をいれる余地もないほど空というより無のビン(絵の中にしか、そんな=容積無しのビンは存在しない)が空間を文字通り(目的無しに)占拠している。これこそ絵だ(モランディの)。これだけで充分、政治的なスキャンダル。無いこと貧しさ、が積極的強さに変換されるのだから

絵でしか描けない、いかなる中身も無い(うすっぺらに見える)充実。空間の消去=占拠。感覚的貧しさが、もたらす感覚の強度(というパラドックス)。正確にいえば知覚の麻痺=停止。知覚のゼネスト。(っていうモランディはなぜこなかったか)

Occupy Wall Street。そこに要求が存在しないことこそが、その可能性の核心である(モランディの教え)。〜占拠参加者曰く「奴らは俺たちのプログラムは何だと訊いている。俺たちにプログラムはない」。当然だ!プログラムがないから占拠であり行為としの強度をもつ。これが制作だ/

米コダックの資金繰り悪化


見出しだけしか読めなかったけど、コダックが危ないらしい、
Wall Street Journal の見出し
http://jp.wsj.com/Business-Companies/node_337008?mod=WSJFeatures#より

米写真用品大手のイーストマン・コダックは3日、特許ポートフォリオの売却で利益を得るか、社債発行により新たな資金を調達できなければ、向こう1年事業を継続することが困難になる可能性があることを明らかにした。

2011-11-03

中央区銀座

柴田敏雄 「concrete abstraction」を BLD GALLERY へ見に行く。
 http://bld-gallery.jp/exhibition/111007shibatatoshio.html
 柴田さんの写真はすごい、特に展覧会の案内の葉書に使われていた写真を遠くから見た時、抽象絵画かと思った。

f:id:heliograph:20111103152905j:image
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f:id:heliograph:20111103153820j:image

新宿区西新宿

新宿 Nikon Salon 斉藤麻子「FIELD NOTE」を見る。
 http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2011/11_bis.htm#01
 前に、横浜美術館鈴木理策さんのWorkshopを一緒に受けた、斉藤さんの展覧会。斉藤さんは、その頃からのテーマを続けてここまでまとめあげたのに、私はそれ以後も目標を定めず、いろいろなことをやっている。反省。
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2011-11-02 事前のアート

椹木野衣さんの「事前のアート」

椹木野衣さんの「事前のアート」をまとめました。

2011-11-01 キーファー

独芸術家A・キーファー、創作のため原発の取得目指す

以下のようにまとめました。

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