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2012-03-30

大船

 大船で途中下車、昼ごはんを食べた後、仲通りをを歩き写真を撮る。
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2012-03-29

絵心ってなんだろう?

久しぶりにTogetterに投稿しました。

今和次郎

東京・新橋の汐留ミュージアムで『今和次郎 採集講義展』が終わってしまいました。
http://www.minpaku.ac.jp/special/20120426konwa/を見ると分かるように、大阪の国立民族学博物館で解されるようです。大阪まで行ってきますかね。

ところで、岡崎乾二郎さんの今和次郎についてつぶやきをトゥギャリました。

2012-03-28

吉田 耕司「月の町 2010-2011」

新宿ニコンサロンへ吉田 耕司「月の町 2010-2011」

http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2012/03_shinjyuku.htm#05より

写真展内容

急な坂道が不規則に曲がりながら上へと続いていた。 家と家の間には細い路地が巡り一度足を踏み入れると方向感覚を失い、迷路の中に入り込んだ錯覚にとらわれた。
「月の町」(韓国語ではタルドンネ)農家からの離散者や1950年に始まった朝鮮戦争の戦場となり避難した人々が移り住んだ町をそう呼ぶ。
かつて都市近郊に点在していたと言う。山裾から中腹へ、時には山頂まで急な斜面と僅かな平地に急ごしらえの粗末な家が建ち並んだ。月に一番近い町。夜、家の中から屋根の隙間を通して月が見えたという。月の町と呼ばれる所以だ。
作者は釜山の山肌にへばり着くように立ち並ぶ家々を巡る路地を歩いた、そして取り壊しが決まっている「月の町」アンチョンマウルを訪ねた。
今では月の光が差し込む粗末な屋根はどこにも無い。屋根瓦や波形のトタン板は形さえ曖昧になるほど分厚く塗り重ねられている。壁はコンクリートに変わり、幾重にも塗り重ねられた塗料が所々はげ落ち地層のように露出していた。
作者が見ていたのはこの町に流れた月日の記憶なのかもしれない、そしてそれはこの町の人の営みの記憶を閉じ込めるかさ蓋の様にも思われた。
「月の町」かつて番地さえ無かったこの町の美しすぎる呼び名。再開発の為に殆どが撤去されている。カラー27点。


 コンクリートに塗られた塗料の青、緑が美しい。この場所を引いて撮ったものほとんどがない、一歩近づいて撮ったものが多い、写真としてはそこがいいのだろうが、この町の中の全体像が見たくなった。

2012-03-26

松本・下諏訪

松本

 松本駅の周りで30分近く写真を撮る。賑やかな東口(お城口)繁華街から静かな西口(アルプス口)へ、この違いにびっくり。
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下諏訪

 駅の近くでレンタサイクルを借りる。自転車で移動しながらの撮影。
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2012-03-25

田毎の月

 前に「田毎の月」について書いたことがあります。
 「棚田で一枚一枚の田んぼに月が映ることがあるか?」ってことを話題にしたのですが。
http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20100518/1274200018
 「田毎の月」で有名な、姨捨棚田に寄ってきました。
 まだ、水を引く前の田んぼでしたが、遠くに長野市も見え大変よい景色でした。
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 姨捨駅の展望案内図では、月は一枚の田んぼにしか映っていませんでした。
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長野市内

長野駅から善光寺まで行き。参道を逆に長野駅まで写真を撮りながら、戻ろうとしたが、表通りは妙に小奇麗で面白くないので、裏通りを歩いて帰りました。
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2012-03-24

長野へ

 戸倉上山田温泉へ。夕方、温泉街を歩く。実は今回の旅行のためにRichoGX200を何故か買ってしまった。もう4年以上も前に発売されたカメラだけど、使い易い。果たして、肝心の画質はどうでしょう?
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2012-03-18

生誕100年 ジャクソン・ポロック展


 「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」を見に東京国立近代美術館へ行く。
 何といっても、絶頂期といわれる「1947-1950年」に、「ドリッピング」(床に置いたキャンヴァスの上に絵の具を染み込ませた絵筆をかざし、絵の具を画面に塗布することなくその飛沫を散らして着色する)の技法で描かれた絵画がすばらしい。「ドリッピング」なんて適当に絵の具をばらまいて、偶然に任せているのではと思っていたですが、出来上がった画面を見ると、画面全体を考えながら、見事にコントロールしながら、絵の具を散らしている。アクションペインティングなどと聞くと、出来上がる絵画はかなり荒らしい者になると想像してしまうが、ポロックのこの時期の絵画の前にたつと、荒々しさではなく、むしろ精緻で静けさを感じてしまう。
 こんなすばらしい、作品を描いていたのに、次の展開に苦しんでいる。一つの所にとどまらないで、次の展開を考えようとするそういう姿勢にも惹かれてしまう。

参考:
http://pollock100.com/about/commentary
http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20111124/1322157487
D
D

出口で、カタログと

を買う。まだよく読んでないが、彼の奥さんのリー・クラズナーとの関係も興味深い。

2012-03-16

シンポジウム「Remembrance 3.11」写真とことば─記録の先にあるもの

 ニコンサロン第3回新宿へシンポジウム「Remembrance 3.11」へ
テーマ:写真とことば─記録の先にあるもの
講師:池澤夏樹小説家詩人)×鷲尾和彦(写真家)×新井卓(写真家)×竹内万里子(写真批評家/ニコンサロン選考委員=司会進行)
に行く。
テーマが「写真とことば」ということで、期待していったが、思っているような感じに話は展開しなかった。
こちらの勝手な期待だったということだ。
 鷲尾和彦さん、新井卓さんは共に、写真展で、写真を撮ったときの日記を配布している。写真だけではとても伝わらないという思いがあったようだ。この辺の思いを深く聞きたかったのだが、残念であった。

 池澤夏樹さんが新井卓のダゲレオタイプの写真を見て、良く写っていない夢を見ているようば写真だ、実際に人間が見るという行為は、全て見ているのではなく、拾い上げてる部分と、棄てている部分がある、そのように人間が見ているような写真がダゲレオタイプだという発言があった。
 ダゲレオタイプに私が惹かれたのも、こういうことだったのか?
ただ、不鮮明な写真を見て、そこから詩や情緒を感じるなんて、『なぜ、植物図鑑か』中平卓馬が否定したのはこのようことだったのでは?今、東京の街を、出来るだけ細部にこだわり、分割してつなぎ合わせて、高画素数の写真を作ろうとしているのとは全く逆の写真であることは確かだが、でも、ダゲレオタイプの写真もピントのあった所はかなり鮮明である。1日に2,3枚しか撮れない、しかも失敗も多いらしい、複製を作ることができない、しかもその像は現場の光によって作られたものであること*1、しかもその像は200年も保存できる。いろいろな特徴があることが、新井さんの話を聞くと分かった。
 そんな技法ではなく、日記を読むことによって、新井さんの写真を撮ることの姿勢を知り、それによって新井さんの写真に惹かれたのだと思う。 やはり「写真+ことば」の力なのだ。

*1:たとえば銀塩写真はフィルムを現像し、それを引き伸ばしきの光を使って印画紙に投影することによって初めて像ができる。現場の光は直接プリントには使われていない

2012-03-15

新井卓「Here and There −明日の島」


銀座ニコンサロンへ新井卓展「Here and There −明日の島」を見に行く。
ニコンサロンのホームページより写真展内容

http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2012/03_ginza.htm#03

岩手宮城、福島は、ここ数年の間くり返し訪れ撮りつづけてきた、作者の愛する場所である。
昨年3月11日の震災以降、被災した沿岸部や福島第一原発の周辺でめまぐるしく変化する状況に圧倒されながら、そのとき見たいと思ったもの、遺しておきたいと願うものを、1枚ずつ手探りで、銀板写真(ダゲレオタイプ)に記録してきた。
写真は、写しとられた現実に劇的な効果を与える。津波に襲われた街区の言葉を失うほどの光景であっても、それは同様である。
写真という行為によってふたつの現実─写真の中の現実と、その映像に触れる人々の日常─を分断することなく、なにが可能なのか。
昨年4月、樹齢1,200年の三春滝桜を撮影するため福島を訪れた。津波の被害が甚大だった沿岸部とは違って、事故を起こした原発の周辺は奇妙な静寂に覆われ、山野は、まるで何事もなかったかのように浅い春を迎えていた。
作者は、これからこの場所で起こるであろう永く目に見えない変化を、自分という極小の存在を通して見つめてみたいと思っている。200年の時空を超える銀板写真が、きっとこの試みの役にたつことを信じて。ダゲレオタイプ10〜20点。


 ダゲレオタイプで撮るために、外でテントを張りながらの撮影をしているようだ。会場を暗くしてあるのだが、一部の写真に近づくと、電球がつき、銀板を照らすようにしている。鏡のような表面に、見ている自分の顔が映る。不思議な感じだ。写真の一部の青くなっていいるのも非常に美しい。
 うまく言えないのだけど、これらの写真に強く惹かれた。何故だろうか?

 会場で、新井卓『日誌「拾日録」より 2011−12』を買った。その中の2011年11月9日の一部を引用する

 原田さんと、飯館村を撮ることの難しさについて話す。飯館村という場所を「モニュメント」化するのではなく(それはひとつの場所を、フィクションにしてしまう)東京とひとつながりの地面として、どうやって伝えるか。この小さな国にあって、ここはそこである、ということを本当に理解することが、どれほど難しいことか。昼間に見た腹を空かした猫、あの小さないきものこそ、僕たちの魂のグランド・ゼロだったのだが。
 飯館村ポートレートを撮ることはできるだろうか?それはおそらく可能だ。私が十分に透明になり、思い込みや欺瞞をすべてもぎ離すことができ、「アート」などというまやかしに1ミリも荷担しないでいられるなら。

 この冊子を読んでいると、随所で、写真を撮る上でのこちらの姿勢を考えさせられた。

参考:
新井卓さんのホームページ http://www.takashiarai.com/

昨年 川崎ミュージアムで行われた新井卓個展「Mirrors in Our Nights/夜々の鏡」のインタビュー
Blog「Researching Photography」より
 http://researchingphotography.blogspot.com/2011/09/interview-mirrors-in-our-nights.html


 

2012-03-12

笹岡啓子写真展 Difference3.11

銀座ニコンサロンに「笹岡啓子写真展 Difference3.11」を見に行く。
明らかに被災地と分かる写真から、放射能に汚染された飯舘村のような写真もある。
飯舘村の写真はもしこのキャプションがなければ、どこかの山村の景色にしか見えない。

 「写真と言葉」については、「写真」だけで勝負すべきだという考えだったが、少し考えが変わってきた。言葉というか情報が必要な写真もあるようだ。

2012-03-11

神奈川県立近代美術館 葉山館と鎌倉館

「すべての僕が沸騰する 村山知義の宇宙」

 まずは、葉山館に行く「すべての僕が沸騰する 村山知義の宇宙」展を見る。
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2011/murayama/index.html

 20世紀の初めに生を享け、ベルリンでダダや構成主義などの新興芸術を吸収して1923年に帰国、まもなく「マヴォ(Mavo)」や「三科」といったグループの活動を通じて大正末期から昭和初期にかけて日本の近代美術に決定的な影響を与えた村山知義(1901-1977)。物体を貼り込んだ造形作品や、トランスジェンダーなダンスパフォーマンスなど、ジャンルを横断した目覚ましい活動は、同時代に多くの共感者を生み出しました。 
 本展は、1920年代に展開された美術の仕事を中心に、その時代背景を伝える国内外の作品・資料を参照しながら村山知義の宇宙的な多様性を紹介する、初めての大規模な個展です。
 油彩、コラージュ、版画等の希少な現存作品や雑誌『マヴォ』を一堂に集めるほか、自ら設計し新興芸術運動の拠点となった自邸兼アトリエ「三角の家」をはじめとする建築と室内装飾、『朝から夜中まで』(1924/26再演:築地小劇場)に代表される舞台美術、ポスターや装幀、商業美術のデザインなど、その多彩な仕事の全貌を記録資料とともに紹介。村山知義がドイツ滞在時に大きな影響を受けたカンディンスキーやクレー、活動を共にした和達知男や永野芳光の作品も展示します。
 さらに、『子供之友』などの児童雑誌を中心に発表された、子どものためのイラストレーションの仕事と、その原画を多数紹介。詩人・児童文学者の妻、籌子(かずこ)(1903-1946)の文章をはじめとする数多くの児童文学に添えられた洒脱なイラストは、10代から晩年まで挿絵作家「Tom(トム)」として活躍し、いまなお瑞々しい魅力を放ち続ける村山知義のもうひとつの面をみせてくれます。
 村山知義が夢みた全方位的な創造力の開放、沸騰の軌跡を検証する本展を、ぜひご覧ください。

美術、ダンスパフォーマンス、建築と室内装飾、舞台美術、ポスターや装幀、商業美術のデザイン、絵本の挿絵ここまで多彩だが、関連がなんとなくあるような気がするが、『忍びの者』の作者であったことには驚いた。昔、『忍びの者』はテレビでも放送され、見ていただけに意外な感じがする。調べてみると、戯曲としてかいたのが映画化(1962)され、それがテレビ(1964)になったようだ。

『忍びの者』については、松岡正剛さんの千夜千冊でも取り上げられています。
 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0929.html

生誕100年 藤牧義夫展 モダン都市の光と影

 次に、鎌倉館へ。4本の白描絵巻が展覧会の前半と後半に分けて2本ずつ展示されるので、まだ、見ていない「相生橋の巻」と 「申孝園の巻」を見るためだ。
 今回の2巻は先に展示された「白鬚の巻」と「三囲の巻」を描く練習(試作)のために描いたもののようだ。特に「相生橋の巻」は、もともとバラバラだったものを、遺族が繋げて絵巻にしたもので、連続的な風景にはなっていない。「申孝園の巻」でも。一部、うまく繋がっていないところがある。
 「申孝園の巻」に描いた時の日付が書き記してあった。3日間で書き上げていて、午前8時半とか9時に始めて、夕方5時ぐらいまで書いていたようだ。すごい集中力だ。

新宿

ニコンサロンを出た後、新宿でStitchingの材料集め。今回は、ビルの壁に書かかれた、「グラフティー」というか「いたずら書き」を中心に撮る。ビルの壁面をスキャンするような感じだ。

2012-03-05

北海道へ

羽田から千歳へ飛行機で、千歳からニセコまではバスで移動
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2012-03-04

ニコンサロンRemembrance 3.11

まず、新宿ニコンサロンで和田直樹「惨禍 −三陸沿岸部の定点記録−」を見る。パノラマ写真で撮った、定点観測と思って見てきたら。ホームページを見てみたら。
http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2012/03_shinjyuku.htm#01

 デジタル一眼レフカメラとシフトレンズの組み合わせる手法を用いて、パノラマ方式により即物的に捉えた定点記録写真である。

このような写真を見て、技法的なことばかり言うのはどうかと思うのだけど、このような写真になんて感想を言えばよいのか分からないのも確かだ。
 ただ、植物が徐々に勢いを増して、瓦礫の下にあった地面を覆っていく様子がよく分かる。
 その後の銀座ニコンサロンの石川直樹さんの展覧会のタイトルはずばり、「やがてわたしがいる場所にも草が生い茂る」
http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2012/03_ginza.htm#01
 こちらにも、6x7で二枚並べて、パノラマのような展示があった。なるべく現場の様子を伝えようとすると、このような手法を取ることを思いつくのだろうか。

Stitching「新宿」

 新宿銀座での展覧会を見るあいだ、新宿で撮影。
電車から見える、パチンコやの看板が気になっていたのだ。ただ、曇りで、光が当たっていないせいか、画面が平坦すぎるので、夕方まで待ち、電飾が目立つようになってから二度目の撮影したので、銀座ニコンサロンには閉まる。10分前に駆け込む。

 

 

2012-03-01

富士フイルム アーカイブフィルム「エテルナ−RDS」

この記事を読むと、写真を残すのには、デジタルより銀塩の方がよいのかと考えてしまいます。

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