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2012-07-30

プリントアウト準備


 明日、明後日とエプサイトのプライベートラボを予約した。大判プリントでどの程度の画質が得られるのか一度確認するためだ。
 最初は、B0での打ち出しを予約したのだが、時間の短縮のためA0に変更。
 とにかく、HardDiskの中から、今までの作ってきた画像を見つけて、確認と修正、MicrosoftICE1を使ってStitchingした画像をPTGuiでやり直しとか、PTGui11に慣れていなかったときの画像を修正している。
 これも、コンピュータの性能が良くなったので、やり直すことが出来る
ことなのでが、切りがない感じですが、頑張っています。

2012-07-27

MacBook Pro Retina Display Model


今日から、再び Mac User になりました。何十年振り?、調べてみると、1987年に発売されたMachintosh SE を買ったのだから、だいたい25年振りということになる。
 買ったのは、MacBook Pro Retina Display Model。
 タイミングが悪く、OSMAC OS X Lion だったので、これを MAC OS X Mountain Lion に変えて、PTGui を install。
この機械に変えた理由の一つが、Stitching の作業にかかる時間を短縮することだったので、早速、Test。
 前の機械だと、最後にStitchingの編集した後、Jpeg File の書き込みに1時間以上かかるので、風呂に入る間とか寝ている間にとかが多かったので、気に入らなくても、妥協していたのですが、今度は5分位で終わるので、色々、試行錯誤が出来るようになると思います。
 もう一つの買い換えの理由がDisplayへの期待。前のDisplayだと、画像が不鮮明で、よく分からなかったのが、さすが Retina Display ずっと細かなところまで確認できるようになりました。

 ということで、しばらくは今までの Stitching の見直しをします。
 

2012-07-26

「僕は好きですけど」


写真を評価する言葉は難しい。この頃、ますます分からなくなって来た。

谷口雅さんもtwitterで次のように呟いています。







2012-07-25

 富山−>長野 立山黒部アルペンルート

朝7時過ぎに、富山を出て、立山黒部アルペンルートを通り信濃大町へ14:30に着く。
どこを撮っても観光写真。
 結局、こんな写真しか選べませんでした。
f:id:heliograph:20120725111552j:image
f:id:heliograph:20120725120336j:image

手持ちで、stitchingもしました。

f:id:heliograph:20120725125748j:image

2012-07-24

富山2日目

 
 今日は宇奈月へゆき、黒部峡谷鉄道(トロッコ列車)で欅平まで行く。
たくさん写真を撮ったのですが、自由に動けないので、なかなかうまくとれんかったので、わざとぶらして撮ったりしました。
 
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もいちど見直して、この3枚も載せて起きます。

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富山に戻る前に、滑川で降りて、街を歩く。

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2012-07-22

秋谷海岸 Beach Combing

午後秋谷の海岸へ、砂浜を歩く。
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砂紋

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2012-07-21

美術手帖 2012年8月号「写真2.0」

Twitter上で話題になっていた

美術手帖 2012年 08月号 [雑誌]

美術手帖 2012年 08月号 [雑誌]

を今日買いました。

「写真2.0」についての呟きを、久し振りにTogetterでまとめてみました。

2012-07-17

bld gallery『中平卓馬「サーキュレーション―日付、場所、行為」』展

昨日(7月15日)、bld gallery『中平卓馬「サーキュレーション―日付、場所、行為」』展へ行く。
トーク・イベント「高梨豊×八角聡仁」を聞く。
 主催者が身内と『今日の話は良かった』と話し合っているのを聞き、ちょっと興ざめをしてしまう。
 一応帰りの電車の中で書いたメモを載せておく。

高梨豊の発言

中平は東松照明寺山修司の二人に惹かれていた、写真か詩を選ぶか迷っていたようだ。
 
 中平の写真はだから詩のような感じがする。散文ではなく、言葉を削って単語ひとつを表すような写真だ。
 中平は写真を撮りに行く時、今日は、「花」とか「雨」とか一つの言葉を決めてそれに集中して撮るようなところがあった。


 展示に関しては、 先日みた、横浜美術館の展示の方がよかった。何か散漫な感じだ。

銀座から日本橋


 帰りは、銀座から日本橋まで歩く。
 先日撮った、日本橋(地名ではなく橋そのもの)をStitchingしていたのだけど、出来上がりが、自分の記憶と違ったので、確かめに行ったのだ。
 記憶が間違っていた。自分でかってに別のイメージを作っていた。

途中、中平卓馬の写真をみたわけではないが、D7000に60mm(フルサイズで90mm相当)で縦位置の写真を撮ろうとするが、あまり撮れなかった。

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2012-07-16

写真を撮るということは、果たして世界を描写することなのだろうか 2


古書店で、

A MAP OF THE EAST

A MAP OF THE EAST

を見つけて、購入。

 日本、中国インドネシアフィリピン、タイ、ビルマミャンマー)、ベトナム各地の主に都市の107枚のカラー写真。これらの都市が混然と並べられている。
 何故東洋を撮るのか、作者はこう言っている。

ただ私は、子供時代の数年を日本で過ごした事実が、あらためて東洋を選ばせたのである。あるいは、どうしてもそうしなければならないという強い思いに駆られたから、と言い直してもいい。ここで言っておいた方がいいと思うが、私は子供時代の大半を日本ですごしたわけではないし、いってみれば心理学者が危機的時期と考える幼い時期や思春期をこの国で過ごしたわけでもない。しかし振り返ってみると、私が東京で過ごした年月は私にとってきわめて重要な意味をもつように思えるし、自分が何者であるか発見できるのではとも思えたのである。なぜそのように思えるのか、その理由を探るのが、恐らく今回東洋に戻って来たいちばんの説明にもなるのではないだろうか


 前に、このBlogに書いた「写真を撮るということは、果たして世界を描写することなのだろうか」http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20120617/1339942253
というLeo Rubinfienの言葉が序文に書いてありました。その前後を引用します。

 たとえば、東京の"仙台坂上"のバス停でバスを待つ人々の顔を撮ってみる。そこに立ってみたらひょっとして、その昔10歳だった頃の自分が、毎日放課後になると苔むした土塀のそばのあの停留所に立ってバスを待っていた思い出が、心に何かを呼びさましてくれるのだろうか。
こうした思い出は、私が以前から自問してきたいくつかの問題ともかかわってくるように思われる。一体写真を撮ることは、果たして世界を描写することなのだろうか。それとも描写以上の何事かをなすことなのだろうか。しかも果たして現実に描写以上の意味をもつことが可能なのだろうか。もし文字通りに、東洋というものが一般的にどの様に映るかをことごとく提示するとなると、恐らく私たちは、あらゆるネオンサイン、Tシャツ、太鼓腹、ひげ、口紅を塗ったくちびる、台所、船、埠頭、道路の曲がり角、椰子の木や松の木など、こうしたすべてを一つ残らず写す羽目に陥ることになる。こんなことはまるで不可能に挑戦するようなものだし、第一全く意味のない苦労というべきであろう。こう考えてみると、写真家にとっては、事物のありのままの描写を出発点とすることはまずもって不可能となってくる。それでは写真家に出来ることは何だろうか、それは、写真を見る人の心に、何かを呼びさますことではないかと思えてくる。写真家というのはだれも、そうした意識を常にどこかに抱えているべきであろう。


 Stitchingによる写真。それは、不可能であるかもしれないが、できる限り、目の前の景色をありのままに描写するように努力し、その写真を見る人が、何かを感じてくれるのかを待つだけである。



 

2012-07-15

富士フイルムのバライタ印画紙「レンブラントV G2」がなくなる


 富士フイルムがバライタ印画紙の販売を中止した。ついに日本でバライタ印画紙を製造するのはオリエンタルのみとなった。
 
 過去に撮ったあの大量のネガはどうなってしまうのと考ると、気が重くなります。フィルムをスキャンしてインクジェットとでプリントする技術を挑戦を習得しなければと思っているのですが、まだ挑戦していません。

FUJIFILMのホームページ
http://ffis.fujifilm.co.jp/information/articlein_0014.html

2012-07-11

「南島」へ/「南島」から 小原真史


 沖縄でお目にかかった、写真家 比嘉豊光さんの『「沖縄」と「日本」は違うんだ』という言葉を思い出しながら、「10+1」DATABASEの 小原真史 『「南島」へ/「南島」から』を読む。
 以下、2ヶ所引用

 東松は沖縄にあって「古い血の呼び声」を聞くと言いながらも、その場所を「日本だと言い切ることに、ぼくはためらいを感じる」とも語っており、沖縄から「南方要素」をバネに「地つづき」で東南アジアにまで至ってしまっている。「原光景」を追って沖縄を訪れたものの、そのままいくつもの国境を越え、遥か南洋にまで踏み越えていった東松照明沖縄は、それまで彼が撮影し続けてきた「日本」から逸脱するものを胚胎してしまっていたのも確かであろう。その意味で『太陽の鉛筆』とはナショナル・アイデンティティを補完し、撚り合わせる「原日本」としての「沖縄」と、日本国家の画一性を解きほぐす「オキナワ」のアンビヴァレントを体現しているといえる。

「南島」へ/「南島」から(上) | 小原真史 http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/1417/
より

「原日本」という想像的なもの(=「見えないモノ」)を介して「ヤマト」と沖縄を接続しようとした岡本太郎東松照明に対して、中平は同一化不可能な差異を見出しに沖縄から北上したといえるだろう。つまり「ヤマト」と沖縄とを「日本」と「原日本」という同一性の枠内における差異として回収するような言説に対して、中平は「可視的」という言葉を対置したのである。かつて沖縄との出会いが自らの存立基盤を根底から揺り動かすであろう予感が語られていたが、岡本や東松が沖縄で出会ったような「目に見えないモノ」は中平にとって容易には受け入れ難いものであったはずであるし、そのような存在を自然に受け入れる沖縄の風土は彼を動揺させたにちがいない。そして自らが同一化できない、全き他者としての沖縄との出会いこそが、彼を「琉球奄美」と「ヤマト」文化の境界へと導いたのではなかったろうか。おそらく中平は見えないがたしかに存在するような境界を、歴史の中で不可視化された「国境」を顕在化させようとしていた。

「南島」へ/「南島」から(下) | 小原真史 http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/1417/


注)『太陽の鉛筆』については、同じ小原真史さんの解説
http://www.artscape.ne.jp/artwords_beta/%E3%80%8E%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%81%AE%E9%89%9B%E7%AD%86%E3%80%8F%E6%9D%B1%E6%9D%BE%E7%85%A7%E6%98%8E
がある。

2012-07-10

生誕100年「松本峻介展」


 午前中、神奈川県立近代美術館へ『生誕100年「松本峻介展」』を見に行く。
少し前までは、神奈川県立近代美術館鎌倉別館には松本峻介コーナーがあり、よく見ていたので、よく知っているつもりだったが、改めて、年代別、モチーフ毎に整理された形で彼の絵を見て、モンタージュの手法で、街や人を重層的に描いたのが彼の到達点かと思っていたのだが、むしろそれは前期であること、藤田嗣二の影響を受けた人物画があること、なんとなく見ていた「Y市の橋」に代表される都会の風景はルソーの影響がはっきりみられること等いろいろな発見があった。
 そして、「Y市の橋」以外の都市の風景、[鉄橋近く]、「運河」「煙突のある風景」、[工場]等に改めて強く惹かれた。

 今回の展覧会のホームページhttp://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2012/shunsuke/index.htmlのタイトルに、松本峻介の「私は田園を愛するように都会を愛してゐる」という言葉が紹介されているが、私も都会の中に松本峻介が見つけてような、素晴らしい「都会の風景」を探してみたいと思う。
 
 今回、松本峻介の撮った写真が展示されていたが、その中に、私も、何回か撮っている昌平橋付近の写真があった。そんなわけで、午後、「お茶の水」に行き、そこから昌平橋まで歩き、神田川にかかる総武線の鉄橋をを撮った。そのあと暗くなってから、東京駅まで歩く。途中、鎌倉橋、神田橋の上から日本橋川とその上を走る首都高速の橋脚を撮る。そういえば、この展覧会のホームページのタイトルに使われている絵の題名は「橋(東京駅裏)」でした。、

2012-07-09

沖縄3日目

昨日、恩納村に移動。村の中カメラを持って歩こうと、目覚ましをかけて寝たのだが、起きると、激しい雷雨。写真を撮りに行くのは諦める。
宿を出る前、小降りになった海。
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途中、立ち寄った佐喜真美術館の屋上から、普天間基地を撮る。
f:id:heliograph:20120709143201j:image
那覇市内、沖縄戦の激戦地シュガーローフの跡地に出来た公園。
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2012-07-08

沖縄二日目 那覇

 朝、少し早めに起きてホテルの周りを散策
f:id:heliograph:20120708072713j:image
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2012-07-07

沖縄那覇

夕方、那覇に着く。ホテルに入ったが、外にでている時間はなかった。
ホテルの窓から撮った写真2枚をつなげてみました。19時20分を過ぎても、こんなに明るい。
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2012-07-06

横須賀美術館「ラルクアンシエル展」を発端とする文化行政のあり方について


横須賀美術館ラルクアンシエル展」が大成功だったから、民営化する。』ってことになっちゃうのかなぁ。
 横須賀美術館企画展をみていましたが、とてもよくやっていたと思います。財政面での負担が多く市民に迷惑をかけられないというわけなのだが、この動きが、横須賀の博物館などにも波及していくことを心配しています。
 @kasuhoさんが、まとめられたtwitter上での「横須賀市議会議員・藤野英明さんとkmzwhrsさんとのやりとり」、後半には村上隆さんも登場します。

2012-07-03

PTGui


 夜は、もっぱら写真を繋げる作業。
 撮ってきたのが、日本橋川の上を走る首都高の橋脚。
 暗いし、川面は常に変化する、おまけに上方に樹があり葉が風に揺れて影が動く。こんな状況だと、さすがに、PTGuiに自動では写真をうまく繋いでもらえなかった。隣り合う写真のどことどこが同じ所(Contorol Point)なのかを指示してやらなけらばならない。コンクリートの壁にできる汚れがたより、一組の写真のContorol Pointを指示して、Optimizeという所をクリックすると、コンピュータがそれをCheckして、very goodとかgoodとか評価する。自分では分かんなかったくせに、生意気なコンピュータだと思いながらも、作業を続けてやっと完成しました。
 まだ、プリントしてないので、出来栄えはわかりませんが、かなりの達成感がありました。おかげで今日は寝不足です。

『高嶺格のクール・ジャパン』


Twitterを見てたら



を見つけました
 水戸芸術館現代美術センターで、」12月22日から『高嶺格クール・ジャパン』が開催されるようです。楽しみです。このブログhttp://atmcac.blog.fc2.com/を時々読むことにします。

2012-07-01

小川隆之 写真展 「NEW YORK IS」


『カメラ毎日』(1968年9月号)に41ページに渡って掲載された「NEW YORK IS」この写真を見て、自分はいつか「TOKYO IS」を撮ってやろうと思ったのだが、ずいぶん経ってしまった。

 その写真展が銀座のBLD GALLERYで開催されていた。今日が最終日。
そして、鈴木理策さんのトークショウもあるし、本人が亡くなった後に発見された「NEW YORK IS」の写真と16mmの動画を組み合わせて作られた16mmの映像作品も上映される(もちろんDVDに変換したもの)というので、BLD GALLERYに出かけました。

 写真は本人が焼いたものつまり「Vintage Print」、NIKON SALONの展示のために焼いたものらしい。鈴木理策さんも「当時のアメリカではもっと浅めに焼いていたのだが、それより黒が強調された濃いめのプリントだが、プリントがうまい」と言っていた、確かに、素晴らしいプリントだった。
 Robert Frankに見せに行き、その時、「NEW YORK IS」という題名をRobert Frankが命名したということだ。

 これらの写真を改めて見て、自分がいかに「NEW YORK IS」に影響を受けていたかを思い知らされた。自分が撮るあるパターンのいくつかがこの「NEW YORK IS」にある。

 鈴木理策さんは、「木村伊兵衛のパリ」がパリにとっての貴重な記録になったように、この写真も「NEW YORK」の貴重な記録になる、また、銀塩による「ストリートフォト」が一番可能性が写真を撮るうえで、一番可能性が残された分野であるのに、「盗撮」と言われるようになって、それが撮りにくい世の中になっているのが残念だと嘆いていた。
 小川さんは当時のNEW YORK」の街や人を見事にとらえている。

 単純な私は、帰りながら、少しは安くなったライカでも買ってストリートフォトにでも挑戦するか等と考えてしまった。そうだ「TOKYO IS
」を撮っていないのだ。

参考:
 BLD GALLERYのホームページ
 http://bld-gallery.jp/exhibition/120613ogawatakayuki.html

 今日は買わなかったけど、手に入れたい写真集(DVDもついています)も出版されています。

『NEW YORK IS』(DVD付)

『NEW YORK IS』(DVD付)

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