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2013-01-26

 水戸


 水戸芸術館へ『高嶺格クールジャパン』を見に行く。
 夕方、芸術館から水戸駅まで、写真を撮りながら歩く。

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2013-01-24

ヨコハマフォトフェスティバル

 ヨコハマフォトフェスティバルに行き、フォトレヴューを見学(盗み聞き?かな)してきました。
今年はワンコインフォトブックレビューとウォールフォトレビューに分かれていた。
ワンコインフォトブックレビューというのは、

500円のチケット1枚につき5分間のレビューが受けられます。
チケットは1枚だけでなく、複数枚購入することも可能です。
色々な人の意見を聞く、ひとりとじっくり話すなど、使い方はあなた次第。
レビュー初心者の方も大歓迎!お気軽にご参加ください。

というもので、券を買った人が、レヴューアーの所に行き写真を見せるわけなのだが、その脇に立って話を聞いていたのだ。
ウォールフォトレビューというのは

ハイアマチュアやプロフェッショナル向けのフォトレビューです。
持ち時間1人15分の公開合評形式(写真を壁に掲示するスタイル)で、
希望したジャンルのレビュアー(複数人)が批評を行います。
規定のブースの中で、レビュアーと自由に写真について語り合いましょう。

というもので、これも観覧自由なのでこれも様子を観察していた。4から5人のレビュアーのグループが周って、15分間その人の作品の前で話をする。2回みたが最初のがレビュアーのグループが2つ後のがレビュアーのグループが4つあった。

 大概の人がレビューを受ける前に、自分の写真について語るのだが、それが皆、立派なことを言うので、ビックリした。私のだめなところなのだろうが、自分の写真について、そんなに多くを語れない。
 せいぜい、いくつかの単語を思い浮かべて撮っているだけだ。写真を発表するのにはこんな作文をしなければならないのか? 語れば語るほど写真から離れていくような気がしてならない。

 最後の19:00からのウォールフォトレビューでは、一人の人の作品の前に立ち、15分毎に巡回してくるレヴューアーの4つのグループの話を聞いてみた。

 どのグループでも共通に話題になっていたこともあれば、全然食い違っていることもある。どっちかというと、共通の指摘より、違う方が多い、ちゃんと絞ってパンフォーカスにしろと言われたり、もう少し絞りを開けていうような正反対のこともある。
 
 自分の写真に対して他の人の意見を聞くことより、最終的には、自分できちんと考え、自分で判断していかなければいけないと思いました。

 でも、色々な意見を浴びるのもそれなりに刺激的なことかもしれませんね。

2013-01-17

何をやらなかったという事を評価するような新しい価値観


 今週の日曜日,長井・荒崎に行き波の写真を撮った。

 三脚に固定し、波の形が変化すると思われる所を狙って、同じフレーミングで200回以上3か所で撮影したのだが、撮影した直後はかなり手ごたえがあったつもりだっとのだが、家に帰り、RAWデータを現像しているうちに、あまりいい写真ではないような気がしてきた。そんなことをしているうちに、波、海といえば森永純さんの写真だ。森永さんの海の写真を見たくなってきてWEBで検索するが、小さなサイズのものは見つかるが、とても、森永さんのプリントのクォリティーが伝わってこない。
 でも、検索していると、森永さんの次の文章が見つかった。

『遊8 叛文学文学』コラム「光こそ事物であり作品であり精神である」森永純 工作舎刊 より
http://www.fractionmagazinejapan.com/col/cn34/pg569.htmlより
孫引きではあるがその中の一部を紹介する。

・・・土なら土、海なら海だけを写真にするというのが、いかに大変かということがわかりました。畑をロングで引くと畑になるけど、アップで近づくと泥になる。土にならないわけですよ。そこで土のところに植物の根をちょっと入れてみようかと思ったけど、根の方が視覚的に強くなる。写真が「もの」と「もの」との関係で成り立っているのがよくわかります。・・・・・雲だけとか、波だけとかを切りとると、どういうわけかおもしろくない。しかし、むつかしいからなんとかしたいですよね。波だけではチャーミングじゃない。失敗覚悟です。それを恐れるなら、チャーミングな被写体を撮っているほうが楽だし、よろこばれるしね。
 何をやったかという結果、いわゆる行為とか「もの」で人間を評価する。それしか評価の下しようがないということでしょうかね、精神なんて形がないですからね。でもその人が何をしなかったかということも、ものすごく重要なわけですよ。何をやらなかったという事を評価するような新しい価値観がほしいですね。歴史の中には、我々が知らないだけで、意外とそういうことで、ささえられてる事柄が多いと思いますね。写真でも、何を選ぶために、何を捨てたかということです。


森永さんは30年以上波の写真を撮っていてまだ完成していないというのだから、 失敗覚悟で波を撮り続けるしかないようです。

2013-01-13

 長井


 午後、長井港から荒崎まで歩く。

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2013-01-12

ワコウ・ワークス・オブ・アート 「New Strip Paintings and 8 Glass Panels」


六本木の WAKO WORKS OF ART に Gerhard Richter「New Strip Paintings and 8 Glass Panels」展を見に行く。

WAKO WORKS OF ARTのホームページより

ワコウ・ワークス・オブ・アートの開廊20周年記念展として、2012年12月8日(土)より2013年1月26日(土)まで、現代絵画の巨匠ゲルハルト・リヒターの新作展を開催します。

ドイツを代表する現代美術作家であり、国際的にも最も重要な画家と評価されるリヒターは、1960年代より、フォト・ペインティングやカラーチャート、何層にも重ねた色響きあう抽象画と、一貫して絵画の本質を追求しながら様々な試みに挑戦し続けてきました。昨年から今年にかけて、ロンドンベルリン、パリにて、50年の軌跡を辿る大回顧展 “Panorama” が巡回されています。今なお美術界を牽引し、創造性に溢れた作品を発表して常に私たちに新鮮な驚 きを与えてくれているアーティストです。

本展で最も注目すべき作品は、2012年の最新作である、リヒター自身が描いた抽象画を複雑にデジタル加工してプ リントした、色鮮やかなボーダーが目を引く“Strip”です。さらに、8枚のガラスを使った立体作品と、昨年、ロンドンの テート・モダンで発表した、写真にエナメルで彩色を施したシリーズ “Museum Visit” より20点を紹介致します。いずれも日本初公開です。
直接手を触れることなく自らの作品を分解、再構成する作業は、西洋絵画の伝統そのものをも解体(strip)し、新たに生まれ変わらせています。それは同時に、今や私たちの生活や文化、アイデンティティーにまで否応なく入り込んでくる新しいデジタル化の波を、鑑賞者に対して改めて見つめ直すよう促しています。

「シャイン(光、仮象)は私の一生のテーマだ」

作家が長い探求の過程で切り開いた表現を、この機会にご高覧ください。

また、今展に合わせて展覧会カタログを出版します。こちらも合わせてご期待ください。

http://www.wako-art.jp/top.php より

Strip を見つめると、絵が振動しだす。ガラスの作品も前に川村記念美術館の時は、ガラスが平行に立てられていたのだが、今回は斜めになっていて、周りの絵が8枚のガラスに複雑に映り込む。立つ位置を変えるとそれが変化するのが面白く。ギャラリーの中を何周かしてしまった。 展覧会のカタログはまだ発売されていなかったのが残念。

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参考:リヒターのインタビュー
D

この他、ワコウ・ワークス・オブ・アート の入っているピラミデビルでは、

オータファインアーツ東京で『草間彌生 新作絵画 II』展
タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム で 『吉野英理香 「Digitalis」』展
Zen Foto Gallery で 中藤毅彦「HOKKAIDO: Sakuan, Matapaan 」

も開催中でこれも見ました。

2013-01-11

 鎌倉散歩


 午後から鎌倉を散歩、由比ヶ浜の通りを長谷まで歩き。甘縄神社の裏山を少し昇り、写真を撮る。
Photoshop で白黒に変換、レタッチの練習。画像を壊しているのかもしれないが、結構面白い。

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2013-01-09

渋谷


 Stitchingで撮りたかった、渋谷の交差点。三脚を使えないので、試しに手持ちで撮影。

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2013-01-08

 写真集購入

ロゴス渋谷のバーゲン最終日

Gone?

Gone?

を買う。
パノラマではないが、同じ所で、少しずつずらした写真で構成することに何故か惹かれる。
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2013-01-07

 東松照明さん死去

東松照明さんが逝去されました。ご冥福をお祈りします。

2013-01-06

 「中西夏之展」 DIC川村記念美術館


DIC川村記念美術館中西夏之展を見に行く。「韻」 「洗濯バサミは攪拌行動を主張する」 「擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑」というタイトルの作品群展示されていた。
 
美術館のホームページ(http://kawamura-museum.dic.co.jp/exhibition/)より概要を引用します。

1959年から60年にかけて制作された《韻》シリーズは、砂を混ぜた塗料による画面をスプレーガンと筆で二重に描かれたT字型が膜面のように覆う作品です。1963年に読売アンデパンダン展に出品された《洗濯バサミは攪拌行動を主張する》は、キャンバスから出た紙ひもに無数のアルミ製の洗濯バサミがつけられ、それぞれが光をはらんで筆触による頂点を想起させます(出品作は1993年制作)。また最新作《擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑》連作は、相異なる方向へ向かう人が接近しすれ違う、その瞬間に薄膜の平面が認識できないだろうかという考えから絵画の垂直面が問い直されており、紫と白の色斑が絵画自体の生成や時間の集積を我々に知覚させます。これらの作品は、制作時期は異なりますが、「光」「時間」「反復」「拡散」といった絵画への問いにおける重要な要素を示しています。本展では、各々の作品が他の作品と共振する、光あふれる「場」において、新たな時間性による絵画体験を提示いたします。

プルスリリース http://kawamura-museum.dic.co.jp/release/pdf/120905.pdf

http://d.hatena.ne.jp/heliograph/20121016/1350402873
で書いたように、mさん (@mthshrak)のTwitterでの書き込み






が気になってこの展覧会に行ったわけだが、展示室を歩くと、確かに、いろいろな見え方が現れ貴重な経験ができた。

絵画作品を注視しているときに視界の端で同時に生起する、モチーフが「ぼうっ」と見えるもの」についてですが、カタログにこんな中西夏之さんの言説が紹介されている。(カタログと共に購入した中西夏之×五十嵐英之『遠くの画布 近くの絵 像の拡大と拡散の試み』に書かれていた。)

中西夏之「向こう側の絵」

私は今、実現しようとしている絵のようなものの枠を通して向こう側の絵を写している。その向こう側の絵を見ようと欲求することなのだ。だからその絵そのものではないので、眼前の絵の不確実なものであってもかまわない。即ちブレていてもボケていてもよいと考える。むしろ眼前の絵はブレ又はボケが重要だろう。しかし向う側の絵を、眼前の絵との関係はブレ(左右動揺)ではなく前後動揺のボケ、焦点の動揺に関係するだろう。このことがシミュラークルということであるかどうかは熟考する必要があるか。類似・相似のこと。このことはシミュラークルということについて関係する。

中西夏之×五十嵐英之『遠くの画布 近くの絵 像の拡大と拡散の試み』より

「向こう側の絵」と「視界の端で同時に生起するぼうっと見えるもの」が同じものだろうか?

 川村記念美術館


 レンズ60mmマクロ(D7000なのでフルサイズ90mm)を付けて家をでてしまった。
 美術館を出て、庭の樹木を撮る。白黒に変換。Photoshopの練習。

 
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2013-01-02

 写真美術館へ

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 1月2日は写真美術館は入場料無料。ということで、写真美術館に行く。まずは3Fの

北井一夫 いつか見た風景」展

 ほとんどがを写真の中に人が入っているのだが、時折,人の写っていない植物、田舎道、河原等の写真に惹かれる。
 久しぶりに35mmの銀塩写真のすごさを感じた。最近、自分が始めたデジタルで白黒プリントでも、この美しさに少しでも迫れたらと思う。
次に2Fの

「この世界とわたしのどこか 日本の新進作家vol.11」展

を見る。

様々な問題が山積し、既存の価値観が大きく変化している現代にあって、日本の現代作家たちは、それぞれが自分の足下を見つめながら自分の課題と格闘し、独自の世界を創造しています。今もっとも勢いのある新進作家5人を取り上げて、日本の「今」を浮かび上がらせようとする試みです。

写真美術館のホームページhttp://www.syabi.com/contents/exhibition/index-1716.html)より

笹岡 啓子 の作品も「フィッシング」が一番きになったのだが、東日本大震災後の東北の風景を撮った「Difference 3.11」シリーズの方が好きだし、前に、ツァイトフォトで見た蔵 真墨 の「蔵のお伊勢参り」までは楽しめたのだが、あとは、私の頭が固いのかそんなに楽しめなかった。

最後にB1F

「映像をめぐる冒険vol.5 記録は可能か。」展

ここはざっと見て帰ろうと思ったのが大間違い。
惹かれたのは、ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニの作品、

映像は、現在すべてを記録することはできないが、少なくとも、私たちに現実を想起させる記憶メディアたることはできるかもしれない。ドイツベルリンを拠点に活動するアーティスト・ユニット、ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニは、映像、写真、インスタレーションなど多様なメディアを通じて、都市環境や集合的記憶のなかで、束の間に存在していた空間や隔離された場所に焦点をあててきた。都市のランドマークやモニュメントは、かつては政治や文化、あるいは社会的発展を象徴していたにもかかわらず、現代社会からは忘却されてしまう運命をもっている。フィッシャー&エル・ザニは、この歴史的痕跡を手がかりに、現在において不可視となっている存在や記憶を批評的に浮かび上がらせることで、新しい映像表現の可能性を提示しようとしている。本展では、2007年から計3年間日本に滞在し、日本に関連した作品を制作し発表してきた彼らの3作品を紹介することで、現在そして未来における映像の記録表現の可能性を探りたい。


写真美術館のホームページ<< http://www.syabi.com/contents/exhibition/index-1722.html)より

3つの作品があったのだが、そのうちの「スピリッツ・クロージング・ゼア・アイズ」を見続けているうちに閉館時間がきてしまった。
この作品のことをうまく説明できないので、どんな作品であるかは、カタログの「記録は可能か。」(田坂博子)から引用しておく。

日本初公開となる本作品は、2011年3月11日以降の日本の生活についての映像でありながら、地震津波による目に見える被害を伝えるわけでもなく、災害後の復興活動に焦点を当てているわけでもない。むしろ、現実の脅威と日常習慣の微妙な変化の間に揺れ動く現在の物理的および心理的な状態に焦点を当て、言葉にできない、目に見えない変化に関心を向けている。
 フィッシャー&エル・ザニは日本滞在中に様々な地域の人々と長時間に及ぶインタビューを行った。
<略>
 インタビューは、3.11以降に関するいくつかの同じ質問で構成されている。どのように2011年3月11日を覚えていますか?個人的な生活の中で何が変わったのですか?社会全体への災害の影響はなんですか?差し迫った危険性はありますか?いま不安な気持ちがありますか?どんな影響が起きていますか?どのように日本の人々は未来を考えていますか?
 ビデオ・インスタレーション<<スピリッツ・クロージング・ゼア・アイズ―彼らが目を閉じると>>は3面構成のスクリーンに、いくつかのカテゴリーに分類された映像が映し出され、その3つの映像の組み合わせはキーワードで生成されるコンピュータアルゴリズムの偶然性に従ってランダムに投影されている。例えば、インタビュー映像の横のスクリーンには、いくつかの場所の静かなロングショットがほとんど大きな変化が見られない日本の国の状況や気分を表している。また、インタビューの回答者が自分たちの未来を考えてカメラを見つめる、短いショットが含まれている。観客は、いくつもの人々のことばと、風景と、状況を映像を通して体験することになるだろう。

 目に見えない状況をいかに可視かできるのか―フィッシャー&エル・ザニは、彼らの問題意識の延長上で、3.11以降の日本の現実を、自らのネットワークと体験を駆使して作品へち昇華させている。作品を通して確認できるのは、もはや普遍的な経験ではなく、たくさんの個別の事実があるということである。そのことはリュミエールの時代から現在にいたるまで本質的に変わらない。情報技術とネットワークの進歩によって、私たちはそのことを忘却しがちであるが、映像本来のあり方を再認識することから、私たちは何かしかの未来への可能性を見出すことができるのではないだろうか。

 水戸芸術館現代美術ギャラリー「3・11とアーティスト: 進行形の記録」を見に行った時も感じたのだが、写真よりもビデオの方に惹かれる事が多くなってきている。

 写真美術館へ


武蔵小杉湘南ライナーに乗り換える間にホームから撮る。
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写真美術館に入る前に、線路を挟んで向こう側にある病院を撮る。
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2013-01-01

 初詣


 午前零時過ぎ、我が家から鎌倉まで歩き、初詣。毎年、鎌倉夷(本覚寺)に行く。鶴岡八幡宮が混んでいるので、それよりも空いている鎌倉夷が何となく気に入っている。お参りして、おみくじを引いて戻ってくるだけなのだが、お正月の気分を味合うために行っているようなものだ。早速 iPhone で Panorama 写真を撮ってみました。

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