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ブックブックこんにちは

2009-05-04

その6 旅に出るきっかけをくれた本。

| 11:46

 人生の贅沢のひとつに、好きな本、大切な一冊で書かれた場所を訪ねることがある。観光客としてよその街を眺めたところで、表層的な部分に触れるのがやっとだろうが、その街を心底愛した人の言葉を手がかりにすることで、自らの乏しい頭やぼやけた眼をごみ箱に放り込み、街にいるあいだ、作家の頭や眼を借りることが出来るのだ。

 僕がベトナムサイゴンホーチミン市)を訪ねる気になったのは、近藤紘一というジャーナリストの著作を読んでいたから。旅をしてから手に取る本もいいけれど、本を起点にする旅もまたいいものだ。

 昭和15年生まれの近藤さんは、早稲田の仏文科を卒業後、産経新聞の記者として、短い地方勤務を経たのち、夫人とともにフランス留学を命じられる。パリへ向かう途中、夫妻はベトナムに立ち寄り、悠然と流れるサイゴン川に面したホテルへ泊まる。

 あの夏の朝、私は幸福だった。かたわらには前の妻がおり、そして私たちの目の前には、二年間の外国での自由な時間があった。妻はベランダに椅子を持ち出し、長い時間をかけて、川と対岸の景色を写生した。

 しかし、パリに到着した二人を待っていたのは、1968年の五月革命を頂点にした、混乱の時代だった。異国の不穏な空気の中で精神を患った夫人は、まもなく命を落とす。

 帰国した近藤さんは、ベトナム戦争真っ最中のサイゴンに、今度は特派員として赴任する。そして、1975年4月30日、北ベトナムの勝利つまり南ベトナムの崩壊という決定的な瞬間に立ち会うことになった。その時の模様を記したルポがこの本である。

サイゴンのいちばん長い日 (文春文庫 (269‐3))

サイゴンのいちばん長い日 (文春文庫 (269‐3))

 ついに全面降伏−−−。サイゴンは崩壊した。こうなる以外ないことはわかっていたが、やはりあまりにもはかなく、あっけない結末だった。

 たった二か月前まではっきりと存在し、機能していた一個の国が、今、亡びた。(中略)

 視界のすぐ手前下方に、何か白いものがはためくのが見えた。白旗だ。一ブロックほど先の勧業銀行の屋根のポールに、純白の大きな布片がするすると掲げられていくのが見えた。

 ちょうど34年後の同じ日、僕はバイクタクシーの後ろに乗って、目抜き通りをウロウロしていたのだが、記念行事やパレードが見あたらないのは意外だった。

 閑話休題サイゴンベトナム人の奥さんをもらった近藤さんは、東京に戻り、ベトナム的な生き方を貫こうとする夫人との生活、そしてベトナムで生まれながら突然日本に放り込まれた娘の育て方をユーモラスに綴ったこの本で、大宅賞を受賞した。

サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)

サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)

 その後、「妻と娘」のその後を綴ったシリーズ、インドシナ情勢に関するルポ、はては小説まで、注目を浴びながらも、ハードな取材活動がたたって病に倒れ、46歳の若さで亡くなる。文字通り、燃え尽きるような人生だった。

 ノンフィクションは古びるのが早いといわれるが、近藤さんの本は今読んでも新鮮だ。日本の新聞記者が書いたものとしては超一級の作品群が生まれた理由を考えてみると、一つにはジャーナリストとしての公正な視点と高い能力がある。赴任当初のこと。

 自分の目で見た街の騒ぎのルポはなんとか書けたが、たまに”本格物”の政局の分析や展望を書くと、かたはしからはずれた。あまり自分の原稿が的を外れるので、はやばやと嫌気がさし、

「とてもサイゴン特派員の任に耐えず」

 と本社に泣きをいれたくなった。

 開けっぴろげにに書いてしまうのもすごいが、文章は続く。

 そのとき、親しくなった若い上院議員の一人が、早まるな、と慰めてくれた。

「はずれるのが当たり前なのだ。お前さんは自分の国の民主主義的発想から物事を眺め、分析し、判断している。どだい出発点が間違っているんだ。(中略)そうさ、この国の政治メカニズムはまだ、”三国志”時代のそれだ。それをはっきり認識しないと、何年ここにいてもまともな記事は書けやせんよ」

 一見簡単そうなことだが、現在の北朝鮮報道を見れば、付和雷同という宿痾を持つ日本人にとって、自分たちの思い込みを外して物を眺めることがいかに難しいか、わかるだろう。

 二つ目には文学的素養がある。妻との買い物という何気ないことを描くだけでも、センスの良さは存分に活かされる。中華街で買い込んだライギョが逃げ出したときのこと。

 たちまち人垣ができた。足下を襲われた女性は悲鳴を上げて逃げまどい、子供たちは「うわぁー、大蛇だ大蛇だ」と叫び立てる。(中略)

 白昼の大通りでとんだ見せ物を演じ、進退窮まった。つい頭に来て、かたわらの石を振りかざしたたき殺そうとすると、

「ダメ! 味が落ちる!」

 妻は金切り声を上げた。

 そして何より、自らの責任で前の夫人を「殺した」という悲しみを、忘れるのではなく、自暴自棄になるのでもなく、人びとに対する愛と優しさに昇華させた、強さがあるのだろう。

 そして、私が生き続けようと思えば、残された手段は、人生の価値判断とでもいったものをいっさい放棄することだった。今後は、自分で自分の道を決めようなどという大それた考えを持たぬことだ。同時にそれは他人のすべてを不幸も幸福も含めて下界で生じるすべてを許容することだ。そう決めた時以来、私は、自由になった。

 僕も近藤さんに憧れ、新聞記者を志した時期があったけど、今は仕方ないと思っている。能力も文章もなく、宿命も持たない僕がなったところで、将来は比べるだけ惨めだろう。ただ、夕暮れのサイゴン川を前に、近藤さんの「思い出」にひたるだけである。

 大学のはるか先輩とはいえ、面識ない人の「思い出」にひたるとは妙な話だ。でも、本を読むということはその人の話をじっくり聞くことに他ならないのだし、徹底して読みこんだ、惚れこんだ作家は、大切な友人になりうると僕は思う。

 陽はすでに落ち、近藤さんの愛したサイゴン川では、電飾をともしたクルーズ船が出番を待っている。河岸の遊歩道を行き交う家族連れやカップルに、花売りの子どもが次々アタックをかけている。背後の大通りでは世界一といわれる騒音をまき散らしながらバイクの群れが行き交う。すべてが戦争など遠い過去のように。(藪)