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2018-06-27 (水)

[]田島優?「あて字の日本語史」

「あて字」の日本語史

「あて字」の日本語史

「あて字」、と言っても色々ある。私は亜米利加とか仏蘭西、みたいな外国語に漢字を当てたものが真っ先に思い浮かんだが、最近の読めないDQNネームも「あて字」なら、暴走族の「夜露死苦」とかもそうだろう。商品名やマスコミのダジャレみたいなのも、そこら中にいっぱいある。ラノベのタイトルで、禁書目録をインデックスと読ませる類いもそうなら、「宇宙」を「そら」とか「都市」を「まち」とか読ませるのは佃煮にするほど溢れかえってる。さらに考えれば「海老」を「エビ」と読むのも「田舎」を「いなか」と読むのも、それぞれの漢字一字一字の読み方からは出てこない。

そもそも日本は無文字社会だったわけで、中国から漢字が入ってきて以来、漢字を使って日本語をどう表記するかという問題にずっと取り組んできたとも言える。漢文で書く、ということはつまり(当時の)中国語に翻訳するということで、その中に日本語をチャンポンに混ぜ込んで行くわけだ。そのために使われた漢字の音だけを借りて日本語を書き表す上代仮名(万葉仮名)とか、日本語の文章は「あて字」から始まったとも言える。

本書ではまずあて字の用例からあて字の概念、定義からあて字として扱う範囲を示す。その後日本語表記の歴史を古代から現代まで総覧している。

普段意識せずに使っている表記に、実は「あて字」が多いことに驚く。例えばこの「普段」の語も、元は「不断」と書いた。「不断」とは絶え間ない、という意味で、そこから「いつも」という意味が派生した。江戸時代末期から、「いつも」という意味で「フダン」と書く時の表記として、「平日」「平常」などの漢字表記に「フダン」のフリガナを振っていた。「普段」という表記になったのは明治20年以降のことだそうである。他にも、「不憫」はかわいそうなことという意味だが、そもそも「憫」の字が「かわいそう」という意味で、余計な「不」の字がついてるのはあて字だから、とか「堪能」も実はあて字で、「堪」には「カン」という音しかなくて「堪能」も「カンノウ」であったとか、日本語の移り変わりと表記の揺れ具合とが、大変面白い。

2018-06-17 (日)

[]イネス・ド・ケルタンギ?「カンパン夫人」

ブルジョワジーの一族の娘だったアンリエットは幼い頃から知性を磨き、15歳でルイ15世の娘たちのレクトリス朗読係として宮廷に上がった。やがてオーストリア皇女マリー・アントワネットが王太子妃としてヴェルサイユにやってくると、年も好みも近かった二人は親しく会話するようになった、周囲にわからないように、イタリア語で会話することもあったという。結婚してカンパン夫人となったアンリエットはその後もアントワネット付きの首席侍女として、最後まで忠誠を捧げた。陰謀渦巻く宮廷の中で、王妃の腹心として常に控えつつ、危険な陰謀からは注意深く距離を取り、隙を見せることがなかった。王妃の処刑後、かろうじて革命の嵐の中を生き延びたアンリエットは、自分の受けた高等教育が身を守ってくれたという思いから、女子教育のための学院設立を思い立つ。学院の生徒の中に、ジョセフィーヌの娘オルタンスがいたことから、カンパン夫人のサン=ジェルマン学院はナポレオンの支援を受けることとなる。その後、ナポレオンの退位、王政復古、百日天下と目まぐるしく政変が起きる中、カンパン夫人は学院を守り抜いた。

カンパン夫人の「回想録」はルイ15世時代後期から革命初期までの宮廷生活の詳細な手記であり、マリー・アントワネットを身近に知る者だけがかけるエピソードの宝庫としても貴重な資料である。アントワネットの信頼厚い侍女として様々な物語に端役として登場する彼女の生涯は波乱に富んでいて、むしろ主役級の面白さ。同じく革命期を生き抜いたフーシェとは正反対の生き方だけど、二君に仕えたというところは共通してる。

id:hereyc8:20170926

2018-06-16 (土)

[]内田洋子?「モンテレッジオ小さな村の旅する本屋の物語」

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

イタリア北部の山奥にある小さな村、モンテレッジオに関するエッセーというかルポルタージュ。19世紀の始め頃から、村人は本の行商で身を立てるようになり、著者、出版社と読者とを結ぶ強力な販売網をイタリア全土から、欧州各地、新大陸にまで張り巡らしていった。

イタリアで最も由緒ある賞の一つである露天商賞は、この本の村で開催された本屋週間の祭りから始まったという。

小さな、しかし歴史の古い村の来歴と、本と出版の歴史を重ね合わせて紐解きながら、イタリアの本屋を訪ね歩く。

綺麗なカラー写真が豊富に入っていて、北イタリアの古い街並みや山奥の小さな村を訪ね歩く気分にも浸れる。

2018-03-31 (土)

[]西牟田靖「本で床は抜けるのか」

本で床は抜けるのか (中公文庫)

本で床は抜けるのか (中公文庫)

本の重さで床が抜けるのではないか、と心配した著者が、1級建築士に相談したり、実際に床を抜いてしまった人に話を聞きに行ったりしながら、大量の蔵書と暮らすとはどういうことなのか探っていくルポルタージュ。蔵書の為にリフォームした人、書庫を建てた人、電子化する人、図書館を作ってしまった人。井上ひさしや草森紳一と行った著名人から市井の人まで、様々な蔵書家と、その大量の本の行方を訪ね歩く。

蔵書の電子化については、自炊代行業者へのインタビューも含めて多くのページを割き、一方で狭小物件での書庫についても詳しく紹介している。故人の蔵書整理をする古書店主の話とか、著者自身の引越しや蔵書整理などの実体験もあり、「本と生活」に関わる様々な視点を一渡り騒乱している。蔵書家に関する本はそれなりにあるが、実際に蔵書と生活の両立の必要性に迫られた著者のプラクティカルな視点から様々な問題を総覧した本はなかった気がする。電子書籍と電子化という選択肢に関する検討もあり、読み応えがあった。

2018-02-03 (土)

[]ぬまがさワタリ?「なんかへんな生きもの」

図解 なんかへんな生きもの

図解 なんかへんな生きもの

twitterでたまにTL に流れてきた、ラブカだのカモノハシだのの解説イラストが面白いなとは思ってたら、まとまって出版されてた。

生物系の雑学本というか、ウンチク本は結構出てるけど、トピックの整理の仕方や取捨選択が巧みで、濃ゆい感じがする。最新の話題もドンドン入れてるし、類書より断然おトク。

2017-09-15 (金)

[]みなもと太郎「マンガの歴史」

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

岩崎調べる学習新書 (1) マンガの歴史 1

小学生高学年から対象にした岩崎調べる学習新書から出ています。戦後マンガ史を徳者として、作者として、研究者として体験してるみなもと太郎が書いた日本マンガの体系的な歴史です。江戸時代や明治大正はともかく、対象年代のほとんどを氏はリアルタイムで経験してるんですよね。氏は戦後の生まれだけれど、昭和30年代だと戦中、戦前の雰囲気というのはなんとなく残っていたわけだし。

最初にまず円山応挙が紹介されるところで、おおっと興味を惹かれます。「W3」事件が歴史的大事件として扱われてるのも、なんか新鮮です。

人物主体のマンガ史で読み物としても面白いし、マンガ全体の状況に満遍なく目配りをした上で「現在」の視点から体系的に整理されているので、わかりやすくまとまっています。事件や作品の羅列というのではなく、マンガ表現の歴史となっていて、日本マンガ史の基本文献になるんじゃないですか。

1巻は1960年代半ばくらいまでを扱っています。目次を紹介すると、こんな感じ。

  1. 終戦まで
  2. 手塚治虫と「新宝島」
  3. 貸本マンガと「漫画少年」
  4. トキワ荘
  5. 劇画の誕生
  6. 少女マンガと水野英子
  7. 週刊少年マンガ誌の登場
  8. 「W3」事件と「巨人の星」

2017-09-07 (木)

[]橋本治「失われた近代を求めて 1 言文一致体の誕生」

失われた近代を求めてI 言文一致体の誕生 (失われた近代を求めて 1)

失われた近代を求めてI 言文一致体の誕生 (失われた近代を求めて 1)

日本語の文章を書く、というのはどういうことか、ということで古事記の太安万侶から始まります。万葉仮名ですね。一方で外国語である中国語を、無理矢理日本語として読み下すという漢文体がありました。外国語由来の漢文体が正式な文章で、日本語をそのまま書こうとする非公式な文章と、日本語の文章には二種類あったわけです。その二つが合わさった和漢混交体が徒然草で完成する。完成した後はそのバリエーション、ということで話は一気に明治に飛びます。ツルゲーネフの小説に感動して、日本語でこういうのがやりたい、と燃え上がった長谷川青年、筆名二葉亭四迷が書いた日本の新しい小説とはなんだったのか、という話になります。教科書とかだと、二葉亭四迷の「浮雲」が言文一致体のはじまり、ということになってますが、「浮雲」って今の人で読んだことあるってまずいないでしょう。実は作者が途中で投げ出して、完結しなかったんですけれども。その辺りの事情も含めた、それぞれの時代で新しい「文体」を作り出した人たちは、なにを求めていたのか、という視点から見た文学史です。

「だめだし日本語論」id:herecy8:20170817でも言文一致体の話は出てましたけど、そもそも橋本治は1982年発行の「蓮と刀」の中で二葉亭四迷の言文一致体について論じていたわけです。「蓮と刀」は日本社会のホモソーシャルな関係についての本なので坪内逍遥と二葉亭四迷の関係みたいな話になってますけれど。「文語」と「口語」という分け方への違和感はずっと以前からあったわけです。

蓮と刀―どうして男は“男”をこわがるのか? (河出文庫)

蓮と刀―どうして男は“男”をこわがるのか? (河出文庫)