3D小説 黒崎リョウ

2013-05-03

Scene12 2/2


 ポメラニアンは首輪をしていなかった。だが、首輪の跡がくっきりと残っていた。
 オレはそいつの背中に右手を乗せる。意外にごわごわとした毛。何かからこいつを守るものの手触り。
「捨てられたのか?」
 少し、同情した。
「オレもさ、捨てられそうだよ」
 その同情はきっと、オレ自身を向いていた。
 父親の言葉を思い出す。ずいぶん、幼い頃に聞いたものだ。
 ――生きてるってことは、それだけで奇跡的に幸福なのさ。
 オレもこいつも生きている。だが、奇跡的に幸福だとは思えなかった。
 足りないものがいくらでもある。あれだって、それだって欲しい。たいしたものじゃない。この世界にありふれたものが、もういくつか、手元に転がってくればそれでいい。

「腹、減ってるか?」
 ポメラニアンは答えない。
「何もなくて悪いな。オレもちょっと、腹が減ってるんだ」
 ポメラニアンは答えない。
「お前さ、なんかモップに似てるよな」
 ポメラニアンは答えない。
「モップって、わりに好きだよ。雑巾とか消しゴムなんかもさ。自分が汚れたり削れたりしながら世の中を綺麗にするのって、恰好いいよな」
 最近のヒーローは、スマートすぎて好みじゃない。ダサくて、ちょっと弱くて、泥にまみれるヒーローが好きだ。モップや雑巾みたいに。
 ポメラニアンは答えない。
 でもかわりに、そっと視線をこちらに向けた。
「お前のことさ、モップって呼んでもいいか?」
 ポメラニアンは――モップはようやく、喉の奥で、嬉しげな声を上げた。

 オレはしばらく、モップを眺めていた。
 足音が聞こえて、顔を上げると、そこに女の子が立っていた。


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