女医さん

相当前からだと思う。お尻に脂肪が溜まってゴロゴロするなあと思ってはいたが、痛くも痒くもないので放置しておいたら、永年の間に随分と成長してしまった。ゴルフ場やスポーツクラブの風呂で、タオルで前を隠すのではなく後ろを隠すようなことになり、何かと不都合だ。
で、切開して脂肪を取り出して貰おうと近くの大学病院に赴いた。形成外科。呼ばれて診察室に入ると女医さんだ。まだ若い。ひょっとしたらまだ20代かも知れない。賢くて気の強そうな顔が色白で纏められている。ショートでちょっと染めているヘアー。

ボク自身の最近のデータでいうと80%が女医さんだが、無論これが世間一般の統計にはならない。最近は患者も医者を選んでいいが、女性だからって断るのは“保守主義者”のようで気が引けて、立派な大人として従容としてその“運命”を受け入れる事にしているが、こちらもなかなかに“微妙な部位”だったりするので、ときどき尻込みしたいときはある。

そのときは、オマケに見学のインターンの子が男女3人までがいる。
「じゃ、見せてください」
と言われて渋々ズボンを下げパンツを引きずり下ろして衆人監視のなかで尻を突き出す。ゴム手袋越しながら女医の指が右の尻の頂部にあるソレをグリグリする。
「コレですね」
「あ、はい」
とすっかり「尻が割れた」状態で間抜けな返答をするしかない。
そして、証拠の写真まで撮られた。“もう生きていけない……”

検査そして切開手術。脂肪を摘出した。見せてもらったが“えっ?こんなに”というほどの分量であった。カネは貯まらんけどラードは貯まる。

予定されていた10日後にまた会いにゆく。
診察室に入ると……

「はい、おケツ出してください」
と言ってベッドに横たわるようにと誘導する。
「今日はハンバッシしますから」
「はい?」
「ハンバッシ!ハンバッシ!」
「はい?」
「半分だけ抜糸しますという……」
「こっちは素人だから、抜糸に『全』と『半』があることなど知らないもん」

糸を抜いてから……
「あのう…もう風呂は入っていいんですか?」
「シャワシャワ!シャワシャワ!」

その日の治療が終わってから…

「早口だよね。そして、必ず二回繰り返すよね。ゆっくりと一回で言ったほうが通じるんじゃないかな?」
看護婦と一緒に当の女医さんも腹を抱えて笑い転げている。

「確かにそうだなって思い当たります。私はなんだか生き急いでいる。解りました。“ゆっくりと一度で言う”ということですね」

「アトね、女医さんが『おケツ』ってないんじゃない?」
「う〜ん。じゃ『臀部』ですかね?」
「いや普通に『お尻』でいいと思うけど?」
「“お”を付けても“ケツ”は不味いですか……(ションボリ)」


尻のラードの除去とともに、首の根元にあるイボ様のものの除去もあらかじめ申し出ていた。

「ユウゼイセツシでやるかな?」
「何それ?」
「疣贅(ゆうぜい)というのはイボのことで、「鑷子」(せつし)ってピンセットのことなの。小さなものはピンセット引っ張ってハサミでチョキチョキ」
「じゃ、ピンセットって言ってよ」

まず、麻酔をするという。注射針を首に近づけて……
「ブスッ!」
と言いながら刺した。

(おい確かに“ブスッ!”って言ったな、今。擬声音つきでやるかよ医者が……)

処理に入る。小さなベッドに仰向けになっているボクに彼女のきれいな顔が間近までズームインしてくる。
引っ張ってハサミで切りながら……

「どーすか?」「イテェすか?」
「あのねェ、男兄弟のなかで育ったの?」
「いいえ、女姉妹ですよ」
「じゃ、なんでそんなに“体育会系”なの?」
「あ、“どのようでいらっしゃいますか?”って言えばいい?」
「いや、“どうですか?”“痛くないですか?”と普通でいいと思う。普通で」

そんな気のおけない流れのままに、彼女の両親のこと、別れた夫のこと、裁判のこと、一粒種の娘(彼女が引き取っている)のことなどを、ボクがベッドに横たわりその耳元で彼女が囁くということが続いた。
だから天然自然に、その女医さんは30歳でバツイチの子持ちのシングルワーキングウーマンということが解った。当直の夜には3歳になる娘がskypeで彼女に連絡してくるという。

「ねえ、ママと一緒にネンネしたいの……」
って。
「もう、メチャクチャ可愛いの……切ないの」

とちょっと半泣きになっている顔はひたすら母親のソレだった。
言葉使いが荒っぽかったりちょっと危なかっしいが、「生き急いでいる」のはともかくとして、随分と戦ってきたし、今も戦っている。これらの言葉は彼女の“戦闘服”なのかもしれない。

(完)