2010-09-22
1967年 マイケル・ジャクソン君9才の頃
さて、生まれ故郷ゲイリー近郊の様々なショーに出て優勝を勝ち取っていったジャクソン5と父親ジョーが次に目指したのはシカゴでのショ―
を目指します。シカゴのリーガル劇場で行われた、サンデー・ナイト・
アマチュア・タレント・シヨーに出演したグループは3回優勝しました
この3回の舞台で父親ジョーも参加したそうです。
其の結果、ショーに出演する権利を得、且つ当時のトップ・スターや
トップ・グループとの共演のチャンスを手に入れました。
当時の人気グループ「グラディス・ナイト&ザ・ピップス」と同列扱いで出演。彼らの人気をしのいだジャクソン5はハーレムの伝統を担う
「アポロ劇場」でのアマチュアが出演し勝ち抜いていく
アマチュア・ナイトに出演しストレートで決勝戦に進み、
聴衆から大喝采を受ける。
これがプロとしてのスタートとなります。
ここから、ジャクソン5グループにギャラ付きのゲスト出演の依頼が
来るようになります。
そうなんです。アポロ劇場などの伝統ある劇場に出演の際マイケル君
は、かのジェームス・ブラウンを始め、当時活躍してた沢山の歌手・
グループの舞台を直接見ることができ、このころ観たり聴いたりしたことが自分に与えた影響は計り知れないものがある、と自伝の中に書いてあります。
「一番学んだのはジャッキー・ウイルソン。影響を受けたのは
ジェームス・ブラウン」と自伝(ムーンウォ―ク)に書いてあります。
↓ジャッキー・ウイルソンです。
http://www.youtube.com/watch?v=2nEfuE8Pw4U&NR=1
↓ジャクソン5がジャッキー・ウイルソンの上記曲
「Lonely Teardrops」をカバーして歌ってます。
http://www.youtube.com/watch?v=ed1w4m3uc54&NR=1
↓なかなかの正統的な2枚目です。ジャッキー・ウイルソン。
一流のボクサーだったそうです。
1934年〜1984年 49歳で亡くなりました。
41歳の時ステージで心臓発作で倒れ、脳にも障害がおこり、寝たきりになり数か所の病院を転々として悲劇的な人生だったようです。
上記の「ロンリ―・ティアー・ドロップ」はかの有名なべりー・ゴ―ディが曲作り、プロデュ―スをし大ヒットした。しかしベリー・ゴーデイは所属会社と対立して独立。モータウン・レーベルを創立した。
「ロンリ―・ティアー・ドロップ」の売り上げが、創立資金に貢献したようです。但しジャッキー・ウイルソンは所属するレーベル
(ブランズ・ウイッグ・レーベル)が手放さなかったのです。
http://www.youtube.com/watch?v=9POh4ATtuBw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=k1odvp-_bhk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=l92oMUNhgng&NR=1
私は数ある歌手のうち、ジャッキー・ウイルソンの声も、顔も、姿も、品性も良くて、正当な二枚目でお気に入りです。
マイケル君が一番学んだのは「ジャッキー・ウイルソン」だと
言ってるのもうなずけます。
マイケル君、このエナメルの靴が憧れで沢山の靴屋さんを探したけど
子供用のエナメル靴はなくて残念だったとの思い出があります。
この年齢(9歳)のころジャクソン5が歌い出演した街は
セント・ルイス、フィラデルフィア、カンサス‣シティー、ワシントン
ニューヨーク等々です。「マイケル・ジャクソン全記録」エイドリアン
グラント著、吉岡正晴訳に書いてあります。
しかしマイケル君の生まれつきの天才、努力もさることながら
父親ジョーさんの、9人の子供達を食べさせるために日夜を分けず働く姿、子供たちを訓練する忍耐・チャレンジ、努力、持続力、音楽に関するル感性、情報のキャッチ能力、いかなる分野の音楽にも興味を持つ
柔軟性等々、自伝「ムーンウを―ク」を読み込めば読みこむほど素晴らしいものです。
この父親ジョーの研さん、献身なくばジャクソン5及びマイケルジャクソンさんはなかった・・・と思わざるをえません。
↓マイケルさんの両親の若かりし頃の写真です。
母キャサリンさんによれば初めてジョーに逢った時は「息をのむほどの
美しい男性だった」そうです。
母親キャサリンも若いころは、人が振り返るほどの美しさだったそうです。
- 作者: エイドリアン・グラント,吉岡正晴
- 出版社/メーカー: ユーメイド
- 発売日: 2009/11/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 8人 クリック: 33回
- この商品を含むブログ (14件) を見る
マイケル・ジャクソン 栄光と悲劇のキング・オブ・ポップ (別冊宝島1649 カルチャー&スポーツ) (別冊宝島 1649 カルチャー&スポーツ)
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2009/08/29
- メディア: 大型本
- 購入: 1人 クリック: 5回
- この商品を含むブログ (5件) を見る
マイケル・ジャクソン ヒストリーDVD BOX (DVD付) (<DVD>)
- 作者: マイケル・ジャクソン
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2009/08/27
- メディア: 大型本
- 購入: 2人 クリック: 14回
- この商品を含むブログ (8件) を見る
2010-09-06
1965年〜1966年・ジェームス・ブラウン
1965年、マイケル君、6歳の時、自宅裏手にある、
ルーズベルト・ハイスクのタレント・ショー
にジャクソンファイブグループ
として出演し、「マイ・ガール」を歌い優勝しました。
↓
http://www.youtube.com/watch?v=IP4mon4v9So&feature=related
このショーに出演した時、他にもう一曲オリジナル曲を歌い、演奏をしながら
メンバー紹介をするという演出をして、聴衆より大いなる喝采を受け
圧倒的な優勝をしたのでした。
この2ヶ月後に毎年開かれるタレント・キャラバンに出演し、これまた優勝。
其の時歌った曲が「Bare Footin‘」
この動画がないかと探してみましたが見つけることができませんでした。
ちなみに[barefoot]ベアフット=裸足の・はだしで・・・との和訳です。
・・で其の曲を歌って、間奏の合間に、マイケル君、おもむろに
靴を脱ぎ捨てて(Bare Hoot)裸足で舞台狭しと踊りまくったのです。
しかも、其のダンスの足さばきはジェームス・ブラウンまがいのダンス。
これ又圧倒的な優勝。
このことは、地元ゲ―リーの新聞に初めて写真入りで掲載された。
↓ジャクソン5、初めて新聞に掲載された
↓「ベア―フッティン」を歌ったロバート・パーカー(1930年生まれ)のレコード
動画を見つけることができません。ので、せめてレコードのジャケットであきらめましょう。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000008K2/taihei-tengoku-22/ref=nosim/
買ってまで聞くかなあ〜〜〜思考中也。
・・で、この後も、ゲーリーの街近郊のショ―に次々に出て優勝を重ねた。
其の当時、あちこちの舞台で大人のプロの歌手の舞台演奏を片時も見逃さないように
舞台のそでから食い入るように見つめ、家で同じ踊りのステップの練習を
重ねたのが幼いマイケル君でした。演奏中以外でのマイケル君の居場所は
舞台のそでが定位置だったそうです。7歳の幼児のすることかねえ。
↓マイケル君がひたすら憧れ敬愛し真似をしたジェームス・ブラウンです。
(1933〜2006年12月没)
マイケルさん葬儀に列席しました。
スケート?いや違うエナメルの皮靴だよん!
http://www.youtube.com/watch?v=xop6K8QUL6I&feature=related
↓日本のテレビコマーシャルにも出ました
http://www.youtube.com/watch?v=iMfFQoHKSUU&feature=related
↓ジェームス・ブラウン [IGoot The Feeling]
http://www.youtube.com/watch?v=21yFiTOTDt0&feature=related
↓ジェームス・ブラウンばりのマイケル君です[IGoot The Feeling]
http://www.youtube.com/watch?v=Ux3joe0GdTA&feature=related
後ろでマイケル君のすぐ上の兄ちゃんのマーロン君が足動かしてる。
これぐらいだったら、うちもできるかもしれん。
習ったからって出来るものじゃないね!
但し、ジェ―ムスさんの股割開きのところは子供の時も大人になっても
真似しなかったね。真似しなくて正解です。あれはジェームスさんと、プリンスが
やればよいのです。足が曲がる!
ジェームスさんはプロのボクサーを一時やったらしいからね。
ボクサーのフットワークだよね。
↓マイケルさんです。マイケルさんの足さばき華麗!
http://www.youtube.com/watch?v=rD-4CDVcjCc&feature=related
間もなく、ゲーリーの街のナイトクラブ(Mr Lucky)ミスターラッキーでプロとして
初めて出演契約をした。
1週間に6〜7日間出演。一晩に5ステージを演奏した。
7歳の時からマイケル君、プロの歌手として働き通し!ウウウ〜〜〜ム!
掲載写真は↓「ムーンウオーク」からです。
そして、動画をUPしてくださってる皆様本当にありがとう。
所有のDVDにはないものが沢山あります。凄く楽しんでます。
↓ついでに・・・ジェームス・ブラウンのショ―に客としてきてた
マイケルさんとプリンスさん。プリンスクン、酒か、薬のせいか?ロレロレ
\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/ボクハダアレ?
http://www.youtube.com/watch?v=Yy9L4ft7EGk&feature=related
マイケル・ジャクソン ヒストリーDVD BOX (DVD付) (<DVD>)
- 作者: マイケル・ジャクソン
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2009/08/27
- メディア: 大型本
- 購入: 2人 クリック: 14回
- この商品を含むブログ (8件) を見る
- 作者: エイドリアン・グラント,吉岡正晴
- 出版社/メーカー: ユーメイド
- 発売日: 2009/11/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 8人 クリック: 33回
- この商品を含むブログ (14件) を見る
2010-08-28
1963〜1965年「マイケル・ジャクソン7歳」
マイケルが幼稚園の発表会で「クライム・エヴリー・マウンテン」を
幼稚園生の父兄、先生達の前でアカペラで歌ってから間もなく、マイケルは、兄ジャーメインに替り、グループのリードボーカルをうたうようになった。家族としては、ジャーメインに気を使い{マイケルが一番小さくて可愛いから中心に}とか何とか云いながら、なし崩しにリードボーカルがマイケルに替っていった。とのこと。デス。
右上写真をご覧あれ。スチール写真を撮るとき、5人ずらっと並んだところ、
マイケルが「これじゃ家族写真だ」といい「じゃあ、どのようにするのか君がやってみて」と言ったところ、写真のような配列にして恰好をつけたとのことで、写真撮るほうも、余りに様になってるので驚いたそうです。ヨ!
皆さん!自分の6,7歳のころを思い出して見てね!(-"-)←穴があったら入りたいアタシ。
1965年、グループは子供向けのファッションショーに招待を受けて
出演。このとき、マイケルはボンゴを担当。
このときから「ジャクソン5(ファイブ)」とグループ名を名ずけた。
それまでは{ジャクソンブラザーズ}と呼称。
後、マイケルの生家の裏にあるルーズベルト・ハイスクールでの
タレント・ショーに出演し優勝。
テンプテーションズの「マイガール」をジャーメインと交互に歌った。
http://www.youtube.com/watch?v=ltRwmgYEUr8&feature=fvw
http://www.youtube.com/watch?v=bq3xTcwjGks&feature=related
モ―タウンレコード(後、ジャクソン5もモータウンレコド会社所属になる)
「マイガール」は1964年に発表。テンプテーションズにとって
初の全米1位を獲得した歌です。
しかし、なんだか本命よりも、ジャクソン5の歌の方が情感たっぷりで上手だねえ。
マイケル7歳のときにこの歌をグループで歌って優勝したのだね!凄い!何度聞いても
本命よりうまい!!優勝するしかないなあ!〜〜〜
・・でもよくよく聞いたら12,3歳の声だね!7歳の時の声とは違うような気がするね!
でもなんにせよ、7歳でもこのように歌ったのだと思います。
↓テンプテーションズ・・・・あと1曲・・しかしテンプテーションズの足カッコイイネーー
マイケルが憧れたエナメルの靴にマイケル好みのすそ上げズボン
- アーティスト: テンプテーションズ
- 出版社/メーカー: USMジャパン
- 発売日: 2008/12/17
- メディア: CD
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
- アーティスト: テンプテーションズ,ダイアナ・ロス&シュープリームス,リック・ジェームス
- 出版社/メーカー: ユニバーサル インターナショナル
- 発売日: 2005/04/21
- メディア: CD
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
- 作者: 西寺郷太
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/03/18
- メディア: 新書
- 購入: 5人 クリック: 35回
- この商品を含むブログ (46件) を見る
2010-08-11
クライム・エヴリー・マウンティン、「1958年〜1963年」1歳〜5歳
マイケル・ジャクソンは1958年8月29日米インデアナ州の工業都市
ゲイリーにて誕生。若しこの世に生きていたなら間もなく52歳。けど
50歳のままです。父ジョー、母キャサリンの7番目として生まれました。
(実際には、すぐ上の兄マーロンと双子で生まれた子のうちの一人は
生後すぐ死去。)
上に兄四人、姉二人、弟一人、妹一人の9人兄弟です。
父親ジョセフ・ジョー・ジャクソンはゲイリーの鉄工所でクレーンの
運転手をしながら、ファルコンズというR&Bバンドのバンドマンとして
ギターを弾きながら音楽で成功することを目指すものの、道程遠く
生計のため自分の夢をあきらめ、代わりに息子たちの音楽の才能に気づき
息子たちに夢を託した。
↓その頃のMJの写真です。幼児のころの写真はこれ以外に浴槽に
またがってる写真がいろいろの本に掲載されてますね。
この写真は「マイケル・ジャクソン自伝・・[Moon walk]に掲載分です。
(初めは長男ジャッキー、次男ティト、三男ジャーメイン)後、間もなく
四男マーロン、五男マイケルが参加、この5名の息子たちに
厳しい過酷な音楽指導を徹底的に叩き込み、結果、地元の諸々の
イベントに参加出演し1966年頃には(マイケル8歳)
地元で人気者になり、既に地元でも自由な行動ができなかった。
例のすさまじい追っかけられが既に始まりつつあったみたいですね。
下記はマイケル・ジャクソン自伝「MOON WALK」からの引用です。
「1年生(幼稚園)のとき、クラス全員がプログラムに参加して何かをしなければ
ならなかったので、家に帰って両親に相談をしました。そして
黒いズボンをはき、白いシャツを着て{サウンド・オブ・ミュージック}の
中に出てくる[Crimb every mountain](クライム・エヴリ・マウンティン)=(全ての山に登れ)を
歌うことにしたのです。歌を歌い終えると、聴いている皆の反応に圧倒
されました。拍手は嵐のようでしたし、みんな微笑んでいたのです。中には
立ち上がっている人たちもいました。先生たちは泣いていました。
もうちょっと信じられないって感じでした。僕は皆をハッピーな気分に
させたのです。それは素晴らしい感じでしたが、ちょっぴり戸惑いもありました。
というのも、別に特別なことをしたつもりがなかったからです。僕は毎晩、家で
歌うように歌っただけでした。人前で歌うときには、自分がどんなふうに
歌っているか、どんな出来栄えかなんて解るものではありません。
ただ口をあけて歌うしかないですからね。・・・」
しかし、じっくりこの部分を読んで、書き写してたら、つくづく凄い内容です。
↓(クライム・エヴリ・マウンティン)ってこの曲のことでしょ!
しかし、こんな難しい歌を1963年(5歳)の時に歌ったのかねえ〜〜〜
MJが人前で歌った最初の歌です。
本人の歌ではありませんけど動画が見つかりました。
http://www.youtube.com/watch?v=2jdyWWH8PQQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=0UCDmsWcNfE&feature=related
- 作者: マイケル・ジャクソン,田中康夫
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2009/11/13
- メディア: 単行本
- 購入: 12人 クリック: 56回
- この商品を含むブログ (21件) を見る
- 作者: 西寺郷太
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/03/18
- メディア: 新書
- 購入: 5人 クリック: 35回
- この商品を含むブログ (46件) を見る
- 作者: 西寺郷太
- 出版社/メーカー: ビジネス社
- 発売日: 2009/09/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 11人 クリック: 204回
- この商品を含むブログ (81件) を見る
2010-08-06
飛び入り動画です(They Don't Care About Us )(Thriler)
私はPCを開いて先ずすることは、天木直人さんのfoomii配信サイトによる配信メルマガ
を開いて読むことから始まります。365日です。1年365日1日も休まずに
送信されてきます。脱帽です。
次に、はてなサイトから私のブログに(http://d.hatena.ne.jp/hibi2tiyo/)にコメントを書いてくださった方のお知らせ送信が送られてくるのでUPします。
但しコメントは殆どありませんけどネ(笑)
それでも稀少なコメントに励まされつつ何とか3年経過しました。
・・で次がマイケル・ジャクソンにかかわる動画をみます。
2009年6月25日以降、MJに関する動画は目新しい画像が日々増えこそすれ
減ることはありません。しかも、喜ばしい動画が殆どで、
これはなんとも素晴らしいことで、マイケルさんは、この世を離れても、
多大なる喜びをこの世界に動画UP者の努力のおかげで、我々は見、知ることができます。
感謝あるのみです。
・・・で、昨夜PCの動画を開いたら下記が!超驚き!超感動!
They Don't Care About Us
http://www.youtube.com/watch?v=mKtdTJP_GUI&feature=related
「This Is It」でのノリハーサルで、MJにつきっきりでマイケルをフォローしてたMJのダンス振付師のトラヴィス・ペインが出てた。超仰天。
トラヴィス・ペインのMJをフォローしている眼差しの優しさ、慈しみに充ち満ちた動きは
「This Is It」での、影の大いなる功労者でした。MJ以上に印象に残ってます。
上記動画の説明は↓のページををお読みくださいね。
http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/blog-entry-344.html
↓の動画は、かなり前にUPされてまして、当初は「あれ?セットかな?」と思ったりしてましたが
どうも違うね現地だねと思ったりしてました。
最初「あれ!刑務所に女性が???やばくない?」なんて思いましたが、途中で「男性が女装してるんだあ!」と
気がつきました。それにしても腕を組んで歩く姿なんか100%女だねハハハ。
それにしても、粋きなことをするねえ。
受刑者の中にはシャバに出たくない。このままここに永住したいと思う人もいるんじゃない?
( ^)o(^ )
http://www.youtube.com/watch?v=hMnk7lh9M3o&NR=1
↓ついでに、下記を練習したら踊れるかもよ
http://www.youtube.com/watch?v=9awyYESUm78&feature=channel
手ぶりだけちょっとやってみたけど全く覚えられない!あああア〜〜情けない(-"-)















