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うつせみ日記 (Utsusemi Nikki) このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2008-10-13

[][]任天堂の使命は電子機器に対する人々の心の壁を取り除くこと

任天堂についてのエントリが話題を集めているようなので、自分も前から任天堂について考えていたことを書いてみたいと思う。前から考えていたこととはつまり、任天堂とはいったい何なのかということ。

任天堂テレビゲーム会社として知られているが、ゲーム会社としての始まりは1980年に発売されたゲーム&ウォッチになるだろう(追記:実際には1970年代に「カラーTVゲーム6」「カラーTVゲーム15」「レーシング112」というテレビゲームを開発している。)。ゲーム&ウォッチは世界初のケータイゲーム機であり、やがてそのシリーズの中から十時キー十字キーが生まれた(追記:Wikipediaの「世界初」という記述をそのまま書いたが、世界初ではないという指摘あり。)。

そして、このゲーム&ウォッチの利益を元にファミリーコンピュータを開発、1983年に発売し、大ヒットさせた。Wikipediaにはヒットの理由として次のように書かれている。

当時、任天堂の山内社長はゲーム業界を衰退させたアタリショックを真剣に捉えており、「少なくとも他社が一年は追随できない物を作れ」との命令のもと開発がスタートした。当時のコンシューマ機はパソコンのICチップを流用したものがほとんどで、表現、処理性能に乏しく、ファミコンの様にICチップをゲーム機専用に開発しようと考えたのは任天堂のみであった。低価格で販売できたのもカスタムチップの供給元リコーに「二年で300万台保障する」と提示し、これが大きなコスト削減に繋がったからである。発売半年で47万、翌年で165万台を売り上げた。競合する他社はその後、遂にその牙城を崩すことはできなかった。

ファミリーコンピュータ - Wikipedia

今では当たり前のように行われているゲーム機専用CPUの開発と、それによるゲームの高性能化、大量生産により実現した低価格化は任天堂が始めたものだった。

この成功はソニープレイステーションによって置き換えられてしまうのだが、それはDSWiiを生み出すきっかけとなる。

DSWiiは従来のゲーム機と違い、脳トレや学習ソフトといった実用系ソフトや、フィットネスといったこれまでゲームと考えられていなかったようなソフトがゲームソフトとして販売されるようになった。それと同時に、任天堂は奇跡の復活を遂げることになる。これらのことは、単にゲーム業界だけを考えていては正しく理解できないと思っていた。


昔からSFが好きだった。特に未来の話が。それで、ドラえもんから士郎正宗まで、まあ、いろいろ楽しく読んでいて、いつになったらこういう未来がやってくるのかと、今か今かと待っていたのだが、いっこうにやってくる気配がない。

子供のころに机の上に貼ってあったスペースコロニーはいつできあがるんだろう。タイムマシンは?だいたい、いつまで学校では黒板を使い続けるのか。コンピュータは手の平に乗るくらい小さくなったのに普段の生活はそれほど変わらない。

それで思い至ったのは、世の中というのは思っていた以上に保守的なのではないかと言うこと。最新技術というのはスゴイ技術が使われているのは確かなのだが、ほとんどは高く、そして使いにくい。人々は新しい技術を物珍しがってもわざわざ高いお金や不便な思いまでして使おうとはしない。その結果、技術は従来の延長線上にしか進歩していかないことになる。テレビは薄くなり、ビデオテープはHDDに変わって便利になったとしても、それらがまったく別物に化けたりはしない。

しかし、任天堂は違っているように見える。ゲーム&ウォッチは電卓をベースに全く違うものに変えてしまったし、巨大な家庭用ゲーム機市場を確立し、学習や健康、音楽というこれまで電子機器が入り込めなかった日常の領域に、食い込んでいるように見える。これらの任天堂がやってきたことはいつも、家庭における電子機器の普及と生活への進入に繋がっている。

任天堂

別に任天堂以外の会社が技術的に劣っているとか、電子化が遅れているとか言っている訳ではない。重要なのはその使い方だ。上記で簡単な絵を描いてみたが、ソニーは確かに技術的に優れていたかもしれないがやったことは、既にあった任天堂の市場を奪っただけだし、体重計メーカーは「体重計」を電子化してもWiiFitのようにフィットネスという新しい使い方に結びつけることはできなかった。

任天堂ゲーム&ウォッチの時に、「遊び」と「電子機器」、「家庭向け」をキーワードに生きていくことを選択したんだと思う。だからこそ大きなリスクを抱えてまでファミコンを開発した。本質的に電子機器というのは融通が利かなく、不便なものであるが故に「遊び」とは相性がいい。以前、アイボについての記事で、音声認識技術はまだ発展途上で実用には使えないが、不十分だからこそオモチャには向いているという記事を読んだことがある(検索したが記事を見つけられなかった)。カーナビ音声認識がうまく働かなければクレームになるが、オモチャのロボットならユーザー側からロボットに合わせてくれる。また、ニコニコ動画の時報の「○○時くらいをお知らせします」というのもテレビ局には真似できないことだろう。そういった技術的に確立できていない領域や、まだ手つかずの領域に対して任天堂は「遊び心」と「不十分な技術」を武器に進入し続けている。逆に言うと技術的に確立したような領域、テレビや携帯電話DVDレコーダーのような領域には参入できないことになる。

つまりは、任天堂には今まで誰も考えなかったような電子機器の使い方を提案し、受け入れられる以外に生きる道はなく、それは新しい電子機器の使い方に対する人々の心の壁を取り除くことと同じになる。

一歩か二歩、離れて時代を眺めたとき、今という時代には社会の電子化という巨大な流れがあり、任天堂はそれにうまく乗れているからこそ、成功しているのだと思う。当然、時代の波乗る技術は必要だが、波そのものが無ければ、波には乗れない。


追記(2008/10/15)

はてブコメントについて、いくつか返信を。

色々と違うと思う。使い古された技術を使うし。電子機器への拘りはないし。

はてなブックマーク - bobokovノブックマーク - 2008年10月15日

「使い古された技術」だから革新的なことはできない訳ではなく、「使い古された技術」だからこそ、日常を変えることができるんだと思います。任天堂以外で「使い古された技術」を使って日常を変えた有名な例としてウォークマンがあります。ソニーは、音楽を携帯するという「遊び」を発明し、ウォークマンという実現手段を作って広め、その結果、携帯音楽プレーヤーという電子機器を身近なものにしました。今はiPodが全盛ですが、うがった見方をすればAppleはウォークマンのアイディアを真似て作ったiPodでウォークマンの市場を奪ったとも言えます。任天堂がやっていることも、「使い古された技術」を使って今までにない「遊び」「楽しみ」を提案する点でウォークマンに似ている気がします。

いや、既に70年代にテレビゲーム作ってるし、G&Wは世界初の携帯ゲーム機じゃないし。あと、「十字キー」が「十時キー」になってますよ。

はてなブックマーク - Miner 1989er in Hatena Bookmark - 2008年10月15日

いろいろ指摘ありがとうございます。

宗教臭いよ

はてなブックマーク - syakintaのブックマーク - 2008年10月15日

ご忠告(?)ありがとうございます。自分も任天堂はスーファミを売り払った時に卒業したつもりだったので、また任天堂製品を買うとは思ってもいませんでした。ゲームボーイやゲームキューブはどう考えても買うことはなかったと思うのですが。


参考(2008/10/14追記)

特に「VOL.2」の部分は10年以上前の記事なのに今でも通じる本質が語られている。

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