草の上の昼寝 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-02-05

[]中山徹『ジョイスの反美学モダニズム批判としての「ユリシーズ 」』

 中山さんの待望の著書が彩流社から出版されます。詳細はこちら。書店に並ぶのは2月25日とのこと。故あって原稿を読ませてもらいましたが、第一章がレイモンド・ウィリアムズ『文化と社会』の引用から始まっていてちょっとびっくり。著者の属する研究環境からいい刺激を受けているようですね。簡単に紹介するとこんな感じです。 

 本書は、ジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』の読解を通じて、西洋のモダニズム芸術に特徴的な「政治と美学との結託」を歴史的かつ理論的に吟味するものである。筆者は、カントにまで遡行することによってモダニズム美学の特質を理論的に明らかにし、その美学がはらむ政治性を歴史上の具体例に即して考察しつつ、こうした美学=政治に『ユリシーズ』がいかに抗うものであるかを、ラカン精神分析の知見を導入しながら明解に示している。本書の最大の価値は、20世紀初頭のモダニズムにおける「政治と美学の結託」を、文化の美学化とモダニティの美学化という二つの視点から整理し、こうした美学化とそれに対する批判を、「性化の式 formula of sexuation」という理論的枠組みのポテンシャルを最大限に活かしつつ論じきったところにある。性化の式とは、フランスの精神分析家ジャック・ラカンが提示した図式であり、言葉を話す人間にあって特徴的な男女の性差(この性差は、ジェンダーあるいは生物学的な性差とは異なる)を、述語論理学集合論の概念を応用しつつ形式的に説明するものである。ラカン派と目される合衆国の批評家ジョアン・コプチェクは、この性化の式における「女性の側の式」(非-全体 not-allの論理)と「男性の側の式」(例外よる全体化の論理)とが、カント『純粋理性批判』における第1、第3アンチノミーと(さらには、『判断力批判』における数学的崇高と力学的崇高と)同型であることを明らかにしている。筆者はこうしたラカン派の性差理論を十分に咀嚼したうえでみずからの研究に活かしている。いやむしろ、筆者によるモダニズムの政治=美学をめぐる研究により、性化の式に新たな可能性が見出されたというべきだろう。筆者は、20世紀モダニズム美学の底流となっている、オスカー・ワイルドに代表される英国世紀末審美主義の「観照」の美学に「例外による全体化の論理」を見出し、これがファシズムに結びつく必然性を明らかにする一方、『ユリシーズ』に「not-allの論理」を読み取ることによって、この小説が上記の美学(ファシズム)に抗う論理を持つことを説得的に論じている。以上のような、ラカン派の性化の式という視点からモダニズム(およびそこに内在する政治=美学)を論じた研究は、管見によればきわめて稀である。また、これまで膨大な量が積み重ねられてきた『ユリシーズ』研究においても、性化の式を中心に据えた本書は異彩を放っており、学術的にもきわめて重要な貢献を果たしている。

ジジェクやコプチェクの感想がききたいので、中山さん、ご自身で英訳をお願いします。 

 第八章におけるジョイスと「名前」をめぐる議論については、私は著者と異なる考えをもっていて、大昔に論文にも書いたのですが、この点については次回の「ロ・マン読書会」でお会いしたときにでも。

2014-01-20

[]『共通文化にむけて』

以下、ウラゲツ☆ブログ http://urag.exblog.jp からの転載です。 

共通文化にむけて――文化研究 I

レイモンド・ウィリアムズ著 川端康雄編訳 大貫隆史/河野真太郎/近藤康裕/田中裕介

みすず書房 2013年12月 本体5,800円 A5判上製360頁 ISBN978-4-622-07814-2


★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ウィリアムズは日本では60年代後半から単独著の訳書がありますが、再評価の機運が高まったのはカルチュラル・スタディーズ入門書や雑誌特集が増えた90年代後半以降です。その当時はほとんどの既訳書は品切ばかりで、今もその状況は残念ながらあまり変わっていません。そんな中、レイモンド・ウィリアムズ研究会が2005年に発足し、メンバーの皆さんの御尽力によって未訳の主要論文が独自編集版『文化研究』全2巻として刊行されることは、再評価への道筋としてたいへん重要ではないかと思われます。例えば今回刊行された第I巻の巻頭論文「文化とはふつうのもの」(1958年)は半世紀以上前のものですが、民主主義の困難さと可能性をめぐって、今なお現代人の皮膚に突き刺さるような問題提起と分析を呈示しています。この2巻本を機に、既刊書の再刊や文庫化、新訳が進むことを切に願いたいです。


◎レイモンド・ウィリアムズ(Raymond Williams, 1921-1988)単独著既訳書

2010年03月『モダニズム政治学――新順応主義者たちへの対抗』加藤洋介訳、九州大学出版会

2002年08月『完訳 キーワード辞典』椎名美智/越智博美/武田ちあき/松井優子訳、平凡社2011年06月、平凡社ライブラリー

1985年10月『田舎と都会』山本和平/増田秀男/小川雅魚訳、晶文社

1985年09月『文化とは』小池民男訳、晶文社

1983年03月『長い革命』若松繁信/妹尾剛光/長谷川光昭訳、ミネルヴァ書房

1980年03月『キイワード辞典』岡崎康一訳、晶文社

1972年07月『辺境』小野寺健訳、講談社

1969年12月『コミュニケーション』立原宏要訳、合同出版

1968年12月『文化と社会――1780‐1950』若松繁信/長谷川光昭訳、ミネルヴァ書房;2008年07月復刊

2013-11-28

[]特定秘密保護法案に反対する 

以下のリンクで署名しました。

安倍政権による特定秘密保護法案が衆院本会議で可決されました。77%もの日本の市民が反対しているにもかかわらず、です。安倍首相の主張はこうです:皆さんは選挙で自民党を選びましたが、自民党が何をするかについて知る権利はありません。

新しい法案のもとでは、どんなことでも「機密」扱いにすることができます:原子力に関する決定から裏で交渉が進められるTPP(環太平洋連携協定)などの貿易協定に関する決定まで、さらに極端な例を挙げれば、官僚が使用する事務所の改装費用なども「機密」扱いにできるのです。

法案は数日内に参議院に送付される予定です。自民党は、参院ではみんなの党および維新の会の支持も得たいと考えています。しかし、両党の中には法案への賛否を留保している議員もいます。世論がそんな議員への支持を示せば、法案が法律として制定されることを防ぐことができます。

法律制定を阻止するために残されているのは、わずか数日です。以下のリンクをクリックして、特定秘密保護法案への支持を撤回するよう求めるみんなの党および維新の会宛の緊急署名にご協力お願いします。2万名の署名が集まりましたら、参院における採決までに両党の代表に届けてまいります. 

署名はこちらで。

2013-11-22

[]NHK・ETVで森崎東

備忘録:12月21日(土)夜のETVは森崎東監督特集。今日のトークショー@オーディトリウム渋谷で知りました。

2013-11-04

[]石の賛美歌

ミッシェル・クレイフィ監督『石の賛美歌』上映のお知らせ。

日時:2013年11月23日(土)12:30より

場所:横浜赤レンガ倉庫1号館3階ホール

以下、チラシや下のHPに掲載されている情報です。

Canticle of the Stones (山形国際ドキュメンタリー映画際 '91特別賞受賞)

監督/ ミシェル・クレフィ/ベルギー/1990年アラビア語/カラー/35mm(1.66)/105分/日本語字幕あり[映像提供/ 山形国際ドキュメンタリー映画祭

イスラエルの街を舞台としたこの作品は、その土地に切り放すことができないアイデンティティを持ったパレスチナ人の日常生活の緊張、生きている場所そのものが闘争の場であり、自国にいながら亡命者の立場を強いられる彼らの苦悩、そして その中に恋人たちの再会という愛の物語を並置して、魅力的でいいようのない存在感をもつものとなっている。

詳細はこちら

参考文献として、鵜飼哲「破壊された時を求めて――ミシェル・クレイフィ『石の賛美歌』のために」(『抵抗への招待』みすず書房1997年 所収)。

2013-09-29

[]「歌」の運命

「歌」の運命――武井昭夫さんのこと/鎌田哲哉 

昨日のワークショップでは、「個人」についてつまらないことをしゃべらずにこれを読み上げるべきだったかもしれない。

2013-08-25

[]『風立ちぬ』の吐血ショット f:id:hidexi:20130825121119j:image:right

 宮崎駿監督『風立ちぬ』で菜穂子が血を吐くショットがずっと気になっている。見てからひと月ほど経つので細部の記憶はあいまいになっているのだけれども、結核を病む婚約者の菜穂子が吐血したとの電報を名古屋で受け取った二郎が、東京の自宅にいる菜穂子を見舞うために汽車に乗っているシーンがあって、そのシーンに1秒ほどの吐血ショットがはさまれていたように思う。菜穂子と二郎が初めて出会ったのは避暑地の高原で、そのとき菜穂子は(上に貼り付けた画像のように)絵を描いていた。吐血のショットでは、その高原らしい草地にじかに置かれたキャンバスの上に、ほぼ垂直に勢いよく吐かれる多量の血がアップで映される。 

 まず気づくのは、いくつかの色の絵の具が塗られた製作途中のキャンバスに吐かれた血が、明らかに絵の具の換喩となっていること。実際その血は、血というにはあまりに淡い。かつてゴダールは、あなたの映画ではたくさん血が流れますねと言われて、「あれは赤いペンキです」と応じたが、菜穂子の吐血のショットは、ショット自体が「これは赤い絵の具です」と主張しているかのようだ。これまでの多くの宮崎作品と異なり、『風立ちぬ』では「ファンタジー」という枠が最初からはずされているように見えるが、この作品のなかでもっとも生々しい身体性を帯びるはずの吐血のショットですら、血=絵の具によってファンタジー化されている。

 吐血ショットのファンタジー化に貢献しているのは血=絵の具だけではない。吐血の場所もショットの非現実性を強調している。先に述べたように、このショットで菜穂子が吐血するのは「高原らしい草地」である。しかし、吐血した後に菜穂子が寝ているのは東京の自宅なのだ。避暑地の高原で吐血したとすると、そんな菜穂子を東京の自宅まで移送するということは考えにくい。だが菜穂子が吐血したのは(物語内の)事実である以上、あの吐血ショットの場所はいったいどこなのか? もっとも受け入れやすい答えは、それは「どこでもない場所」、つまり吐血ショット自体、(この作品の多くの部分を占める、二郎の夢のシーンと同類の)二郎が幻視した白昼夢である、というものだろう。吐血のショットが、二郎が名古屋から東京へ向かう汽車のシーンにはさまれており、さらにそこで二郎が嗚咽することを思えば(泣いた本当の理由は “ほかの人にはわからない” 「ひこうき雲」)、菜穂子が吐血した場所が、二人が初めて出会った思い出の高原に(二郎の白日夢のなかで)置換されたとしても不思議ではない。

 だが別の解釈もありうる。この吐血ショットは、二郎の見た幻想ではなく、わたしたち観客の幻想を先取りしてスクリーンに映し出したものである、という見方だ。吐血ショットは二郎の見た白日夢、幻想であるという解釈自体、そう解釈する者の幻想、ただし論理性や実証性などから成る「説得力」という鎧を着せられた幻想(ファンタジー)ではないのか。幻想が悪いというのではない。おそらく、わたしたちの多くは幻想が与える快を求めて宮崎作品を見に行く。あの吐血のショットが客観的で「血生臭い」ものであったならば、場違いなものを見せられたという不快を感じていただろう。しかしそのとき、リアルな血に塗れた製作途中のキャンバスは、「宮崎ファンタジー」を映し出すスクリーンの暗喩であることをやめ、不快をつうじての快、すなわち崇高性へとわたしたちを導く矩形の穴となっていたかもしれない。『風立ちぬ』にはこうした崇高性のかけらもない。だが(またしても)それが悪いというのではない。カントはこういっていた。

戦争すら、秩序を保ちまた国民法の神聖を認めてこれを尊重しつつ遂行される限り、やはり何かしら崇高なものを具えているし、またそれと同時に、このような仕方で戦争を遂行する国民が、数多の危険にさらされながらもそれに屈することなく戦い抜くことができたならば、その国民の心意をそれだけますます崇高なものにするのである。(『判断力批判』〈上〉、岩波文庫、177頁)

零戦の設計者を主人公のモデルとしながら、ファンタジーが与える快にとどまり、(おそらく意図的に)崇高なものを拒否する『風立ちぬ』は、以上のような意味においてのみ(製作者たちの意図に反して)「反戦映画」といえるのである。こうしたアイロニーは見飽きたものではあるけれども。

2013-03-06

[]フレデリック・ワイズマン特集@アテネ

アテネのワイズマン特集で『病院』と『基礎訓練』。上映後の佐々木敦氏との対談における写真家ホンマタカシ氏の話も刺激的だった。シャッターを切る特権的瞬間やそれが帰属する作家性を強調することを従来から疑問視してきたホンマ氏は、ワイズマンの作家性を強調することにも懐疑的で、ワイズマン自身、(フレームの取り方などに作者としての美学的感性が出てしまうことはあるにせよ)意識的にそうした作家性を希薄にしていると言う。しかしここには、よく知られた「構造主義パラドクス」がある。作品を構造分析してその作家性を解体する論者の文章自体、作家性が高く構造分析できないものになっている場合があるという例のパラドクスだ。ワイズマン自身が、自らの作家性を希薄化していることが事実だとしても、その作品の特異性はどう説明できるのか。ワイズマンがしばしば語っている「ワイズマン・メソッド」に従ってキャメラをまわせばワイズマンと同様の作品が撮れるのか。私が刺激的だと感じたのは、「とにかくワイズマンの方法に則って作品を撮ってみたい」とホンマ氏が語っていたこと。失敗するかもしれないが、そうした「実験」によって初めて、ワイズマンの否定しようのない作家性の出所(編集かフレーミング被写体との関係か、等々)やその内実がより明瞭に理解できるようになるかもしれない。クリエーターだから言えることかもしれないけれど、論文だって実験していないものはつまらない、というのは私見です。

2013-01-03

[]2012年 極私的ベストテン

毎年のことながら、特に新作映画はあまり見ていないので、以下私的なメモ程度のものです。 

新作映画(ほぼ見た順) 

『果てなき路』(モンテ・ヘルマン) 

『ル・アーヴルの靴みがき』(アキ・カウリスマキ

ダーク・シャドウ』(ティム・バートン

『愛の残像』(フィリップ・ガレル

Virginia/ヴァージニア』(フランシス・フォード・コッポラ)

ライク・サムワン・イン・ラブ』(アッバス・キアロスタミ

アウトレイジ ビヨンド』(北野武) 

スプリング・ブレイカーズ』(ハーモニー・コリン

アルゴ』(ベン・アフレック) 

『ある相続人』(ジャン=マリー・ストローブ) 

【『戦火の馬』(スティーヴン・スピルバーグ)は昨年一番の催涙映画でしたが、DVDでしか見ていないのでベストテンからはずしました。】


旧作映画(ほぼ見た順) 

『港の日本娘』(清水宏

『閉ざされた谷』(ジャン=クロード・ルソー

『鳥の歌』(アルベルト・セラ) 

『ヴェネツィア時代の彼女の名前』(マルグリット・デュラス

『ラヴ・ストリームス』(ジョン・カサヴェテス) 

イニスフリー』(ホセ・ルイス・ゲリン

『私は逃亡者』(アルベルト・カヴァルカンティ)

『白夜』(ロベール・ブレッソン

カリフォルニア・ドールズ』(ロバート・アルドリッチ) 

『クリムゾン・キモノ』(サミュエル・フラー

2012-02-27

[]『トラック野郎 度胸一番星』(再掲)

『トラック野郎 度胸一番星』(鈴木則文、1977)をDVDで。このシリーズ第5作でも則文節炸裂!佐渡島にいるマドンナ(片平なぎさ)に会うために、佐渡に関する文献を集めてドライブインでにわか勉強する桃次郎(菅原文太)が読んでいる本の表紙がアップになるとそれは『サド侯爵夫人』て新鮮すぎる。千葉真一との(仁義ある)対決や、このシリーズの特に前半に共通するスカトロジーと不器用な恋との短絡など見所満載。それにしてもこれほど警察をおちょくった映画が松竹の『男はつらいよ』と並んで盆暮れのドル箱映画だったなんて隔世の感あり。いまの日本映画ってだいたい警察側から撮られてるのでは?この感情構造の変化は気になる。

トラック野郎 度胸一番星 [DVD]

トラック野郎 度胸一番星 [DVD]

2012-02-14

[]あいラブ健さん

別のところに書いたものとほとんど同じですが、ちょっとだけ加筆してこちらにも。

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昨日はオーディトリウム渋谷で「木村栄文レトロスペクティヴ」から3本。噂に違わずどれも面白かった。特に素晴らしかったのは『あいラブ優ちゃん』(1976)。「知的障がい」を持つ愛娘に注がれた木村の視線の愛の深さに感じ入る。人は一人で生きているのではないという当たり前の事実が、これほどの幸福感をもって語られうるとは。『苦海浄土(1970)には、土本典昭監督の水俣病シリーズでおなじみの患者さんの姿も見える。石牟礼道子の原作にも出てくる、発病して入院しているあいだにいつの間にか離婚されていた当時55歳の女性の、からだがよくなったら土方でも女中でも何でもして生きていくという語りが切ない。病気が治る見込みはたぶんないのだ。自分たちが映っているフィルムを見る患者さんたちの生き生きとした表情。『阿賀の記憶』(佐藤真、2004)での同様のシーンをふと思い出す。『むかし男ありけり』(1984)では、高倉健小説家檀一雄の晩年をたどる。檀の愛人だった(らしい)北九州の料亭の女将に健さんがインタヴューするシーンで、三味線をひき終えた女将がしばらく沈黙した後、強い口調で「なにか言ってよぅ」と迫る。すると健さんがうつむきがちに、「今日はわたしが話しをしにきたんじゃなくて、あなたの話しを聞きにきたんですから」とドスのきいた声で早口で言い返す。まさに東映やくざ映画ドキュメンタリーの中のフィクション性が露わになった瞬間に震えた。

http://a-shibuya.jp/archives/2491 

2012-02-07

[]みらいを忘れない 

魔法少女を忘れない』(堀禎一、2011)をDVDで見て涙。「みらい」の記憶と忘却をめぐる、音と映像によるポップで幻想的でエロい省察。『妄想少女オタク系』や『憐 Ren』でもそうだったけれど、堀監督は自転車をどう撮るかということに賭けているような気がする。私としては、『弁当屋の人妻』の自転車のショットがもっとも鮮烈だったのですが。

魔法少女を忘れない [DVD]

魔法少女を忘れない [DVD]

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