映画「たまこラブストーリー」感想

そんなわけで。京都アニメーションのアニメ映画「たまこラブストーリー」BD版を観たので感想を書く。

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声は愛。愛は呼応。呼びかけ、受け止め、応えるラブストーリー。「たまこラブストーリー」は糸電話のように優しい恋物語だった。

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本作を観たのは劇場版以来、このBD版で2度目となる。今回の鑑賞を通し、改めて声掛けのアニメだなと思った。たまこも周囲の人達も、密に声を掛け合い名前を呼び合って生活しているところがよい。BDに収録されている舞台挨拶映像を観て、ますますそう思った。金子有希氏がみどりちゃんからたまこへの呼びかけについてこう語っている。

金子「特に、たまこと一緒の時に、『行こ』ってよく言うんですよ。で、その『行こ』っていうのがすごくなんか印象に残っていて、[…]いろんな心情を込めての『行こ』があるので心に残ってます」
(劇場舞台挨拶 2014年4月26日@新宿ピカデリー 12分30秒頃)

そこに言葉を置く、彼・彼女たちの柔らかさがクッションになって、例えばみどりちゃんの表情が映す痛みも、幾らか和らいで見える。

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声を掛けること、さらには、名前を呼ぶということ。
豆大さんが「ひなこ」と言いかけてから娘たちの手前「母さん」と言い直したり、普段「爺さん」と呼んでいる福さんが倒れた時は病室に駆け込むなり「父さん」と叫んだりする。
そういった「呼ぶ」ところが一つ一つ丁寧で、画面に優しく響く。声掛けというものに注目して本作を観てみた時、もち蔵に告白されたたまこが走って商店街に帰ってきた場面は、幾つもの声が鮮やかに重なり合った、すこぶるワンダーな山場だ。

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声を発する器官としての口。
もち蔵については口が気になるところだった。彼は口元を押さえて泣く。これはTVシリーズからそうだし、本作でみどりちゃんと会話して「常盤てめえ……」とトイレ前でへたり込む時もそう。そしてラストシーンでもこの所作が見られる。

―――あの場面のもち蔵って、たまこの告白を聴いた瞬間、少しうつむいて手で口を覆いますよね。あれはTVシリーズの9話で、たまこからバースデーケーキをもらった時と同じ仕草なわけですが。
山田 あ、そうなんです!
―――ガッツポーズをしたり、抱きついたりという方向にいかないのがすごくもち蔵っぽいな〜と思いました、監督の中でも、もち蔵といえば、あのくらいしかできない子というイメージ?
山田 そういう感じです(笑)。9話のもち蔵のリアクションって、演出とコンテを担当された三好(一郎)さんが描いたものなんですけど。…
最初に見た時、その仕草が恐ろしくもち蔵で、本当にびっくりしました。大好きなシーンなんです。
―――その仕草を使わせてもらった?
山田 はい。告白されたもち蔵のリアクションは、あれしかないなって思っていましたから。

たまこともち蔵の恋する過程をまっすぐに「たまこラブストーリー」山田尚子監督に聞く2 - エキレビ!(1/5)

僕もこの仕草はもち蔵らしくて好きだ。なよっとしてフェミニンな印象を受けると同時に、どことなく抑制的な動きに見える。
だから、鴨川のほとりでもち蔵が口を大きく開けて叫ぶ場面は、抑えられていたものや告白の後にわだかまったものが開放されたようで印象に残っている。
そして、口元を押さえるのが抑制的という話でいうと、これは本編の内容ではないんだけど、前売券特典のB2ポスター*1の中でみどりちゃんだけが口元に手を当ててるんだよね……ほんとなあ……そういうところこのスタッフは……

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みどりちゃんの内心に過剰に接近しなかったことと、かんなちゃんが辿り着いた場所から見た景色が直接描かれなかったことについては、上品な手つきだと思うし僕は好ましく思う。あと、たまこたちの恋話でテンションが上がる史織ちゃんがかわいい。劇場で初めて観た時、ギャグの方には期待していなかったんだけど、たまこの友人たちには笑わせてもらえてよかった。特にかんなちゃんが可笑しくて好き。

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京都の風景。たまこが行き慣れない駅で迷う様子すら愛しい。鴨川や疏水がたおやかに流れる様はとても心地いいものだ。

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冒頭の話に戻すと、本作は大きく3つの段階に分けることができると思う。つまり、もち蔵がたまこに告白するまで、たまこがもち蔵の想いを受け止めるまで、たまこがもち蔵に告白するまで、という3つのフェイズに。時間も、それぞれに概ね1/3ずつ割り振られている。
このようにわかりやすく、ゆったりとした構成は、糸電話に由来するものだろうか。糸電話は話す方と聴く方とがはっきり分かれ、交代しながら会話を進めていく、優しい装置だ。
大きな見どころとしてはもちろん2つの告白がポイントなのだけれど、その間のこと、たまこがもち蔵の想いを受け止めるために流れた時間・もち蔵が告白の後の苦味を味わった時間の貴さを忘れてはならない。
だから本当は、呼応という言葉は危なっかしい。その二文字からは、呼びかけられてから応えるまでの時間がしばしば零れ落ちてしまいそうになる。歌から歌へカセットテープがリバースする時間、紙コップを耳から口へ運ぶための時間が。

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たまこは「もち蔵 大好き!」という告白を「どうぞ」と結ぶ。声は愛。愛は呼応。恋人たちが交わす虹色のやりとりは、赤い糸を伝い、絶えることなく続く。
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