駒ヶ根の白い雲

2005-10-04 yahoo!Japanの検索エンジンが変わった。

10月3日、インターネットホームページ検索サイト最大手のYAHOO!JAPAN検索エンジンが変わった。GOOGLEと同様にロボット式になったのだという。業界紙などに、トップページの3分の2が入れ替わるかもしれないなどと予測されていたが、キーワードによっては現実の問題となったところもあるようだ。

ニュースを得る手段が飛躍的に変化していることを実感する。人類の情報伝達の歴史は、人から人への言い伝えから、石や木などへの筆記。そして紙の登場。印刷機の発明。ニュースペーパー(新聞)、ラジオ、テレビ、そしてインターネットと発展してきた。さらにインターネットホームページメーリングリストブログと新化してきている。かつてはホームページクリエーターで良かったけれど、今はWebプロデューサーが求められている。時代が大きく変わる時、社会にも大きな波が押し寄せる。そこに悲喜劇が生まれる。

2005-10-02 10月2日、ツバメの群れを見た。

今年の秋は暑い。10月に入ったというのに、甲府は33度Cだったとか、昨日は最高気温を更新した都市が幾つもあった。そして、きょう10月2日、なんとここ駒ヶ根でツバメを見た。ツバメが群れになって飛んでいた。例年なら9月の上旬にはいなくなってしまうのに、今年はどうした事でしょう。彼らはカレンダーを見て、南の国に帰る日を決めているわけではないだろうから、やはり気温が高いということだろう。そしてまた、私が見たツバメは、北国で生活をしてきて、南の国に帰る途中のツバメだろうけれど、10月になって、この地でツバメを見るのは、やはり極めて希な事だと思う。

2005-09-25 飢餓と肥満が混在する球形の大地

世界保健機構(WHO)によれば、2005年現在、世界で肥満に陥っている人は約10億人いるそうだ。地球上に人類は約63億人。その3分の2は飢えているのに、6分の1は栄養過多。先進国のみならず発展途上国にも肥満は広がっている。肥満の原因は食生活と運動不足。脂肪、塩、糖質の多い食事と、車社会などによる運動不足が原因らしい。それにしても、人類の3人に1人は飢餓の状況にあるといわれているのに、6人に1人は太りすぎとは・・・・・、食糧が偏在している。

とりわけ肥満が多いのはU.S.A.アメリカ合衆国。豊かさの象徴は、圧倒的な物質的な豊かさ。そして食生活。豊かさなのか貧しさなのか・・・、ポテトチップスとハンバーグ、ステーキとコーラ、ここにも偏在が存在する。ある説によれば、将来アメリカ人の7〜8割は病的な肥満になるとか。他人事ではない、かく言う私も、確実に体重は増えてきた。ストレス過食症と言いながら、運動不足が大きな原因ではある。

GDP世界第2位の日本は、1億2千6百万人。人類の約2パーセントの日本人は、世界の穀物市場の約1割を輸入する。世界の森林資源の約2割、世界の海産物の約3割を輸入する国である。あるいは輸入できる国である。そして、世界で最も多く食糧を輸入しながら、世界でもっとも多く、食べ残す国だとも言われている。ホームレスの人々が糖尿病になる時代である。戦後60年、豊かになるに連れて食生活も欧米型になり、肥満は確実に増えている。そして、ここにも偏在が存在する。

偏在、これは食糧や物に限らず、情報もかかわってくる。情報が流れない。知らない。気づかない。ニュース価値にならないものは無視される。視聴率だけが基準となる世界では、真実が伝わらない。アメリカ兵の死者数と、イラク人の死者数では、比較にならないほどイラク人が亡くなっているのに、死の姿が、戦争の悲惨さが、惨めさが、世界に伝わっていかない。情報化社会と言いながら、情報は混在しながら、偏在している。この球形の大地、地球はさまざまな点で過度期を迎えている。私が最も恐れるのは、「無関心」である。

2005-09-22 ケータイが文化を変える。

いま日本の人口はおよそ1億2600万人。携帯電話の保有者は約8000万人。お隣りの中国はおよそ13億人の人口で約3億人が利用している。いつでもどこでも、常に1人1台携帯するネットワークツールである。人類が今まで持ち得なかった通信手段であり、会話手段である。都会でも、田舎でも、場合によっては山中でも、機種によっては洋上でも使える通信手段。さらにメール機能によって、その時の相手が直接会話ができなくても、伝えておくことができる機能を持っている。あるいは、会話によらず、文字だけでの会話(チャット)、しかも複数の人間の参加が可能である。

そして、このケータイに更に様々な機能が掲載され始めた。音楽、ラジオ、テレビ、録音、お財布(支払)、GPS等など。1人1台いつでも世界中に繋がる通信手段。今後、このケータイに更に色々な機能が付加されようとしている。個人認証、動画受信、クレジットカード機能など、そしてこのケータイで出切る事も会話やメールのみならず、様々に発展していくだろう。ケータイショッピング、ケータイオークション、ケータイムービー、ケータイ証券等など。人類がかつて持ち得なかったツール(道具)によって、当然のこととして社会が変わってゆく。ケータイで買い物をし、ケータイで自宅の風呂を沸かし、ケータイで映画を見たり、ケータイ保育園にいる我が子の姿を画像で確認し、ケータイで自分のカルテを確認する。今まで不可能だったことが可能になっていく。

世界中のネットワークとつながり、生の情報が得られる機能。ケータイのもつ可能性は更に広がっていくことだろう。当然、良いことばかりではなく、負の部分も持ち合わせているのが世の常である。個人のプライバシーをどうするのか。個人情報はどこまで守られるのか。悪意を持って流された情報やコンピュータウィルスネットワークの故障あるいは破壊が起こらないとはいえない。ネット社会も社会である以上、人間社会で起きることは、ここでも起き得ると想像できる。

とはいえ、これを活用するとき、社会が変わり、文化が変わってゆくことは、容易に想像できる。しかも急激に、である。

HaiHai 2005/10/05 17:50 携帯かどうか分からないけれどもウイルコムというのが札幌では出始めているよ2900円で同じ会社ならば話し放題他者メーカにもメールは無料だって?携帯の変化?社会の変動など、めまぐるしく動くのでドックイヤーと言われてるらしいよ、つまり6倍の速度で時代は進行していると言う認識らしい。

2005-09-21 ローテクなるものをハイテクで。

金沢での会議のために早朝に駒ヶ根を出た。

中央自動車道で土岐JCTまで行き、そこから東海環状自動車道で関JCTへ、

東海北陸自動車道を北上して、ひるがの高原SAで一休み。

生まれて初めて通る道と景色。

信州は山の中だけれども、岐阜県も山が多い。

庄川インターで下りて、一般道を白川へ。

せっかくなので、白川郷を少しばかり散策、昼食はお蕎麦

時は秋、稲刈りの真最中。

黄色い稲穂の海に合掌造りの家々が浮かび、コスモスの花がゆれていた。

そして、日本の(かなり)古き良き時代の農村共同体の姿を垣間見た感じがした。

かつて、日本経済高度経済成長を遂げた頃、

日本の地方の多くの部分が取り残されたと思われたもだった。

だがしかし、環境の時代といわれる21世紀、

最後尾を走っていたランナーが、いまや最先端になりつつある。

ローテクなものが、ハイテクの技術をもって、最先端を走り出そうとしている。

白川インターから再び高速道路に乗り、小矢部砺波JCTへ。

今度は北陸自動車道金沢西インターへ。

予定通り、14時からの会議に間に合いました。

ホテル日航金沢での会議は、たいへん有意義な内容でした。

2005-09-20 生物としての人間。

人間は生物の一つの種である。3分間呼吸を止めていてください。・・・・苦しいかもしれない。一週間水を一滴も飲まないでください。・・・・苦しいかもしれない。30日間何も食べないでください。・・・・苦しいかもしれない。人間が生きていくためには、空気と水と食べ物が不可欠である。今、この空気と水と食糧が危なくなってきている。大気は汚れ、飲料水は不足し、食糧の安全性が問われてきている。

おそらく、2010年代には、多くの国々で飲料水の不足が問題となってくると思われる。現在でも、水を輸入している国がある。日本でもミネラルウォーターの消費量は年々増えている。ガソリン1リッターが税金がかかっているとはいえ130円前後(メジャーでは史上最高値を更新しているが・・・)、ミネラルウォーター500ccが120円前後、ほぼ同額である(但し、円とドルとの為替レートにも作用される)。インド中国などは人口の多さもあいまって深刻な問題となると思われる。

そして、2020年から2030年、人類は70億以上の人口を数え、深刻な食糧難を迎えるだろう。現在でも人類の3分の2は飢えの状況下にある。さらにその半分、人類の3分の1は、「きょうもお腹いっぱい食べられなかったけれど、明日、きょうと同じ量の食料が確保できるとは限らない状況にある」。もし今、世界のどこかの火山が大爆発を起こしたなら、異常気象地球全体を覆い農産物生産地に大きな影響を与えるだろう。それは即刻、世界の穀物市場に影響を与え、穀物の高騰、ひいては食料不足を加速させる。食料は不足しているだけではなく偏在しているのである。富める国々では、穀物よりも肉食を好み、トウモロコシ大豆を飼料として牛や豚が生産される。発展途上国では、外貨獲得のために、食料を生産する傍らで、コーヒーや香辛料など換金食物を優先する傾向もある。食料は不足している一方で、偏在しているのである。

そして、冷却装置や工業用洗浄用に用いられたフロンガスによるオゾン層の破壊、地球温暖化による環境破壊、森林資源の破壊などによって、大気が汚染されていく。植物は二酸化炭素を葉や枝に固定し、酸素を生成する。人類は、化石燃料を燃焼し続けている。

人間が生きていくためには、空気と水と食料が不可欠である。今、人類は大きな過度期に立たされている。

2005-09-19 風の秋

いつまで続くのだろうか、この暑さはと思いながら、いつしかツバメの群れ飛ぶ姿は無く、朝晩は過ごしやすい季節になった。我家の庭の花々も次々と主役を変えて、今はホトトギスやシュウカイドウ、ヤブランなどが精一杯に咲いている。背筋をぴんと伸ばしてシュウメイギクが出番を待っている。秋は密かにやってくる。春が光とともに訪れるなら、秋は風とともにやってくる。

日本は古来より自然の移ろいの美しさを愛でてきた。雪月花、花鳥風月などは四季の変化の美しさを端的に表している。四季を彩る様々な花、季節を告げ、心をなごませ、心を豊かにする花の美しさ。月は日々形を変え、日ごとに満ち、また欠けていく。月の光が照らす景色もまた、日ごとに変化する。風は目に見えないものを連れてくる。雪の降った日は地上を完璧に変える。はっきりとした四季を持った国に育ったわたし達は、自然の変化を楽しむ心をもった民族である。

自然の移ろいの中に、人生を感じ、人の成長を月の満ち欠けの中にみる。形あるものはいつしか壊れ、出会いがあればいつの日か別れが待っている。別れたといえども、また季節は巡り、新たな出会いが待っている。明けない夜は無い。苦しみもずっと続くわけではなく、喜びもまた永遠に続きはしない。

「袖すれあうも他生の縁」出会いは偶然であるがまた、必然を感じるときもある。それぞれたどってきた道だが、ある時、ある場所で、出会った。そこで何事も無くすれ違ったのか、袖すりあって、一言三言、会話が交わされ、時によっては人生を変える出会いとなる。誠に人生は、時を歩む旅であり、わたし達は時を歩む旅人である。そして、時は自然の移ろいそのものであると思う。

美しい日本の、美しい四季の変化の中で、美しい生き方をしたいものだと思う。

2005-09-18 2005年中秋の名月○

スリランカのとある村では、満月の夜に茶葉を摘むと言う。ヨーロッパのとある村では、新月の夜に木を伐採すると言う。

旧暦の8月15日(本日9月18日中秋の名月十五夜が見られた。お彼岸が近く、昼間が短くなって行くこの時期に、適度な暗さの中での満月の月の出は、幻想的で、威厳があって、感動的で、見事なものである。南アルプスの山の端を、ゆっくりだが確実に昇ってくる姿を見て、地球の自転を感じる。

本日の我家は稲刈りだった。天気は朝から快晴で、良い天気だったが、朝露がしっかり下りていて、10時過ぎの刈り取りスタートとなった。燃料が高騰している昨今、モミに湿気が多いと乾燥するのに時間もお金もかかることになる。しっかり渇いてから刈り始めた。例年、専業農家の本家に依頼し、親戚で現役の三十路の青年が4条刈りのコンバインをチョロQのごとく操り、妻がおてこをし、私がモミを2トンダンプで運んで、実質3時間ほどで刈り終った。父が手塩にかけて育てた今年の稲作も、この後は臼引きを残すだけとなった。昔の稲刈りは、田植えと並ぶ大仕事だったが、減反で4反部ばかりとなった稲刈りは、手間も要らず、短時間で無事に終わった。

古来より、農作業は暦に負うところが多かった。農家暦と言うものさえあった。概ね旧暦を基準にしている。そこには経験と知恵が、いっぱい詰まっていた。雪解けの時期や、山野草の芽吹き、花の開花時期、渡り鳥の飛来した時期、山の雪が融ける様子など、様々な自然の要素を観察し、種まきや、田植えの時期を考えてきた。昆虫の巣造りの様子で、台風の多さを予見したり、降雪の多さを予測した。いわば、自然のサイクルの中で、自然と共に暮らしてきた知恵が、ここにはあった。

月の満ち欠け、月の有無もまた、植物に何らかの影響を与えているらしい。昼に太陽の光を浴びて、夜間には酸素を放出する。植物に月の影響があると考える事に驚かされる。満月に摘まれたお茶の葉は美味しく、新月に伐採された材木は強く長持ちすると言う。なんとも神秘的な思いが湧き上がる。

明方、中央アルプスの天空に浮かぶ白い月は、爽やかにして、また見事である。

2005-09-17 森林の文化が人類を救う

古来、人類は森の中に生息していた。いわば人類の個体数が少ない時代には、豊な森林が存在していた。我々人類は、ある人に言わせれば「森から出てきたサル」なのであり、「パンツをはいたサル」とも言われている。

森林は生物の多様性の宝庫であり、それぞれの環境において微妙なバランスの下に成り立っている。時に山火事、水害などで環境を劇的に変えながらも、その土壌には、様々な種子を置き、また無数の微生物を養し、豊な生態系を維持している。植物は二酸化炭素を吸収し酸素を吐き出す。動物は酸素を吸収し二酸化炭素を排出する。両者は補完的な立場にある。さらに植物は水分を取り込み、葉から発散し、空気を浄化する。微生物は有機質のみならず、無機質なものまで様々なものを分解し、浄化していく。古来、森の民であった人類は、森の中で生息することで、身体的にも、精神的にも、「快適」に生きてきた。マイナスイオンフィトンチッドヒノキオールなど、快適さを感じる様々な要素が、改めて認識されてきた。一方、病気を治す医薬品の要素はアマゾンアジアの熱帯雨林の豊かな生物の多様性の中から発見されている。

文明5000年の歴史の中で、この100年、200年の間に、人類は急激に森から離れていった。現代病の多くは此処に起因する。森林での生活は、いわば地消地産である。必要なものだけを、必要な時に、必要に応じて利用してきた。大量に生産して、大量に消費し、大量に廃棄すると言うことは無かった。過激に植物の成長を促すのでは無く、植物の自然のサイクルに応じて消費し、冬に夏の果実を求めることも無く、冬には秋の果実を加工し貯蔵した。そこから知恵が発達した。海水や岩塩から塩を調達し、化学塩など思いもよらぬものだった。清浄な空気、ミネラルを含んだ豊かな水、新鮮な食物、そして森林が創出する豊かな「気」。今、U.S.A.の30歳以下の4人に1人が何らかの食物アレルギーを持っていると言う。

雑食で食物連鎖の頂点にたったパンツをはいたサルは、森の持つ豊かな生態系を破壊し、単一の作物を効率よく大量に栽培することによって、個体数を格段に増加し、火を使いこなし、内燃機関を開発し、電気を活用し、原子力さえ手にした。森から出てきたサルは、サルだけが効率よく生息できるコロニーを創出し異常繁殖を繰り返している。しかし、異常に繁殖した生物は、自らのコロニーから排出する負の要素によって、やがて破局を迎え、そして再び適正な個体数に調整されていく。人類だけがその自然の掟を無視できるとは思えない。

やがて人類は飲料水の不足に悩み、食糧の確保に苦慮するだろう。さらに自ら招いた大気汚染温暖化という環境変化(破壊)によって、自らの危機を迎える。これを回避するためには、人類は再び森林からより多くのものを、学ばなければならない。

2005-09-16 世界で最も美しい環境国家の創造へ。

日本の国土の7割は森林である。先進国の中では有数の森林国家である。南は沖縄から北は北海道まで、気候風土の多様性と、春夏秋冬、はっきりとした四季の変化がある国。今、地球がいたるところで裸地化し、砂漠化する中で、島国として多湿である事は、国土の緑化に大いに貢献している。また古来より、豊な森林から流れ下る河川と、親潮、黒潮など豊かな海流が、海洋国家日本を育ててきた。

歴史的にも、古代縄文文化より育まれてきた自然崇拝や鎮守の森、八百万(やおよろず)の神々を祭る慣用性と、弥生時代からの稲作農耕民族としての協調の心。仏教伝来後、聖徳太子の17条憲法に記された、和を持って尊しとなす、和の精神。さらに秀吉の時代1588年には刀狩令によって、農民、僧侶など一般市民の武装解除を行っている。さらにまた現代憲法における第9条の戦争の放棄。そして武器輸出の禁止。すなわち、古来より持っている日本人の和を尊重する心は、世界の平和に対して、大きな意味を持つものと思う。

一方、かの世界一の超大国U.S.A.における軍需産業は、世界の国々の民主化と自由の確保の大儀の下、巨大に発展してきた。また個人は個人を自ら守る権利があるという理念の下に、武器の所持が許され、全米ライフル協会など、政治に大きな圧力をかけている。U.S.A.における軍需産業は、軍産複合体として発展し、この国の雇用の創出に大いに貢献し、世界の平和維持と民主化を、時に強力に推し進めている。

21世紀、日本のグランドデザインを描くとき、世界で最も美しい環境国家を創造したい。日本全土を花と緑に彩られた庭園国家とし、世界で最も美しいグリーンアイランドにしたい。北から南まで、山を越え、谷を越えて息づく固有の文化を尊重し、多様性こそが豊かさであることを認識し、和を持って尊しとする精神を世界に広め、世界の平和に貢献したい。

鎖国をしていた江戸時代、日本は食もエネルギーも自給自足の国家であった。東京江戸)は、緑に囲まれた武家屋敷、お花見を楽しみ、鉢植えの花々を飾った庶民の生活など、当時としては。世界で最も美しい都市であっただろうといわれている。さらにおよそ100万人の人口を擁しながらも、見事にリサイクルが行き届いた環境都市だったという。この伝統を踏まえ、高い技術力と豊かな知識を駆使し、世界で最も安全で安心できる、健康で美しい国を創造したい。

HaiHai 2005/10/10 16:01 現代人は江戸の文化に学ぶ事が多いのかも知れないね越川礼子著の『身につけよう江戸しぐさ』という本が今北海道では結構読まれているチョ。