ぼくもあなたも名探偵

品切というのが残念…。

串間努『少年探偵手帳 完全復刻版』(光文社文庫

1999.6.20初版1刷。
串間努さん。本書の著者プロフィールには、

学童文化研究家、商品文化年表家。スーパー店員、バス車掌を経て、医療業界誌編集者に。かたわら、昭和B級文化の記録を思い立ち、雑誌「日曜研究家」の著者、発行者となる。

とあります。この数行の文章(と著者近影)には、読者に「いったいこの人は何者なのか」とおもわせる力がある*1。六年前、私はこのプロフィールに興味をひかれ、廉価であることも手伝って、迷わず購ったことをおぼえています。のちに私は、南陀楼綾繁さんの『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版,2004)で出色の「串間努」論*2を読むことになるわけですが、当時は串間氏にかんする予備知識がまったくありませんでした*3
その串間氏の『まぼろし万国博覧会』(小学館)が、いよいよ四月に文庫化(ちくま文庫)されるそうです。いわゆる「なつかしい未来」の系譜につらなる本。私が読んだものでいうと、荒俣宏『奇想の20世紀』(NHKライブラリー)や、長山靖生編著『懐かしい未来』(中央公論新社)もこの部類にはいりましょうか。
「未来」があまり語られなくなって(=想像されなくなって)から、どれくらいの時が経つのでしょう。すくなくとも、私が幼稚園のころは、子供向け雑誌に「これが僕たちの未来だ!」というふうな特集がしばしば組まれ、興奮しながら頁を繰っていました。「ドラえもん」に登場するような乗り物が飛び交い、奇妙な建物がたちならぶ。いま考えると、荒唐無稽でおかしいのですが、でも懐かしい。
さて、『少年探偵手帳』に話をもどしましょう。この本は、雑誌『少年』の附録の一部を覆刻したもので、さらに「串間版 少年探偵手帳」や「『少年探偵手帳』の歴史」、「対談 『少年探偵手帳』の思い出」等を収めた「文庫書下ろし」作品です。
「少年探偵手帳」とは、いちおう乱歩の原作にも登場するのですが、『江戸川乱歩探偵全集』の宣伝のために発案*4されたもので、もともと雑誌『少年』(昭和三十三年お正月増刊号探偵ブック)の懸賞クイズの賞品だったのだそうです。これが人気をあつめたために、昭和三十四年から昭和三十九年まで、『少年』の附録としてダイジェスト版が編まれたのだとか。さらに、本物の探偵手帳が通信販売で買える(百二十円)ようにもなったそうです。串間氏はこれら三種の「少年探偵手帳」の位置づけについて、

付録の「少年探偵手帳」がいちばん下位で、購入した「少年探偵手帳」がそれに続き、懸賞で当選した「少年探偵手帳」がいちばん上のランクであっただろう(p.198)

という「ヒエラルキー」を想定しておられます。
次に、その内容をみてみると、「探偵になるための手帳」であるはずだのに、これがなんでもありなのです。たとえば、「話すときのくせでわかるひとの性格」という項。「ハナをこする人」「あいてにさわる人」「身ぶりの大きい人」などいろいろあるなかで、「目をふせる人」の「性格」はというと…、

たいへんなウソつきか、とても、考えぶかい人です。ときどき目をふせる人は、考えぶかい人です。(p.27)

「手をこする人」の「性格」は、

知ったかぶりをすることがあります。知らないとはいえないのです。強情ですが、熱心な人です。(p.26)

…なのだそうです。
また、「きみにもできる変装術」では、服を着かえる、帽子をぬぐ(つまりそれ以前は着用しておかなければならないわけだ)、眼鏡をつけてみる、という変装方法のほかに、

(1) つけぼくろをつける*5
(2) いなかことばをつかう。(p.49)

などといった「方法」が紹介されています。
ほかにも、「新聞雑誌の絵を写しとるには」、「迷路を征服する方法」、「探偵犬の訓練法」、「伝書鳩を飼うには」「ピストルのしくみ」…など盛りだくさんの内容です。大半はたわいないものばかりですが、たわいないものだからこそおもしろい。
こうして見ていくと、この「少年探偵手帳」は、「探偵」というよりは、むしろ「雑学王」になることをめざしているような感じをうけます。串間氏も、「串間版 少年探偵手帳」の「はじめに」で、

たとえば主婦のアイデアに通じるものも2,3混じっているが、なに、本当の「少年探偵手帳」も玉石混交の知識なのである。探偵は世の中のことはなんでも知らなくてはいけない。(p.116)

と書いておられるのですから、おもわず笑ってしまいます。
「探偵になる方法」の捷径とは、「世界を知ること」であったのかもしれません。

*1:まぼろし万国博覧会』の著者プロフィールがまたすごい。一部を引いておきましょう。…「学童文化研究家、商品文化年表家。千葉市稲毛高校1年の時、ビックリハウス誌[エンピツ賞]受賞作家となる。スーパーの店員(パートタイマー)、バス車掌を経て、医療業界誌編集者に。かたわら、昭和B級文化の記録を思い立ち、ミニコミ誌を発行。現在、著者・発行者・営業マンの出版の[三位一体説]を唱え、日曜研究家を営業中(青色申告)。趣味は純喫茶めぐり・戦前を求める散歩・ガロ・ムードミュージック・少年ナイフ・粘土細工・紙くず集め。」

*2:p.70-p.75。ここで南陀楼氏は、串間氏がたんなる「懐かしモノ」ライターではないことを強調されています。

*3:まぼろし小学校』や『まぼろし万国博覧会』を読んだのも、大学生になってからです。

*4:くわしくは、本書の「対談 『少年探偵手帳』の思い出」をご覧ください。

*5:つけぼくろの作りかたまで載っています。