大野英士さんのこと

さて、昨日のブログでも少し触れた仏文学者、大野英士さんについて、今日は少し書きます。大野さんは東京大学を卒業後、いったん予備校に勤務しますが、その後、私費でフランスはパリ第七大学に渡った方です。昨日ご紹介した盲目の画家、末冨綾子さんと大野さんのご縁も、このパリ滞在中に生まれたものだったそうです。

その後、帰国した大野さんは、いくつかの大学で教鞭をおとりになる傍ら、私と同じ『TH』という雑誌に執筆を続け、パリ大学に提出した博士論文大幅に、大幅に加筆修正した大著『ユイスマンスとオカルティズム』を上梓された。この本は世紀末のフランスを生きた幻想文学作家、ユイスマンスについての本で、既にtwitterでは幾度となく紹介し、『TH』誌上にも詳しい書評を書いていますが、これが滅法面白い本なんですね。

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発刊後にご恵贈いただいて、私は1日か2日ほどで通読してしまいました。ごく些細なエピソードを一つひとつ丁寧に積み上げ、大胆な分析を凝らし、結果出現する異端の魔導士、ユイスマンスの姿と来たら! その鮮やかな分析の手つきは、諸星大二郎の手になる妖怪ハンターこと稗田礼二郎か、ダ・ヴィンチ・コードのラングドン教授のよう。こんなに面白い本はここ数年、いや、数十年読んだことがありません。

おそらくはカソリック圏内では異端視されるのではないかと思しき内容のこの大著、よくまぁパリ大の博士論文審査を通ったものだと驚きましたが、実は大野さんはかの有名な文学理論の大家、ジュリア・クリステヴァに学んだ方なのだそうです。人間の精神の奥深くに巣食う「おぞましきもの」を理論化したクリステヴァが指導教官であったればこそ、こうした大胆な論文が認められたのでしょう。

席上ではクリステヴァの人となりについてもいろいろお伺いできたのですが、どうも圧倒的なカリスマ性のある人のようで、訓古学的注釈研究を嫌い、くどくどペーパーを読み上げるだけの発表者には容赦なく一喝を放ち、沈黙させる人だったとか。こうした人のそば近くに仕えつつ鍛え上げられたからこそ、こうした奇書ができあがったのでしょう。

本書はいちおうユイスマンスの研究所なのですが、仏文学に興味がなくとも、オカルト、異端、宗教などに少しでも興味があれば、是非お読みになっていただきたい一冊です。いや、本当に掛け値なしに面白いので、是非ご一読をお勧めします。

さらに席上では、こちらも大野さんからご紹介していただいて、かねてから文通をしていた美術評論家の、吉村良夫さんともお話しすることができました。これもまた長くなるので、この話はまた明日以降にでも。しかし情報量の多いオープニングだなぁ。あらましを記述するだけでも三日がかりだよ。