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SUNABA Gallery & 樋口ヒロユキ のブログ

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2013-06-09 関西ニューウェーブ覚え書き

 関西ニューウェーブをめぐる覚え書きのツイートと、関西ニューウェーブの一員であった松井智惠さん(‏@templelotus)からのご教示を下記にまとめておきます。まず最初に私が連投したのが下記のもの三つ。


@hiroyuki9999 ふつう関西ニューウェーブというと、カラフルで曖昧なかたちでド派手で大型で、とまとめられることが多いと思う。自分もずっとそう思ってきた。でも、こないだの松井紫朗さんの展覧会を見て、少し印象が変わった。


@hiroyuki9999 80年代の関西ニューウェーブは、それ以前の「もの派」的な禁欲的な表現への反発として出てきたものと捉えられることが多いように思う。でも、松井さんの作品を見て行くと、意外なくらい関根伸夫さんの発想に近い部分がある。特にトポロジカルな反転を含むあたり。


@hiroyuki9999 もう一つ、松井さんと関根さんには共通項がある。いずれも日本庭園から影響を受けて作品を発想している点。松井さんの作品のヒントになったのは、金沢の林鐘庭。関根さんの作品のヒントになったのは、銀閣寺の向月台。両方ともアバンギャルドに見えるが実はトラッド


……以上。で、それを受けての松井さんとのやり取りは下記の通り。


@templelotus ニユーウエイブとして残っている写真は、ごく一部のものです。派手な印象は、印刷映えするものが多く選ばれていたことにより、定着したのだと思います。リアルタイムでご覧になっておられましたでしょうか?


@hiroyuki9999 個人的には中西學さんの印象が強いです。松井紫朗さんも当時はかなり大きくカラフルな木彫だったかと。それと少しあとの、中原さんのレゴブロックなど。いずれにせよ印刷映えするものをセレクトする雑誌のフィルター越しの印象かもしれません。松井さんご自身もそうした「フィルター」のようなものをお感じになったことはありますか? そのあたりの印象お伺いできれば幸いです。


@templelotus 東国から見れば「関西」を語るときには、派手さを全面に出してたと思います。70年代の終わりは「現代美術たるものの」から色彩は消え、フォルムもストイックで息苦しさがありました。不定形のフォルムが出てきたのは、当時のステラの作品の影響が大きかったと思います。


@hiroyuki9999 ありがとうございました。記憶が曖昧で恐縮ですが、自然の素材が中心の時代から、人工の素材が許容される時代に入ったという印象もあります。藤本さんのパイプの椅子とか。テクノポップとの共振関係もどこかにあったような。


‏@templelotus 藤本さんは、独自の活動歴を築いてこられたので、「関西ニューウエイヴ」には、属しておられません。どうぞご本人にお尋ねくださいますよう。音楽先行の時代でした。「ニューウエイヴ」「テクノポップ」「ニューロマ」等々。好みは作家により異なっていたと思います。


@hiroyuki9999 そうなのですか! 時期的に一致していたので、藤本さんもその一員なのかと。中ザワヒデキさんもそう考えておいでのようです。メンバーとそうでない方の線引きのようなものがあったのでしょうか。

http://aloalo.co.jp/arthistoryjapan/6a.html


‏@templelotus メンバー固定団体はありませんでした。グループ展を自主企画したり、大学間の交流展から始まったりなので、卒業と共に緩やかな繋がりとなりました。藤本様につきましては、ご本人に何卒お尋ねください。間違うと、失礼になってしまいますので。


@hiroyuki9999 なるほど、承知いたしました。いろいろご教示、ありがとうございました。


‏@templelotus こちらこそ、ありがとうございました。ぼける前にお伝えできてよかったです。


 蛇足ながら、最後の「ぼける前に」というのはもちろん松井さんの冗談で、まだそんなお歳ではいらっしゃいません。が、あのムーブメントからもはや30年近く経過しており、そろそろ記録を始めておかないと消えていくばかりかと。いろいろなところで既に取り組みが始まっていますが、やっぱり回顧展が見てみたいなあ。それにつけても大阪に近代美術館ができてたらなあ、と思います。

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