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つれづれなるままに−日暮日記

2016-07-28 「やまゆり園」事件で思い出したこと

 神奈川県相模原市の「津々井やまゆり園」の身障者施設で起きた19人刺殺、26人重軽傷の事件はショックでした。一人がこんな大量殺人を犯したのは、戦前の津山事件以来のことでしょう。犯罪史に残る大事件かと思います。それにしても、犯人の大胆不敵な態度、それに「身障者は死んだほうがいい」などとナチス・ドイツばりの半ば確信犯的な主張には驚かされます。

 小生はこの事件に接して、すぐに思い出したのは高校生時代に読んだドストエフスキーの名作「罪と罰」でした。ちなみに、わが高校は1年生の夏休みに、学年共通で「罪と罰」と島崎藤村の「破戒」の2冊を読んで、その感想文を書くよう宿題を出してきたのです。つまり、無理やり読まされたわけですが、読んでよかったです。

 千葉生まれなので身近なことではないため、小生は恥ずかしながらそれまで「部落民」という存在を知らなかったので、「破戒」の方も印象的でした。「罪と罰」は、貧乏学生が金貸し老女を殺し、その殺人を合理化するというあまりにも有名なストーリですが、小生も月並み無神論信仰対立、人間の命と社会的有用性という観点で考えさせられました。

 ユダヤ人虐殺のナチス・ドイツ第二次大戦末期、自国民でも不治の精神病者を不必要な存在として安楽死させることを決めました。これも、生きる価値のない、社会に無用な人間は抹殺せよという発想ですね。北杜夫の小説「夜と霧の隅で」はこの事実を題材に、医師たちがその命令に抵抗する話を描いていますが、小生はナチスのこの冷厳な精神病者抹殺指令が鮮烈な記憶として残っています。

 やまゆり園事件の犯人はまだ26歳と歳若い。前途洋々であるべき若者がなぜ人間の命と社会的有用性を関連付けるような狭隘な思考に至ったのか。一見合理的であるように見えるものの、その実、人間性を一切捨て去った「罪と罰」のラスコーリニコフ流の考えになぜとらわれてしまったのか。これも興味が尽きません。

 一般に人間の命と有用性の関連は、歳を取るごとに自分自身の問題として感じてくるものです。自分のようにあまり社会の役に立たない人間が今後あと何年生き続けるのか、そしてその必要があるのかという視点で。特に、職を離れ、社会的な貢献、存在から縁遠くなれば、年々その思いが募ってくるものでしょう。

 正直に吐露すれば、小生の場合、他人に対してもそう思うこともあります。母親のいる老人ホームに行った時です。多くの認知症者がいるし、介護ヘルパーの手助けを受けて食事をしている人もいます。こういう老人を見ると、人間の命って何なのかと考えてしまいます。植松聖のように殺したいとまではさすがに考えませんが、こうまでして人間って生きなければならないかという思いにはとらわれます。でも、合理性だけで割り切れないのがまた人の命なんですね。

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上の写真は、鴨川シーワールドマンボウ


 

2016-07-25 ドーピング問題、IOCの判断で良かった

 ロシアの国家ぐるみのドーピング問題で、国際オリンピック委員会IOC)は結局、各競技団体の判断に任せるということにしました。まあ、これでロシアは国全体での不参加が免れたわけで、ロシアドーピングに関係ない選手はほっとしたでしょうし、世界全体のスポーツの発展のためにも良かったのではないかと小生は思います。

 ロシア、いや旧ソ連のことですが、1979年末にソ連軍アフガニスタンに軍事侵攻したことに抗議し、時のカーター米大統領が呼びかけて、西側諸国は翌年80年のモスクワオリンピックボイコットしました。日本も参加できず、この五輪に標準を合わせてきた大勢の選手が泣きました。いわば、スポーツ最大の祭典であるオリンピックが国際政治の犠牲になるという悪例を作ってしまったのです。

 民主党のカーター大統領善意の人で理想主義者。それまでソ連を信用し、対話による東西の平和を模索していました。それなのにソ連がそういうデタント(緊張緩和)の雰囲気を破って現行世界秩序を破るような軍事行動、侵略的行動に出たことに驚き、憤慨し、オリンピック不参加という禁じ手を犯してしまいました。これは、理想主義者にありがちな極端から極端に走るという例でもありますが、、、。

 オリンピックはもともと、古代ギリシャで国同士が戦争していた時でも一時休戦して、この期間だけスポーツで争うということにし、オリンピック開催は政治の影響を受けない絶対的な存在だったのです。それ故に、オリンピックは価値あるものでした。それを愚かなカーターは知らなかったようです。 

 モスクワ五輪不参加により、次の開催である1984年ロサンゼルス五輪で今度は、ソ連米国南米グレナダへの侵攻を理由に、東ヨーロッパ諸国を引き連れて不参加を決めました。まあ、これは明らかにモスクワ五輪の報復であり、当時オリンピック危機が叫ばれました。ですから、オリンピックは絶対国際政治に超越して存在しなければならないと思います。

 今回のケースは国際政治上の対立でなく、事はドーピングというスポーツ上の問題ですが、それでも国家ぐるみでやっているからと言って一罰百戒でその国のすべての選手を罰していいことにはなりません。スポーツ上の問題とはいえ、国全体の参加を認めないということは、残念ながら国際政治の延長、クリミアウクライナ問題などでのロシアへの遺恨の延長と見られても致し方ありません。

 ちゃんと規則を守ってドーピングに無関係な選手もいるわけですから、IOCは国全体でなく、選手一人ひとりを対象に検査して参加不参加を決めるべきです。その点、今回、IOCは最後のところで古代オリンピックの精神に戻ったようです。ロシアは主に陸上競技ドーピングが多いと聞きますが、その他はまあまあ「白」が多いのでは。関係ない選手はぜひロシア国旗を先頭に堂々と胸を張って入場行進してほしいと思います。

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 上の写真は、鴨川シーワールドで見たカラフルな魚。

2016-07-21 小池と増田の争いになるのでは

 東京都知事選挙は、31日の投開票日を前に中盤の激しい争いを展開しています。それにしても有力三者の力は拮抗しており、勝敗は最後まで分からない状況ですね。各候補には支持団体の基礎票はあるのでしょうが、しょせん、東京都浮動票で動くところですから、この浮動票が3者にどう配分されるのかが勝負の分かれ目です。

 昨日、講師をしている大学の授業が終わった後、学生に呼び止められ、「先生は、今度の都知事選でだれが当選すると思いますか」と聞かれました。正直まだ読めない段階ですが、小生はこう答えました。「元新聞記者の感で言えば、小池増田の争いになると思うよ。浮動票は鳥越には行かないで、むしろ小池に行く。だから、投票率が上がれば小池の勝ち、下がれば増田の勝ちじゃないか」と。

 鳥越氏は、いろいろなメディアで指摘されているけど、政策とんちんかん。発言は「住んで良し、働いて良し…」などと抽象的だし、しかもしゃべり下手。これでは説得力に欠けるでしょう。しかも、きょう発売の週刊誌には、「女子大生への淫行」などというスキャンダルも出ていました。一見、クリーンさで売っているような人にとっては、こういうスキャンダルは致命傷になります。

 民進党の有力支援団体である連合は鳥越を支持せず、自主投票としています。これは、反自民有権者に対して鳥越に入れず、小池に入れよと暗に言っているようなものです。大手紙の事前調査では、鳥越がトップ、次いで小池増田の順で当選確率が高いと報じていましたが、小生の感では、浮動票はそれほど鳥越に集まらず、彼の当選は覚束ないと見ています。

 となると、小池増田の争いということになりましょうか。行政能力的に見れば、増田は元官僚だけに折り紙付きですが、小池の方は良く分からない。ただ、環境大臣防衛大臣歴任した経験があり、クールビズなどを打ち出して一応評価はされてきました。最終的には、小池のこれまでの政治家としての能力を都民がどう判断するかということでしょう。

 複数が選ばれる参院選東京都選挙区と違って、都のトップになる知事に対しては、都民はそれほどミーハー的には投票しないと思うのです。言葉だけでなく都議会や都職員ともうまく渡り合えるのか、地方自治制度を熟知しているのか、本当に実行力があるのかという視点で投票対象者を考える人が多いと思います。

 であれば、増田が有利ということになりますが、見栄えの点で増田は地味で、小池に負けています。首都のトップとしては見栄えも大きな選択要素です。8月にリオデジャネイロで次期五輪開催国として大会旗を受け取るとき、それは増田より小池の方が目立つし、インプレッシブでしょう。都民がその点をどう判断するか。小生は神奈川県民ですが、興味津々です。

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 上の写真は、台湾台南市で見た結婚写真の屋外撮影風景。中華圏では、結婚する2人がカメラマンを引き連れて屋外に出、背景のいいさまざまな場所で撮ってもらうのが普通です。

2016-07-18 中国は、国家の品格とは無縁だ

 数学者藤原正彦先生がかつて学問分野に関わらない「国家の品格」という本を書き、ベストセラーになりました。小生も読みまして、なるほどという部分がありましたが、別段強く印象に残った内容ではありませんでした。でも、その書名は強烈な印象として残っています。人間の品格も大事だが、国家の品格も大事だということです。

 でも、昨今、中国のやり方を見ていると、およそ国家の品格とは無縁のところにあります。小生は多くの中国人の友人を持っており、多くはそれなりに人間の品格を持っているようにお見受けしますが、あの国の指導者層、つまり共産党という集団を見ると、およそ品格とはかけ離れているようで、見るに堪えません。

 南シナ海岩礁問題で、このほど国際仲裁裁判所が裁定を出しました。その後に、何とかという外務次官記者会見し、「(裁定などは)紙くずだ、すぐにくず入れに放り込めばいい」などと発言していました。どんなにその内容に不満で、不服だと思っているにしても、仮にも、自らも常任理事国として参加している国連の下部機関の判断を「紙くず」と言い張る愚かさに啞然とします。

 それから、日本の安倍首相南シナ海中国に反対の立場にあって、各国に根回ししていることにいら立ったためか、先にウランバートルでセットされた日中首相会談の際、李克強首相は20分遅れて到着。その間、安倍首相を待たせるという挙に出ました。国内では分単位で動く安倍氏はただ所在なさげに立って待つだけで、大変な屈辱を味わいました。

 しかも、遅れて会談場に到着した李氏は、室外に安倍首相がいるのを無視して勝手に室内に入り込むという無礼を働きました。本当はわざとやったとは思いたくありませんが、でも、中国安倍氏個人に不快感を持っているという視点に立つと、どうも計算づくでやっているようにも思えてきます。そうだとしたら、低次元すぎるし、それこそ大国の風格、国家の品格とは無縁の国ということになります。

 かつて日本の大使を務めた王毅という外相も異常な人物と言わざるを得ません。外交部(外務省)の定例記者会見で、カナダ人女性記者が中国人権状況の悪さを質問すると怒りを露わにし、「あなたの質問は偏見と傲慢に満ちている」などと言って、鼻から質問の中身に答えようとしませんでした。傲慢はどちらなのか。

 国家の主要幹部であれば、記者会見の場で、たといいやなことを質問されても、怒ることなく、一つひとつ丁寧に答える、冷静に反論することが必要だと思うのです。自らの国家の行ったことに誇りがあるなら、百万人と言えども我行かんという態度で、正々堂々と対すべきです。でも、どうも記者の質問が的を射ていると思ったせいか、王毅は、傷口に塩を塗られたごとくに怒ってしまったようです。

 彼らの怒りを見ると、要は役人一人ひとりも内心忸怩たる思いがあるのかも知れません。そうだとしたら、国家の非常識なやり口を自らの意思に反してかばわなければならない中国の党・政府の役人もまた悲しい存在です。

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 上の写真は、昨年秋に行った岡山県備前日生大橋の全景。

2016-07-15 ナルシスト・ジャーナリストの出番なのか

 東京都知事選がスタートしました。有力候補者は、自公増田寛也野党共闘鳥越俊太郎、そして自民党に弓引いた前衆院議員小池百合子の3氏となりました。鳥越氏は、野党側が用意した究極の後出しじゃんけん候補らしいけど、その割には「えー、この程度の人」とそれほどの驚きはなかったし、しかも彼では、どうもこの戦いに一番ふさわしくない、場違いな役者の出番の感じがしてなりません。

 野党側は、前からこの候補者を考えて後出し用に用意していたようです。ですから、蓮舫女史がやめた後、長島だ、松沢だ、古賀だ、それにタレントの石田純一だと名前が上がりましたが、みんな事前の賑やかしだったようですね。それにしても石田の名が出てきたのは正直驚きました。彼は何を考えたのか。政治、ましてや地方自治の仕組みなど何も知らないと思いますが、知名度だけを拠り所にしたその僭越さは選挙民を愚弄したもので許せません。

 鳥越俊太郎はいわゆる恰好付けだけのジャーナリスト、テレビで自らのポーズ、見栄えばかりを気にするナルシストジャーナリストだと思います。まあ、テレビに出る朝日、毎日、共同通信記者OBは、何でも政府自民党に反対する、権力に反対することが世間受けする、それがカッコイイと思い込んでいる人が多いのですが(実は違うんだけど)、彼はその典型ですね。

 前にも書きましたが、NHKが昨年、安保法制問題で特集番組を組み、議論した時、彼は反対派の立場で登場していました。そこで、彼が何を言ったか。今でも鮮明に覚えていますが、日本の周辺に危険な状況はないということでした。彼には、尖閣諸島中国の公船、軍艦が接近していること、南シナ海の情勢が目に入っていないようです。それとも、意図的に無視しているのか。

 こういう人でも、国会議員として出てくるのは悪くないと思います。国政ならいろいろな意見があってもいいのですから。しかし、国政での安倍首相のやり方が気に入らないからという理由で、差し迫った課題を多く抱える東京都、そのトップを決める選挙に出てくることはないでしょう。前回の都知事選挙で、原発反対だけの主張を引っ提げて出てきた細川元首相と同じように、筋違いも甚だしい。

 前から用意された究極の後出しじゃんけん候補なら、もっと都政のこと、地方自治のこと、オリンピックのことを勉強しておくべきでした。最初に出馬会見したときには、記者の質問に明確に答えられず、「もともと都知事など関心がなかった」などと言い募り、無知に対し「だれでも最初は何も知らないのだから」などと居直っていました。関心がないなら、出馬するべきではないでしょう。

 彼に比べたら、ずっと都政を見続けてきたという宇都宮健児氏の方がよほど真面目で、候補者にふさわしいと思います。宇都宮共産党色が強すぎるので、民進党は乗れないということですが、それにしても、何も知らない鳥越を知名度の高さだけで出していいのか。都知事は人気投票で決めるべきではない。今回、知名度に走った民進党宇都宮を捨てた共産党にまたまたがっかりしました。

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 上の写真は、鴨川シーワールドのシャチのショー。