HPO:機密日誌

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2010-02-27

ベーシックインカムは細部に神宿る

id:Jota_Shimazakiさんからいただいたコメントのお返事を書いて力つきてしまったので、今日はそれをここに転機してエントリーとしたい。

(1)失業保険や生活保護の不親切さ

(古代ローマの)小麦法の特徴が家長が炎天下でもえんえんと列にならばないと小麦が買えなかったというのがあると塩野さんが書いています。

ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (7) ― 勝者の混迷(下) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (7) ― 勝者の混迷(下) (新潮文庫)

福祉を受けることは、苦痛と恥辱であるとするというのが、ローマ以来の伝統のようで...。生活保護のところまで来たことで言えば、「負の所得税」という所得補填とか、「限界控除付き消費税」などの制度がよいのではと私は考えています。


(2)企業の失敗

確かに、事業で失敗したら再起はかなり難しいと思います、日本では。私のspecialiteの分野である建築、不動産の話しでいうと、しかし、日本の方が融資がつきやすいと思います。間接金融は確実に日本の方が審査機能もあるし、門戸を開いているように私には思えます。逆に、地銀あるいは信金にあたる金融機能が弱いからエンジェルとか、ファンドとかの活躍の場がアメリカにはあるのではないでしょうか?ただし、保守的な業界ですので、ITとか、これまでなかった分野に対する融資はかなり厳しいのかもしれません。この辺も日米の差がでますよね。

いや、問題は失敗した時でした。たしかにBIの制度があれば、救われやすいと思います。ただし、田舎にいると事業で失敗するにしても失敗の仕方というのがあるというのが良くわかります。長い間続いているご家族には栄枯盛衰がつきものです。しかし、そういうときでも道義に外れない倒れ方をすれば、その代でなくとも、その次の代くらいで再起する例があります。ちょっとオーバーだと言われるかもしれませんが、経営者が救われすぎるとモラルハザードを問われることになるんじゃないかなぁと。


(3)地方と東京の問題です。

ここが私も予測できません。ただ、ローマにしろ、世界中の都市と地方にしろ、ほっとくと首都、首都圏に人口が集中してしまうというのは、確実なトレンドです。記事いろいろ探したのですが、極東ブログのしか特定できませんでした。

私も確信があるわけではないのですが、ここでどこにいてもBIが整備されているとなると、もう一段首都圏への人口集中が進むのではないかと。

ああ、それに手塚治虫の火の鳥に出てくる「ヤマトシティー」のイメージが私に色濃く印象付けられているのかもしれません。遠未来で、高福祉が行き届き、人が働かなくてよくなると、首都にのみ人が住み、他の国土は荒れるに任せられるという。


(4)絆の問題

昨日、Twitterで盛り上がっていたのは、確実に結婚生活を維持する努力をしなくなるだろうということです。結婚していても、がまんにがまんを重ねている夫and/or妻というのは多いものです。また深刻な場合が多々見られます。それでも、経済的に自立できないからという理由で結婚という生活にとどまっているケースでは、BIが導入されたとたんに離婚するでしょう。

もっとも長寿社会では、20年に一度くらいはパートナーを見直すべきなのかもしれないという気がしてきてはいます、はい。

会社についてもほぼ同様ではないでしょうか?がまんをしてでも、会社に残るというインセンティブは消滅するのではないでしょうか?

hiroettehiroette 2010/02/28 00:51 20年でパートナー見直す説は子供に影響が出なければ、ありなのかな、と思います。一番辛いのは子供だし、その時のいろいろな感じたことなどが子供に致命的に影響が出る確率が上がるのは確かなのかな、と自分の周りを見て思います。まあ我慢だけで一緒にいる両親の下の子供にも影響あるかもしれませんが。個人的には、習っていないものを大人になってやることの大変さを感じます。あ、BIと全然違う話になってしまった。20年だったら子供も成人しているから大丈夫なのかな。でもふるさとはなくなるかもしれないので、ふるさとが欲しい人は自分で新しいふるさとを作るとか何か工夫をしなければなりませんね。

あんまり経済とは関係ないですが、その辺がなんとなく気になりました。
でもだからといってひできさんみたいなリアクションを取るのもちょっと違和感ある私(笑)

tuidetuide 2010/02/28 12:49 http://d.hatena.ne.jp/TamuraTetsuki/20100327
”3月26日(金)、27日(土)に、同志社大学にて、ベーシック・インカム日本ネットワーク(BIJN)設立記念国際シンポジウムが開催されます。
 ベーシック・インカムに関心をお持ちの方は、ぜひご参加ください。事前申し込み不要、入場無料、外国語での講演は同時通訳つきです。”

ひできひでき 2010/03/01 00:32 id:Hiroetteさん、こんばんは、

そうですよね、子どもへの影響が一番問題ありだと私も思います。離婚したのを自分が原因だと思い込んでしまうことがあるそうですからね。

でも、世代が変わっているというか、もうすでに家庭は崩壊しているのかもしれないと思うのはこういうコメントをいただいたときです。

id:nekoluna 排他的ヘテロセクシャルな「つがい」を経済的に強制するシステムとしての家族なら崩壊したほうがいい http://bit.ly/c9Hndb

もうデフレスパイラルというか、家庭の軽視が少子化、絆の希薄化は進んでいて、またその希薄化が少子化、希薄化を生んでいる気がします。

というか、子育ての一番大変な時期を終えても、まだ若くて、恋を楽しむことができるうのなら、女性であっても他のパートナーを見つけたくなるのが自然なのでしょうね。

ひできひでき 2010/03/01 00:41 tuideさん、こんばんは、はじめまして、

シンポジウム大変興味深いですね。京都ですか。見物がてら行ってみたい誘惑に駆られます。

BigLoveBigLove 2010/03/01 03:41 すっごく雑駁なことを書いてしまうんですが・・・

貨幣って、”〇〇してあげたんだから、××してもらう権利がある”っていう符丁ですよね。
で、信用貨幣って、”〇〇してくれるはずだから、××してもらう権利がある”っていう符丁。

嫌々続けるお仕事も、無理して維持するご家庭も、
根底には”〇〇しなきゃ、××してもらう権利がない”という不安がある。
”〇〇しなきゃ、××してもらう権利がない”という子育てで、どれだけたくさんのひとが、歪んで育ったことか。


でも本来ひとって、”〇〇させてくれてありがとう”なときに、最高に創造性を発揮できるんじゃないでしょうか。
家庭も職場も、”〇〇させてくれてありがとう”で運営されている時、ほんとうにうまくいくんじゃないでしょうか。

以前、たしか糸井重里さんが、「”〇〇させてくれてありがとう”な通貨システムを創れないものか」ということを書いておられたように記憶しています。僕もいろいろ思い描いてみたけれど、私の固い頭では、うまくいきそうなシステムを思いつけませんでした。
貨幣を”これだけ嬉しかったです”というものさしとして捉えれば、もらって嬉しいか、払って嬉しいかの違いに過ぎないようなとか、
どうやら貨幣そのものが問題なんじゃなく、貨幣の捉え方が問題なのかなぁとか、
貨幣が元来、もののメタファーであることが、ひとの創造力が主たる価値になってる今の経済とのズレを産んでるのかなぁとか。
どうも、”〇〇しなきゃ、××してもらう権利がない”という不安が、ズレの根底にありそうだなぁとか。


ベーシックインカムについて、私はまだ、詳しく調べたり検討したりしてはいないのですが、
”〇〇しなきゃ、××してもらう権利がない”という不安を、解消してしまうものになりうるかも、という興味を抱いています。
ならば大雑把に言うと、不安で運営されている仕組みや組織は、いずれ瓦解して行くでしょう。
そこに、”これだけ〇〇させてもらえた”を可視化する仕組みがのっかったなら、
ずいぶんと創造的な社会が、生まれてくるんじゃないかなぁ・・・とも。

ひできひでき 2010/03/01 13:30 id:BigLoveさん、こんにちは、ごぶさたしております、

そーなんですよ、ありがとうから始まる幸せの貨幣、自分たちの幸せと直結した貨幣が生み出せればと考えたのが、id:sakamataさんたちのハッピープロジェクトだと私は思っています。

http://happy-project.appspot.com/

まだまだとっかかりのところですが、経済的な交換価値を表すグローバルな貨幣と、お互いに信頼しあえ、ありがとうと言え、相手の幸せと自分の幸せが矛盾しない関係をベースとした貨幣の可能性を私は信じています。

ただ、このシステムを人の善意をあまりあてにしないで構築するというのが至難のわざではないかと。だったら、いっそ道徳的な教育や、宗教的歓喜の技術を一般に流布した方がはやいじゃんということになりかねない気もしています。

BigLoveBigLove 2010/03/01 21:45 不安で運営されている仕組みや組織や行動って、現状、とっても多いと想います。我が身を振り返っても。
”なにかしなくては、食べていけない”・・・この不安から無条件に解放されたなら、かなり多くの仕組み・組織・行動が瓦解する。
だから、苦痛と恥辱を付加するのかもしれませんね。マイナスが在れば”食べていくために、意に沿わないことをする”ことに、わずかな誇りを感じられる・偽物かもしれませんが。
偏見や差別も、ここに根ざしたものが多いのかも・・・。

道徳教育や、宗教的歓喜の技術!(^^)
なにもしなくても生きていける権利を、無条件に保証した社会に”軟着陸”するには、
”あなたは、なにを誇りとするのか””あなたは、どんなときこころ豊かになるのか”を、各自にしっかり感じ・見出してもらうことが、キモなのかもしれないですね。
できれば、固定的規範や擬似歓喜体験の流布ではなく、自分のユニークさを観察・発見する方法の普及、みたいなのがいいなぁ・・・。

ひできひでき 2010/03/01 23:53 id:BigLoveさん、こんばんは、

「敵」をわざと名指しにする政治的手法、恐怖をあおるマスコミの手法など、ありとあらゆるところに人の悪は見て取れます。私もブログを書いていようと、仕事をしていようと、そうした悪と無縁ではいられません。

>自分のユニークさを観察・発見する方法の普及、みたいなのがいいなぁ・・・。

ヘッセのシッダールタではないですが、あるいは、「タイタンの妖女」ではないですが、実はその方法は人類において古くから知られている気がしてなりません。

http://bit.ly/a1469Z

http://bit.ly/aklqnw

あとは、それを実行する意思があるかどうか、...ではないでしょうか?日の下になにも新しいものはありません。

hiroettehiroette 2010/03/03 01:08 また場をかきまわす事を書いてしまうかも知れませんが、道徳教育と幸せは必ずしもリンクはしていないというのが私の実感です。何か切り分けることでうまく使えると思うのですが、、
何しろその手の団体で内ゲバやってたりとか、入っている人が幸せにあまり見えなかったりとかそういうのを色々見てきたもので。。。
でも、不必要って意味じゃないので、どういう風に使えばいいのかな、というのは考えます。

BigLoveBigLove 2010/03/03 02:41 >何しろその手の団体で内ゲバやってたりとか、入っている人が幸せにあまり見えなかったりとかそういうのを色々見てきたもので。。。
固定的規範や擬似歓喜体験の流布って、ひとを”身内”と”それ以外”に分離しちゃう・・・。


>それを実行する意思があるかどうか
なぜ、古くから知られている方法を、僕たちは実行しようとしないんでしょうね。
自分のユニークさを知ることを、望んでいないわけではない。「恩師と呼べるひとは」と聴かれると、大抵は”自分ならではのわくわく”に気づくきっかけをくれたひとを挙げますもん。

メリットより、デメリットのほうが多いのでしょう。
”わたしって、ほんとはこんなことにワクワクするんだ”って知ってしまったら、
”ホントは俺、こんなことやっていたくないんだ”もわかってしまう。


”社会の役に立たないひとは、価値が無い”・・・この強迫観念を、私たちの社会は手放すか否か。
BIに関する議論の根底はこれだ、と僕は想ってます。
ここさえはらを決めれば、制度設計でなんとでもなる。

やりがいを提供出来ない職場は、衰退するでしょう。
住みがいのない街は、さびれていくでしょう。
パートナーシップが崩壊している家族は、解体するでしょう。
大混乱が生じるかも。でも僕は、それって起きるべき変化だと想うんです。より幸せで創造的で持続可能な社会になるために。

地方の衰退に関して言えば、
サーカスは、大都会の方が触れやすいでしょうね、きっと。
でも僕みたいに、沈みゆく夕日を観てるだけで幸せ なんてひとも、きっと居る。
街のユニークさを発見し、発揮することが、
”なにかしなくては、食べていけない”縛りのある社会よりも、
ずっと容易になるのではないでしょうか。

BigLoveBigLove 2010/03/03 03:02 ぶっちゃけ、今いわれてる財源計算とか、変化予測とか、
たぶん全然甘いだろう・・・って想ってます。

もっと激変する。
そしてそれを、古代ローマのように、居住制限や職業規制で押さえつけるべきではない。

果たして社会はそれで、成り立っていくのか?
直感ですが、成り立つでしょう。

持続可能な成長って、”役に立つ・立たない”を超えたところにしか、なさそう。
福祉に苦痛と恥辱を与える社会のままだと、
どのみち遠からず衰退するのではないでしょうか。

ひできひでき 2010/03/03 08:22 id:hiroetteさん、おはようございます、

おっしゃることよーくわかります。

ただ、実際仕事してて、単にマニュアルとか、計画だけがあれば、組織や仕事がうまく動くかというとそうではないです。

そこの根本にある、人の役に立ちたいとか、より高いところを目指したいとか、お互いの尊敬とか、そういったものがないと組織はかるく崩壊していきます。

「論語と算盤」を読んでいるのですが、これはいかに自分個人の中で折り合いをつけていくかしかないのだとつくづく思います。

ひできひでき 2010/03/03 08:25 id:BigLoveさん、おはようございます、

横レス...かな?(笑)

役に立つ立たないというのは人の尺度なんでしょうね。

ただ、非常に大きな意味で人類そのものが生き残っているけるかどうかということは試されていると思っています。

いまだに知的生命体と接触できないのは、知的生命というのものが加速度的に貪るために長く生き残っていけないからではないかと思っています。しかも、天文学的な単位の人為的な構造物もこれだけ観測技術が進んでも発見されていません。かりに惑星のかせをはずれることができても、どこかで貪る限界があることは確かだと思っています。

BigLoveBigLove 2010/03/04 08:06 ”貪らなくては豊かになれない””我がチームが貪る役に立たないひとは、価値がない”という強迫観念・・・と書き表すほうが、より的確かもしれないですね。

一昨夜、富山県警山岳救助隊と、縄文時代に関するTV番組を観ました。
貪らない高度な文明って、ありうると思います。深いこころの豊かさって、貪ることとは程遠いところにこそある。

文明を、生きる豊かさを目指すものだと捉えたら、文明そのものもマズローの五段階説のように、より高度な自己実現をめざすのかもしれません。
私たちがもはや万里の長城を必要としないように、もしかしたら、文明がより高度化したら、貪ることは必要なくなる。
いやむしろ、その段階に脱皮できた文明だけが、存続できるのかもしれませんね。

山男たちが総力を挙げて、命がけで遭難者を救助するように、
縄文人が、先天的疾患を持って生まれた子を、大切に育てて、天命を全うさせたように、
すべての存在(ひとのみならず)には、価値がある。
貪れば、相手の価値を損なう。
尊重すれば、互いの価値を、損なうどころか活かしあう道が見つかる。

・・・すいません、出勤前で、すごく大雑把なことしか書けません(^^;

ひできひでき 2010/03/04 17:14 id:BigLoveさん、こんにちは、

いま渋沢栄一翁の「論語と算盤」を読んでいます。渋沢栄一自身の体験として、お金をたかりにくる輩や、官尊民卑の風潮など100年前となにも変わらないんだとつくづく感じます。また、引用している論語の章句などを読んでいても、人の弱さ、残酷さは3000年前からなにもかわらないのだとつくづくつくづく感じます。

貪らない文明とは私も理想とするところです。ただ、その実現となるとはなはだこころもとないように思われます。

BigLoveBigLove 2010/03/04 19:08 ひできさんがおっしゃる”相転移”と、たぶんつながりがあると思うのですが・・・
昨年、はっきりと時代が変わったように感じています。いよいよ21世紀が本格的に始まったと。
まだ、はっきり言葉にしきれていませんから、以下、凡庸なことしか書けませんが・・・


日本でいえば弥生時代以降、”いかに多く貪るか”を、私たちの社会は追及してきた。より効率的に・大きく・パワフルに。
そして20世紀とは、”貪る限界”がはっきり見えた時代だった・・・と言い表せるのではないでしょうか。帝国主義・2度の大戦・東西両陣営対立・資源問題・環境問題。

”いかに多く貪るか”という方針は、”有限なもの”を幸せの基盤とし、”我がチーム”の幸せを最大化するためには、最強だったと言えるのかもしれません。
しかしもはや、地球全体がひとつのチームになってしまった。どなただったかが”未開の荒野はもはやない”と言い表しておられたような・・・そして。

ひできさん、10億円の建物のうち、大体いくら位が”有限なもの”の値段なのでしょうか?
かなりの部分が、手間賃やデザイン料だったりはしないですか?
きっと鉄骨やコンクリートの代金も、採掘・運搬・製錬などの手間賃がかなりの割合を占めることでしょう。
鉄はリサイクル容易。となると、本当に”消えて無くなってしまうもの”の値段って・・・もしかしたら、二酸化炭素に化けてしまう化石燃料の部分+αくらいなのかもしれません。きちんと分析してみたことはないのですが。

手間賃やデザイン料などのうち、
単純労働にあたる部分は、創造性を発揮して工程改良することで、コストが下がります。
創造的な部分は、より創造性を発揮すれば、価値が深まります。

人間の創造性だけは、無限の資源。
そしてもしかしたら、すでにいまの経済の過半は、実は”人間の創造性”を売り買いしているのではないでしょうか。


だとしたら、
”いかに多く貪るか”は、すでに時代遅れの方針だったのかも。
幸せの基盤が、無限の資源”創造性”に移行できるのなら・移行したのなら、
”いかにすべてのひとが、伸びやかに創造性を発揮できるか”こそが、社会の基本運営方針としてふさわしいのかもしれません。

”役に立てない私なんて価値がない”と苦しむひとを、大量に発生させてる場合じゃない(^^;

BigLoveBigLove 2010/03/04 19:54 ひできさん、すみません!
17:14のご発言を読まないまま書き込んでしまいました。
でもなんとなく、かみ合うお返事になってるっぽいですよね(^^;

hiroetteさんが不信を抱いておられるように、教育の影響って、良くも悪くも甚大だと思います。
たぶん昭和10年ごろから20年までの、たった10年間ほど
”お国の役に立たない人は、価値がない”という教育をしただけで、
その悪影響は、昭和ひとけた・その子である団塊世代・そのまた子である団塊Jr、そして社会全体に、いまも影響しつづけていると僕は感じています。
滅私奉公で利益確保に奔走し、でも大局観を持てない人
快楽を貪ることに取りつかれてしまう人
”役に立てない私なんて、価値がない”と苦しむ人
が、この3世代にはとても多い。ご自身の内なる声に耳をふさいでしまわれる方が。
それは私の周囲だけなんでしょうか?・・・そうなのかもしれませんが。

わたしたちは慣性に影響されやすい。固定観念に支配されやすい。
しかし。

20世紀初頭の日本にはまだ、間引きや身売りが当たり前の地域もあったらしい。
2.26事件の青年将校たちは、部下が親から”年金がほしいから、お前は必ず死んで帰ってくれ”と言われているのを知り、社会矛盾に悩んだらしい。
関東大震災の時には、デマが飛び交い、かなり治安が悪化したらしい。

でもいまは、北朝鮮を”大変な社会だなぁ”と違和感を持って観てしまえるほどに、わたしたちの”あたりまえ”は変わりました。
時代って、大きな目で見ると、はっきり進んでいる。

ベーシックインカムが最善策なのかどうかは別として、
”すべてのひとが、役に立とうが立たなかろうが、堂々と生きていける社会”
”強迫観念で支配するのではなく、ありのままを感じ、仕合せることに創造性を発揮しながら生きる文明”への脱皮を、する必要があるのではないでしょうか。
そして実は日本こそが、文化的にも環境的(高人口密度・少天然資源)にも、この脱皮を実現しやすく・必要に迫られやすく・検証しやすく、世界のモデルケースとなりやすいのかもしれません。

アインシュタインは日本びいきで「いずれ日本は、その和の精神で、世界をリードする国となることだろう」とおっしゃったと、どこかで読んだことがあります。
もしかしたら、いまがその時かも。

BigLoveBigLove 2010/03/04 20:26 あ!
”仕合せる”というのは、昨年末、新聞のコラムで”しあわせ”の語源として紹介されてまして、
http://d.hatena.ne.jp/BigLove/20091218/1261155429
以来、気になる言葉になってます。

苦・集・滅・道=P・D・C・A も、仕合せの技法ですよね。
貪ることの苦が集まり、見える化したのが20世紀、
いまは、滅のためのPlanが策定されつつあるところ。
どうやら道に沿っていそうですから、きっとうまくいきますよ!

激変するでしょう。
廃墟となる街、草生す野原、なくなる産業もあることでしょう。
家族のありようも、ひとのライフスタイルも、まったく変わってしまうかもしれません。
慣性こそはたらくでしょうけれど・・・

でも、わずか65年前は焼け野原だった。
その65年前は、まだ西洋化のとば口に立ったところだった。
それを思えば、はるかに温和な変化なのかもしれません。

ひできひでき 2010/03/05 01:03 id:BigLoveさん、こんばんは、

>”強迫観念で支配するのではなく、ありのままを感じ、仕合せることに創造性を発揮しながら生きる文明”

確かに超高齢社会を迎えている日本はその最先端にいるのかもしれません。

http://d.hatena.ne.jp/hihi01/20100219/1266590803

いかに脅迫観念がなくとも、お互いを尊敬しあえ、ネットワークを維持するのに必要な働きを個々人ができる社会、社会資本を作れるかがものすごく大事ですね。

「なる」ってすごい感覚ですよね。私のその感覚がほんのちょっとわかります。

BigLoveBigLove 2010/03/05 03:35 なるほど!
超高齢社会とも結び付きますね・・・福井の3世代同居、実例として、とてもしっくり来ます。
そもそも年を重ねるにつれ、”なりゆき”に関しては、わかること感じることが増えるように想います。
あ!効率優先の世の中で”役に立たない”と言われている人は、おおむねそうかもしれません。

なるほど!も、そういえば日本語特有の言葉だと聴いたことがあります。”なる”への道が見えた状態と言えるのかも・・・。
私は「なり損ない」ばっかりです!!!

傍若無人に、コメント欄をお借りしての書きたい放題、大変失礼いたしました。元記事からずいぶん離れてしまいましたし、凡庸で平凡なことしか書けませんでしたし。
この場のちからをお借りしたことで、ようやく、昨年からみえかけていたことが、あらまし言葉になってきました。ありがとうございました。

>いかに脅迫観念がなくとも、お互いを尊敬しあえ、ネットワークを維持するのに必要な働きを個々人ができる社会、社会資本を作れるかがものすごく大事ですね。
前回こちらにトラックバックさせていただいた”みなが専門家・みながリーダーな社会”の疑似体験って、まさにそれです。
全体の状況がリアルタイムにわかり、誰もが必要に応じてブロードキャストでき、必要な情報にアクセスでき、各自に決裁権があり、自分がなにを喜びとするかちゃんとわかっていれば・・・最後が難しそうでしょうか?

20年ほど前、こんな問いを投げかけられました。
「愛を貪る人と、愛を惜しみなく与える人と、ふたりでいたら、どうなると思う?」
・・・いろんな答えがありうることでしょう。僕がその瞬間、はっとひらめいた答えはこうでした。
「ふたりとも、愛を惜しみなく与える人になる。」
貪るより、与えるほうが、実は気持ちいい。からだにもいい。
貪るのは飽きるけれど、与えれば与えるほど創造性が増す。
・・・理由は多分、そんなところです。ほんとうかどうかわかりませんが!

ひできひでき 2010/03/06 00:12 id:BigLoveさん、こんばんは、

そうなんですよね、愛って愛したい人と、愛されたい人がいるから需用と供給がみたされるのですよね。こういう感覚と貨幣とどう結びつけるかだと考えています。

BigLoveBigLove 2010/03/07 02:01 うーん、どうでしょう。
ぼくは究極には、ひとはみな、愛したいんだと想います。愛したい人ばかりでも、ちゃんと、愛は交流し、深化していくと。
”需要”と”供給”って、もしかしたら、”有限なもの”を前提とした、もはや不適切な概念なのかもしれませんよ!

そうそう、”悪”についてですが・・・
かつてはHotばかりを追いかけていました。究極がファシズムかも。そして1950年代、Coolのカッコよさが、世界中に受け入れられた。
善ばかりを追いかける時代も、もう終わりを告げているかもしれません。
http://d.hatena.ne.jp/BigLove/20090711/1247248879

ひできひでき 2010/03/07 19:49 id:BigLoveさん、こんばんは、

それこそ、善と悪があるように、愛したい人たちだけでは、実は社会は成り立たないのかもしれません。人の好意にただのりといか、悪用するくらい、愛されたい人たちもいて、愛したい/愛されたいのバランスが取れているような気すらします。

愛したいという欲求が普遍的なのも、ペットを買ったりする人たちを見ているとよくわかります。

あと...あまり書いちゃまずいかもしれませんが、タイのタニヤで溺れていく人たちとか、案外「あんたって人は!」と叫びたくなるような悪を含んだ人だったりするのを以前みました。ああ、ずっと昔ですけどね。さすが「ほほえみの国」だとあの時はつくづく思いました。

BigLoveBigLove 2010/03/07 23:47 ”Free”という本が話題になってましたね。未読なのですが・・・

ペットも、幼い女性も、損得を超えた”無償の愛”が根底にあって、
だからこそ強がってるひとも、こころがとろけてしまうのではないでしょうか。
無償の愛を、貨幣のやりとりに結びつける・・・という意味で、ペットショップやタニヤのお店って、よくも悪くも、示唆に富んでるように想いました。
経営者が貪るから、客も貪る。そして大量のペットが殺処分され、たくさんの女の子が病気で亡くなる。
もし、経営者が利に飢えていなかったら。客が無償の愛に飢えていなかったら。
もし、自分のこころでなにが起きているのかを各自がよく知り、他人の身の上になにがおきているのかをみなが知っていたら。
全然違う仕組みが、ありうるかも。

新宿に、ペットのリサイクルショップがあると妻から聴きました。
歌舞伎町がらみで供給がたくさんあって、需要もあるから成立するっぽいのですが・・・
”苦”あるところには、ビジネスチャンスもあるんですよね。

ひできひでき 2010/03/08 19:58 id:BigLoveさん、こんばんは、

"Free"はどっちかというと、「むさぼる」経済の本ですよ。フリーミウムという、プレミアムをもじった言葉に象徴されるように、「無料」というアドバンテージを使っていかに量的拡大をはかり、ペイするかという発想です。

どうもあの作者な方はロングテールのころから、感心しません。

BigLoveBigLove 2010/03/09 01:50 なるほど、だからこそペットやタニヤで連想したのかもしれませんね!

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