ハリウッドを「聖林」と書くのは誤訳

(第45号、通巻65号)
    11月も半ばになると、師走商戦をあおるようにクリスマス・ソングが聞こえてくる。つい、「聖夜」という言葉が思い浮かぶ。その連想で次に出てくる言葉がなぜか「聖林」だ。映画の都と言われた米国のハリウッドを指す当て字である。

    近頃は、映画よりカリフォルニアで相次ぐ山火事のニュースの方で見かけることが多くなった地名だ。英語では‘Hollywood’だが、あえて漢字で書く時は「聖林」とするのが日本では定着している。一見、なるほど、と思わせる訳ではあるが、実はとんだ誤訳なのである《注1》。

    ‘Holywood’なら‘holy’が「神聖な、聖なる」という意味の形容詞だから「聖林」と訳して自然だが、実はハリウッドの英語地名の前半は‘holy’ではなく、‘l’が一つ多い‘holly’である。日本語にすると、木のヒイラギ(柊)のこと《注2》。したがって漢字で表記するなら「柊林」とでもすべきところだ。

    外国の地名を単純にカタカナに移すのでなく、漢字で表記するには、普通、発音の似通った文字を使う。一種の「音訳」による当て字だ。夏目漱石がロンドン留学の体験を元に書いた短編小説の題名『倫敦塔』は、その一例だ。パリは「巴里」、ベルリンは「伯林」、ローマは「羅馬」……。都市名に限らない。フランスは「仏蘭西」、アジアは「亜細亜」、ヨーロッパは「欧羅巴」という具合にワープロソフトでも変換される。

    もう一つの方法が「意訳」だ。有名な「真珠湾」の現地名はパール・ハーバー、「金門橋」はゴールデン・ゲート・ブリッジ、「喜望峰」はケープ・オブ・グッドホープ……。「聖林」もそのうちの一つだ。

    「聖林」。堅苦しいことを言えば、たしかに意味を取り違えている。しかし、なかなか味のある誤訳だ。ヒイラギは、「聖夜」つまりクリスマスの装飾に欠かせない植物である。「聖林」とした人は、ひょっとしたらすべてを承知の上であえて誤訳したのかもしれない。


《注1》 『リーダーズ英和辞典』第2版(研究社)、『大辞泉』(小学館)など各種辞書参照。

《注2》 『リーダーズ英和辞典』によれば、植物学的には日本のヒイラギはモクセイ属であり、hollyはモチノキ属の特にセイヨウヒイラギを指す。

《参考》 ハリウッドに、セイヨウヒイラギが格別多く生育しているわけではないようだ。