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C’est à l’étranger

2010-03-31

真面目にお仕事

20:32

スーパーマーケットで新しい発見をしている時期は良かった。ブログに書くネタに困らなかったから。しかし、最近料理も、決まったメニューをローテーションするようになってスーパーの売り場をうろうろしなくなってきた。

平日(jour ouvrable)は部屋と大学とスーパーの3点を移動するのみ。よって、とうとう書くことも思いつかない。

でもこれまでの意地もあるので、何か書きます。

フランスに入国して自分の研究内容をここの大学の研究者に理解してもらい、逆にここの研究者の研究内容と問題点などを教えてもらい、何度も意見交換を行なってきた。

そこで、知ったこと・・・

現在行なっている研究テーマの問題を解決する方法に近いことを、ここのプロフェッサーなんと1983年に発表している。ジャーナルではなかったのでこれまで見つけられなかったのかも知れないが27年も前である。昨日論文のコピーをもらった。

本当なら・・・すでに提案されているやん、それも27年も前に、今までの苦労は?・・・とショックを隠せず、うろたえる。

でも、実はこれチャンスなのである。その論文には当時開発された他の手法も記載されていて大変参考になる。

私が関わっている研究は、コンピュータ無しでは成り立たない分野である。これは23年前であっても同じ。コンピュータに計算をさせることで、提案した方法の有効性が示せるのである。

そして、コンピュータの処理能力もこの研究の発展に大きく関わる。つまり、コンピュータ演算能力が向上すれば、新しい手法も実用化されていくのである。

但し、研究者は、その時代の計算機の能力に、研究内容を合わせる必要は無く、逆にいつ実現するかわからないような計算能力を持つコンピュータを必要としても、何年先であろうともいつか理解される可能性があれば研究を進めても許されるものだと思っている。

しかし、これは理想である。

実際には、研究はその時代の現象や制約に縛られながら、進めていく。このとき、取り払うことが不可能な制約と必要がなくなるかも知れない制約を一緒に見てしまうことがある。つまり、ある制約を持ちながら進めてきた研究が、数年後その制約がなくなることになるかも知れないのである。なのに、その研究は終わったものとして扱われる。より精度が必要になったりしなければ。

特に、20年前の計算機能力は現在のものに比べると著しく劣る。よって、この分野では何十年も前にその当時の計算機能力に見合った形で進められ、そして今は既に過去の研究として扱われているものが、実はさらに発展させられる場合が結構あるのである。

これまでにも、「コンピュータが100倍速ければねえ」というコメントを学会で何度か聞いた。アカデミックの場であるまじき発言である。昔はコンピュータの計算を100倍にするなどあっという間だったのに・・・。

つまり昔に終わったと思っているテーマでも、お宝がたくさん眠っているかもしれないのである。

昨日プロフェッサーは、大昔の論文を懐かしそうに出してきて、私の論文と一緒にして、これを「発展させよう!」と言っていただいた。

さあ、面白くなってきた。