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示山橋

16 September 2013

第2回インドアツアーズ:佐倉市(4)

前回までのあらすじ:佐倉城址に行くところです。

 今回は佐倉城址国立歴史民俗博物館の一部を探検します。

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うぬんと、坂を上ります


-10th 歴史博物館の前にて

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 急坂を上ると、目の前に駐車場と広場が現れました。歴博の入り口の大階段の下にはバス停があります。そこは、大病院のバスターミナルのようになってました。

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大階段を大階段正面の築堤から撮影。広いですね。





歴博佐倉城址の前についたので、史跡探検のまとめを作ります。

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佐倉城址専用の地図です。これで佐倉城址を巡るのですが・・・

今回の目次です。

  1. 姥ヶ池
  2. 菖蒲田
  3. 空堀たち
  4. 二の門跡

↑クリックするとその項目に飛びます。



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 佐倉城は、1532年から1552年に千葉氏の一族である鹿島幹胤かしまもとたね鹿島台に築いた中世城郭を原型として、1611年から1616年に造られた平山城でした。千葉氏とは下総の豪族で、守護大名戦国大名となった一族のことです。ちなみに、この城を造ったのは1610年に佐倉にやって来た土井利勝です。

 土井利勝は安土桃山時代の武将・江戸時代前期の譜代大名です。ちなみに、江戸幕府の老中・大老という大役も務めました。

 

ローターリー前を歩いていると…

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斜面を下る階段と会いました。こういうタイプの谷底には基本的には池があります。確認してみましょう。




-11th 姥が池

階段を下ると・・・

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 一面がハスの姥が池が見えました。奥には噴水、周りは草むらと林。これだけ蓮が生えていると、辺りが暗い時はどこが池なのか草むらなのか分からなくなってしまいます。

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 姥ヶ池の説明です。前半は明るい話、後半は暗い話と非常に明暗がはっきりしています。あるあるですが、お城の傍の池には入水の悲話が多いです。こんなに蓮が生える前はかきつばたの名所だったのですか…


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 かきつばたの画像。フリー写真素材 イメージスタイル カキツバタの花 複数 紫4より。かつては、カキツバタが生えられるぐらいの湿地だったそうです。しかし、今の姥ヶ池は頑張れば入水自殺を図れそうな水深のある池になっています(言葉が非常に悪いですが)。このことから、江戸時代中〜後期には湿地からそこそこ水深のある池に変わっていたようです。ちなみにカキツバタは準絶滅危惧種(NT)となっています。



-12th 菖蒲田

 姥ヶ池から南を望むと中央にはいい感じの原っぱ、右の山際には湿地がありました。ここは菖蒲田で、たくさんの菖蒲が見ごろを迎えていました。

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菖蒲田の原っぱ。誰もいなかったらねっ転がりたい!! 

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見ごろを迎えていた菖蒲達。

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 奇跡的に花が残っていました。萎れていますが…

 ところで、よく話題になるのが花菖蒲、アヤメ、カキツバタの違い。アヤメは乾燥した土地に適していて、花菖蒲は湿地や乾燥した土地にも適していて、カキツバタは湿地の実に適しています。また、花弁の根元の色がそれぞれ違い、花菖蒲は黄色の目玉模様、アヤメは網目状の模様、カキツバタは白い目玉模様となっているんだとか… ちなみに、菖蒲湯の菖蒲は葉が似ているだけのサトイモ科で別物です。

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木立。



 ところで、菖蒲田の片隅(左側の山際)には… 階段でしょうか 段差が並んでいます。かなりの高さがあり上段から下を見るとちょっとびくついてしまうような気がします。

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 段差の幅は新書のたて幅より少し広いぐらいと、余り階段の段差としては実用的ではありません。ところで、このコンクリートの段差の集まりはどこへ繋がっていたのでしょうか?

 実はどこにもつながっていません(当然建物跡ではありません)。これは帝国陸軍の使っていた飛び降りジャンプ台跡だったのです。

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 説明板です。佐倉の帝国陸軍について簡単に書きます。

 1884年に帝国陸軍歩兵第2連隊が佐倉城の敷地を活用して駐屯地を造った後、1908年に歩兵第2連隊は水戸に移転、代わって、習志野から歩兵第57連隊がやって来て管理しました。ちなみにですが、歩兵第2連隊は1944年にペリリューの戦い(パラオ)でアメリカ軍にかなりの苦戦をさせた後、11月24日に玉砕。歩兵第57連隊はセブ島(フィリピン)で終戦を迎えました。

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谷底から丘の上へ掘割の階段を昇ります。その途中で…



-13th 空堀たち

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右を振り向くと、小さな谷のようなものが見えました。どうやら立ち入り禁止のようです。これは何かと思い辺りを観察していると…

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 なるほど、こういうことですか。たしかにあの谷の上り下りはキツそうですから、結構な防御の役割を買っていたような気がします。このような堀を薬研堀(やげんほり)と言います。薬研とは漢方薬の粉を挽くときに使う道具です。

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本丸跡の近くには、こんな感じの深い空堀もあります。これは薬研堀の中でも斜面の急な片薬研堀と思われます。


-14th 二の門跡

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二の門の説明です。

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 二の門の傍にあった二の丸跡。かなり広いです。規模の大きなものには、二の丸御殿などの居住空間が設けられたそうですが、この二の丸は政治をつかさどる場所でした。このように二の丸には様々な役割がありますが、本丸防衛がメインの役割だったそうです。


次回はついに本丸を探検。さらに、マイナースポット候補(?)、陸軍の史跡を巡ります。

11 September 2013

第2回インドアツアーズ:佐倉市(3)

前回までのあらすじ:京成臼井駅から、印旛沼を通って佐倉の市街地に移動中です。

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 天気が晴れてきたので、急に暑くなってきました。加えて、照り返しも強いので、一歩一歩の足取りが重くなります。

 いつまで歩いても、右に線路、左に田んぼの構図は変わらず…。 好きで散歩しているはずなのに、無理やり散歩させられているような感覚に陥りました。


 予定では線路沿いの道をしばらく歩いて、その後、わき道を通り国道296号線に出て市街地に向かうつもりです。

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 奥に見える長めの階段を撮ろうと思って何気なく撮った、この一枚。事後調査であるものが写りこんでいることが分かったのです。

 もちろん怪談系ではありません。そんなもったいぶることではないのですが、この写真に未成駅の痕跡(ローターリー予定地と資材置き場)が写りこんでいただけのことです。

 風車を中心とした「佐倉ふるさと広場」の横を通過する。急カーブを超えると左側の田園地帯とは対照的に、右側には住宅街が広がる。広いロータリーのような広場が見えるが、ここはかつて「江原台駅(仮称)」が建設される予定だった場所(詳細はユーカリが丘の項目を参照)Wikiの京成本線より

 江原台駅は、京成臼井駅と京成佐倉駅の間(駅間5.3kmの中間地点)にできる予定でした。なぜできなかったのかというと、理由は単純で、駅用に用地取得した土地が6両編成分と狭かったからです… 仮にできていたら、左側も新興住宅街で、あの変わり映えのしない景色を見ずに済んだような気がします。でも、駅ができていなくて良かったような気がします。ちなみに、今の京成本線は8両編成です。


踏切があったので、気分転換に向こう側にわたってみます。

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印旛沼の低地と、大地の境界にある崖。所々に何十段もありそうな気がする階段もあります。


戻ります。



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 遠くの丘陵には、凸形をした建物が見えます。あの辺りに市街地があると思うと…

 日を遮るものは無く、日射と照り返しの攻めにあいます。うっかりして、入る脇道を間違えてしまいましたが、結局、国道には出ることができました。

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鹿島川を眺めます。なんだか隅田川の面影を感じます。



 国道296号線(船橋九十九里浜方面)を通って佐倉市街地に向かいます。鹿島川を渡ると次第に、マンションや商店、住宅などが増えてきました。



-9th 歴博入口

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国道の交差点の脇に石標がありました。なんて書いてあるのか読もうと思ったのですが、集中力が出ずに敗北しました。



振り向くと…

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 信号に『歴史博物館』と書いてあります。そして目の前には、大規模な施設の入り口があります。行き先が増えました! しかも、木が茂った所に入れるなんて!


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ゲートをくぐり、堀をまたぎ、坂を上ります。なんだか、皇居(江戸城)のお濠を渡るような感じです。

早速眼に飛び込んできたのは…

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ここってお城だったんですか。なるほどだから… と色々なものがふに落ちました。

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この坂を登ればもうすぐ城址につきます。



接続回はこのくらいにして、次回は、城址めぐりの前編をやります。

08 September 2013

第2回インドアツアーズ:佐倉市(2)

前回までのあらすじ:印旛沼を探検中。天気も良くなってきたので…

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 印旛沼の北側を望みます。もっと写真いっぱいに沼面を写したいのですが、沼が平べったいので少ししか映ってくれません。

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上を見上げているのも疲れたので下を見ると…

風車にチューリップ




-5th 風車を見に行こう


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1km先が見えません。

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 上を見上げると、こんなところにヘキサが! 県道なんですか、ここ!

 この県道は印旛沼を一周するサイクリングロードで、始点は八千代市(印旛沼西岸)で、終点はJR成田線(我孫子支線)の安食駅周辺です。

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桜並木の隙間から見えてきました、オランダ的な風車が。


-6th 風車を間近に

 サイクリングロードを歩いて、風車のある佐倉ふるさと広場に入り、風車の傍まで寄ってみました。

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 風車の入り口にはオランダ的な跳ね橋がありました。風車の回りにはお堀があり、オランダ的な雰囲気をより演出しています。また、お堀にはたくさんの黒い鯉が泳いでいて、橋の上にいた老婦人(二人組)は気持ち悪いと言っていました。

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中に入れるようなので、お堀にかかる橋を渡って進み、風車内に入ります。




 一階に係のおじさんがただ座っていました。彼は「今日は風が弱いからちょっと残念かもしれないです…」 と言っていました。これを聞いてやっぱりねと思いました。

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 玄関の目の前には、大きな水車があります。この水車の回転数は風車の羽の回転数と比例しています。なので、今日みたいに天気の良い日の歯車もちょっと残念です。

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 土足を脱いで、スリッパに履き替え、急な階段を登って、2階へ向かいます。途中で親子連れの下りの待避をするほど、さまざまな方が風車を見学に来ていました。

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 2階部分です。眼下にはひまわり畑が広がっていました。また、室内は佐倉市とオランダの関係の説明のパネルが置いてあり、楽しく拝読させてもらいました。


外に出ます。

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 風車がゆったりと回っています。そして、下から首を曲げてみると大きいですね。でも、首が痛くなりました。

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 説明板。オランダ風車の一番の特徴は、風車自体が大型なので大きな出力が得られることです。当然、建築費が高額になってしまいますが、それでも北ヨーロッパに広く普及したそうです。また、屋根(羽根のつけね)は風の方向に動けるので無駄がありません。

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風車の前方は一面のひまわりです。

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一つの花に注目してみました。それぞれ違います。

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 一面のヒマワリ。みんなそっぽを向いています。そして、向こうの方には線路が、この景色は前もどこかで…

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線路沿いのヒマワリと言うと、大井町線沿い(尾山台)にもありました。

 そんなこんなで公園を出ます。暑くなってきたのでお茶を買おうと自動販売機を操作したら”いろはす”が出てきました。がっかりです。

 以上で印旛沼編完結です。




-7th 鹿島川沿い


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佐倉ふるさと広場の傍の橋から鹿島川と印旛沼の合流端を望みます。

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線路沿いをとぼとぼと進み、佐倉市街地に向かいます。


次回は佐倉市街地で… さらに京成の夢の跡が登場。

02 September 2013

第2回インドアツアーズ:佐倉市(1)

 実は東成田の前に寄った場所がありました。成田市の手前にある印旛沼です。というのも、東成田にほんの数十分滞在するだけに2000円近くの交通費を使うのがもったいなかったからです。なんだか自分が貧乏性な気がしてなりませんが… そこで京成臼井駅で途中下車し、京成佐倉駅まで、印旛沼沿い、および支流の鹿島川を歩いてみることにしました。印旛沼には汚い、広い、景色がきれいというイメージがありますが… 

 今回と次回は印旛沼の南側をメインに紹介します。




 朝9時14分の押上駅発の快速佐倉行きに乗って、出発。車内は高砂を越えると混み始め、新津田沼を越えると空き始めました。ちなみに、座席はJRや東急よりも狭く、自然状態でも両隣の人と肘がぶつかってしまうほどでしたので、かなり気を使わなければなりませんでした。これが帰りにもあると思うと、ため息ものです。


-1st 臼井駅周辺

佐倉市王子台(臼井)につきました。

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 そして、これは京成臼井駅の写真です。駅構内や京成線の中では『京成臼井駅』は『うすい駅』と表示されています。なぜ頭に「京成」を付けているかと言うと、筑豊を走っていた上山田線{廃線(wikiによると)}に臼井駅が存在していたからだそうです。

 現在の天気は曇りで涼しくとても探検日和です。というのも、わざわざ最高気温:28度、最低気温:22度、晴れ時々曇りと予想された7月のある日を丹念に選んだからですが…

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住宅街を東に(印旛沼方面に)進んでいきます。辺りには田舎独特の堆肥(?)のようなにおいが立ち込めていました。


更に進んでいくと…

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印旛沼に流れるはしご式開渠に出合いました。

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 支流から水が流れてきています。この川はとても水の流れが悪く、変色した藻が川底に大量に生えていました。川も谷澤川以上に臭かったです。こんな川が印旛沼に流れていると思うと…


 

-2nd 印旛沼周辺

県道を渡り、しばらく進んでいくと急に辺りが開けました。

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道を一歩渡ればニュータウンから農地に大変身。

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 沼の傍には釣り堀がありましたが、時間がないのでじっくりと見ないで飛ばしました。また、近くには臼井中継ポンプ場があります。


 この辺りは丘陵地帯の中の広い谷で、印旛沼はこんもりとした丘陵に囲まれていました。その様子はまるで国分寺崖線(ごく一部)のようでした。


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 印旛沼に続く道を歩いています。周りの稲はまだ青い穂で、秋になるとこれが黄金色になると思うとなんだか様々なものを感じます。また、田の水は引いてあるところと、無いところが有り、まちまちでした。

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 先ほど写真を撮ったところから2分ほど進むと、印旛沼の土手沿いの川が現れました。渡ります。その様子はまるで、皇居前の御堀を渡るよう。なんだかいよいよという感じがします。



-3rd 印旛沼

堤防上のみちに出ました。ここを反時計回りに(南、東方向)に進もうと思いますが、

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沼の景色は堤防が高いのでまだまだお預けです。すぐに臨むことができると思っていたのですがちょっと残念…


しばらく進むと、

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 次のような看板が沼側の草地にありました。しかし、景色の内容を説明した看板があるのにもかかわらず看板のある場所から沼の景色を臨めない… 看板の意味がない。


早歩きで進むと、右手(西側)に…

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 人造池でしょうか。また、この池と印旛沼との間には水門がありました。その池の中の水が勢いよく波打って、水門の鉄板に当たって、たぷんたぷんと音を立てていました。

 実はここ、JFEスチール株式会社東日本製鉄所JFEスチール印旛沼浄水場の一部。名前が長いですが、要するに工場用の浄水場です。水の配水先は京葉工業地域の袖ヶ浦市市原市で、契約者数は25社です。



-4th 見え始める対岸

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 先ほどの浄水場の近くから対岸の景色をようやく臨むことができました。予想をはずれて、綺麗でした。印旛沼は地図では小さいけど、大きな沼だと思います。

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 さて、そばに身が引き締まるような看板が現れました。ときどきwikiなどで生物関係のページを読むのですが、外来種の影響が眼に見えている以上に深刻であることがよく分かります。ちなみに、一番嫌いな脊椎動物外来種タイワンリスとオオヒキガエルです。


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遠くには県立印旛手賀沼自然公園がみえます。

いつの間にか風も弱まり、晴れてきて天気が良くなっていました。


 次回は印旛沼編後篇。ちなみに、印旛沼探検も単発回にしようと思ったのですが、書いている途中に長くなりました。