兼業主夫 ときどき 指揮者 のち ギーク?

2010-11-14

子持ちが勉強会に参加する方法を私も真面目に考えてみる

子持ちが勉強会に参加する方法を真面目に考えてみる - Geek motherは今日も行く を受けて。

 私も小さいながら勉強会を主催している身として、いろいろ考えさせられた。

「子供も参加できる勉強会を提案してみては」という声もありました。

いや、私、子連れで勉強会やセミナーに出たいわけじゃなくて、自分の出たいセミナーや勉強会に出たいだけであって。勉強会やセミナーの間は、子供のことは忘れたい、正直。

 これは本当によく分かる。

 例えば「この人が話をするんだ! この勉強会に出たい!」と思って果たせなかった時、じゃあ自分で勉強会を主催すれば目的を達せられるかと言ったらそんな事はない。

 まず、その人を勉強会に呼ばないといけない。気軽に来てくれる人なら良いが、謝礼を払わないと来てくれないような人だと呼ぶのも一苦労だし、スケジュールを空けて来てくれるかどうかも大きな問題だ。

 また、参加者(観客)の存在も実は意外と大きい。

 観客の反応によって話の進め方を変えたり話す内容を変えたりする人もいる。質疑応答がどのような内容になるかも参加者次第だ。

 そしてここにも書いてあるように「勉強会やセミナーの間は、子供のことは忘れたい、正直。」というのは、子持ちの切なる願いだ。

 「子連れ参加」と「子供を置いて参加」は、どちらも「参加できた」という意味では同じだが、実際には雲泥の差がある。子連れ参加では意識の半分は子供に取られ、せっかく参加したのにほとんど頭に残らないという可能性が大いにあるのだ。


 子持ちが思う「参加しやすい勉強会」は、参加しやすい順に

  1. 平日日中開催 (遅くとも16時頃には終了。ただしフリーランスの場合のみ)
  2. 託児所付き (理想は無料だが、ある程度の金額なら有料でも可)
  3. 子供を連れて行ける (他にも子連れ参加者がいる)
  4. 子供を連れて行ける (子連れ参加者は自分のみ)
  5. Ustreamで同時配信 (家で参加できる)

という辺りではなかろうか。

 最近はやりの「朝活 (早朝勉強会など)」とかはどう逆立ちしても無理。

 そういえば以前「平日ランチ会」を開催したら、子持ちがたくさん参加したっけ。あれを勉強会にバージョンアップさせるという手はあるのかもしれない。(私はフリーランスなので、日中の時間の使い方は比較的自由が利く)

 そういう面子の中で入れ替わり立ち替わり誰かがSpeaker役をやれるのか、という問題はあるが。

でも、私の脳みそ不足で思いつかないだけかもしれない。こういう、一人で考えると頭がぐちゃぐちゃになってしまうことほど、子持ち子なしみんな集まってアイデアとかブレストのネタにしていい方法思いついたら素敵だろうな、と思ったりしました

 私がご近所ならすぐにでも手を挙げるところなのだが、残念ながら千葉在住。うーむ。

学校で孤立する事の本当の問題点

学校で孤立したっていいじゃん - Geek motherは今日も行く を読んで。

 小学校時代、今思えばいじめられっ子だった。(ただ、自分より弱い人を攻撃したりする事もあった)

 上履きを隠されたりとかは割と日常茶飯事で。

 ただそんな私だったが、必ずクラスに2〜3人の友人がいた。

 クラスで完全に1人孤立していた訳ではない事が、その他の人から何をされても特に気にならなかった最大の理由だと思う。

 勉強はできる方だったので、学校が嫌いとか学校に行きたくないとか思った事はないし。(もっとも、これは「学校には行って当然。具合が悪い訳でもないのに欠席するなんて選択肢はない」という親の躾のたまものだったのかもしれない)

私は、孤立しているのが苦痛というより、気の合わない人とくっつけられるほうが嫌だった。

 これはとてもよく分かる気がする。

 1人だったら何を気にする事もなく好きな事をしていれば良いのだが、誰かと一緒の場合はその人の様子を見て話を合わせたりしなければならない。それが気の合う人なら良いのだが、気の合わない人と一緒だと気疲れしてしまう上に良い結果を生まない事が多いので、それなら1人が良いというのが当時の私の考えだった。

 もう一つ大きかったのは、家の居心地が悪くなかった事。

 親が古風で非常に厳しい家だったので「もうこんな家嫌だ!」と思っても不思議ではなかったのだが、2歳年上の姉がさんざん親と激突するのを見ていたので「末っ子長男」の私は事なかれ主義で極力親に怒られないように怒られないようにと過ごしていた。その結果として「お友達の家の方がよく見えるが、かと言って"この家は嫌だ"と思うほどひどくもない」という心境に。


 そんな私が思うに、クラス内での孤立そのものが悪い訳ではなく、本当に悪いのは「クラス内の孤立によって、どこにも居場所がなくなってしまう」事だと思う。それが原因で自殺してしまう人もいる訳で。

 もしクラスで孤立しても、家庭に居場所があるならそれはそれで良いのではないだろうか。

  • ただし、親が「家にいればいいよ」と言って学校から遠ざけるのは最後の手段だと思う
  • 親は好きなのに孤立(いじめ)で自殺してしまう子の場合、「孤立したっていいじゃないか」と親が教えていなかったのかなと思う事がある
  • 我が家の家訓(?)は「よそはよそ、うちはうち」

 ちなみに長男は自己主張がやや苦手のようだが比較的すんなりと輪に入っていけるようなので、親としてはひとまず安心している。

2010-09-27

Geek fatherは途方に暮れる

孤独です。

マイナーな生き方をすればするほど、世間とは離れていって、共感する人や悩みをわかちあえる仲間は減っていく。

「男性なのに主夫なんてすごいですね」「家事育児してるなんてすごいですね」「独立しているなんてすごいですね」と、「すごい」の一言で隔てられたり。

「なんで奥さんも家事育児できて主夫する必要もないのに主夫してるの?会社勤めやってればいいじゃない」「子供さん、保育所なんてかわいそう」「懇談会?保護者会?地域活動?主夫なのに!?」と言われたり。

波に乗っているようで、同時に、取り残されているようで。

普通の、働いているおとうさんとは、まったく違う。

独身または子供のいないGeekな男性とも、もっともっと違う。

仮にGeek fatherと呼ぶことにしよう。英語的に正しいかどうかは知らん。

IT関係やってて、仕事以外でもちょこちょこいじるのが好きで、そういう勉強するのが好きで、そいでもって、育児も家事もやってる、そういう人。好きに生きているようで、結構肩身の狭い思いもしまくっている現実。そんな主夫でGeekなおとうさんは、まだ少数派だろうけど、これから増えてくんじゃないでしょうかね。

まずはここに一人いるよーということで、主夫でGeekなおとうさん宣言。

主夫でGeekなおとうさんがもっと増えたら、IT関係のイベントで託児とか、できる日がくるかもしれないね。というわけで今Geekな男性のみなさんは、ぜひ子供が生まれてからはGeekでいながら家事育児を積極的に行ってください。

(元ネタ:Geek motherは途方に暮れる - Geek motherは今日も行く)


 性別の差はあるけれど、意外と近い立ち位置にあるような気がして思わずパクってしまった。ごめんなさい。

 私は姉がいたためか昔から男性より女性と話す方が好きだったのだが、今は「子供がいてWeb制作に携わっている女性」が心情的に一番近いように感じて、話していてもとても楽しい。話していて「そうそう!」と共感できる事が多いし。

 「主夫」というのは男性からも女性からもなかなか理解を得られにくい(「働くお母さん」は認知も進んでいて互助組織や公的支援もあったりするけど、「(手伝う、というレベルでなく)家事育児をするお父さん」は数も少なければあまり認知もされていないので(その割に「すごーい」とよく言われる)、もう少し世間が温かい目で見てくれるようになると良いのだが……。

 (特に専業主婦とばりばり働く男性からの視線が厳しいように感じる)

 あと、よく言われるスキルアップ方法に「無理!」というものが多い。

  • セミナー・勉強会への積極的な参加
    • 子供をどうする?
  • 早朝出勤で残業を減らす
    • 子供をどうする? (子供より先に家を出るの?)

 まぁ、できる人はきっと子供がいてもできるんだと思う。(実家が近ければ預けたりできるだろうし)

 私はそれをやりたくないというだけの話。

 自分の思い描く「理想の父親像」と「一人の人間としての自分」

 両立させる事は本当に難しくて、両立させられない自分にいらいらしたり、「子供がいなければ」と思ったりもしたのだが、「一人の人間としての自分」が「家事育児が楽しい!」と思っているのだから、少なくとも下のこの年齢が2桁になるまでは「理想の父親像」の方を追おうと決めてからはずいぶん楽になった。(もちろん時には「本当にこれで良いのか」迷う事もあるのだが)

2008-10-31

親になるという事

 「昨日、子供が生まれた。 - 琥珀色の戯言」を読んで、自分が親になった日の事を思い出した。

 私の場合は15歳からつきあい始めた相手と、1年間の別離を挟んで24歳の時に結婚した。

 1年くらいはのんびり新婚生活を楽しむつもりだったのだが、結婚から2ヶ月で妻が妊娠。「子供がいてもいいな」と思っていたところだから「予想外」ということはなかったが、「え、もう?」という気がしなかったと言えば嘘になる。

 その時生まれた息子は、先日早くも5歳になった。今ではもうすぐ2歳になる娘もいるし、来年3月にはもう1人生まれる予定だ。

 今ではもう日常の中に子供がいるのが当たり前で、日々子供が言う事を聞かない事に頭を悩ませているのだが、久しぶりに「そう、生まれて来た時はこんな気持ちだったなぁ」という気分になれた。

ものすごく自分勝手な考えだけれども、僕は「子供を育てること」そのものよりも、「子供と一緒に過ごすことによって、自分の人生をもう一度体験できること」が、けっこう楽しみになってきた。

もちろん、「子供ができたら、子供のための人生」になってしまうような不安は、いまでもある。

でも、「子供がいること」を「自分の人生」が満たされないことの言い訳にしたくはない。

 うん、全くもってそうだと思う。

 自分がこの子の年の時はどうだったかな、と思うと「ああ、あの時父親はこんな事を思っていたのか」と振り返る事ができてとても不思議な気分になる。

 子供がいて、かつ人生が満たされるのはなかなか大変(どうしても育児に足を引っ張られるような気がしてしまう)だと実感しているところだが、子供のためにも、そして自分のためにも言い訳にはしたくないと思う。

子供を育てるために、失うものはたくさんあるだろう。

でも、僕自身が「得られるもの」もたくさんあるはずだ。

 これも本当にその通り。

 たしかにいろいろ失った。保育園のお迎えとか夕食の用意とかがある(主夫なので)から、夜に人と会うのは至難の業だ。(妻の帰宅は20時前後)

 でも、だからといって自分の人生が惨めになった訳ではないし、子供の感性を日々身近で感じられる事は時に大きな活力になり、時に大きな発想の転換をさせてくれる。器の小さい事を言えば、まだ子供のいない人に対して「自分は相手が経験した事のない経験をしているんだ」と優越感に浸る事だってできる。(そんな事をいちいち思わないとやっていけないような人間関係はないけど。それに、逆の立場に立てば「おまえが子育てに追われている間に、おれは好きな事ができるんだ」と優越感を感じられる訳で、その優越感には根拠も意味もないだろう。じゃあ書くなって話だ。ごめん)

僕は子供の顔をみながら、正直、ちょっとだけ嫉妬した。

お前はたぶん、僕が見ることのできない「未来」を体験することができて、「お父さんにもこれを見せてやりたかったなあ」なんて、いつか言うのだろうな、って。

 この最後の一文を読んで、先日リニアが直進コースで建設される事がほぼ固まった話を思い出した。

 あのニュースを耳にした時に私が考えたのは、開通する時に自分が何歳かという事。そして自分はそう何度もは乗らないのではないかという事。少なくとも自分の中で「リニアがあるのが当たり前」になるには10年前後かかるだろうから、その頃にはもう還暦近くなってしまう。

 でも子供にとってはそれはちょうど社会に出て結婚するような頃。まだまだ乗る機会も山ほど有るだろう。

 こんな事を考えるなんて年を取ったなぁ、と思うのだが、それでもやはり「若さ」というものは何にもまして輝いて思える。

 初めてのゲーム機がWiiだったりNintendo DSだったりする息子にとって、0系新幹線はきっと過去の遺物なのだろう。私にとってのWiiやNintendo DSのような感覚でリニアを感じるのだろう。

 昔を身をもって知っている事に誇りを感じはするものの、それがやはりうらやましいのだ。


 id:fujiponさんとご家族の未来が輝かしいものでありますように。

2008-10-28

誰を責めても始まらない

こんなん実際に子供できたあとに読んだら・・・・もっと号泣やろなー。

全俺が泣いたあとはできることを考えたい - iGirl

 うん、号泣レベル。(いや、実際に号泣した訳じゃないけど)

 うちには5歳の息子ともうすぐ2歳になる娘がいるが、母子共に健康ですくすくと育っている事に改めて感謝した。普段は小憎たらしくていい加減育児疲れも感じるけど。

 しかも来年3月に子供が生まれる予定の身としては、身の毛もよだつ思いだ。

 これまでの「産気づいたのに搬送先が決まらなくて」という話は「きちんと妊婦検診を受けていない=かかりつけ医のいない妊婦」の話だったので、「きちんと検診を受けて、出産予約もしてある自分(というか妻)には関係ない」と思っていた。

 が、今回の件はそういう手順を踏んでいたにも関わらず発生したのだ。

 もし臨月を迎えて出産直前の妻に陣痛以外の何かあったら、もしかしたら妻も受け入れ先が見つからないかもしれない。そう考えると「安心安全なお産とはいったいどこにあるのだろう」と思わずにはいられない。

 そして何より泣けたのは、夫のこの言葉。

かかりつけ医側と各病院側で搬送経緯の説明が食い違う点について、男性は「誰も責める気はない。当直医が傷ついて辞めて産科医が減ったら意味がない」。都や病院を訴えるつもりはないという。

asahi.com(朝日新聞社):「病院、都、国など力合わせ改善を」妊婦死亡の夫会見 - 社会

 そう、最善を尽くしてくれたのならそう思うしかないのだ。

 これで自分だけが不幸だと考えて損害賠償を起こすのは簡単だ。昨今の産婦人科はその流れの中にある。しかしそれによって産婦人科医が減ると、第二第三の自分が生まれる事は想像に難くない。

 今自分にできる最善は何なのか。それは産婦人科医を訴える事ではないはずだ。もちろん妻を失った気持ちを向ける先がなくなる訳だから、やるせなくて仕方ないとは思うのだが。

 このご主人は、まっとうな人だなぁと思った。まっとうな「想像力」がある。

 様々な事が問題になる昨今、足りないのはこの「想像力」だと思うのだ。


 ちなみに元記事のid:asami81さんはご自宅で生まれたらしい。ちょっとうらやましい。

 でも「では3人目は自宅出産で」と思うかと言えば否。

 「自宅出産」が衰退した今、安心して「自宅出産」できるだけの技術を持った産婆さん等を手配できるのかどうか、自分たちが安心して出産を迎えられるかどうかが不安でならない。

 良いか悪いかはともかく、今の「安心して出産するための最善の選択」は病院だと思う。何だかちょっと残念な気もするが。