クルーグマンと日本の国民経済計算

クルーグマンが小林慶一郎氏の批判にブログで反論しているクルーグマンが財政による景気刺激を訴えるあまり不良債権処理の必要性を蔑ろにしている、という小林氏の批判に対し、そんなことはない、ロバート・ライシュと混同しているのではないか、と書いている。


このクルーグマンエントリは池田信夫氏も取り上げ、小林氏のクルーグマン批判は確かに正しくないが、不良債権処理が景気回復につながった、という論旨そのものは正しい、と述べている。池田氏はその傍証として、日銀短観の貸出態度DIが2003年から拡大したことを挙げている(氏はクルーグマンブログのコメントでも同様の指摘をしている)。


それに対しクルーグマンは、日本において不良債権処理が景気回復につながった、という小林氏の見方を首肯していない。その理由として、2003年以降、投資は伸びず、輸出が景気回復を主導したことをグラフを用いて示している。


小生はクルーグマンの小林説への疑問は尤もだと思うが、残念ながらその反証として彼が提示したグラフは誤りだと言わざるを得ない。というのは、相も変わらず投資として総固定資本形成のデータを使っている上、輸出主導を示すデータとして経常収支を使っているからである。


クルーグマンの日本経済のデータソースはどこか分からないが、どうも彼は総固定資本形成を民間設備投資と信じ込んでいるようである*1。ひょっとすると、それは内閣府にも原因の一端があるのかもしれない。というのは、時系列のcsvファイル(たとえばこれ邦文のページ英文のページも同じファイルにリンクしている)は項目名や単位などはすべて日英の二重表記になっているにも関わらず、「*総固定資本形成=民間住宅+民間企業設備+公的固定資本形成」という総固定資本形成の定義の注記だけは日本語しかないからである。
とはいえ、たとえばこのpdfには「GROSS FIXED CAPITAL FORMATION CONSISTS OF RESIDENTIAL INVESTMENT,PRIVATE NON-RESI.INVESTMENT,AND PUBLIC INVESTMENT.」と書いてあるし、英語のwikipediaにも「Statistically it measures the value of additions to fixed assets purchased by business, government and households less disposals of fixed assets sold off or scrapped.」と説明されているので、クルーグマンほどの専門家の言い訳にはならないだろう。


実際に総固定資本形成と民間設備投資の対GDP比率を前述のcsvファイルから作成して描画すると以下のようになる(単位:%)。

クルーグマンの言葉に反し、民間設備投資は2003年以降伸びている。


では、なぜ総固定資本形成は横這いだったのか? それは、その内訳を積み上げてグラフ化すると明らかになる。

つまり、民間設備投資が増えたのと同額ないしそれ以上に、政府の公共投資が減ったのである。これは、政府による景気下支えが必要なくなったとして小泉政権下で財政改革が行なわれたことの現れであり、むしろ景気回復の結果生じた現象と言える。それを設備投資が景気回復に寄与しなかったことの論拠に使うのは、明らかに間違いだろう。


また、クルーグマンは、経常収支を広義の貿易収支だとして使っている。しかし、以下のグラフに明らかなように、確かに2000年まで両者の動きは概ね一致していたが、それ以降は大きく乖離している(対GDP比率、%;ソースはこちら)。

貿易収支のグラフからは、2003年以降の日本経済が輸出主導で回復したと主張するのは難しい。


この経常収支と貿易収支の差の要因も、経常収支の内訳をグラフ化することにより明らかになる。

即ち、所得収支が伸びたことが主な原因である。加えて、サービス収支のマイナス幅が減少したことも乖離の拡大に寄与している。
これも少しデータを見れば分かる話であり、経済学の最高峰の賞を受けた人間としては経済データの扱いが些か粗漏に過ぎるように思われる。

*1:一応、今回も含め、クルーグマンがそのデータを使うたびに小生はブログのコメント欄で指摘しているのだが…。