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himaginaryの日記

2009-06-07

地理的条件と経済成長・続き

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5/31のエントリで最近再燃したサックスイースタリー間の開発経済を巡る論争を紹介したが、イースタリー自身が自らのブログまとめエントリを起こしている。

このエントリのタイトルは「血まみれの自動車事故レベルのトラウマを生んだサックスとの論争をどうやって締めたらいい?(How to Reach Closure after Bloodstained-Car Wreck-Level Trauma of Debating Sachs?)」と、イースタリーらしい扇情的なタイトルになっている*1。ちなみにこのエントリを転載したEconomist’s Viewのエントリタイトルは「泥仕合のスコアカード(Mud Wrestling Score Sheet)」となっている。


そこでは表形式で論争の経緯がまとめられているので、以下に翻訳してみる。


Huffington Postエントリ扇情的な攻撃前回の攻撃への反撃有効な論点
サックス5/24:Aid Ironiesイースタリーは自身が援助を受けたのに死に行く子供への援助に反対しているなし予防接種は効果がある
イースタリー5/25:Why Critics are Better for Foreign Aid than ApologistsAid Ironiesサックスはチェイニーと同様の中傷攻撃をしているサックスは以前はイースタリーを正しく引用していたが、今はイースタリーがその引用された趣旨の主張に反対しているかのように書いている援助が対象に正しく到達するには批判の目が必要
サックス5/27:Moyo’s Confused Attack on Aid for Africa援助への批判者はアフリカ地理を理解していない心配するな、モヨにも中傷攻撃しているからマラリアは悪
イースタリー5/29:Geography Lessons: Correcting Sachs on African Economic Developmentサックスの入り組んだ地理理論のアフリカへの適用には多くの「仮に」「しかし」「ただし」を含んでおり、悪い政府を無視しているアフリカの貧困の説明には悪い地理より悪い政府の方が重要援助は悪い政府に渡してはならない
サックス6/1:No Need to Oversimplify Povertyイースタリーは悪い政府という「前科学的」な単一原因を貧困の説明に用いているジンバブエ政府が悪いことは認める。「複雑系」ではデータマイニングも正当化される貧困は複雑
イースタリー6/2:Astrology, Despotism, and Africaサックスデータマイニングを理解していない。データマイニングでは地理理論は占星術と同等になってしまう。サックスジンバブエ以外の専制国家を「潜在的に良く統治されている」と評価しているすべての科学的検証は一度に一つの仮説(例;悪い政府)を検証するが、それは単一の原因だけが問題と信じることを意味しない人々は貿易や技術(例:サックスの配布する蚊帳)や移動によって地理に適応する

もちろんこれは議論の片方の当事者のまとめなので、一方的な面があることはイースタリー自身も認めている。実際、上表のサックスの「前回の攻撃への反撃」の記述は少し不当に過ぎるように思われる。


ブログの前回(5/31)のエントリで紹介したのは上表の最初の4行で*2、残りの2行はそれ以降のものである。


小生の感想を述べると、確かに最初に喧嘩を売ったサックスに謂れ無き個人攻撃の面があったと思う。しかし、イースタリーの後半の攻撃も、自分の主張は複数の研究者のきちんとした統計的研究に基づいているが、サックスのはそうではないから占星術に過ぎない、というだけでは納得しかねるものがある。


そこで、同エントリに以下のようなコメントを書いた。

双方の言い分の私的解釈:


地理的条件について】

サックス:「地理的条件は重要なので、蚊帳配布といった努力により克服しなければならない」

イースタリー:「地理的条件は重要でない、というのは蚊帳配布といった努力により克服できるからである」


【悪い政府について】

サックス:「悪い政府は問題だ。でも中国ロシアは…。まあ、悪い政府というのを中国ロシアよりも抑圧的で腐敗した政府と定義すべきなのかもしれない」

イースタリー:「悪い政府は問題だ。でも中国ロシアは…。まあ、彼らは実は悪い政府ではないのかもしれない。というのは彼らは経済的に成功を収めているし、天安門チベットの虐殺、グルジア侵攻、記者の暗殺といった出来事は学術上の厳密な統計分析には出てこないものだからだ」


後半の悪い政府についての記述は(イースタリーに負けず劣らず)挑発的に過ぎたかとも思ったが、案の定、14分後にイースタリー本人から以下のような反発するコメントを貰った。

悪い政府に対する私の見解のその解釈は完全に間違っている。私は悪い政府を大目に見たり弁解したりすることはないし、実際、研究では、悪い政府経済開発にとっても悪いことが示されているのだ。


それに対し、小生は以下のように書いた。

私のコメントへの応答ありがとうございます。中国ロシア政府への非難を共有していただけるのは嬉しいのですが、そうすると別の疑問が浮かびます。彼らは、悪い政府の存在にも関わらず経済的に成功したと言えると思いますが、いかがでしょうか? 確かに、より民主的な政府だったらもっと成功したかもしれませんが、それでもアフリカ諸国や援助機関から見たら羨むべき成果を挙げたことは間違いないと思います。そして一方には、フィリピンのようにある程度の民主政府の歴史を持ちながら、経済的になかなか離陸できない国もあります。こうした反例は、ご推奨の科学的研究の限界を示すものではないでしょうか?

もちろん、そうした事例は統計的研究では外れ値に過ぎず、何十というサンプルのうちの一つか二つのデータポイントに過ぎないのかもしれません。しかし、人口の面では、中国一国でアフリカ全体を上回ります。こうした個別事例をオッカムの剃刀の名の下に切り捨て、統計的分析で見い出された一般的傾向にこだわる態度というのは、「サーチャー」ではなく「プランナー」のそれのように見えるのではないでしょうか?

なお、中国といえば、沿岸部と内陸部で大きな経済的ギャップがあるのは良く知られているところです。そう、たとえ同じ政府の下にあったとしても、地理的条件は重要なのです。


これへのイースタリー自身の反応は無かったが、SS氏というあちこちに皮肉っぽいコメントを残す人が以下のように反応した。

あなたが少しでも西洋の開発の文献に通じていたら、歴史的に見て前例のないほど驚異的な事象であるにも関わらず、中国の成長に関する研究が乏しいことに気付くだろう。もう30年になる事象だというのに、彼らが研究していないのは、途方に暮れているためか、嫉妬のためか、あるいはまだ手を付けていないだけなのか? 西洋の発展途上国の成長への興味はゼロである。すべての研究の主テーマは、依存関係なのだ。

このSS氏の見解も極論だとは思うが…。


なお、イースタリーがそれほど悪い政府に反対ならば、(フレデリック・フォーサイスみたいに自費でそうした政府を転覆させるとは言わないまでも)軍事介入でそうした政府を矯正するのに賛成かと言うと、そうでもないらしい。稲葉氏のこのエントリ経由で読んだコリアー書評では、コリアーの唱える軍事介入論には否定的である。


また、イースタリーが産業政策に反対しているのは先日紹介したロドリックとの論争でも明らかだが、29日のHuffington Postエントリのコメント欄では、指導者の資質に経済成長の要因を求める見方もに反対の姿勢を見せている。具体的には、シンガポールの成長をリー・クアンユーに求める偉人論を唱えるコメントに対し、偉人論には賛成できない、無名だがダイナミックな華僑の力によるものではないとどうして言えるのか、と反問している。

*1cf. これまでのイースタリーの関連ブログエントリのタイトル。
5/24=「サックスが攻撃してきた!助けて!(Sachs attack! Help!)」
5/25=「サックスの皮肉:なぜ批判者の方が擁護者より海外援助にとって良いのか(Sachs Ironies: Why critics are better for foreign aid than apologists)」(注:これはサックス最初のHuffington Postエントリのタイトル「Aid Ironies」のもじりで、同日のイースタリーのHuffington Postエントリのタイトルに同じ)
5/26=「サックスを叩きすぎているかしら?(Am I attacking Sachs too much?)」
5/29=「またサックス化する前に私を止めて(Stop me before I Sachs again)」(これはSachsとsuckをかけているように思われる)

*2:ただし、イースタリーの5/29エントリについては、内容的にほぼ同じ同日のブログエントリの方を紹介した。

nanashinanashi 2009/06/08 05:54 人々は貿易や技術(例:サックスの配布する蚊帳)や移動によって地理に適応する

これが最も本質的ですよね。生態学的視点ですね。
蚊帳は、地理的に存在する病原菌(悪い資源)の、移動を妨げる技術・インフラです。
人間自身が移動して、マラリアを運ぶ蚊から逃げるという方法もありますが、それはそれで別の問題を引き起こす。
貿易による解決というのは、蚊と何かを交換することですかね?

eliyaeliya 2009/06/08 10:48 中国の研究が少ないのは、特に外国の研究者には、
データの取得が難しいからというのが主な理由だと思います。
データが豊富にあるインドの研究ならたくさんありますよ。

himaginaryhimaginary 2009/06/08 20:05 nanashiさん、eliyaさん、コメントありがとうございます。

>人間自身が移動して、マラリアを運ぶ蚊から逃げるという方法もありますが、それはそれで別の問題を引き起こす。

そういえば以前梶谷先生のところのコメント欄でそうした話について地域の投資収益率という観点からやり取りさせて頂いたときに、
「もちろん地域間の労働力移動を完全に自由化するというのも有力な処方箋になります。この場合は沿海部の投資収益率が大きく上昇するでしょう。ただ、都市のスラム化など別の問題が出てきますが。」
というお話を頂きました。
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20081030/p1

>貿易による解決というのは、蚊と何かを交換することですかね?

まあ、マラリアについては貿易による解決は難しいでしょうね。イースタリーが貿易による解決の例に挙げているのは、雨の多い国(タイ)は米を、乾燥した国は鉱物(チャド)や観光(ドバイ)を、内陸国は空輸可能な嵩張らない高価値の商品(スイスの時計、ボツワナのダイヤモンド)を輸出すれば良い、という比較優位の原則に則ったものです。マラリアについてはサックスの推進している蚊帳や薬品で対応できるはず、とのことで、もしそうした解決ができなければ社会制度的な要因、つまり悪い政府などが原因だ、と主張しています。個人的には何だか市場原理主義的で、かつサックスへの有効な反論になっていないような気がして腑に落ちないところです。

>中国の研究が少ないのは、特に外国の研究者には、データの取得が難しいからというのが主な理由だと思います。

ということは、やはりSS氏の指摘していることは本当なんですね。彼が知らないだけで、実は研究しているところはきちんと研究しているのではないかとも思ったのですが…。なお、インドについては曲がりなりにも民主政体を維持してきているので、イースタリーへの反例にはなりにくいですね。