コント:ポール君とグレッグ君(2009年第12弾)

今回はマンキューのポストがクルーグマンだけではなくあちこちで波紋を呼んだ。

グレッグ君
NYT Economixブログで高所得の家庭の子供の平均SATスコアが高いという図が示されたけど、まったく驚くに値しないね。このグラフは、僕の教科書の第2章に書かれている省略変数バイアスの良い例になっている。ここで省略された重要な変数は、両親のIQだ。賢い両親は、高い収入を得ると同時に、子供に良い遺伝子を受け継がせるんだ。平均SATスコアと家のトイレの数の図を描いても似たような右上がりの図になると思うよ(収入の高い人々はより大きな家――トイレの数もより多い――を買うからね)。だけど、トイレの設置数を多くすれば子供のSATスコアが上がるわけじゃあない。
このグラフを養子に限定して描画したらどうなるか興味深い。もっと平坦なグラフになること請け合いだ。
ポール君
グレッグ君があんなこと書いているけど、IQだけの問題じゃないという証拠もいろいろあるんだけどな。たとえば、高収入の家庭の成績の悪い学生が、低収入の家庭の成績の良い学生よりも、大学を修了する可能性が少し高いことを示したこの記事だ。
実力社会に住んでいると思うと安心するけど、実際はそうじゃないんだな、これが。
グレッグ君
僕の前のブログポストは、ポール君を初めとして思わぬ反発を招いたみたいだね。「思わぬ」と書いたのは、あの話は学問的かつ平凡すぎて、投稿しないでおこうと思ったくらいだったからだ。僕が言いたかったことは次の通りだ。
  1. たとえばIQテストで測られるような持って生まれた能力には人によって差がある。
  2. より能力のある人はより稼ぐ。
  3. より能力のある人の実子もより能力に恵まれる傾向がある。つまり、能力は部分的に遺伝する。
  4. 上記3点の論理的帰結として、子供のSATスコアと家庭の収入の間に見られる相関は、家庭の収入と能力の遺伝という真の関係を反映したものになっている。
 
ポール君が上記4点のどれに同意できないのか是非知りたいものだね。それにポール君自身もこの良い例になっている。彼は賢くて収入が高い。その2つのことが単なる偶然とは思えない。彼の持って生まれた能力が彼の成功をもたらしたんだ。彼に子供がいたとしたら、平均的な養育費しか掛けなかったとしても(例えば養子に出した場合とかね)、やはり賢いだろう。
あと、前のポストの最後に書いた養子についての推測だけど、裏付けが無いわけじゃなかったんだ。例えばこの論文を参照。

マンキューの最初のエントリについては、マシュー・イグレシアスも、クルーグマンと同様の図を引いて反発している
クルーグマンのエントリのあるコメントでは、収入が高いというのは運良く大恐慌の時にクビにならなかっただけではないか、それにIQのお蔭で成績が高いことを分かっているならば子供に高い教育費を掛ける意味が分からん、とマンキューを強烈に皮肉ったブログエントリが紹介されている。
また、デロングは、以下のような簡単な計算により、IQの遺伝ではNYTのグラフの傾きの半分しか説明できないことを示している。

  • IQと対数所得の年齢調整済みの相関は0.4。
  • $100,000-$120,000の所得は、$60,000-$80,000より1標準偏差高い。従って、IQでは0.4標準偏差高いことになる。
  • IQの遺伝力は概ね0.5。
  • SATスコアは平均が500で標準偏差が100。SATスコアとIQとの相関は0.7。
  • 従って、$100,000-$120,000の所得帯の家庭の子供と$60,000-$80,000の所得帯の家庭の子供を比較した場合、期待されるSATスコアの差は1 x 0.4 x 0.5 x 0.7 x 100 = 14ポイント。然るに、図ではその倍の差が生じている*1


一方、マンキューが2番目のエントリの最後で言及したBruce Sacerdoteの論文であるが、ほぼ同時にMarginal Revolutionでアレックス・タバロック紹介している(正確には以前のエントリの再録*2)。論文の内容は、韓国から米国に迎えられた養子と実子の収入を比較したもので、実子の収入が両親の収入との相関があるのに対し、養子にはその相関が見られないことが示されている。タバロックは、マンキューもその反対論者もIQにしか注目しておらず、人格的な面(努力志向など)というIQ以外の成績や収入に影響を与える遺伝要因を無視しているのではないか、とコメントしている。


なお、マンキューは、このSacerdote論文の補完として、養子のIQと実の父親の収入との相関が、通常の父子の場合と同じように比例関係にあることを示したグラフを8/31のエントリで紹介している。ただ、そのグラフを見ると、両者が完全に平行というわけではなく、マンキューの主張の論拠としては微妙な気もする。


ちなみに、マンキューの最初のエントリを批判したこちらのブログエントリでは、Bruce Sacerdoteの少し前の論文が紹介されている。そこでは、養父母の家庭環境はテストの成績にはあまり影響しないかもしれないが、大学の進学率や結婚や収入といったことに影響する、という上記論文とはやや矛盾する結果が示されている*3


米国におけるNature vs Nurtureの論争は、ヤバい経済学 [増補改訂版]でも紹介されていたが*4、最終的な収束にはまだ至らず、今も折に触れ再燃する問題のようである。

*1:デロングの今回のエントリでもリンクされているが、以前紹介したボールズとギンティスの2002年の論文では、IQと所得の相関を0.266、IQの遺伝係数を0.15という試算を示している。それを当てはめると、差は3ポイント弱になり、IQの影響は1割程度に留まることになる。

*2:実はマンキューがこの論文をブログエントリで紹介するのも初めてではない。cf. 47thさんのこのエントリの追記。

*3:追記:マンキューとタバロックが言及した論文の2006年バージョンでは、その以前の研究との結果の差について、「The most natural explanation for this difference is that there is strong positive (and unknown) selection of adoptees into adoptive families in those data sets.」という記述が付け加わっており、以前の研究のデータにバイアスがあった可能性を示唆している。

*4:追記:この本で紹介されていたのはまさにSacerdoteの「少し前の論文」