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himaginaryの日記

2009-11-03

なぜ中央銀行は資産を保有するのか?

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昨日に引き続き、Nick Rowe中央銀行に関する考察を紹介する。


10/31のエントリで彼は、中央銀行資産を保有する理由について論じている。


彼は、その理由に関する誤った説明として、発行する紙幣の通貨価値を裏付けるため、という考えを槍玉に挙げている。その裏付け説の誤りとして、以下の3つを挙げている。

  1. 中央銀行の保有する資産は通常ほとんどが名目資産であり、負債である通貨と同じ単位である。ここで、物価が一夜にして倍になり、貨幣の実質価値が半分になったとしよう。中央銀行の保有する名目資産の実質価値も半分になる。つまり、通貨とその裏付けとなるとされる資産の等価性は、物価が倍増したとしても破られない。従って、裏付け理論から物価水準を導き出すことはできない。裏付け理論の主張するように、資産通貨価値を裏付けることによって物価水準を維持できるのは、その資産が実物資産の場合のみである。しかしその場合、もし中銀の(たとえば)10%の資産が(金準備や建物などの)実物資産であった場合に、資産の1%の実物資産が(建物の火事などによって)毀損すると、物価が10%も下落することになってしまう。
     
  2. 債券投資する投資信託が、(管理費用を控除した)金利収入をすべて第三者に渡し、投信株主には一銭も渡らないものとする。この投信を誰が買いたいと思うだろうか? 投信株主にとっては、配当の割引現在価値はゼロであり、従って投信の価値もゼロになる。しかし、中央銀行とはまさにそういう存在である。毎年、中央銀行は保有する債券から金利収入を得るが、管理費用を控除した上で、その収入すべてを政府に渡し、通貨の保有者には一銭も渡らない*1
     
  3. 通貨価値の説明に「裏付け」は不要である。人々が貨幣を保有したがるのは、それが交換の媒体であるからであり、それを持つことによって買い物が便利になるからである。これが貨幣需要を生む。中央銀行貨幣供給に制限を設けると、需要曲線と供給曲線の交点で貨幣の正の均衡価値(有限の物価水準)が決まる。

このうちの3点目に関し、彼は以下のようなことを付け加えている。

  • 紙幣自体に価値が無いと交換媒体として機能しないと言う人もいるかもしれない。その場合、紙幣価値を説明するために紙幣価値を前提することになり、貨幣の需要と供給の理論はその問題を避けていることになる。
  • その批判には一抹の真実が含まれている。実際、均衡は2つある。一つは紙幣が価値を持つ通常の均衡で、もう一つは紙幣が価値を持たない奇妙な均衡である。ルードヴィヒ・フォン・ミーゼスは1912年Regression Theory of Moneyでこの問題の解決を目指した。歴史的に言えば、貨幣は当初は商品貨幣ないし商品の裏付けのある貨幣だったはずである。しかし、一旦貨幣として機能するようになると、商品としての需要のほかに交換媒体としての需要が付け加わり、最終的には商品の裏付けはなくなって奇妙な均衡は無くなる。(カンボジアクメール・ルージュ政権崩壊の後に紙幣を再導入した時、ゼロから紙幣を作ることができなかったので、最初は米との交換性を持たせたと記憶している)
  • 資産の裏付けの無い負債という意味で、紙幣はまさにポンツィ・スキームである。ただし、重要な違いは、ポンツィ氏が高い利回りと値上がり益を約束したのに対し、中銀が約束しているのは、利息も値上がり益もゼロで、実質金利は(カナダの場合)-2%ということである*2。ポンツィ氏の場合は、仮に集めた資産にまったく手を付けなかったとしても約束を果たすことはできなかった。一方、中銀は、資産を皆譲渡してしまったとしても約束を果たすことができる(ただし、[カナダの場合は]紙幣の実質需要の落ち込みが年率2%以上に落ち込まない場合。落ち込みが2%ちょうどならば、一定の名目貨幣供給が自動的に2%のインフレをもたらす)。
  • 中銀が資産を必要としないのは、紙幣への実質需要の増加率が、人々が受容する実質金利を上回るからである。ポンツィ氏もこの条件を満たせれば、資産は必要なかった。ジンバブエのように紙幣の実質金利が大幅なマイナスのところでさえ、買い物の利便性のために人々は紙幣を需要する。
  • 中銀の負債資産とほぼ等価になるのは、自己資本が大きくなりすぎないように利益を政府に上納しているからである。中銀は負債を元に資産を決めているのであり、その逆ではない。

最後にRoweは、中銀が資産を完全に手放さない本当の理由を3つ挙げている。

  1. 中銀のオーナー(政府)にとって、中銀が債券を手元に置いて利息収入を政府に渡すのと、債券政府に渡すのとでは差は無い。いずれにせよ政府は利息収入を手にし、差し引きゼロとなる。
     
  2. 通常、紙幣への実質需要は経済成長率と同様の率で増加するが、上振れする年もあれば、下振れする年もある。下振れした場合には、インフレを防ぐために中銀は貨幣供給を減らす必要があるが、それは資産の売りオペによってなされる。資産が無ければそれは不可能。
     
  3. 会計士複式簿記やら貸借対照表やらが好きで、それで物事を把握している。資産負債が対になっていて、両者の合計が等しいことで記録が正しくなされていることを確認しているわけだ。だから、彼らは通貨を中銀の負債として記録し(実際には償還義務も金利支払い義務も無いので違うのだが)、資産を反対側に記録する。通貨負債として記録しておきながら、対応する資産が無いとなると、会計士はパニクってしまい、中銀なんてポンツィスキームだと叫びだしてしまう。もちろんそうなのだが、ある種のポンツィスキームは維持可能なのだと会計士に説明するのは至難の業である。

*1cf. 日銀の説明

*2日銀の場合は…いや何でもない。/[追記]カナダインフレ目標を2%に設定している。

nanashinanashi 2009/11/03 20:57 カンボジアは米本位制で貨幣経済を導入したのか。そうなんだよな。アフリカなんかも穀物本位がいいんだよね。保護貿易で輸出品は専売制にして。
江戸時代の藩経済と同じで。これを助ける形でアングロサクソンを排除した先物市場があるともっといい。アフリカで自由貿易なんてだめだよ。雇用を生み出せない。

会計士は簿記バカかもしれないが、財務やってると融通手形だすからズレが理解できるけどね。
日銀はあと30兆円ぐらいしか買えない。子供手当10年分ぐらいの余裕しかない。
人口減少経済で、国債の買い切りと給付金の組み合わせだけでは失敗する戦略だと思う。

CruCru 2009/11/04 00:04 nanashiさん、カンボジアでも最終的には米の裏付けは要らなくなったのじゃないかな?
時間的なズレの問題ではないのでは。
徴税を中央銀行発行の通貨で受け付ける国家権力の存在が裏付けなのかしらん?

shadowshadow 2009/11/04 05:37 中央銀行はその他の銀行からの要請で紙幣を貸し出す立場にあります。その他の銀行は中央銀行から借り入れた紙幣の金額を債務として計上します。その他の銀行への貸付金として元手無しで資産が増加したのだから中央銀行は未実現利益を計上できます。しかし、中央銀行がその他の銀行から返済を受けたなら、貸し出しが減少した金額分の資産の減価は損失の発生なので未実現利益と相殺されます。これが私なりの勝手な解釈です。

mimasamimasa 2009/11/04 06:01 返済で中央銀行に戻ってきた紙幣はどうなるのでしょうか。中央銀行にある紙幣は空気みたいな存在で貸し出されなければ意味を持たないのでしょうか。

shadowshadow 2009/11/04 06:42 中央銀行の資産の増加は債務の増加として考えるほうが貸し倒れリスクに対応できるので、これが正しいです。

馬車馬馬車馬 2009/11/04 12:42 中銀の貨幣発行をponzi gameにしてしまうのはちょっとひねりすぎな議論のように思います。昔私のブログでIMFのStellaの議論を紹介したことがありますが、低インフレに対するコミットメントの一環と考えた方が色々な意味ですっきりするのではないでしょうか。
http://workhorse.cocolog-nifty.com/blog/2005/05/post_55d6.html

himaginaryhimaginary 2009/11/04 21:58 コメントならびに議論のご紹介ありがとうございます。
Roweの話で一つ面白いと思ったのは、ジンバブエでも通貨は通貨として機能しているではないか、と議論している点です。その点では、ジンバブエのような状況を避ける方策を論点としているStellaより少しメタレベルで論じているのではないかと思います。

馬車馬馬車馬 2009/11/05 06:00 実は、私はNick Roweのジンバブエドルの例には若干の矛盾を感じています。

彼はひとつ前のエントリーで、金利の決定権を握ったものこそが中銀だ、と
定義していますよね(明言はしていなかったような気がしますが、そうでなければ
AとBの例には意味がありません)。単に債務が通貨として流通しているだけで
中銀になれるのであれば、Bだって立派な中銀のはずです。そして、ジンバブエの
中銀にその能力がないのは自明といってよいでしょうから、彼の定義上
ジンバブエドルは中銀マネーとは言えないはずです。

ただ、あのような状況下でもジンバブエドルが使われていた、というのは、
それはそれで興味深い現象です。一つの解釈は、貨幣の流通速度が飛躍的に
高まっていた、ということだと思っています。いかに高インフレといえども、
3分間では物価は上がらないでしょう(文字通りのメニューコスト)。
その間に釣った魚を現金化し、即座に野菜を購入すれば、減価を避けて
取引は可能です。インフレが進むほど、短期間/近距離の取引においてしか
マネーはmedium of exchangeとして機能しなくなる、ということですね。
私がエントリーで書いたような異時点間決済の場合は、取引のタイムラグが
固定されているのでどうしようもないですが。

himaginaryhimaginary 2009/11/05 21:06 ただ、BはAとの力比べで負けているわけです(まあ、この例ではBは最初から勝負を放棄していたとも言えますが、後半の独仏の例では力比べで勝った方が中銀だ、と述べています)。ジンバブエ中銀も、ジンバブエ国内で反政府勢力か何かが独自の中銀を作り、その債務が通貨としてデファクトの地位を占めれば、もはや今の中銀は中銀とは呼べなくなり、その紙幣も中銀マネーではなくなる、と言えるかと思います。あるいは、人々が勝手に外貨もしくは煙草を紙幣として使い、ジンバブエドルに見向きもしなくなった場合も同様です。しかし、現在の状況ですらそうなってはいないので、依然として中銀の地位を確保し、まさにPonzi Schemeが継続していると言えるかと思います。
金利の決定権という点では、それはムガベ大統領にあるのでしょうね。

nanashinanashi 2009/11/06 06:24 ジンバブエのことは、現代思想の2009/5でレーヨンフーウッドが難しいことを書いていた

馬車馬馬車馬 2009/11/07 06:09 米ドルに移行する前から、ジンバブエでは米ドルとランドが流通していましたよね。繰り返しになりますが、彼の中銀の定義は金利の決定権とその意志です。だからこそ金鉱山は中銀の定義から外れる、と言っているわけで。極端な話、彼の国でジンバブエドルだけが流通していたとしても、その通貨発行メカニズムに金利をコントロールする仕組みが存在しないなら、彼の定義での中銀には当てはまりません。実際、ムガベ大統領は金利をコントロールしたかったのではなく、単に財政支出を増やしたかっただけだと言うことはいくつもの記事で指摘されていましたし。ですから、私は彼のジンバブエの例はやはり不適切だと思います。

それから、私がPonzi schemeという表現に違和感を感じるのは、彼の簡易モデルでは通貨が流通する理由は何一つ語られていないからです(A、Bの負債は無限に受容されうることが仮定されている)。もし理由がないことが説明されているのならPonzi gameですが、彼のモデルでは単に外生的に「銀行の負債は一般大衆に受け入れられる」と仮定しているだけなので、それをPonzi gameとは言えないと思います。上でもCruさんが国家権力の裏付けの可能性(≒政府の徴税能力に対する信頼)が指摘されていましたが、それならばPonziでも何でもありませんよね。裏付けがあるのですから。

himaginaryhimaginary 2009/11/07 14:03 いろいろと興味深いコメントをありがとうございます。

>米ドルに移行する前から
すみません、恥ずかしながらコメントを頂いてからぐぐって改めて知ったのですが、今年の1月29日に米ドルに移行していたのですね。ですので私の前のコメントの「現在の状況ですら」というのは誤りですね。Roweも多分昨年以前の状況を念頭に書いていたのでしょう。

>彼の中銀の定義は金利の決定権とその意志です
何だかんだ言っても、ジンバブエ中銀も、金利の決定権と意志を完全に喪失していたわけではなさそうです。
http://d.hatena.ne.jp/yumyum2/20070608/p3
もしそれでも中銀失格と言うならば、実際のインフレ収束能力で中銀か否かを判定すべき、ということになりますが、それは今回の彼の議論の範囲外ということになるかと思います。

>それから、私がPonzi schemeという表現に違和感を感じるのは、彼の簡易モデルでは通貨が流通する理由は何一つ語られていないからです

彼が挙げている唯一の理由は買い物の利便性ですね。

>Cruさんが国家権力の裏付けの可能性(≒政府の徴税能力に対する信頼)が指摘されていましたが、それならばPonziでも何でもありませんよね。裏付けがあるのですから。

昨日のエントリで紹介しましたように、その点は、Charatalismとの関係はどうなんだ、という形で私を含む何人かがコメントで指摘しています。Roweもそれについて書くことを予告していますので、また議論の展開があるかもしれません。
ただ、これまでのエントリを見る限り、彼は、すぐに貨幣と一対一で交換できる実物資産のみ裏付けとして念頭に置いているような気もします。そうすると徴税能力は対象外ということなのかもしれません。

馬車馬馬車馬 2009/11/10 08:49 中銀の定義の話はだいぶ煮詰まってきたように思います。これ以上はNick Roweに質さないとどうにもならなそうですね。私としては、ジンバブエ中銀はかなり早い段階で金利の決定権を喪失していたと思っていますが、まぁ、Roweもそこまで細かいことを考えて定義したわけでもないような気がします。ブログのエントリーですし。

Chartalismという言葉は知りませんでしたが、Knappの系譜なのですね。私個人はmoneyの大半は既にnon-CB-moneyであると思っているので、fiat moneyだけに議論を限定するChartelismの議論には正直余り興味がありません。今や時代遅れなM2の定義ですら、マネーに占める貨幣の割合は非常に小さいのですから(そして、今更Economics101的な、貨幣に銀行の準備率を介した定数としてのmultiplierを仮定するのは無理でしょう)。その意味で、ご紹介いただいたWikipediaの「政府の財政政策や銀行貸出によって内生的に生じるもの」という表現は、アイデアとしては面白いと思うものの、それほど本質的な議論には繋がらないように思います。「なぜ政府や銀行の負債だけが貨幣たり得るのか」という疑問には答えられないように思いますので(政府については徴税能力という回答が可能ですが、それでは議論としては狭すぎるのは上で書いたとおりです)。どちらかというと、現状有力なサーチや信用リスクがらみの議論に吸収されていくのではないかな、と。

himaginaryhimaginary 2009/11/10 21:07 コメントありがとうございます。

Roweの中銀の定義を、能力の派生順に並べると
(1)自らの債務を不履行にして貨幣として流通させる能力
 ↓
(2)金利の決定能力
 ↓
(3)インフレ率の決定能力
になると思いますが、昨年以前のジンバブエ中銀は明らかに(3)の能力は喪失しており、(2)はグレー、ということですね。問題はなぜ(3)を(そしてひょっとして(2)も)放棄したか、ですが、Roweは11/6エントリのコメント欄で次のように書いています。
"in a game of chicken between a government which wants to pay its soldiers without ever raising taxes, and a central bank governor who wanted to control inflation, who would win? In Zimbabwe the answer is Robert Mugabe. In Canada I think it's the Bank of Canada."

つまり、銀行間の力比べにおける勝者として中銀の地位を占めていたとしても、政府との力比べには負けた、ということですね。ただ、その段階で中銀の地位を失ったと見なすべきかどうかは、やはり微妙なところかと思います。Roweが10/29のエントリで"lack the will to act like a central bank"としているのは、あくまでも一私企業として自らの利益を追求する場合を指しており、悪い政府かもしれないけれど取りあえず政府のために金融政策を行なっている(もしくは、敢えて行なっていない)場合までは含んでいないようにも見えます。

Neo-Chartalismについて言えば、彼らは政府と民間部門の間の貨幣の流通をvertical、民間部門の中での貨幣の流通をhorizontalと呼んでいますが、ご指摘の通り、彼らの関心は主にverticalの部分にあり、太宗を占めるhorizontalの部分にはあまり重きを置いていないようです。これは、彼らの興味が、貨幣論を掘り下げていくことよりは、不況脱出策としての財政政策を貨幣論から捉え直すことに専ら向けられているためと思われます。そこが、(頭にポストの付く)ケインジアンらしいところでもありますが。