インフレターゲットについて反省する必要はまるでない

あたかも白川発言に反論するかのように、Stephen GordonがWCIブログで、カナダの金融政策についてそのように書いている

以下では、そのエントリを拙訳で紹介する。

カナダのマクロ経済政策を再考する

IMFのオリビエ・ブランシャールと2人の同僚は、「マクロ経済政策を再考する」と題した論文を公開した。そこで言及されたアイディアには以下のようなものがあった。

  • インフレ目標値を、各中央銀行で現在好まれている2%の代わりに、4%まで増加させる。この考えは、インフレと金利が低いとゼロ下限に突き当たりやすくなる、ということに基づいている。また、目標値を4%にした場合にゼロ下限に達すると、実質金利は-4%になる。
  • 財政政策を、景気拡大期、後退期の両方における景気循環対策の政策ツールとしてもっと真剣に考える。
  • 金融市場規制により注意を払う。

これらの提言から、カナダの政策当局者は何を学び取れるだろうか?


おそらく最初に感じるのは、漠然としたぬるい自己満足感だろう。直近の景気後退が、カナダ銀行ないし財務省のミスによって起きたと言うのは難しい。また、カナダ政府のミスが景気後退を悪化させたと言うのも、ほぼ同じくらい難しい。ただ、直近の経験に関して完全な自己満足に陥るにもまた誤りだろう。我々は何を学ぶべきか?

2%のインフレ目標

私の話の出発点は、「壊れていないならば、修理するな」ということだ。そして、2%のインフレ目標が政策として失敗したのは明らかだとは、私には到底思えない。今回の危機に当たってカナダ銀行の大いなる財産となったものの一つは、その信頼性だった。早くも1990年代初頭のデフレ期に、カナダ銀行がそのインフレ目標を真剣に捉えていたことは示されていた。それは苦痛を伴う体験であり、ジョン・クロウはそのために総裁の2期目を犠牲にしたが、政策は維持された。今回の不況が襲い掛かかるまで10年以上の間、インフレ率は、2%プラスマイナス小さな白色雑音誤差、で推移していた。インフレ期待はそこでしっかりと固定され、そして、カナダ銀行の昨年の調査から判断する限り、不況の間も2%に留まっていた。
もし高いインフレ率の問題がインフレ税の歪み効果に留まるならば、歪みをもたらす税はインフレに限らないし、インフレはその中の最悪のものとは程遠い、というブランシャールの記述はまったく正しい――カナダの一部の地域では、未だに資本税が課されている。金利が下限に達することへの保険として、低水準の安定したインフレを高水準の安定したインフレと引き換えにする政策は、多分安全だろう。しかし、それが我々に可能な選択肢かどうかは明らかではない。過去の経験から言うと、より高水準のインフレは、必ず、より変動性の大きいインフレであったし、相対価格により大きな歪みをもたらした。
では、あの恐るべき金利のゼロ下限をどうすべきか? だが、それがそんな大ごとか? カナダ銀行は、金融危機実体経済に本格的に影響を与えるかなり前に150ベーシスポイントも消尽してしまったが、世界の終わりとはならなかった。これについては、私はDavid Altigの見解を支持する。

今回の金融危機から得られた教訓の一つに、私は次を含めたい:「ゼロ下限問題」は、大した問題では全然無かった。

我々は下限に達したのか、それともかすっただけか? カナダ銀行は、(まったく正しくも)準備はしていたものの、実際に量的緩和政策の導入に踏み切ることは無かった。2%のインフレ目標は、非常に厳しいストレステストに耐え、欠陥は見つからなかった。
なお、今回の経験が、中央銀行内外で物価水準目標への切り替えを主張していた人々に再考を促すことになったとは思う。金融政策によって所与の物価水準目標に戻れると主張することと、危機のどん底から実際にその水準に達する経路を信頼をもって約束することとは、まったく別物だ。物価水準目標を支持する理論の議論は健全なものだが、過去2年にそうした政策を実施していたらどうなったかを考える必要がありそうだ。モデルには、摩擦とかパニックとかいった要素を取り込んで拡張する必要性が出てこよう。

財政政策

直近の景気拡大期に、我々は財政黒字を計上し、債務のGDP比率を引き下げた。他国もそれに倣うことが可能なはずだ。その前の2回の景気後退期には、財政の自動安定化装置はうまく働かなかった。収入は予想以上に落ち込み、支出は賄える水準以上に膨れ上がった。今回の不況については、我々は落ち着いて事態の展開を受け止めることができた。この2年の間、債券市場を驚かせることなしにGDPの数パーセント程度の臨時支出をすることさえできた。
しかし、我々はその臨時支出で何を買ったか? 標準的なケインズ経済学の一財モデルでは、何を買うかは問題ではない。問題なのは総需要を底上げすることなのだ。しかし、ここに書いたように、雇用の喪失はオンタリオの製造業に主に集中した。カナダの労働者の5.3%が、全体の雇用喪失の36%超を担ったのだ。
国全体に小切手を配布したのは連邦政府として適切な行動だったとは思うが、不況の影響を受けなかった部門や地域への支出の効果については疑問が残る。人脈に通じメディアの扱いに長けたいつもの利益集団に、考え得る最悪のメッセージを送ってしまったのではないだろうか:「我々は現金を配っている、相手が誰かは気にしていない!」 その結果、人を押しのける手腕とPRキャンペーンに最も長けた人々が勝利を収める競争となった。そうした競争は、社会の最底辺に取り残された人々が得意とするものではない。
私は、こうした競争を避け、社会のセーフティネットを最も必要とする者に対し強化することに焦点を当てるべきだと思う。

金融市場規制

このことにもっと注意を払うとは、どんな問題を回避したいかについて真剣に考えることを意味する。たとえば、カナダ政府がゴードン・ブラウンの金融税を拒否したのはまず間違いなく正しい。それが正しいのは、税金というのは実体経済の問題を解決するためのものだ、という単純な理由による。確かに、危機は存在した。しかし、金融市場での壊滅的なまでの流動性の消失という性格を持ったその危機が、取引をよりコスト高なものにすることによって和らげられただろうか? 私には両者の関連性が見えない。ただ、「何かしなければ」という政治的必要性と、「何かランダムに的外れで非生産的なことをする」ということの関連性が見えるばかりである。


ということで、カナダのマクロ経済政策にオーバーホールが必要だとは私は思わない。理由は簡単で、問題とすべき箇所が見当たらないからだ。だが、私が間違っていて独り善がりになっているのかもしれない。コメント欄はまさにそのためにあるわけだ。

コメント欄では、Nick Roweが金融政策について以下のようにコメントしている。

Before 2009 there seemed to be some movement towards lowering the 2% inflation target, when it next came up for renewal. I think we can now rule that out as being a bad idea.

My views have been shifting on price level path vs inflation targeting. I used to prefer inflation targeting. Now I'm leaning towards PLP targeting. If credible (and I think it could be made credible, given time) it would give us an extra bit of leeway if we ever encountered similar circumstances again.
(拙訳)
2009年までは、2%のインフレ目標値を次回の見直しの際に低めよう、という動きがあった。今や、その考えはバッド・アイディアとして除外して良いように思う。
私の見解は、物価水準経路目標とインフレ目標の間で揺れ動いている。以前はインフレ目標の方が好きだったが、今は物価水準経路目標の方に傾いている。もし信頼を得られれば(そして時間を掛ければ信頼が得られると思うが)、今回のような事態にまた遭遇した時に、物価水準経路目標によって行動の余地が少しは広まると思う。


ちなみに、Gordonの4%のインフレ目標に懐疑的な姿勢は、以下のEconomist記事(H/T 池田信夫氏)と共通している。

Mr Blanchard might be wrong. He may be understating the costs of higher inflation. Many studies suggest that inflation of 4% would do little, if any, harm to economic growth, but others reckon that the threshold at which distortions kick in is lower. And since higher inflation tends to mean more volatile prices, the risks increase as the target rate rises.

Nor is it obvious that starting with interest rates so low was either a crippling constraint on central banks’ actions or the main reason for the weakness of monetary policy. Central banks showed plenty of ingenuity with quantitative easing. Other tools, such as negative interest rates, could also be developed if need be.
(拙訳)
ブランシャール氏は間違っているのかもしれない。彼はより高いインフレ率の費用を過小評価しているのかもしれない。多くの研究が、4%のインフレ率が経済成長に与える悪影響はほとんど無い、としているが、歪みが問題となる閾値はもっと低い、という人もいる。それに、より高いインフレ率は、価格変動がより大きいことを意味する傾向にあるので、目標インフレ率が上昇するとリスクが増大する。
また、当初の金利が低いと中央銀行の行動に大いなる制約を課すとか、金融政策の弱さの主たる理由であるといったことも、自明ではない。中央銀行は、量的緩和の実施に当たって非常に工夫に富んだところを見せた。マイナス金利といった他の手段も、必要ならば開発できるだろう。


なお、エコノミストと言えば、Free Exchangeも3回に亘ってブランシャールの論文を巡る話題を取り上げているので、お薦め(ここここここ)。