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himaginaryの日記

2010-07-18

アンディ・グローブの産業政策論

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インテルCEOのアンドリュー・グローブが「手遅れになる前にいかに米国雇用を創出するか(How to Make an American Job Before It's Too Late)」という論説をブルームバーグ書いている(ビジネスウィークでの掲載はこちら[こちらはグラフ付き]。日本のブログではたとえばこちらに簡単な紹介がある)。


概略は以下の通り。

  • インテルを創業した頃は、そうしたスケールアップは米国内で起きていた。他にもタンデム、サン、シスコネットスケープなども同様。しかし、労働コストの安い中国に目を付けた経営陣が生産や技術開発の拠点を海外にアウトソースし始めると、その図式が崩れ始めた。
  • 付加価値の高い仕事と利益の大部分は米国に残っているのだから問題無い、という人もいるかもしれない。しかし、高給取りの人が高付加価値の仕事をする一方で、大量失業が生まれる社会が本当に良いものなのだろうか?
  • 雇用を生み出すという点では、米国のIT産業はどんどん非効率化している。初期投資額とIPOにおける投資額の合計を分子とし、10年後の従業員数を分母とする指標(雇用当たりの投資指標)を考えてみると、インテルではその値は650ドルであった。インフレ調整後では3600ドルである。ナショナル・セミコンダクターはもっと効率的で、2000ドルであった。しかし、現在ではその値は10万ドルに達している。
  • プリンストン大の経済学者アラン・ブラインダーは、「テレビ産業は米国で生まれ、かつては多くの雇用を抱えていたが、コモディティ化するにつれて低賃金の海外に生産が移行していった。今日では米国内で生産されているテレビはゼロだが、それは失敗ではなく成功なのだ」と述べたが、その意見には賛成しかねる。生産現場での経験が技術革新にとっては重要なのだ*3。その経験を失うことは、明日の新たな産業を失うことにもつながる。
  • シリコンバレーの技術志向は、この点で障害になっている。すなわち、個々の企業の利益を高めるという目前の目標を技術者特有の懸命さで追求した結果、スケールアップによる技術革新の能力を国内から失わしめてしまった*5。これは、ギロチンで首を刎ねられようとした技術者が、ギロチンがうまく落ちないのは錆びたはずみ車のせいだから油を差せと処刑人に教えた――そのままギロチンが落ちなければ慣例により釈放されたのに――というエピソードを想起させる。あるベンチャーキャピタルは、出資対象のスタートアップ企業すべてに「中国戦略」を取るように薦めているが、これはギロチンに油を差して回っているも同然。本来は「米国戦略」を薦めて回るべき。
  • まずは産業の共通財を建て直すことを目指そう。そのために金融面でのインセンティブの体系を作り上げよう。即ち、オフショアの労働による商品には追加課税を実施しよう(もしそれにより貿易戦争が勃発するというのなら、他の戦争と同様に対処しよう――勝つために戦おう)。その追加課税で徴収された資金は、「米国スケーリング銀行」とでも名付けて、別建ての財源として管理しよう。そうした体系の確立によって、産業基盤、ならびに、その適応性と安定性を当然のものとして受け止めている社会を維持する責務は、各人が個々の企業の目標を追い掛ける傍らで我々ビジネスマン全員が負っているのだ、ということを日々思い起こすことになる。

この記事はNaked CapitalismRajiv SethiMarginal RevolutionEconomist’s Viewで取り上げられている。このうち、Naked Capitalismのイブ・スミスだけがグローブの記事を評価する姿勢を示し、他は(経済学者らしく)グローブの保護主義的な主張に警戒感を示している。ただ、スミスもSethiに寄せたメールで、確かに保護主義はとんでもない結果を生むかも、と認めている。半面、経済学者の中でもコーエンが最も強く反発したのに対し*6、SethiとEconomist's ViewのMark Thomaは、グローブの問題提起自体は真面目に考えるべき、という姿勢を見せている。


なお、Economist's Viewの別エントリではマイケル・スペンスのFT論説を紹介しているが、そこでスペンスがグローブの記事を「思慮に富んだ(thoughtful)」と評したことにThomaは驚いている。また、そこでスペンスが産業政策を呼び掛けたことにもThomaは驚いており、これから産業政策を巡って経済学界に嵐が来る予感がする、という感想を漏らしている。

*1:一頃流行った言い方を使えば、キャズムを越える瞬間ということか。

*28800の間違い?

*3:「技術革新は研究室(だけ)で起きているんじゃない。現場で起きているんだ。」ということか。

*4cf. これ

*5:いわゆる合成の誤謬ということか。

*6:ただしコーエンは、Sethiが指摘する通り、グローブが用いたスケールアップという言葉の意味を規模の経済性と誤解しているようである。

匿名希望匿名希望 2010/07/18 18:40 本ブログの過去ログの「失業革命」に通じる問題意識ですね。

http://www.ncms.org/blog/post/Grove-on-mfg.aspx (産業界の組織でしょうか)
でも触れられていました。

himaginaryhimaginary 2010/07/18 19:55 情報提供ありがとうございます。
あるいは、昨日の勝間さんの朝日の青Be「所得、雇用、税金−どれかが犠牲になる」(http://twitter.com/kazuyo_k/statuses/18728443643)とも通じる話かと思います。
cf)
http://ja.wikipedia.org/wiki/脱工業化社会
http://www.jstor.org/pss/25054055

渡波渡波 2010/07/19 00:43 台湾にしろ東南アジアにしろ、
連中がやっているのは米国発の産業を後追いして洗練しているだけ。
高度成長期の日本と同じ構造だよね。

逆を言えば、米国ってゆーのは
世界経済の歯車をブン回すためのエンジンみたいなもの。
つまり、米国が保護主義に走ったら
今度は別の大国(たぶん中国かインド)がその立場を買って出て
回りまわって自分の首を絞めるんじゃないかな。

ななしななし 2010/07/19 19:29 >生産現場での経験が技術革新にとっては重要なのだ
これが事実だとしたら,胡散臭い産業政策などしなくても,アップルなどの企業は企画設計だけではなくて製造部門を自社内で維持するし,またそうしない企業は淘汰されると思うのですが.現実がそうでないことを考えると,信憑性は薄いと思います.

himaginaryhimaginary 2010/07/19 23:02 いや、だからこれから淘汰されるだろう、とグローブは言っているわけです。彼が例に挙げているテレビ製造業の淘汰も一夜にして起こったわけではありませんので、おっしゃっていることは反論としては少し弱いと思います。(…もちろんだからと言って彼の産業政策論が直ちに正当化されるわけではありませんが)

ななしななし 2010/07/20 02:36 それはその通りなのですが,テレビ製造業の例が根拠となるには(1)テレビメーカーの経営陣は(当時アメリカに何社あったのかは知りませんが)そろいもそろって間抜けばかりだったand(2)海外への生産拠点の移転を行わなかった(少なくとも移転が遅れた)ことにより,結果的に競争上有利となるまで国内に製造拠点を維持した企業は存在しなかった,という愚行&愚行の同時進行という二つの条件が存在する必要と思うのですが...

himaginaryhimaginary 2010/07/20 23:06 さすがに、生産現場を維持していさえすれば結果的に競争上有利となる、というような甘い話を想定しているわけではないと思います。生産現場の維持は技術革新にとっての十分条件ではないが必要条件である、という話かと思います。