Schmitt-Grohe=Uribeのゼロ金利制約論への素朴な疑問

岩本康志氏がSchmitt-Grohe and Uribe(2009)を元に、望ましいインフレ率についての4つの論点を以下のようにまとめている

  1. 価格が伸縮的な場合,ゼロ金利・デフレが望ましい(フリードマン・ルール,あるいはシカゴ・ルールと呼ばれる)。
  2. 価格調整に費用がかかる場合,物価は変動しないのが望ましい。
  3. 物価指数統計のバイアスは,価格が硬直的な財のみに注目すべきである。
  4. ゼロ金利制約にかかる事態を減らすために,若干の正のインフレ率とすべきである。


この4つの論点のうち現在の我々に取って一番の喫緊の課題は、4番目のゼロ金利制約に関するところであろう。これについてSchmitt-Grohe=Uribeは以下のように書いている。

It is often argued in policy circles that at zero or negative rates of inflation the risk of hitting the zero lower bound on nominal interest rates would severely restrict the central bank’s ability to conduct successful stabilization policy. The validity of this argument depends critically on the predicted volatility of the nominal interest rate under the optimal monetary policy regime. To investigate the plausibility of this explanation of positive inflation targets, we characterize optimal monetary policy in the context of a medium-scale macroeconomic model estimated to fit business-cycles in the postwar United States. We find that under the optimal monetary policy the inflation rate has a mean of -0.4 percent. More importantly, the optimal nominal interest rate has a mean of 4.4 percent and a standard deviation of 0.9 percent. This finding implies that hitting the zero bound would require a decline in the equilibrium nominal interest rate of more than four standard deviations. We regard such event as highly unlikely.
(拙訳)
ゼロないしマイナスのインフレ率の下では、名目金利がゼロ下限に到達する危険性によって、中央銀行が安定化政策を成功裡に実施する能力に大いなる制約が課せられる、ということが政策当局者の間で良く議論される。この議論の有効性については、最適な金融政策の枠組みにおける名目金利の予想変動率が鍵を握っている。正のインフレ目標をこのように説明することの妥当性を探るため、我々は、戦後の米国の景気循環に適合するように推計した中規模のマクロ経済モデルにおける最適金融政策の特性を調べた。それによると、その最適金融政策の下では、平均インフレ率は-0.4%となった。さらに重要なのは、最適な名目金利が平均4.4%で、標準偏差が0.9%になったことである。このことは、ゼロ金利に到達するためには、均衡名目金利が4標準偏差以上も低下しなければならないことを意味している。そうした事象はまず起こり得ない、と我々は考える。


ここで注意すべきは、Schmitt-Grohe=Uribeが、最適名目金利を4.4%というゼロよりかなり大きな水準においている点である。即ち彼らは、ゼロ名目金利が望ましいというフリードマン・ルール(上記の4つの論点の1番目)を早々に捨て去ってしまっているのである。

ちなみに彼らは、フリードマン・ルールが最適にならない要因の筆頭として、海外から国内への貨幣需要をこの論文では挙げている。また、同じ著者の「Optimal Fiscal and Monetary Policy in a Medium-Scale Macroeconomic Model(2006)」では、政府の所得移転をフリードマン・ルールからの逸脱要因として挙げている。つまり、フリードマン・ルールは現実世界に適用する上ではあまりにも破綻しやすく使えない、という認識をSchmitt-Grohe=Uribeは持っているように思われる。


そうした認識の上で彼らは、ラムゼイ・モデルの米国経済のカリブレーションにより、4.4%という最適名目金利を導出したわけである。この金利標準偏差は0.9%とのことなので、確かにこの枠組みではゼロ金利に到達する可能性は低いように思われる。たとえば、EXCELで「=NORMDIST(0,4.4,0.9,TRUE)」を計算してみると5.07033E-07となり、ゼロ金利に達する確率は1/1000000以下ということになる。Schmitt-Grohe=Uribeは四半期ベースでモデルシミュレーションを行っているので、ゼロ金利に達するのは25万年に1回、ということになる。


ただ、ここでまた注意すべきなのは、彼らは金利の分布について何も述べていない、という点である。もし毎期の金利が独立に決まるのならば、正規分布に当てはめても良いだろう。しかし、そうでないならば、話は違ってくる。
そこで彼らの別の論文「Optimal Inflation Stabilization in a Medium-Scale Macroeconomic Model(2007)」を見てみると、同様のシミュレーションを行った箇所で、名目金利の系列相関が実に0.9にも達していることが示されている。ちなみにそちらの論文の名目金利の平均は今回と同じ4.4%だが、標準偏差は0.4%となっている。


試しにEXCELで少し試行錯誤してみたところ、以下のような時系列でこの条件を再現することができた。

セル1〜n 4.7
セルn+1 4
セルn+2 3
セルn+3 1
セルn+4 0
セルn+5 2
セルN+6 3
セルn+7 4
セルn+8〜60 4.7

(1≦n≦52)

この時系列の平均は4.435、標準偏差は0.440*1、1階の系列相関は0.858である。一方、この時系列の長さは60期、即ち15年に過ぎない。つまり、標準偏差が平均の1/10であるにも関わらず、15年に一回はゼロ金利に到達する事態が起きてしまう可能性が存在することになる。
そう考えてみると、単に平均と標準偏差の比較からゼロ金利の心配は無い、という彼らの主張は、「Schmitt-Grohe and Uribe, 2009のまとめが主流の見解といえる」(岩本氏)という評価に鑑みて、些かお粗末に過ぎるような気がしなくもない。

*1:Schmitt-Grohe=Uribeでは、金利は年率だが、期間の単位は前述の通り四半期ベースで考えている。従って、金利の時系列をrとおくと、四半期ベースの金利の分散がVar(r/4)=Var(r)/16として求められる(ここでVar(・)は分散を表すものとする)。これを改めて年率に直すと、4倍してVar(r)/4となる。標準偏差はこの平方根なので、求める年率の標準偏差はStdev(r)/2となる(ここでStdev(・)は標準偏差を表すものとする)。