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himaginaryの日記

2011-01-30

NYTは日本叩きのために報道と論説の区分を放棄した

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とディーン・ベーカーが書いている(原題は「NYT Abandons Distinction Between News and Editorials to Bash Japan」)*1。彼の批判の対象となったのは1/28付けのこの記事で、既に抄訳されている方もいる(H/T 池田信夫氏のツイート)。


ベーカーの批判を箇条書きにまとめると以下の通り。

  • 日本が生産性向上を必死で追求する必要があるという一節は、ニュース記事ではなく論説記事で書かれるべき文章である。日本にその必要があるという話は、別に周知の事実では無い。生産性向上は一般に良いことではあるが、必死に追い求めるべき理由となる証拠をこの記事は何ら提示していない(S&Pの格下げについて触れているが、同社は何千億ドルというジャンクMBSにトリプルAを与えたことで有名。そうした履歴に鑑みると、この格付け会社の判断は、どうしようもない道端の飲んだくれに劣ると言わざるを得ない)。
  • 記事が実際に提示している証拠は、むしろ逆のことを示唆している。記事の主眼は若年層に仕事が無いということなので、それは即ち、日本には余剰労働力があるということである。ということは、別に日本は生産性を必死で向上させる必要も無いし、高齢化による問題も抱えていない、ということである。誰かの能力が使われないことは確かに無駄ではあるが、それは記事の指摘する人口の高齢化とは何ら関係無い。
  • より明らかな問題は、経済が需要不足に苦しんでいることである。それは政府支出の増加で和らげることができる。そうした財政出動は、S&Pの足元の覚束ない飲んだくれの格付け人によるさらなる格下げを招くかもしれないが、人々がお金を稼ぐために働くという経済理論によれば経済を押し上げることになる。
  • (飲んだくれの格付け人の妄想に反して)日本が何ら実体経済上の限界に近づいているわけではないことは、記事で報告されているデフレーションによって証拠立てられている。債務による資金調達の限界に近づいている国ならば、デフレではなくインフレを経験しているはずである。即ち、日本には若年層の仕事の創出ないし助成のために巨額の支出を行なう余裕がある、と信ずべき理由が十分に存在する。その支出を賄う国債は単に中央銀行が買い持ちすれば良い。
  • 記事では高齢化によって消費が抑制され、それがデフレを招くと書かれているが、それは経済学者の通常の予言とは正反対である。高齢者は就労時に蓄えた富を取り崩すので、貯蓄率は低くなる。労働人口の割合が少なくなることは、消費がGDPの割合として大きくなり過ぎるのではないか、という懸念を招くのが普通である。このことはデフレではなくインフレにつながる。
  • 記事には、今日生まれる子供は、今日引退する人に比べ、生涯で受領する年金医療やその他政府支出は120万ドル少ない、と書かれているが、その計算根拠が示されていない。米国の中所得者の社会保障とメディケアの給付が合わせて41.7万ドルであること、および日本が米国ほど富裕ではないことを考えると、その3倍に及ぶ給付を払い出しできるとは信じ難い*2


[お知らせ]

昨日のエントリに今回のS&Pによる日本国債格下げについてのコメントを頂いたが、エントリ内容とまったく関係ないので削除させていただいた。もし今日のエントリに同じコメントが付いていたら削除しなかったはずである。今後もコメントは内容的に関係するエントリにして頂くようお願いしたい(ただし、あまり無いとは思うが、小生に連絡ないし通知したいことがある場合はその限りでは無い)。

*1:ちなみに奇しくも同日にアンドリュー・ゲルマンがまったく別の記事に関して同様の批判をNYTに投げ掛けている

*2:これについてはコメント欄で2005年の経済白書における内閣府の試算(本文)を示しておいた(ちなみに日本語版はこちら(本文)こちら(図);H/T ぐぐって見つけた小黒一正氏のアゴラ記事)。

いい加減、万券のユキチ変えたら?いい加減、万券のユキチ変えたら? 2011/01/30 17:17 まずhimaginaryさんのブログのお邪魔をしてしまったことを心よりお詫び申し上げます。もちろん「エントリの内容と関係ないんじゃないか」という思いから来る後ろめたさは少なからずあったのですが、格下げを巡る一連のカンさんの姿がハシリュウさんの時のように本当に"火達磨"になっているように見えたので思わず書いてしまいました。


今後はエントリの内容との関係に注意しながらコメントさせていただきたいと思います。


さて、昨日投稿させていただいたコメントについてですが、今日のエントリの「お知らせ」の部分でhimaginaryさんは「もし今日のエントリに同じコメントが付いていたら削除しなかったはずである。」というなんともありがたいことを書かれておられます。(なんと寛大な心の持ち主でしょう!)そこで大変恐縮ではありますが以下ではこの言葉に完全に甘える形で昨日のコメントを再投稿させていただきたいと思います。


(とはいえ下の文章は今日のディーン・ベーカーさんの冷静な分析に比べれば「どうしようもない道端の飲んだくれ」の戯言程度のものでしかありません。しかし国民の生活が第一(最近は第二みたいですが)、真の国民経済を取り戻すといって政権をとった政党の人間が本当の戯言に振り回され、また野党もその戯言に便乗して政治ゲーム行なっている現在の状況を見て「いったい国会議員は何をしているのか」と首を傾げておられる方は多いと思われます。以下の文章はそういった方々の気持ちを代弁できればという趣旨で再掲させていただきました。)

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『格付けに疎い』発言が国会で野党に批判されていたが、そもそも業界団体から裏金をもらってジャンク債にトリプルAの格付けを行い世界中の投資家の目を欺いた会社の理屈など誰が理解できるのか?


従って今回の格下げに関する質問については『(首相自身が格付けに関して)疎い』という答え方をするのではなく、『(今回の格下げ自体が)理解しがたく、(またこの会社自体が過去の言動からして)信用できない。』という答え方で対応するべきではなかったかと思う。


また野党も国債というセンシティブな問題については言葉尻をとらえて政治ゲームに持ち込むような真似はしないほうがいいのではないかとも感じる。



むしろ野党にはこれまで日本国債が外資系を中心とする格付け会社から不当な評価を受け続けてきた経緯を踏まえて(これはサブプライムモーゲージ債の逆パターンといえる)、"格付け機関とはどうあるべきなのか"について金融規制改革の観点から議論を進めてもらったほうがほうがより建設的な気がする。


(金融大国のアメリカでさえ格付け会社を含む金融の規制改革が議論されているのになぜ日本でそれができないのか?国会と金融庁はいったい誰に気兼ねしているのか?まさかほとぼりが冷めたらまた「金融立国」などと言い出すおつもりか?)


最後に。各種メディアは今回の格下げを疑うこともせず、まるでそれが天からの御言葉であるかのように扱い報道している。さらにおかしなことにこの格下げを「当然のこと」というIMF職員の意見を紹介しこれまた天からの御言葉のように扱ったり、ひどいところでは今回の格下げが原因で株価が下落したというような報道をしている。


しかし少なくとも理論的には現在の国債の実質価値はその大半を保有する国内の邦銀が無限期間先のプライマリーバランスの流列と日本経済の潜在成長率をどのように予想しているかということに依存して決まるのであって、格付け会社やIMF職員や市場の声によって決まるわけではない。


つまり国債の価値を見る上で抑えておくべきは国債の大半を保有する邦銀が日本経済の将来をどう見ているかなのであって、格付け会社やIMF職員や市場関係者のご機嫌ではない。


今回メディアは「債務削減」を外国人に代弁させていたが、次は「構造改革」をこれらの外国人に言わせるつもりだろうか?
いい加減メディアには自らの考えを自らの口で言う正攻法を覚えてもらいたい。


もしそれで視聴率や購読者数が減ることが怖いなら、免罪符代わりに一言「日本を元気にしたい」とか「日本人の底力」とでも前置きしてやればいいではないか。

(ただ個人的にはROEしか見てない外資のアナリストを引っぱりだして日本のマクロを語らせる茶番劇【ティーパーティー】だけは二度と見たくない。)

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(ちなみにこれはアメリカの友人から聞いた話ですが、今平均的なアメリカ人の頭の中では格付け会社はバーナード・マドフと同じペテン師として格付け(笑)されているのだそうです。このブログのますますの発展を心よりお祈りしております。 )