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himaginaryの日記

2011-04-10

サマーズ「DSGEモデルはまるで経済政策の役に立たなかった」

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INET(=ソロスの新経済理論研究所)が4/8の晩にブレトンウッズでコンファレンスを開催し、そこでサマーズがそのように述べた、とEconomist's ViewのMark Thomaがtwitterで報告している。

(拙訳)ラリー・サマーズは、たった今、DSGEはホワイトハウスの危機への政策対応において何の役割も果たさなかった、と述べた。流動性の罠を取り込んだIS-LMだけが使用されたという。

サマーズは、コペルニクスのモデルの発見後50年間は、プトレマイオスのモデルの方が優れていた、と述べた。IS-LMとDGSEも同様、というわけだ…。


Thomaはブログでそのツイートを再掲した後、Free Exchangeのより詳細なレポートを紹介している。以下はそのFree Exchangeからの引用。

The highlight of the first evening's proceedings was a conversation between Harvard's Larry Summers, till recently President Obama's chief economic advisor, and Martin Wolf of the Financial Times. Much of the conversation centred on Mr Summers's assessments of how useful economic research had been in recent years. Paul Krugman famously said that much of recent macroeconomics had been "spectacularly useless at best, and positively harmful at worst". Mr Summers was more measured, refusing to be drawn into making blanket statements for the sake of being controversial. (He's tried that and found it doesn't always go down well, he quipped. Later, he added that he was "one of the few people who went to Washington to get away from politics".) But in its own way, his assessment of recent academic research in macroeconomics was pretty scathing.

For instance, he talked about all the research papers that he got sent while he was in Washington. He had a fairly clear categorisation for which ones were likely to be useful: read virtually all the ones that used the words leverage, liquidity, and deflation, he said, and virtually none that used the words optimising, choice-theoretic or neoclassical (presumably in the titles or abstracts). His broader point—reinforced by his mentions of the knowledge contained in the writings of Bagehot, Minsky, Kindleberger, and Eichengreen—was, I think, that while it would be wrong to say economics or economists had nothing useful to say about the crisis, much of what was the most useful was not necessarily the most recent, or even the most mainstream. Economists knew a great deal, he said, but they had also forgotten a great deal and been distracted by a lot.

Even more scathing, perhaps, was his comment that as a policymaker he had found essentially no use for the vast literature devoted to providing sound micro-foundations to macroeconomics. (So that would be most macroeconomics since the original Keynesian revolution?) On the other hand, he pointed out that while there was clearly a need to be prudent while applying research to the real world, it would also be unwise to attack it wholesale. He surmised that it might be possible that some things that seem useless or of limited applicability now would turn out to be useful in years to come (microfoundations for macroeconomics, perhaps?).

He was sceptical, too, of those who put too much faith in regulation, while conceding that it was clear regulation was needed. It was refreshing to hear someone who had been in the thick of policymaking acknowledge a problem others have pointed to: that when it came to stuff like financial regulation, there was "basically no one" who is both knowledgeable enough about what is sought to be regulated and is not, in some way, co-opted. Which made his touching faith in Dodd-Frank, which he defended stoutly, a bit less than convincing.


(拙訳)

会議の最初の晩のハイライトは、最近までオバマ大統領の主席経済顧問だったラリー・サマーズと、フィナンシャルタイムズのマーティン・ウルフとの対話だった。対話の多くは、サマーズ氏が近年の経済研究をどの程度有用と見ているかという点に割かれた。ポール・クルーグマンが近年のマクロ経済学を「良く言って驚くほど役に立たず、悪く言えば実に有害」と評したのは有名だが、サマーズ氏はもっと慎重な言い回しを用い、議論を盛り上げるために一般論を口にするように仕向けられても、それに乗るのを拒んだ。(彼はかつてそうしたことを試みて、それがいつもうまくいくわけではないことに気付いたのだ、と皮肉交じりに述べた。少し後には、彼は自分が「政治から逃れるためにワシントンに行った人間の一人」だ、とも述べた。)しかし、近年のマクロ経済学の研究に対する彼の評価は、彼なりに厳しいものだった。


たとえば彼は、ワシントンにいる間に手元に送らせたすべての研究論文についての話をした。彼は、どの論文が役に立ちそうかという点について極めて明確な分類法を持ち合わせていた。曰く、レバレッジ流動性デフレという言葉を用いた論文には事実上すべて目を通し、最適化、選択理論的、新古典派といった言葉が(多分タイトルもしくは要旨に)用いられた論文には事実上まったく目を通さなかった、とのことである。彼が言わんとしていたのは、経済学ないし経済学者が危機について有用なことを何も言えないというのは間違いだが、最も有用な話の多くは最も直近のものとは限らず、最も主流のものでさえないかもしれない、ということのようだ。彼はその見解を、バジョット、ミンスキーキンドルバーガー、そしてアイケングリーンの著作に書かれた知見に言及することで補強していた。経済学者は多くのことを知っているが、多くのことを忘れ、数多くの脇道に入り込んだ、と彼は言う。


彼のさらに厳しい評価が示されたのは、マクロ経済学に健全なミクロ経済学の基礎付けをしようとした膨大な研究は政策当局者としての彼にとっては基本的に役に立たなかった、というコメントにおいてであろう。(だが、そうした研究がそもそものケインズ革命後のマクロ経済学のほとんどを占めていたのではないか?)ただその一方で、研究を現実世界に適用する際に慎重になるべきなのは明白だが、研究全般を非難するのは賢明ではない、とも指摘した。今日では役に立たない、ないし応用が限られていると思われるものも、将来においては有用であることが明らかになるかもしれない、と彼は推測する(マクロ経済学ミクロ経済学的基礎付けもそうなるかも?)。


彼はまた、規制が必要なことは明らかだとしつつも、規制に過大な期待を寄せる人たちに対して懐疑的な姿勢を示した。政策決定の只中にいた人から、それ以外の人たちが指摘してきた問題を認めるのを聞くのは新鮮に思われた。即ち、金融規制のような事柄については、規制されるべき対象について十分な知識を持ち、かつ、何らかの形で懐柔されていない人は「基本的に誰もいない」、とのことだ。彼はドッド=フランク法案を熱心に支持しており、その擁護にこれ努めているが、その話を聞くと、そうした支持が少し納得しづらい気もしてくる。

erickqchanerickqchan 2011/04/11 22:44 DEGE批判と言えば、ちょうどゴードンの1978-era論文を再読しようと思い立ったところなので、リンクしておきますね!

http://faculty-web.at.northwestern.edu/economics/gordon/GRU_Combined_090909.pdf

erickqchanerickqchan 2011/04/11 22:46 タイポ…orz
×DEGE → ○DSGE

ぴっちゃんぴっちゃん 2011/04/12 00:03 論文ではなく一般向けの本なのですが、クィーンズランド大のJohn Quigginが昨年出したZombie Economics(プリストン大出版局)でも
DSGEを含め近年の経済学の流れをことごとくこき下ろしています。QuigginはCrooked Timberによく投稿しています。

himaginaryhimaginary 2011/04/12 00:23 クイギンのその本の元となったCrooked Timberのエントリは本ブログでも何回か取り上げています(ex. http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20090510/obsolete_new_keynesian)。

ぴっちゃんぴっちゃん 2011/04/12 12:56 @himaginary

ありがとうございます。なにぶん貴殿のブログを「発見」してから日が浅いもので。

Zombie Economicsはおもしろいですね。
Quigginは、なんというか政治的な理由からポスト・ケインジアンという言葉を使うのを意図的に避けているようですね。
かわりにmixed economyという言葉を多用しているように思います。たしかにそのほうが無難かもしれません。

shavetail1shavetail1 2014/10/29 21:35 最近出版された「21世紀の貨幣論](フェリックスマーティン著)の12章に、himaginaryさんがこの記事で取り上げられた、サマーズが「第二次世界大戦後の正統派経済理論の膨大な体系が危機対応においてはまるで役に立たなかった」と述べた話が載っていました。 この著者はマネーは正統派経済理論が基礎にしているマネーは財のひとつとする貨幣観が間違っていて、現代経済学は「実質ベース」での分析、つまりマネーを無視した立場だと指摘しており、私にはマクロ経済学に関心がある方なら、12章と13章だけでも読む価値が十分ある本のように思われました。 ご参考まで。