貨幣摩擦が問題になる時・続き

気が付くと、23日に紹介したStephen WilliamsonとMatt Rognlieの論争がその後も継続していた。


前回紹介した時には、RognlieへのWilliamsonの異議申し立ててで話が終わっていたが、その後Rognlieが自ブログにフォローアップエントリを立てると同時にWilliamsonのエントリのコメント欄に反論を書き込み、そこで両者の応酬が暫く続いた。そのやり取りが長くなったので、Williamsonは改めて別エントリを立てて改めてRognlieに反論し、そこのコメント欄にさらにRognlieが書き込んだ、というのが現在までの状況である。


Rognlieの主張を一言でまとめると、なるほどWilliamsonらニューマネタリストの言う貨幣摩擦は存在するだろうが、定量的には、ウッドフォードらニューケインジアンの言う効果に比べればそれは僅かなものに過ぎない、ということである。


例えばFRBの1%の金利引き上げは、ニューケインジアンではGDP全体の1%に効いてくるので、影響は15兆ドルの1%の1500億ドルという額になる。それに対し、ニューマネタリストでは金利の付かない紙幣に効いてくるので、影響は5000億ドルの1%の50億ドルになる*1。従ってニューマネタリストの言う影響はニューケインジアンの言う影響の1/30に過ぎない、というのがRognlieの主張である*2


これに対しWilliamsonは、自分のモデルのポイントは、貨幣以外の安全資産(国債など)が稀少になることにある、と以前の主張を繰り返している*3。これについてRognlieは、そうすると財政政策が金融政策より効果を持つことになるが、それは信じられない、と応じている。するとWilliamsonは、いや、実際そうかもしれない、と返している。


もう一つWilliamsonとニューケインジアンで決定的に意見が違うのが、現状において実質金利を高いと見るか低いと見るか、という点である。ニューケインジアンは、価格硬直性のため実質金利が自然利子率より高くなっている、と考えている。それに対しWilliamsonは、その自然利子率が幾らなのかニューケインジアンも分かっていないようだ、と批判した上で、自分のモデルでは安全資産の不足により実質金利は低くなるという帰結が得られるし、実際、今のインフレ率や名目短期金利やTIPSを見ても実質金利は低い、と述べている*4

*1:実際の紙幣流通額は約1兆ドルであるが、ここではその半分が米国内にあるものとしている。

*2:コメント欄では、ニューマネタリストの影響範囲を紙幣と限らずにMZMから弾き出してはどうか、という指摘があった。MZMの利率をゼロ金利FF金利の加重平均と見做した場合、2006年時点の影響額は3.5兆ドルの1%の350億ドルになり、ニューケインジアンの1/10程度になる(2006年時点のMZMは7兆ドルで、同時期のMZMの利率がFF金利の約半分だったからそれを1/2倍した、という計算かと思われる)。Rognlieはその計算の前提が理論的に正しいかは疑問、と留保条件を付けつつも、それを上限と見做しても良いだろう、と応じている。

*3:Williamsonはまた、自分のモデルには入っていないが、担保を通じて小額の流動性資産が大きな影響をもたらすという経路も考えられる、とも述べている。

*4:彼の論文には
「Here, the liquid assets that are in short supply are interest-bearing assets, and if monetary policy acts to mitigate this shortage, that will tend to increase the real interest rate and reduce the inflation rate. This certainly is not a typical Keynesian policy prescription, which would typically call for a reduction in the real interest rate in circumstances like these.」
という記述があり、結論部でも
「Under shocks that replicate some qualitative observations related to the financial crisis, there can be disruptive effects on exchange, as these shocks make liquid interest-bearing assets more scarce. It can be optimal, in response to such shocks, for the central bank to use conventional open market operations to increase safe real rates of interest and reduce inflation.」
と述べている。