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himaginaryの日記

2015-12-30

比較優位なんかいらない

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デューク大のMichael Munger*1が、Foundation for Economic Education*2の論説記事で、以下のように述べている(H/T Mostly Economics)。

The problem is that fixed comparative advantage — derived from weather, culture, and location — is vanishing in the modern world. Ricardo’s classical formulation leaves no space for human creativity, no role for division of labor, and no room for innovation to affect the dynamics of cost.

So economists have it wrong, as my friend Russ Roberts argued in 2010. The most important principle in economics is opportunity cost. Here’s proof: you can define opportunity cost without resorting to comparative advantage. But you can’t possibly define comparative advantage without invoking opportunity cost.

The notion of comparative advantage is empirically misleading, because it sounds deterministic. There are few situations where fixed factors make the relative opportunity costs of different actions immutable. Instead, cost and productivity differences are endogenous, the consequence of human ingenuity and the division of labor. Today’s cost advantage for one country may disappear if another country finds a better, cheaper way to produce the product. And the way to specialize is to exploit the division of labor.

(拙訳)

問題は、気候、文化、所在地から導出される固定的な比較優位は、現代世界においては消失しつつある、という点にある。リカードの古典的な公式化においては、人間の創造性の入り込む余地が無く、分業が果たす役割も無く、費用の動学に影響する技術革新の可能性も無い。

ということで、私の友人のラス・ロバーツが2010年に論じたように、経済学者は間違えていたのだ。経済学で最も重要な原則は機会費用である。証明は次の通り:比較優位に訴求すること無しに機会コストを定義することはできるが、機会費用を持ち出すこと無しに比較優位を定義することはまずできない。

比較優位という概念は、決定論的な響きがあるため、実証面で誤解を招くものである。固定化された要因が、異なる行動の相対的な機会費用を不変のものとする状況はほとんど存在しない。むしろ、費用と生産性の違いは内生的なものであり、人間の工夫と分業によって決まるものである。ある国の費用面での今日の優位性は、別の国がより安価で優れた生産方法を見つけたら消滅してしまうだろう。そして特化する方法とは、分業を活用することにある。

この後Mungerは、分業を活用して生産性を大きく上昇させた成功例として、中国浙江省大唐鎮の靴下生産を挙げている*3。また、中国の優位性はもはや単なる人件費原材料費や設備の安さによるものではなく、産業の集積化は米国が太刀打ちできないレベルに達している、という一節を2005/4/10付けのLAタイムズ記事から引用している。


Mungerは論説を以下のように結んでいる。

Economists routinely act as if three related key concepts — division of labor, comparative advantage, and opportunity cost — are distinct.

They are not. Comparative advantage is not a separate concept at all. It is simply an explanation of the implications of the division of labor (the engine that drives prosperity) and opportunity cost (the concept that guides the choice of which activities a person, or a nation, should specialize in).

Admittedly, it was a significant intellectual achievement to show that the weaker trading partner benefits from trade, even if the stronger partner is better at everything. But those fixed differences have largely disappeared in many markets. The question of what should be produced, and where, is now answered by dynamic processes of market signals and price movements, driven by human ingenuity and creativity. The cost savings resulting from successfully dividing labor and automating production processes dwarf the considerations that made comparative advantage a useful concept in economics.

Let’s downgrade comparative advantage from our list of key concepts in economics, and recognize that the human mind is the mainspring of a market economy.

(拙訳)

経済学者は、分業、比較優位機会費用という3つの相互に関連した概念が別物であるかのように振る舞うのが常であった。

それらは別物ではない。比較優位は独立した概念では決して無く、(繁栄を駆動するエンジンである)分業と(個人もしくは国家が特化すべき活動を選択する際の指針となる概念である)機会費用の意味するところを説明するものに過ぎない。

確かに、仮に強い貿易相手国がすべてにおいて優っていたとしても、弱い国も貿易から利益を得る、ということを示したのは重要な知的業績であった。しかしそうした固定的な違いは多くの市場において概ね消失した。何がどこで生産されるべきか、という問題は、今や、人間の工夫や創造性をバネとして、市場のシグナルと価格動向の動的過程から答えが出されるようになっている。成功した分業と自動化された生産過程がもたらす費用節約効果は、比較優位経済学有用な概念とした事項の重要性を低めている。

経済学の主要な概念のリストから比較優位を外し、人間の知性が市場経済の原動力であることを認識すべきである。

*1cf. Wikipedia

*2cf. Wikipedia

*3cf. 関連日本語論文。なおMungerは広東省と誤記している。

塩沢由典塩沢由典 2016/01/03 13:46 「絶対優位」と「比較優位」を区別して云々という教科書的な常識(=誤解)を正す意味でMungerの投稿は意義があると思いますが、現行のグローバル経済化の説明に関しては、かなり問題があります。

たとえば、比較優位を「気候、文化、所在地から導出される固定的な」もの捕らえていますが、これはHOモデル(あるいはHOVモデル)を想定している指摘です。しかし、ここには重要な「技術」という要素が抜けています。HOモデルが世界各国同一の生産技術(生産関数)をもつという想定からこうなってしまうのですが、ことなる技術から貿易と比較優位が生まれるというリカード系の貿易理論です。ここでも、なにが比較優位産業となるかは、2国2財の場合の技術係数の比をとるようなものは一般には通用しないという点でも、Mungerのいう主張は正当化されます。しかし、Mungerが
「そうした固定的な違いは多くの市場において概ね消失した。」
と主張するとき、ではなぜ要素価格均等化定理にしたがって、各国の賃金率格差が容易には解消されそうにもないのか、という問題が説明できません。それが投入係数という形に反映される技術(ここには、輸送費などを介して社会の経済インフラも関係します)の問題です。

一国の技術状態を決めるものが「人間の工夫や創造性をバネ」とするものであることはその通りですが、それだけでは大きな賃金格差を含む世界経済の状況は説明できません。リカード系の国際価値論では、一企業の調達という視点に立って(技術や調達先の)多数の選択可能性の中から「世界最適調達」を行なうミクロの決定が世界全体の分業秩序を作り出すと考え、問題を定式化しています(詳しくはわたしの『リカード貿易問題の最終解決』をご覧ください)。そこでは、同一生産物に関しては価格の比較(大小関係)が中心の論理です。これを「機会費用」と呼ぶならそれでもいいのですが、機会費用は(賃金率を含む)世界全体での価格体系の成立を前提にするものです。「世界最適調達」から各国の分業体制と世界全体の価格体系とが生まれます。そういう原理を示すものとして「比較優位」という観念は、「機会費用」以上の重要な問題方向を示すものです。

なお、Mungerが触れている Russ Roberts の「講演」のハイライトも見てみましたが、ハイライトでは「機会費用」には触れていますが(30:01)、比較優位は機会費用で考えればよいといっているだけです(講演の中では分かりません)。

1930年代にハーバラーとヴァイナーの間で、類似の論争があり、ハーバラーが勝ったことになっているのですが、すくなくともハーバラーは投入財(中間財)の貿易は扱えていません。もしハーバラーの「機会費用」が国内価格を参照するものであるなら、その価格によっては「比較優位」は正しくは判断できません。世界的な価格を参照するなら、機会費用は特化パタンと同時的なものですから、「比較優位」の原理が無用だとはとうていいえません。

himaginaryhimaginary 2016/01/03 23:18 塩沢先生、丁寧なコメントありがとうございます。
元記事のコメント欄でも、カリフォルニア州立大学イーストベイ校のJames C. Ahiakporが、比較優位は静的ではなく動的な概念であり、Mungerの主張は行き過ぎだ、とコメントしていますね。これに対してMungerは、ご指摘の通りだが、自分が問題にしているのは比較優位が静的な概念として教えられている点だ、と応じています。
また、同じくコメント欄に登場している独立系研究者のJorge Morales Meoqui――彼はAhiakporとMungerの両人から本件の権威として扱われていますが――は、ハーバラーの機会費用による比較優位の再定式化は比較優位と労働価値説の関係についての誤解に基づくもの、と斬って捨てています。
以上、ご参考までに。

塩沢由典塩沢由典 2016/01/04 21:22 取立てて補足するほどのことではないのですが、「比較優位は静的ではなく動的な概念」という主張についてひとこと。

こういう主張は多いのですが、これはやや安易な主張ではないでしょうか。比較優位の論理は、一定の技術状態(投入係数)におけるもので、その係数が変化すれば。比較優位は変わっていきますが、動的にのみそういう主張をするのは、たぶんきちんと比較優位を考えていられないからだと思います。

Jorge Morales Meoquiとは、ReaserchGateで論争したことがあります。かれは、RuffinとManeschiが指摘したリカード『原理』第7章の「正しい読み方」に示唆を受けて、リカードは収穫一定を仮定したことがないと主張しているのですが、長い投稿のやり取りのすえ、けっきょく一時点における収穫法則と時間が経過して現れる生産性の向上等をまったく区別できない人だということが分かりました。もしHimaginaryさんがReaserchGateに加入されているのでしたら、ぜひいちどお読みください。20番目の投稿から37番目の投稿まで続いています。
Are you interested in reviewing the paper "Reconciling Ricardo's comparative advantage with Smith's productivity theory?
という質問のスレッドです。

https://www.researchgate.net/post/Are_you_interested_in_reviewing_the_paper_Reconciling_Ricardos_comparative_advantage_with_Smiths_productivity_theory/2

>AhiakporとMungerの両人から本件の権威として扱われています。
といわれると、わたしは二人のこの方面の見識を疑いたくなります。

なお、すでに有名なことですが、上記RuffinとManeschiの指摘は、すでに1974年、故行澤健三教授により、詳細に明らかにされていたことです。簡単には田渕太一『貿易・貨幣・権力』の第3章をご参照ください。Net上にも、いくつか関連の論文があります。

himaginaryhimaginary 2016/01/05 03:17 補足ありがとうございます。ご指摘のスレッドはReaserchGateに加入していなくてもGoogleキャッシュを使えばログインせずに読めるようですので、読んでみたいと思います。

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