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himaginaryの日記

2016-02-04

コチャラコタ「FRBにはコミュニケーションの専門家が必要」

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昨日紹介したインタビュー記事でコチャラコタは、引用部分の直前で、マイナス金利以外の実際に用いられた非伝統的金融政策について以下のように評している。

LSAPS do have limitations as a monetary policy tool. The big problem is that it always seemed that the Fed had some cap in mind. Now, that cap, and the relative comfort with large holdings of assets, evolved over time. But, I think, markets always got the message: “OK, the Fed is doing this, but at the end of the day there is some cap on what they are going to do.” The only time when that might not have been true was for a brief period between September 2012 and April-May 2013 when people talked about QE infinity. But as long as there’s a point beyond which you are not willing to go, QE has its limitations as a policy tool.

The other tool we used was forward guidance. Here, I have somewhat different lessons from others. I think that the use of quantitative, state-contingent, guidance was broadly effective and useful. The challenges were on the communication front. With the benefit of hindsight, we were a bit oblique in the way we communicated. Saying things like "We're going to keep the federal fund rate extraordinarily low at least until the unemployment rate gets to 6.5%" created in the minds of many observers the impression that once we reached 6.5%, the Fed would raise rates. We didn't actually say that. But we should have made clear exactly what we meant when the unemployment rate gets below 6.5%.

This is a long-winded way of saying that economists and lawyers, who are by and large the people around the FOMC table, aren’t necessarily the best group to figure out how to communicate effectively using this tool. There needs to be input from communications experts and others on how we can do a better job of shaping expectations using forward guidance.

Date-contingent guidance has been a challenge for the Fed that led to all sorts of problems. Even in 2015, a number of Federal Open Market Committee participants offered date-based guidance, saying in effect that 2015 was the year for hiking interest rates. They did not mean that as a commitment, but markets took it that way. So, I think the Fed was a little bit boxed in at the December 2015 meeting (where I did not take part).

That’s just the latest example of how date-contingent guidance is never meant as a commitment—it’s always a forecast. It’s meant to be Delphic rather than Odyssean, to use President Evans's language. But, the FOMC ends up in a box because conditions change and then the Committee is stuck with what it said. I remain a big fan of quantitative state-contingent forward guidance. But I believe that more qualitative, vague or date-contingent guidance works poorly and that the Fed should stay away from it going forward.

(拙訳)

大規模な資産買い入れには金融政策のツールとしての限界が確かに存在します。大きな問題は、FRBが何らかの上限を念頭に置いているかのように常に思われていた、ということです。実際のところ、そうした上限と、資産を大量に保持することについての相対的な安心感は、時間が経つに連れ増大していきました。しかし市場は、「分かった、FRBはこれをするんだな、しかし最終的には彼らがやることには何らかの上限があるんだな」というメッセージを常に受け取っていたように私は思います。そうでなかった唯一の時は、無制限の量的緩和が人々の間で語られていた2012年9月と2013年4-5月の間の短い期間だけだったかもしれません。それ以上は望まない、というポイントがある限り、量的緩和には政策ツールとしての限界があるのです。

我々が用いたもう一つのツールはフォワードガイダンスです。この点について、私は他の人とは少し違う教訓を学びました。私は、定量的な、状況を条件とするフォワードガイダンスの使用は概ね効果的で有用だと考えています。問題はコミュニケーション面にあったのです。後知恵で言えば、我々のコミュニケーションのやり方は少し遠回しでした。「少なくとも失業率が6.5%になるまではフェデラルファンド金利を非常な低位に維持する」という言い方は、失業率が6.5%に達した途端にFRB金利を引き上げる、という印象を多くの人に与えました。我々が実際にそう述べたわけではありません。しかし、失業率が6.5%以下になったらどうするつもりかを明確にしておくべきでした。

これは、FOMCテーブルを囲んでいるのは大体において経済学者法律家ですが、彼らはこのツールを使って効果的にコミュニケーションを行う方法を見い出すのに最も適した集団とは必ずしも言えない、ということを長めに述べたものです。フォワードガイダンスを利用して期待を形成するという仕事をもっと上手に成し遂げるためには、コミュニケーション専門家などからの助言が必要なのです。

日付を条件としたガイダンスFRBにとって難問であり、ありとあらゆる問題をもたらしました。2015年になっても、多くのFOMC委員が日付に基づくガイダンス提案し、事実上、2015年金利引き上げの年だ、と言いました。彼らはコミットメントを意図したわけではありませんでしたが、市場はそう受け止めました。ということで、2015年12月の会合でFRBは少し追い込まれていたように思います(その会合に私は参加していません)。

それは、日付を条件とするガイダンスが決してコミットメントを意図したわけではない、という最も直近の例に過ぎません。そうしたガイダンスは常に予測であり、エバンス総裁の言葉を借りるならば、オデッセイ的というよりはデルファイ的なのです*1。しかし、状況は変わるものであり、そうなるとFOMCには以前に言ったことが付き纏うので、委員会は追い込まれる羽目になるのです。私は今も、定量的な状況を条件とするフォワードガイダンスを大いに支持しています。一方、より定性的、ないし曖昧、ないし日付を条件とするガイダンスはあまり機能せず、従ってFRBはそうしたガイダンスを進展させるべきではない、と思います。

基礎固め基礎固め 2016/02/06 00:39 すみませんが整理するための駄文を書かせていただきますと。

しこうして、この話、実態経済を見ている主体はいづこに、何処にいるのでしょうか?又は市場を顕示した指標はいづこ…?の疑問符

まず中央銀行からみた道具としての金利と見れば通るかと思えます。
しかし、Marketとしは中央銀行が介入するのだから客観的な景気指標としては使えません。つまりMarketも道具としての金利を見ていることに為ると。これは主流派も異端も同じ思考しているかと。水のみ場は用意できるが動物に、水を飲ませることは出来ないというやつですね♪

そうしますと、道具として、資金集めの道具としての金利が使えるか使えないか、使う必要があるかないかとなり。決めている主体は誰か。その主体は何を指標にして道具としての金利を使って資金を集めよう又は投資しようとしているのか?
端おると、利益、利潤のための価格と費用と購買力市場で、ここら辺からかなり学派が別れるかと。
1、利益は生産量最大化と見なし、他の指標を所与、与えられる物として無視して、資金集めの道具としての金利を指標にすることにもどる人。
2、初期企業用資金か、又は新規投資資金か?
以後後者に限定してみてきます。主流派は余りこの違いを明確化しないように思えますが…。
3、利潤を増やすために価格や費用や購買力を指標にする人。ここから限定してみてきます
価格。メニューコストで価格は硬直的とみるひと。市場の誘因集約力、インセンティブにより元から硬直的とみるひと。先物市場で限定を緩和できるか?
費用としての…材料費と賃金。価格が硬直的なのだから基本的な材料費も硬直的。
で、賃金。失業率の解釈の仕方に学派の違いが見られます。労働市場を雇用側から見た意思決定…採用率と見て、賃金を低く抑えるため解雇の緩和を唱えるひと。又は労働市場を労働者側の意思決定と見て、自主的離職率と見て、雇用を流動的にして高賃金仕事に移動しやすくするためのに最低限の枠としての社会保障やベーシックインカムを唱えるひと。
因に、雇う企業側からの費用を抑えるためという意思決定を重視しているのに、労働者の意思決定に主体概念が入れ替わっているひとが解雇用件緩和を唱える人に見受けられます。また、自然失業率という根拠よくわからない概念が労働者側の意思決定を強調スル文脈でよく使われます…雇用側の意思決定でも使えるはずなんですが…。

そして、購買力市場。稼働率は数量調整を市場の購買力を見て調整をしている物を写像しているとして省略。
上の労働者側の意思決定が原因として賃金の最適な水準やインセンティブ方法的分析として行動経済学へいくひと。行動経済学は指標が分かりにくい分野ですが。それとは違って購買力市場を指標、産業規模や人口規模や労働者購買力を指標つまり需要を指標にするひとがいます。費用を押さえすぎると購買力が低下の危険性、賃金をあげて費用をあげても逆に購買力市場が上がる可能性があります。と言う考え方ですね。

終わります。失礼しました。

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