Hatena::ブログ(Diary)

himaginaryの日記

2017-07-16

経済学の批判者が見逃しているもの

|

14日エントリで小生は、ガーディアン紙の経済学批判記事を取り上げ、最近の潮流からすると今更感のある記事、と評した。小生の言う最近の潮流は、主にノアピニオン氏が以前にブルームバーグ論説で紹介した経済学の傾向を指していたが、当のノアピニオン氏が14日付けのブルームバーグ論説で当該のガーディアン紙記事を批判した。以下はその冒頭。

At this point, blanket critiques of the economics discipline have been standardized to the point where it’s pretty easy to predict how they’ll proceed. Economists will be castigated for their failure to foresee the Great Recession. Some unrealistic assumptions in mainstream macroeconomic models will be mentioned. Economists will be cast as priests of free-market ideology, whose shortcomings will be vigorously asserted. We will be told that economics moves in cycles of fad and fashion. Readers will be reminded that economics deals with humans instead of atoms, making scientific certainty impossible. The piece will end with a call for humility on the part of economists, a more serious consideration of unconventional ideas and reduced prestige for the economics profession.

Writers for the British newspaper the Guardian are especially adept at producing this sort of broadside. The latest one, by John Rapley, is entitled “How economics became a religion,” and it follows the script pretty closely. But by now it feels like the refrain is getting a bit stale.

There are certainly some grains of truth in this standard appraisal. I’ve certainly lobbed my fair share of criticism at the econ profession over the years. But the problem with critiques like Rapley’s is that they offer no real way forward for the discipline. In the wake of the Great Recession, outbursts of anger might have served to awaken economists from their contented intellectual slumber, but at this point a more constructive tone would be preferable. Simply calling for humility and methodological diversity accomplishes little.

(拙訳)

今では、経済学という学問に対する包括的な批判は、どのように展開するかを極めて容易に予想できるほど標準化されたものとなった。経済学者は、大不況を予見できなかったということで厳しく非難される。主流派マクロ経済学モデルの幾つかの非現実的な仮定が言挙げされる。経済学者は自由市場イデオロギー司祭と見做され、そのイデオロギーの欠点が熱心にあげつらわれる。経済学は流行り廃りの循環で推移するものと説かれる。経済学原子ではなく人間を扱うために、科学的な確実性は不可能である、と読者は注意を受ける。経済学者は謙虚であれ、通常ではない思想をもっと真剣に検討すべし、経済学の権威をもっと減じよ、と文章は結ばれる。

英国の新聞のガーディアンの執筆者は、こうした批判展開するのに特に長けている。ジョン・ラプリーによる直近のものは、「いかにして経済学宗教となりしか」と題され、脚本を極めて忠実になぞっている。しかし今やその決まり文句は些か陳腐化した感がある。

この標準化された批判には確かに幾ばくかの真実が含まれている。私も間違いなく何年にも亘って経済学者への批判をそれなりに繰り広げてきた。しかしラプリーのような批判の問題点は、学問を実際に前に進める方法を提示しないことにある。大不況後ならば、怒りの噴出は自己満足の知的惰眠から経済学者の目を覚まさせる役割を果たしたかもしれないが、現時点ではもっと建設的な論調が望ましい。単に謙虚さと方法論上の多様性を求めることで達成されることはあまりない。


この後ノアピニオン氏は、現在の経済学で起きている良いこととして以下の4点を挙げている。

  1. 経済学者は実際に機能する理論を幾つか開発した
    • 良い科学理論は、理論開発の契機となった状況以外でも検証可能な予測を行う。経済学は徐々にそうした優れた理論のレパートリーを広げている。
      • 例:オークション理論、マッチング理論、ランダム効用離散選択理論、(ミクロ経済学以外では)貿易の重力モデル
    • 原子ではなく人間を扱うので経済学理論は決して信頼できるものとならない、と主張する人が間違っていることをこれらの理論は示している。
  2. 経済学はより実証的になっている
  3. 実証経済学は政策にますます密接に関連するようになっている
    • 疑似実験研究は、シアトル最低賃金引き上げ*2欧州各国の難民受け入れといった政府の政策がもたらす結果について直接的で明確な回答を与える。
  4. 経済学者がかつて自由市場イデオロギー寄りだったとしても、今では違う

*1cf. ここ

*2cf. ここ