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2013-11-03

同性カップルを含む全て人への差別に反対するためにこそ、私は「同性婚を含む結婚制度に反対」 と主張します


 今年の関パレ(関西レインボーパレード)&フェスタで、「日本人中心主義と同性婚の問題点を考える会(仮称)」名義でブースを出して、以下のチラシを配布しました。遅くなりましたが、こちらにも掲載します!




同性カップルを含む全て人への差別に反対するためにこそ、私は「同性婚を含む結婚制度に反対」 と主張します

日本人中心主義と同性婚の問題点を考える会(仮称)

hip【あっとまーく】barairo.net 090-1156-3039 ひびの まこと

ブース出してます!意見交換したいです!


 「私たち」の運動は、これまで性やライフスタイルの多様性を社会に訴えてきました。今の社会では、異性同士の性愛を選んでいる人たち、異性同士で同居し、支え合い、セックスし、暮らしている人が多数派であるのは事実。でも、なぜそういう生き方をする人たちだけを想定して社会を作るのか。異性関係のみを優遇する社会制度、異性関係を教え込む教育やメディア、つまり異性愛中心主義の社会制度と文化に対して、異議申し立てをして来ました。ポイントは「仮にそれが社会の多数派の生き方であっても、特定の生き方(例えば異性愛)を優遇したり推奨したりすべきではない」つまり「仮に社会の多数派が望んでも、社会全体で目指すような『望ましい生き方』を設定するな」「多数派による社会の私物化を許さない」ということです。多数派の都合に基づいて多数派のために制度や文化を作るべきではなく、出来る限り、多数派であっても少数派であっても対等に扱われる社会、多数派に同化しなくても少数派が少数派のママで生きられる社会を、私たちは目指すべきではないでしょうか。


 これと同じ理由で、私は、結婚制度(同性婚を含む)にも、反対です。

 もし「結婚する事」によって、社会生活を送る上で何らかのメリットを手に入れる事が出来るのであれば、それは結婚に人を誘導し、結婚を推奨し、場合によっては人に結婚を強いる社会的な圧力にもなります。そしてそれでも結婚しない人には「なぜ結婚しないの」「結婚しないのなら仕方ないね、自業自得」と、不利益が押し付けられます。

 今の社会では「結婚する」というライフスタイルを選択したい人が多数派であるのは事実でしょう。でもなぜ結婚したい人の都合ばかり優先するのでしょうか。同性同士の性愛を大切にしながら生きている人にも、結婚をしたい人もいますが、結婚したくない人もいます。一人の人と恋をして付き合ってセックスして同居して結婚するーそれが幸せな人生。こういうライフスタイルをしたい人はすればいいですが、このようなライフスタイルが、ただ単にそう望む人が多いというだけのことに留まらず、「当たり前」「お祝いするおが当然」だと扱われている現状、そしてその認識を前提に社会制度が作られている現状には、我慢ができません。

 結婚することによって得られるメリットとは何でしょう。例えば、遺産や保険金を受け取る権利、刑務所での面会権、配偶者ビザの取得などのことでしょうか。ではこれらの権利は、「結婚した人だけ」が得られればいいものでしょうか。逆にいうと、結婚をしない人にはこれらの権利は認められなくてもいいのでしょうか。現在の日本では、結婚制度は、人であれば当然だれでも行使できるべきこういった権利を、「結婚した人」にだけ制限する(制限しようとする)たぐいの、そもそもが差別的な制度です。

 【結婚特権:結婚したら権利をあげるよ】というのが現在の結婚制度です。その特権を享受する資格が異性間に限られているのはひどい、同性同士でも「結婚する人」が結婚特権を享受できるようにしてほしい!そんな、特権を要求するたぐいの運動は、果たして本当に「全ての人」の平等を目指す運動たり得るのでしょうか。もし同性婚の目的が異性愛特権の廃止であるのなら、ぜひ一度、結婚制度の廃止(反婚)や、結婚制度に代わるしくみ(私的関係を個々人が自由にアレンジして契約できる仕組み)の可能性を、真面目に考えてもらえないでしょうか。同性婚に賛成の人に考えてほしい1番の点は、この点です。

 実は、結婚特権との闘いは既にあります。結婚していない夫婦の子供が相続時に差別される婚外子差別裁判は、つい先日最高裁違憲判決が出たばかりです。また結婚しない異性カップルの地道な取り組みがあったからこそ、住民票にさえ記載されるくらい、内縁関係が広範囲な法的な保護を受けるに至っています。パートナーシップを保護する、同性関係の権利を獲得するという時の道筋は、同性婚以外にもたくさんあります。


 実は結婚にはいろんな側面があります。上に書いたような社会制度としての結婚結婚特権)以外にも、パートナー関係のあり方としての結婚もあります(「付き合う」「恋人」とかと同様の私人間の約束の名称)。でもこれは、例えばディズニーランドで結婚式をあげた同性カップルがいたように、(異性関係のようにどこでも自在にという訳にはいきませんが)今でも性別を問わず自由にできます。この意味では「同性婚は今すぐ可能」ですし、結婚したい人はじゃんじゃんしてください。他人の人生のことなので、私は特に反対とかしません。でも、結婚をお祝いするおが当たり前であるかのような言い方は、止めてください。


 同性婚を求める意見には、最初の「私も結婚特権がほしい」という主張とは別に、もう一つ文脈があるように思います。特に、結婚するとどういうメリット/デメリットが有るかを丁寧に検討したことがないのに、同性婚を認めてほしい、と思っている人に多いと思うのが「とにかく何でもいいので、同性同士の性愛のあり方を『公的な形で』認めてほしい」というものです。「性同一性障害者の性別変更の特例法」が成立してから一気に性同一性障害GID)の社会的認知が拡大した歴史を知っていれば、とにかく一度、法律などで、同性関係を公的に認めてほしいと思うのはあり得ることですし、一定の説得力があります。

 でも考えてみてください。それは同性婚という手段でしか実現できないものですか。もし本当に「全ての人に平等な制度社会」を考えるのであれば、同性婚の実現ではなく、結婚制度をなくす事をこそ、目指すべきなのではないでしょうか。

(そしてそれでもまだあなたがどうしても同性婚を実現したいのなら、結婚制度を特権のない制度に作り変えること、結婚しなくても同じ権利が得られるようにすること、結婚しても得られるメリットがないようにすることも、同性婚を実現したい人自身が引き受けるべき仕事であることは、覚えておいてください。)


●同性婚あるある●

同性婚をするのは同性愛者

   →違います。既に様々な性指向の人達が異性婚をしています。同性婚ができるようになっても、様々な性指向の人達が様々な理由で同性婚をするでしょう。

同性婚は結婚制度の差別性を解体する一歩になる

   →一歩にはなるがその先には行かない。同性婚は、結婚制度の中の異性愛主義を解体しますが、それ以外のことは解体しません。そして同性婚を欲する人の多くは、異性婚を欲する多くの人がそうであるように、そもそも結婚制度自体に賛成していることが多く、結婚制度を解体したいとは思っていません。


リネハン米国総領事は、なにか悪いことしたんですか?

質問者:リネハン米国総領事は、なにか悪いことしたんですか?

ひびの:私はよく知りません。

質問者:じゃあ、なぜリネハン領事にいろいろ言うんですか?

ひびの:米国政府を代表している人として、ここに来ているからです。

質問者:え??

ひびの:同性婚をしているゲイのカップルなんていくらでもいます。リネハンさんは、米国領事だから、発言の時間を与えられています。リネハンさんが人として何か素晴らしいことをしたから発言時間を与えられているのではありません。

質問者:まぁ、そうだね。で、何が言いたいの?

ひびの:米国政府世界最大の人権侵害大国の一つです。イラク侵略戦争での大量殺人やグアンタナモ基地での拉致監禁は有名ですし、沖縄の米軍基地やオスプレイ配備も身近な問題です。そういうことをしている政府の代理人が「米国政府は人権を大切にしています」と言うのには強い嫌悪感を覚えたのが最初です。

質問者:リネハンさんを追い出したいの?

ひびの:今はその意図はありません。

 私は、まずリネハンさんの個人としての意見を知りたいと思いました。もし本当にリネハンさんがLGBTの人権が大切だと思うのなら、その思いは、イラクで空爆されるLGBTや、沖縄のLGBTの人権をも尊重することに繋がるべきだからです。リネハンさんが、米国政府の内部において、例えば沖縄の人たちの人権を尊重する立場からオスプレイ配備に反対する意見をオバマに伝える、そうなればいいと思っています。

質問者:なるほど。

ひびの:そのためにも、まず日本の私たち一人一人が「オスプレイ反対」の意見をリネハン領事に対して事あるごとに伝えるべきです。

質問者:だからポストカードを配ったんだね。

ひびの:ゲイの領事がいるからって、米国が人権を守る国だってことにはなりませんよね?LGBTの人権を掲げるんだったら、率先して他の人権も問題化していくような、そんなLGBT人権運動であるべきです。そしてもしリネハン領事が、例えばオスプレイ配備を開き直るのなら、もちろん強く抗議していくことも必要でしょう。



PDFはこちら

 

 

 

 

ぶぶぶぶ 2014/02/06 01:17 結婚制度そのものに反対というご意見は興味深く拝読しました。私は趣味で江戸時代の社会制度などを調べているのですが、もしかしたらあの時代は、ひびのさんのおっしゃるとおりだったかも知れません。今とはだいぶ制度が違いますので比較は難しいですが、少なくとも当時、結婚は特定の人の行為だったようです。当時の日本において、家族という存在は現在のそれとは違っていたようです。家が仕事と深く結びついていた当時(例えば仕事は世襲で受け継がれる)家の存続は生きるための仕事の維持と深く結びついていました。つまり家(家族)とは現在の家族とは意味が違い、いわば中小企業のような存在だったのではないかと思われます。構成人員はいわば企業のスタッフです。血縁者の存在が家の踏襲の必須条件でしたから、子供は必須でした。つまり異性間の結婚が必須になります。しかし結婚はいわゆる愛の表現ではなく、企業存続のためのスタッフ選びでした。そこには愛がなかったのではなく、日本における愛は意味が違ったのでしょう。尊敬も、尊重も、仲間としての慈しみも、愛情もありますが、単なる性愛や恋愛ではなかったという事です。一方で、家の存続を必要としない多くの人は、結婚すらする必要はありませんでした。一般庶民は結婚の必要はなかったようで(内縁とかは勝手にしたみたい)また家の存続を必要とする金持ちや武家などでも家の存続に関係のない次男以降の男は結婚しないケースも多かったのです。
こうしてみると、当時の結婚という制度は非常に便宜的なもので、必要な人がするだけのもので、それをしたから一人前とか、そう言う類のものではなかったようです。
その一方で、恋愛は結構自由でした。結婚するような立場の人でも、やるべき事をしていれば恋愛は自由。実は当時、性的な規範は相当弱かったと言われています。農村部ではほぼフリーセックス状態であり、ご存じのように男性は妻以外にも女性との関係を許されています。一定の立場の女子だけが性的な管理をされますが、これはこの人の産んだ子が夫の血を引き継いでいないと困るからで、当時は女性の性的な行動を規制する以外に子供の父親を特定できなかったからです。
だから結婚しなければならない立場でない女性は、結構自由だったようです。そして、キリスト教がほとんど流布しなかった当時の日本では、同性間の恋愛は普通のことでした。差別とか区別以前の問題です。普通でした。
「東海道中膝栗毛」は江戸後期のベストセラーですが、主人公のヤジさんとキタさんは同性愛のカップルです。片方が家の事情で結婚しなければならなくなった時、二人は上方から江戸へ駆け落ちしています。さらにその後一度は別れますが、後に焼けぼっくりに火が付いて、そして連れだって旅に出たのがこの話です。
ベストセラーの主人公が同姓愛カップルというのは、BLが定着した現在でもちょっとないでしょう。この時代の自由さを感じます。
日本が同性愛を差別視し始めたのは明治以降。西洋文明に追いつくために西洋の文化を吸収し始めた時期の後です。つまりキリスト教文化の影響と言って過言ではありません。女性の処女性が極端に重視されてきたのもこの時期から後、女性の性的な行動に厳しく規制がかかったのもこの時期から後。離婚が不道徳であるという概念もキリスト教が離婚を禁じていた影響でしょう。それまでの日本において結婚の回数は特に問われてはいなかったようです。江戸時代までの日本は、人の生き方が非常に合理的だったのかも知れません。結婚や子供を作ることは、生きるための手段。そうある人達にとっ手の手段に過ぎず、恋愛は、ただ純粋に恋愛以外の何ものでもなかったという事ではないでしょうか。

リネハンさんの発言が、日本のセクシャルマイノリティーの人達の日常に貢献するものなら良いと思います。でも正直に言えば、キリスト教文化圏の人に、日本は差別的とは言われたくないですね。

hippiehippie 2014/02/16 01:19 ぶぶさん
(ブブドラさんですか?)
 レスが遅れてしまいましたが、コメントありがとうございます!
江戸時代の結婚が「いわば中小企業のような存在」というのは、時代によって社会制度の意味も違っている、というのが面白いですね。
「当時は女性の性的な行動を規制する以外に子供の父親を特定できなかった」という辺りも、時代を感じます。
 私の記事では今回は書けなかったんですが、明治以降の日本で、まさに女性の権利を主張する立場から、女性たちに対して「結婚/法律婚をしよう!」という呼びかけをしていた人たち(フェミニスト)もいた、とも聞いたことがあります。法律婚をしていないと、家事労働や農業労働で使い捨てられたあげく、男子を産めないと一方的に(夫から)離婚されたり、共同で築いた財産を一切受け取れない(家を一方的に追い出される)、死別の時も遺産を受け取れない、みたいなことがあるので、それを防ぎ自分を守るために「一方的な離婚ができず相互扶養義務があり遺産相続を権利とする」結婚を呼びかけたそうです。
 そういう意味でも、社会制度のあり方と深い関係がありますね。

 リネハンさんのことですが、「日本のセクシャルマイノリティーの人達の日常に貢献するものなら良い」という場合の、「日本」が、例えば本土に住む日本人のみを指していなければいいなと思います。米国政府は、例えば米軍基地という形で【いま現に目の前で制度的法的暴力を振るっている張本人】なので、そういうあり方にはっきりと反対する立場を示すことこそが「日本の」セクマイにとっては必要で当然なことだと思います。リネハンさんのパートナーのエマーソン・カネグスケ(金城)さんは名前から見ると沖縄にルーツがありそうなんですが、その意味でももしかしたらリネハンさんは個人としては何らかの理解を持っている可能性もあります。だからこそ私のような本土の日本人こそが沖縄差別や米軍基地を問題化して、リネハンさんにも問うて、発言を求めていくということが必要なんだと思っています。仮に本人が沖縄の米軍基地に反対の意見でも、日本国内でそういう声が出てこないと本人が動きようがないから。(そういう方向の可能性があるかもしれないから、リネハンさんに対しては比較的穏健な態度を維持して、排除的な厳しい言い方を現時点でまだ避けている面が実は私にはあります)
 加えて「セクマイに対する肯定的態度」を示すことが、例えばグワンタナモ基地でいまも行われている違法な拉致監禁や、イラクやアフガンへの米国政府による侵略殺戮行為を免罪したり後景化したりする効果を、結果的に出会っても持たなければいいなとも思います。

保守の極み保守の極み 2014/02/22 16:37 逆に、少数派の意見を全て尊重していたら、多数派の意見・権利が侵害されることになるとも言えます。例えば結婚制度の問題の場合、確かに結婚制度を廃止すれば結婚制度に否定的な人や同性愛者の人権は守られるかもしれません。しかしそのためなら結婚制度に肯定的な人や一般的な異性愛者の意見・権利は無視してもいいのでしょうか。少数派を尊重するために多数派が蔑ろにされては本末転倒ではないでしょうか。
(違う論点からになるのですが)この世界において、全ての人間の全ての願いを叶えることはできません。なので、人は自分の願いを叶えるために他者(相手が人とは限らない)と争う事になります。突き詰めると、全ての国家、いえ制度はその争いによる損害をできるだけ減らし、利害を調節し、なるべく個々人の願いを叶えるためにあります。しかしやはりどうしても全員の全ての願いを叶えることはできません。そうするとなるべく多くの人の多くの願いを叶えるために、多数派の意見を採用する事になります。これが民主主義です。民主主義は少数派の意見も尊重する、というのは建前に過ぎず明らかに社会の多数派の為の物なのです。ただし、この場合の多数派とは社会の過半という意味ではなく、社会においてある一定程度、全体の5%以上くらいでしょうか、の割合を占める意見・勢力の事です。なので、同性愛者は社会の一割から二割を占めるので、民主主義においてもある程度代弁されます。しかし、結婚制度廃止派現状明らかに社会の5%を占めていません。なので、結婚制度を廃止しようと思ったら廃止派が社会において一定の割合を占めるよう努力し続けるか、日本を出て廃止派が多そうな国に行くか、民主主義を廃止し社会の多数派でなくある個人の願いを叶えるための政治制度、例えば絶対君主制や北朝鮮のような体制に変えるしかありません。そのどれも無理そうならば、結婚制度廃止は不可能でしょう。
個人的には、共産党あたりが政権をとって、途端に本性を表して彼らの尊敬するレーニンに習って共産党独裁体制に変わるが、その時に様々なもの、例えば結婚制度等も大幅に変わる、なので共産党に入り結婚制度廃止の運動をする、というのが一番廃止の可能性が高まるのではないかと思っています。

hippiehippie 2014/03/01 22:33 多数派による独裁を正当化する手段として「民主主義」という語が使われているという、現在の日本の現実を、分かりやすく反映する書き込みですね。
しかも、5%という恣意的な数字を挙げる一方で「同性愛者は社会の一割から二割を占めるので、民主主義においてもある程度代弁されます」と書くあたり、論理的な思考をすることよりも、ただ単に自身の言いたいことを言うために、後付けで理屈をとってつけているのが、あまりにも分かりやすいです。
こういうのを「単なるご都合主義」と言うんですよ(^^)

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