Hatena::ブログ(Diary)

ばらいろのウェブログ(その2) このページをアンテナに追加 RSSフィード

フツウを求めない、
ワタシの、ボクの、
バラ色の人生を創り出すために!

2018-02-25

2018年 吉田寮 春季入寮募集宣言 Manifesto of Yoshida dormitory's recruits 2018 spr. 2018年 吉田寮 春季入住者招募宣言

f:id:hippie:20180224170835j:image:w250:right

京都大学の自治寮である吉田寮が、今春も新規入寮者を募集しています。

なぜわざわざこんなことを書くかというと、京都大学当局から現寮生が退寮を要求され、加えて大々的に「吉田寮には入寮できない」とアナウンスされている中での、吉田寮自治会による入寮募集だからです。


2018年 吉田寮 春季入寮募集宣言
Manifesto of Yoshida dormitory's recruits 2018 spr.
2018年 吉田寮 春季入住者招募宣言

2018年2月22日

吉田寮自治会


また、吉田寮自治会が発行している入寮募集パンフレットに、以下の短文を寄稿しました。

今年は、沢山の寄稿があり、過去最大のページ数に及んでいます。

パンフレット全体はここでダウンロードできます(153MB)。

「(第1次) 在寮期限」の後のわたしの経験

 私が吉田寮に入ったのは1987年4月。つまり「(第1次) 在寮期限」の時です。その当時も大学は公式に「入寮募集停止」を決めていて、「吉田寮には住めません」との趣旨の掲示も出ていたような記憶もあります。でも、寮自治会が開催する入寮説明会に取りあえず行ってみたらたくさんの寮生が住んでいたし、大学の方針に抵抗しながら住むのも又なんか楽しそうだったので入寮しました。その後、河合隼雄学生部長との団交などを経て、1989年に吉田寮の存続を正式に勝ち取るのですが、ここでは、その後の話を少し書こうと思います。

 いま吉田寮に住んでいる人や、いまから吉田寮に入ろうと思う人にとって、吉田寮が、日本人や在日朝鮮人などの永住外国人だけが住む寮ではなく、留学生も住む寮であることは、当たり前のことになっています。しかし私が入寮した当時は、吉田寮自治会は留学生の入寮を認めていませんでした。

 実は、河合学生部長との団交の過程で、新寮を建てるとしたら混住寮にしよう、と学生部長の側から提案がありました。当時のわたし自身も、そして寮自治会としても、それまで留学生との混住寮については考えたことがなかったので、寝耳に水でした。その時は「建物を建てるときの学生一人あたりの基準面積が混住寮にすれば広くなる」などの理由が言われていました。しかしよく考えてみれば、特に私費留学生が経済的に特に厳しい状況にあるということは、すぐ気がつくことでした。いまから思い直してみると、当時の私たち吉田寮自治会は「経済的に厳しい人たちの学ぶ権利を保証するための厚生施設」という位置づけを掲げていながら、京大でおそらく最も経済的に厳しい状況に置かれうる層の人たちの入寮を認めていなかったのです。とても恥ずかしいことだったと思います。

 そういったやり取りも含む団交を経て、吉田寮の存続が公式に決まった1989年以降、わたしは、当然のことながら、吉田寮の入寮資格が留学生にもすぐに開かれるものだと思っていました。

 しかし、これが思いのほか、簡単ではなかったのです。

 とにかく、いろんな理屈をつけて、寮生大会で通らなかった。そもそも学生部が混住寮と言い出しているので、大学当局との関係から問題になる点はありません。詳しくは紙面の都合でここでは触れませんが、要するに、留学生を入れたくない、という人が実際に一定数いたのだとわたしは考えています。最終的には1990年7月から留学生の受け入れを開始したのですが、それは、団交の場で混住寮の話を初めて聞いてから、既に1年以上もたっていました。

 「自治」というのは、このような危うさもあるんだ、ということを、わたしは学びました。現に吉田寮に住んでいるという既得権を持っている人たちが「自分たちの生活」のことだけを考えていると、そこには「留学生との混住寮」という発想はなかなか出てきません。自治は、特権を持った人たちの既得権防衛として使われる/機能することもあるのです。その当時の吉田寮自治会は、いわゆる「正社員組合」だったのです。


 留学生の入寮募集を開始するにあたって、実はもう一つ、新たなテーマがありました。当時の留学生用の宿舎である国際交流会館(修学院)に行って事情を聞いてみると、配偶者や子どもなど家族と共に来日を希望する人のための家族部屋が国際交流会館には設備としてあり、実際に家族で入居して生活している人も居るということを知ったのです。もちろんその家族には、京大の学籍などはありません。これについては、留学生の入寮募集を開始した後も寮内で話し合いを続け、1994年度から「京都大学学生との同居の切実な必要性」が認められる者も入寮募集の対象にする事になりました。特定のイデオロギーに基づく「家族」という言葉を使わず、法的な婚姻などを要件とせず、吉田寮の自治の立場からこれを言い換えて位置づけ直しているのが、素晴らしいと思います。いま各地で「LGBT」に配慮してどうこうするというのが流行ですが、そんなのが流行るずっと前から性別要件を問わない形での取り組みを吉田寮自治会はしていたことになります。


 留学生の入寮を認めるまでにも、時間がかかりました。同居を必要とする人の入居には、更に時間もかかりました。その意味で、確かに、自治のあり方は決して完全ではありませんでした。でも、時間をかけながら、確実により良い方向に、吉田寮を作っていくことができたこともまた、事実です。「(第1次) 在寮期限」のあとの、そういった取り組みに関われたことは、わたし自身にとっての大きな誇りです。


 新しく吉田寮に入寮される皆さん。そんな、いろんな経験を吉田寮で紡いでいってください。


ひびの まこと

hip@barairo.net

http://barairo.net/


PDFひびの まこと2.pdf 直


資料のリンク

▶吉田寮自治会の公式ウェブサイト

https://sites.google.com/site/yoshidadormitory/

▶吉田寮自治会による特設サイト「吉田寮を守りたい」

https://yoshidaryozaiki.wixsite.com/yoshidaryozaiki2017

▶緊急特集:吉田寮退去の「基本方針」を検証する(京都大学新聞)

http://www.kyoto-up.org/archives/2675

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/hippie/20180225/p1