キッチンについて/平賀さち枝

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2016-04-28

起床して、スーパーで野菜の買い物と銀行。
読書とお風呂と料理。
明日食べるように、炊き込みご飯や、ピーマンの肉詰めのしたく。

夜はNegiccoのライブを鑑賞しに、中野サンプラザへ。
中野サンプラザももいろクローバーのあかりちゃんの引退ライブ以来だった。
今回は、来月発売されるNegiccoのニューアルバムに、楽曲提供をさせていただいたご縁があった。
ライブは素敵だった。一生懸命で、愛らしく素直で、歌声が力強かった。
その後、何日も前から楽しみにしていた中野の某ラーメン屋へ。
チャーシューを8枚ぐらい食べた。
噂通りの美味しさに感動し、中野をあとにし、アイスとポテチをざっと買って帰宅。









5年前の、震災直後に、松本亀吉さんが「ドミューンで"ミュージックフェア"をやりたい」と言い出したことからはじまったその祭りのような催しに、自分を呼んでくれた。自分以外には、豊田道倫さん、クリトリック・リスさん、Negiccoさんが出演していた。
その日は、自分も、実家が被災したばかりだったので、なんだか妙な心境なまま、その日の気分ですきな歌を選んで、弾き語りしたんだと思う。異様な熱狂と雰囲気につつまれていた。

だけど、震災の年の一年間は、東京の街全体がそんな感じだった。
3.11の一ヶ月後に自分は「さっちゃん」というアルバムでCDデビューした。
同じ年にデビューした、ミュージシャンの友達は、「最悪なタイミング」とも言っていたけど、じぶんは、そうゆうふうには思わなかったし、どんなことがあろうとも、とにかく歌が好きだった。その時わたしは22歳だった。数ヶ月後には23歳になった。その時期にかいた曲を「23歳」というタイトルをつけたアルバムにのこした。それが発売された時はもう24歳になっていた。



そのドミューンで初めて、生のネギを折れるまで振り回しながら歌うNegiccoの3人をみた。
じぶんはその後、人知れずNegiccoのインストアライブに一人で行ったりもした。



そうゆうことを、なんだか、ひとつひとつ小さく思い出したりして、今日の中野サンプラザは、どうしても、胸がすこしキュウとなった。とても個人的なのだけど。







昼: ツナのホットサンド、小松菜のお味噌汁
夜:ラーメン























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