第7回:中国の強さとは(下)

渡辺: 僕の同年代の、つまり40代の日本人男性は中間管理職のサラリーマンが多いのですが、そういう人達に中国のコンテンツビジネスはきっと面白くなっていくと言ってもなかなか通じません。「どうせパクリばっかやってるんだろう」とか、「中国産のものなんかは受けねーよ」とか、伝聞情報だけを元にして完全にシャットアウトする人が、確かに、多いかもしれないんですね。
リン: そうですね。その上の世代はまだ理解するのに結構努力してるんですよ。
渡辺: 特に台湾とか日本の国の60代や70代の世代はたぶんね、アメリカの資本主義が入ってくる前のこと、あるいは入ってきてからしばらくの変革期のこととを多少覚えているんですよ。例えば日本の老人世代は、戦争終わったらいきなり何もかも変わった、という記憶が、残っているんです。だから、今のシステムだっていつかパッと一変するかもしれない、そういう覚悟があるわけです。
リン: その下の世代はどうですか。
渡辺: 戦後のどさくさが終わって高度成長が進んでから生まれ育った、つまり今の40才から60才くらいの世代は、豊かさイコール、アメリカなんです。
僕だって子供の頃からもうアメリカ万歳だったんですよ。
ディズニーアニメ大好きで、ハリウッド映画大好きで、アメリカのホームドラマに出てくるファッションや電化製品に憧れました。早く大人になって金髪になって青い目になって、ロサンゼルスの青い空の下、ビーチをローラーブレードで走りたいと思っていました。
リン: マジですか?
渡辺: ええ。僕らの世代には、夢はアメリカに渡って皿洗いをすることです、という若者が本当に多かったんです。僕も20代の初めにアメリカに行ってしまいました。やりましたね、皿洗い。
まあ、僕みたいにスピンアウトしないでちゃんと大学出て一流企業に入った人たちもね、たいていずっとアメリカを見ていたんです。どの会社でも、英語ができればエリートなんだという前提があった。日本の法律より、アメリカのビジネスルールを優先して勉強していました。アメリカに倣え、アメリカの後を追え、アメリカ人のように仕事がしたい、アメリカ企業のような会社にしたいと、大抵のサラリーマンはそう考えて、がんばっていた。
アメリカが提示したサブプライムローンに疑いなく乗っちゃったのも当然なんです。
そういう世代が、今、アメリカのものすごい凋落ぶりを見て、相当にショックを受けていると思います。それも経済の凋落の前に、イラク戦争からのモラルの凋落があるわけです。もしかしてアメリカのやってることを信じて、ついてきたのが間違ってたのないか、俺ら騙されてるのではないか、と。
リン: へー、そうでしょうか。この間日本のニュース番組見てると、まだ気付いてないようですね。
渡辺: そうですか。
リン: オバマの当選の日はちょうどその時日本にいたんですね。で、ニュース見てて、みんながすごい喜んでる感じがするんですけどね。日本のマスコミも含めて、みんな期待してて。
でも彼の政策の中で、「Buy America」、「アメリカのものを買え」というのね、アレは日本にとって非常に不利な政策なんですよ。それを含めて「オバマ、応援しています」を言ってる日本人は何考えてんだと思ってしまうのです。まあそういう人は日本人だけじゃなくて、台湾にもいるんですけど。
例えばインテルが最近、70億ドルをかけてアメリカ本土で工場を作るから、7000人かの就労チャンスが増えるというわけですね。それが台湾に伝わってきて、ニュース番組に伝われてきた時に「朗報です」と言ってるんですね。それは朗報じゃなくてさ、インテルアメリカで工場作るということは、そのぶん台湾に発注しなくなるという意味なんですよ。それを全く気付かなくて、アメリカで就労チャンスがいっぱい増えてよかったんじゃないですか!と。こっちから見るとあなたはアメリカ人ですか!と思えるわけです。
そういうことは世界中の至るところにたぶんあって、ほら、YouTubeに上がっていた外山恒一さんのアジテーション、「世界はアメリカだ」とか「なぜ僕はアメリカの大統領投票に参加できないんだ」とか「僕はアメリカ人なのに」と言ってるのは、狂言に見えるんですけど、あながち間違ってないかもしれないのですね。だけど、金融崩壊からもうすぐ半年、そろそろ目覚めてほしいという感じですね。11月の混沌、クリスマスのリストラ、新年のリストラ、旧正月のリストラ、で、そろそろ冷めるのでしょう。じゃ冷めてから、どうするというのは、考えないといけないのですね。

ニコ動の方のコメントも面白いですが、
YouTube版の下も世界からいろんな反響が寄せられていて、
英語を読むに苦痛にならない方におすすめです。

そういえば渡辺さんの場合は、どうだったんでしょう。アメリカ人には結局、ならないことにしたんですか。
渡辺: そうそう、皿洗いの顛末なんですが、僕の場合は実のところはアメリカの土を踏んですぐ、幻滅していたんです。まず、ロサンゼルスに青い空なんかなかったですね、もう。スモッグで毎日どんよりと濁ってました。ビーチも、どこも悪臭で。それでも気を取り直して部屋を借りて運転免許も取って、仕事もなんとか見つけたんですね。けれど、1年くらいで挫折したんです。やっぱりアメリカ人にはなれないや、と。プライベートな時間まではアメリカ人と一緒にいるのはきついわけです。体でかいし、声でかいし。むちゃくちゃ食うし、むちゃくちゃ残すし(笑)。
リン: 浪費してるね。
渡辺: やっぱりDNA的なものかなあなんてことまで考えてしまいました。ここで中国の話に戻るんですが、天安門事件から餃子事件まで、僕はあの国の制度的な問題に根ざしていると考えてしまっているので、かなり身構えていたんですね。ところが実際に行ってみて、いろいろな立場の若い中国人達と話してみると、なんというか、楽なんです。馴染めるわけですよ。若いクリエーターに限っていうと、皆礼儀正しいし洗練されている。延々と話していても、ちっとも疲れない。ホテルの部屋に入ってこられても嫌な感じがしない。一緒に暮らしても別に構わないと思えるくらいの親近感が、すぐに持てるんです。
アメリカ人の場合、どんなに親しくなっても、一緒の部屋に泊まるだけでもきつかった。相手が筋肉質の男だったら念のためきつきつのジーパン履いて寝てました(笑)。
ネットの情報から「中国人と付き合うのは大変そうだ」とか「中国に行くのは恐い」とか思い込んでいる人が多いみたいだけど、国民どうしとしてではなく人間どうしとしてなら、もしかしたらアメリカやヨーロッパの人よりも簡単にうちとけあえるんじゃないかと思えるんですね。
リン: アジア人だから、でしょうか。
渡辺: ただね、実際はきっと、アメリカにもフランスにも、そういうふうに気の合う、話が合うタイプの人はいるはずなんでしょうね。たまたま今回はリンさんや太田さんと一緒に回ったから、類が友を呼んだということかもね。
リン: これは話はかなりずれますけど、『ひらきこもり』が主張してるもの、私も正しいと思うが、国境の感覚が違うんですね。本の中にも言及した、アメリカ人日本人中国人よりは、ゲームボーイ人やPS人とか任天堂人とか、そんな感じでわけるのが正しいのじゃないかと私も思うんですね。
渡辺: 20世紀まで、国境をどこに引くか、ということが大問題だったわけです。
戦争というものは国境を挟んでこちら側とあちら側に別れて行われるものだった。そしてこちら側にいる人が同国人であり、仲間だったわけです。この線からこっち側に住んでるから日本人、日本人としてこう生きる、と。けどね、今はそういうアイデンティティーってもう成立しないでしょ。同じ島に住んでいたり同じ肌の色だったり、ってことより、個人個人の趣味や志向性、つまり同じゲームが好きだとか同じマンガのファンだというようなことの方がリアリティーがある。そして仲間意識があれば場所関係なくすぐに連絡を取りあえちゃう。


【つづく】


渡辺浩弐×林依俐 
対談・「宅」の密室からつなぎ合う世界へ
次回「「宅経済」のグローバル化」は
2009年6月8日更新予定です
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