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2012-08-30

あの花・峰不二子という女〜岡田麿里脚本に見る女装の意味〜

 芽衣子に近づくための儀式。
 もしくは、あの日、自分を受け入れてくれなかった芽衣子を、もう一度『上書きする』ための儀式。

 少しずつ集めた芽衣子のかけらを、どんどん自分に取り入れていった。
 鏡に映る自分に、あの日の自分が『めんまに捧げてもらいたかった言葉』を繰り返し呟いたりした。
P.11 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。下 <MF文庫>

 あの夏の終わりから一年、ようやく岡田麿里が終わらせた夏休みの宿題・小説版あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。下巻を読みながら、あぁ、ゆきあつってこういう人物だったのかと、やっと答え合わせができた。

 岡田麿里作品には、しばしば、男性キャラクターが女装するシーンが出てくる。しかし、これを単に「クリエイターの趣味」と言い切ってしまっては作品の解釈に語弊が生じるのではないだろうか。今回は、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない松雪集こと、ゆきあつと、「峰不二子という女」オスカーを比較することで、岡田麿里が女装に託した作品の表現方法を読み取ってみたい。


 「あの花」といえば、2011年春アニメで最も話題に上がったアニメのひとつであり、幼馴染の死によってバスターされた秘密基地のリーダーであった宿海仁太の元に、亡くなった少女・めんまが「お願いを叶えてほしい」と現れたことをきっかけに、かつての秘密基地のメンバー・超平和バスターズの面々が、めんまを失った傷を癒し、再びコミュニティを再建する物語だ。

 感涙必至の1話から向こう、丁寧な描写、話作りをやっていたあの花は、4話にして爆笑のコメントに曝されることになる。イケメン秀才、ゆきあつの女装姿は、Twitter・2ちゃんまとめを初めとしてネット上で大きな「祭」として消費された。
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 「あれを見てしまった」ときの気持ちなら、よく覚えている。早く隠れてほしい、見つかってほしくない。ひたすらに逃げていただきたかった。身長181cm、体重68kg、決してムキムキではないが男らしい体格をした彼が、身長差30cm以上の少女を模倣してワンピースを着ているのだ。可愛いわけがない。滑稽だ、笑われて当然だ。しかし、どこか笑えなかった。それほどまでに、彼は何かに必死だった。

 当初は、松雪集―ゆきあつが、何故、女装しなければならなかったのかわからなかった。彼の女装への衝動は一体何によって推進されていたのかという問いに答えてくれたのは、ある日Twitterで見かけた「女の子が好きすぎるので、女の子になりたい」というものだった。ここで冒頭の引用文に戻る。ゆきあつは、「めんまになって、思い出をやり直したかった」のだ。

 イベントの質疑応答では、この点について現地の男性ファンが

「『ゆきあつ』はなぜ、めんまの格好をしたのですか?」
と岡田氏に質問。「ゆきあつ」の女装は現地ファンにとっても大きな疑問だったのか、質問と同時に客席から大きな拍手が起こった。これに岡田氏は、

「女装はとても大切。『めんま』への想いを(登場人物の)それぞれが断ち切れてないというところを描きたかった。(そのなかで)『ゆきあつ』の『めんま』への思いの表し方が女装だった。『めんま』を忘れたくない、ひとつになりたいという思いだった」
と、その意図を語った。
『あの花』脚本家に海外ファンが質問「ゆきあつはなぜ女装したの?」 | ニコニコニュース

 あの日、見つからないでほしいと望んだ理由と言えば、彼のあまりにも純粋すぎる恋心が、最も滑稽な形で曝されてしまわないようにということだったのだ。女装が露呈したことで、彼は、自らの中のめんまを死なせることになってしまった。見えないめんまの目の前で、二度目のお別れがなされる。

 しかし、意外にも、彼は、宿海仁太のように引きこもることもなく、淡々と、粛々と、優等生ライフを続ける。彼の中にあった、彼の女装でできた『今現在のめんま』は、あまりに『あの日のめんま』から乖離しすぎた。女装バレによって、『今現在のめんま』を演じることからゆきあつは颯爽と卒業したのだ。

 あの日のめんまから卒業するには、さらなる時間を必要とするのだが、少なからず「思い出を上書きしたい」という過去への未練は女装と共に断ち切ることができた。ゆきあつにはめんまと同一化するための女装と、女装からの卒業という儀式が必要だったのだ。めんまに送るはずだったパッチンを、彼を一途に思い続ける鶴見知里子にあげたのも、区切りのひとつだろう。彼は、つるこがパッチンをつけている限り、悲しみに身を任せて、女装をすることはないはずだ。

 『あの花』におけるゆきあつの女装とは、好きだった少女と同一化する手段であり、思い出を上書きを試みるための装置だったのだ。ちなみに、小説版において、鶴見知里子が、彼のめんまワンピースを上からかぶり、ゆきあつを抱きしめる妄想をするシーンがある。ここでも、女装に同一化の意味を持たせていると言えるだろう。



 一方、『峰不二子という女』におけるオスカーの女装は、好きな人と同一化する手段だったろうか。否、「好きな人に抱かれた女」になるための手段だった。
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 天涯孤独の身である幼いオスカーを救ったのは、若かりし頃の銭形だった。恩人である銭形への敬愛や思慕がいつしか恋の情熱に変わる。作品の当初から銭形に熱い視線を寄せ、彼についてまわるオスカーの激情。それはいつしか、憎悪と嫉妬にまみれることになる。

 銭形の恩情を得ようと、捕まった峰不二子が身体を開いてる間、外で警備員を叱責することしかできない自分。どれだけ尊敬しようと、どれだけ愛そうと、どれだけ銭型の力になろうとしても、オスカーには「男である自分」がつきまとう。

 6話で麗しい女生徒になりすましたとき、彼には特別「女になりたい」という思いはなかったのだろう。峰不二子をダシにルパンを捕まえるための手段に「女装」をしたにすぎない。しかし、彼の頭の峰不二子への憎悪が大きくなるにつれ、彼は思ったのだろう。

 「もし、自分が峰不二子のような美女だったなら…」

 オスカーは、再び女装する。今度は、憎き女怪盗のように振舞う。いつか、彼に抱かれる夢を見ながら。彼の愛しい人への思いは、ルイス・アルメイダ伯爵に利用され、最終回には、彼は正気に戻らなくなる。彼に残っていたのは、好きだった人への思いではなく、羨望の対象としての峰不二子だった。


 時折、「どうして、オスカーがメインの回(11話)があるのか?」と疑問の声を聞くが、それは、彼が「あったかもしれない峰不二子」を描き出しているからにほかならない。峰不二子になりすまそうとしたオスカーが手放したのは、自らの愛しい人への思いだけではない。「自分自身の誇り」を彼は、峰不二子を模倣することで失ったのだ。

 最終話、他者の人生に執着し続けた少女・アイシャに向かって、峰不二子は、当たり前のように、しかし、自信満々に艶やかな笑みを浮べて、言い放つ。

 「これが、峰不二子という女」

 趣味はセックス遊びに盗み、お宝というお宝が好きでたまらない、クレイジーでクールな刹那主義者。それが峰不二子であり、それは、言うまでもなく、とびっきりのいい女。峰不二子は、くすまない。何故なら、自らの生来よりも、今輝いている自分を信頼し、他者を魅了できると信じてやまないからだ。

 反して、ルイス・アルメイダ伯爵により、植えつけられた記憶に怯え、世界のすべてを遠ざけてしまう。自らの誇りを失った峰不二子として描かれたのが、オスカーなのだ。愛よりも憎悪に傾き、あの日つかんだ1オンスと、あの日の自分を救ってくれた銭形から離れていった、誇りを失った人物。

 「峰不二子という女」で描かれた「女装」は、好きな人に抱かれた女を模倣するための装置であり、そこから彼を卒業させることは、誰にも叶わない。好きな人への思いを忘れ、自らの誇りを失くした彼を待っているのは、破滅だった。

 
 岡田麿里にとっての「女装」は、表面的には対象への模倣であるが、その意味合いは、それぞれの作品においてまったく違う。これらを考えることによって、岡田麿里作品への糸口が見えてくるのではないだろうか。

 岡田麿里の女装演出には、賛否両論なところがあり、否定か笑いの声が大きいように思うが、それはなぜなのか。以下の記事が、ヒントになるのではないか。

感情移入の問題の続き - Togetterまとめ

 感情移入の顕在化が「女装」だとすると、それに感情移入してしまう視聴者側には、「女装をしているキャラクターと同一化することへの嫌悪」があるのだろう。感情移入のふり幅が、あまりにデカくなり、上手く客体化もできない。それゆえに、自分とは違うものだと突き放されてしまう視聴者が多い。岡田麿里は、そういった違和感をキャラクターの生々しさを描き出すために積極的に利用しているのではないかと思う。
 今後、彼女の作品で「女装」がどのように描かれているのかを注目していきたい。


 追記。
 「花咲くいろは」にも女装シーンがある。これは、緒花の夢の中に出てくるもので、彼こと、孝ちゃんが自主的にしているものではない。「対象を模倣して、近づく」という意味合いで言うのであれば、恐らく、近づきたいのは、緒花のほうである。しかし、自らが男装をするのではなく、相手に女装させてしまう、というのは、作中で一貫して語られている「四十万の女は強し」ということなのだろう。
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