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2018-08-05 第1章(コラム)首相官邸・ナンバー10に「お邪魔しました」

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリス政府与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
 (3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる
 (4)保守党国際部は党の外交機能を持つ
 (5)税金を投じて途上国の政治に投資する
 (6)政党間国際連盟を通じて政党外交を行う
 (コラム)首相官邸・ナンバー10に「お邪魔しました」
第2章:イギリス議会から見たイギリス首相国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリス選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 保守党での仕事を通じて首相官邸を訪れる機会が二回あった。テレビやYouTubeで何度も見たことのある、黒い扉のついた首相官邸である。首相官邸はその住所である10ダウニング街(10 Downing Street)からとって、通称、ナンバー10と呼ばれる。黒い扉の真ん中に「10」と書かれているのもそのためだ。一度はIDUリーダー会議のレセプションが首相官邸で開かれた際に、もう一度は、調査部での仕事の最終日にツアーをしていただいた。

 首相官邸の所在地は日本でいう霞が関である、ホワイトホール(Whitehall)という官庁街に面して内閣府(Cabinet Office)があり、内閣府と連結してその裏側に首相官邸がある。両脇には外務省と今では観光名所となっているホース・ガーズという建物に挟まれている。内閣府はホワイトホールという通りを挟んで防衛省の向かい側に位置しており、真偽のほどは定かではないが、内閣府から防衛省につながる地下通路があると言われている。首相官邸には閣議室があり、また、首相官邸とつながる内閣府の地下には通称コブラと呼ばれる内閣府ブリーフィング室(Cabinet Office Briefing Room)があり、ここで有事の際の危機管理が行われる。そうした有事対応に重要な場所と防衛省が地下のトンネルでつながっているというのは、非常に自然な話ではある。また、首相官邸の隣にはナンバー11と呼ばれる大蔵大臣公邸があり、そのさらに奥には昔は院内幹事の公邸として使われていたナンバー12がある。しかし、表向きのこうした住所に対して、実際には、これらは全て中でつながっており、ブレア首相はナンバー11に住んでいたり、現在のナンバー10の居住エリアはナンバー12まで広がっていたりと、柔軟な運用がされている。

 IDUリーダー会議の二日目の木曜日、私は会場となっていたジェントルマンズクラブから、レセプション会場の首相官邸に向かって、参加者一行を案内していた。自分が入れるはずがないと思い込んでいて、ダウニング街という通りの入り口にあるセキュリティチェックの場所まで参加者を案内して、一緒に案内していた議員秘書とともに脇で待っていた。「自分たちは何をしていればいいんだろう?」というような会話をしていたが、「せっかくだから、並ぶだけ並んでみよう」と参加者一行の列の最後に並んだ。セキュリティ・チェックではレセプションの招待状と身分証の確認を行なっていて、その横には、保守党国際部のスタッフが名簿との照合をしていた。参加者全員がチェックを終えて中に入ると、国際部のスタッフが議員秘書と私を指して、「彼らは一緒に働いているスタッフよ」とセキュリティ担当者に告げ、我々が身分証を見せると、なんと中に入れることに。「まさか」「まさか」とは思っていたが、あの、首相官邸に入れるのかと思うと心躍った。

 セキュリティ・チェックを通り抜けてしばらく歩くと、首相官邸の前にたどり着いた。「10」と書かれた首相官邸の黒い扉の裏側には、警備員がいて、首相や招待客が自分で扉を開くことはない。前に立つとこの警備員が扉を開けてくれる。扉の中に入ると左側には小さく区切られた箱があり、そこに、自分たちの携帯電
話を置くように求められた。官邸内は写真を撮ることができない。その携帯電話を置いた箱のすぐ脇には子どもを乗せるおもちゃが置いてあり、ここが「住居」なのだということを思い出させてくれた。首相官邸はもともと、純粋に住居として設計されて、その後、必要な機能に応じて改装されてきた。現在の首相官邸の役割は首相の住居であり、首相のオフィスであり、首相来賓客をもてなす場所である。

 玄関から中に入りレセプション会場がある二階に向かう階段は、あの、有名な黄色い壁の階段であった。壁一面にこれまでの歴代首相の絵が飾られている。現役の首相の絵はなく、首相の座を退いてから絵が飾られるため、当時の最後の絵はゴードン・ブラウン首相であった。階段を上がったところにレセプション会場の入り口があった。私はワインを飲みつつノルウェイやその他の国の代表者と話をしていると、やがて、キャメロン首相が現れて、一言ずついろんな人に挨拶をして、短いスピーチがあった。私の上司である国際部ディレクターのブルーム氏が参加者を紹介しながら、キャメロン首相を案内して回っていた。レセプション会場は食べ物や飲み物がふるまわれる部屋の横に、もう一つの部屋があり、その両方が使われていた。合計一時間強の時間だったが、どこの国の首相大統領官邸にも入ったことはなく、忘れることのできない思い出になった。レセプションが終わり、官邸を出たところで、参加者は一様にあの黒い扉をバックに記念写真を撮っていた。普段は自分の写真を撮りたがらず、「写真を撮って」などということのない私だが、この時ばかりは他のスタッフにお願いして携帯で写真を撮ってもらった。
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 二回目に首相官邸を訪れたのは調査部での仕事の最終日だった。一回目はレセプションにたまたま参加しただけであったので、中の案内などは受けられなかったが、今回は中のツアーをしてくれるということで、中を案内してもらった。先日のレセプション会場に加えて、閣議室、来賓客と食事をするためのダイニングルーム首相官邸で仕事をしているスペシャル・アドバイザー(政治任用の役職)が働いている部屋など一通り案内してもらった。官邸のすぐ裏側にはホース・ガーズがあり、窓から外を見ると、普通に観光客が歩いている。そこから少し手前に視線を落とすと、小さな滑り台などの、子どものためのちょっとした遊具がある。「首相のオフィスではなく住居として建てられた」という言葉通り、家の中に突然オフィススペースがあるような雰囲気で、出る際には思わず「お邪魔しました」と言いたくなってしまったのを覚えている。
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2018-08-01 第1章(6)政党間国際連盟を通じて政党外交を行う

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリス政府与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
 (3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる
 (4)保守党国際部は党の外交機能を持つ
 (5)税金を投じて途上国の政治に投資する
 (6)政党間国際連盟を通じて政党外交を行う
第2章:イギリス議会から見たイギリス首相国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリス選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 国際部でのある日の仕事はちょっとした質問へ回答することから始まった。保守党国際民主同盟(IDU)という中道右派政党国際連盟に加盟しているが、2012年はイギリス保守党党首であるキャメロン首相がホストとして、各国の加盟政党のリーダーたちを集めた首脳会議(Leaders Meeting)を開催することとなっていた。その日の質問は他愛もないもので、その会議への参加登録の方法について、党所属議員から質問を受けただけであった。だがそれから約1か月後、その会議に実際にスタッフとして参加する、という幸運に恵まれることとなった。

 IDUの首脳会議は11月9日の水曜日の夜のディナーに始まり、木曜日は終日会議を続け、11月11日の金曜日のお昼に終了した。その後は、IDUリーダー会議の参加者のうち、欧州からの参加者が中心となり、金曜日の午後から土曜日まで、欧州保守改革同盟(Alliance of European Conservatives and Reformists)という欧州規模の政党カンファレンスがありました。イギリス保守党もこの政党の参加政党の一つである。欧州議会にはもう一つ保守系政党として、欧州人民党(European People's Party)があるが、両者の大きな違いとしては、欧州保守改革同盟の方がより欧州懐疑派に近く、欧州全体の統合に消極的であることに対して、欧州人民党はよりそれに積極的である。

 水曜日と木曜日のIDUリーダー会議の会場がなかなか面白い場所であった。ナショナルリベラル・クラブ(National Liberal Club)という、いわゆるジェントルマンズ・クラブの一つである。ジェントルマンズ・クラブは昔はその名前の通り男性しか入れない会員制のクラブであったところが多いが、現在では、どのクラブも男性も女性も参加できる。ナショナルリベラル・クラブは1882年に、現在の自由民主党につながる当時の自由党Liberal Party)の政治活動に従事するアクティビストたちに施設を提供するために設立された。その意味では、当然ながら政治的にはリベラル左派)の流れをくむクラブなのだが、既にその政治的な意味合いは薄れており、IDUのリーダー会議のように明らかに保守系右派)のイベントの会場としても使えるようになっている。

 今回のIDUリーダー会議の会場としてナショナルリベラル・クラブが選ばれたのは、その場所の利便性と大規模な会議ができる施設の充実度が大きい。クラブはエンバンクメント駅のすぐ近くにあり、観光名所としても非常に有名なトラファルガー広場から歩いて数分のところにある。ホワイトホールと呼ばれる、イギリス版の霞が関のような官庁街の北端に位置し、首相官邸(その住所をとって10ダウニング街と呼ばれることが多い)にも歩いて2分程度の距離にある。会議二日目の夜に首相官邸でレセプションがあったため、この場所が非常に重要であった。

 IDUリーダー会議の参加者は、主に各政党の国際局長の議員および国際部の政党スタッフだが、政党によっては、現職の首相大統領や大臣が参加している場合もあった。主にヨーロッパ政党がメンバーだが、各大陸から参加政党があり、30を超える政党の参加があった。東アジアからは韓国ハンナラ党(現在の自由韓国党)と台湾国民党 (KMT) が参加していた。日本の中道右派政党とされている自民党は、IDUスタッフの話によると、90年代の終わりごろまではメンバー政党だったとのことだが、既に離脱しており、なんとか日本の自民党との関わりを増やしていくにはどうしたらよいか、と頭を悩ませていたのが印象的だった。

 2012年はロンドンでの開催ということで、IDUの事務局と保守党の国際局が、主にその運営を取り仕切っていた。私は様々な雑務を手伝いながらも、そうした作業の必要がない合間の時間は、実際になかの会議場に入って議論を聞くことができた。緊縮財政などの具体的な政策トピックについての各国での政策事例の紹介とそれに対する質疑応答や、いくつかの国における中道右派政党勝利した選挙の勝因レポートなどがあった。木曜日は朝からこうした形で会議が続き、夕方頃に会議場に当時のイギリスのヘイグ外務大臣が到着してスピーチ・質疑応答が行われた。その後、会場のホテルから首相官邸に移りレセプションが開かれ、その後、再度クラブに戻りディナーという日程だった。

 日本的な感覚で、私のような運営側スタッフでしかも、年齢的にもずっと若い人間はディナーには参加しないものと思っていたが、各政党の代表者のテーブルのそれぞれに、運営側スタッフの席も用意されていた。「下っ端はお弁当をかきこんでその後の準備」などという発想は極めて日本的なのだと思い知らされた。IDUのこともそれほど知らず、政党職員として長く働いた経験があるわけでもなく、非常に心細く感じながらも同じテーブルの参加者との時間を楽しんだ。私のテーブルには、オーストラリア自由党Liberal Party)の代表者、ペルーからの参加者、IYDUというIDUの青年組織の副会長の女性などの面々が一緒だった。ディナーのスピーチは当時のイギリスのゴーブ教育大臣だった。BBCでの勤務歴もある、非常にスピーチの上手な政治家であり、「私はキャメロン首相ほど見た目は良くないが」などと冗談も交えながら、雄弁なスピーチをしていた。ディナーの終わりには、当時のIDUの会長であり、元オーストラリア首相 (在任期間: 1996年から2007年) のジョン・ハワード (John Howard) 氏が各テーブルを回って挨拶をしてくれた。私にも声をかけてくれて、日本人であることが分かると、彼が首相在任中に親交を深めた小泉純一郎首相安倍晋三首相との関わりにについて話をしてくれた。

 また、会議全体を通して、韓国ハンナラ党(現在の自由韓国党)の方々、台湾国民党の方々とも、何度かお話をする機会があった。先方から見れば、政党の代表者にしては若すぎるが、東洋人の顔で保守党スタッフというイメージもなじまず、不思議に感じたのであろう。「日本人なんですが、こちらの保守党で働いています」というと、やや戸惑っているようだったが、同じ東洋人ということで、何度も声をかけてくれた。台湾からは国民党だけではなく、駐英国台北代表處という、事実上の在英国大使館の公使も参加していた。公使ということで非常にシニアな立場の方だが、私の両親が台湾出身であることが分かると、その後も何度も声をかけてくれたり、人を紹介してくれたりと、忙しさとプレッシャーに見舞われていた私に、心温まる瞬間を何度も与えてくれた。

 木曜日のディナーの後は、そのまま一部の方々と飲み続け、最後は保守党国際部の上司とスタッフ数名で遅くまで飲み続けた。金曜日は国外からの参加者が滞在しているホテルに会場を移して会議が続けられ、IDUの次期執行部の推薦・承認や、引き続き各国からのレポートなどがあり、会議の終わりには、とある国の大統領が参加してスピーチをするとともに、イギリスのキャメロン首相スピーチをして閉幕した。

2018-07-24 第1章(5)税金を投じて途上国の政治に投資をする

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリス政府与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
 (3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる
 (4)保守党国際部は党の外交機能を持つ
 (5)税金を投じて途上国の政治に投資する
第2章:イギリス議会から見たイギリス首相国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリス選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 ウェストミンスター民主主義基金からの資金によるプログラムの運営が保守党国際部の仕事の半分程度を占めると書いてきたが、もう少し詳しく、ウェストミンスター民主主義基金とはなんであろうか。少し古い資料ではあるが、ADP支援議員の会によると、ウェストミンスター民主主義基金ドイツ政党財団とアメリカのNEDをモデルとして、1992年に設立された*1。WFDのウェブサイトによると、WFDの目的は発展途上国や移行国に対して、議会政党、まはた議会政党プログラムを提供することを通じて、市民のための開放的で有効な民主主義を確立・強化することである*2資金議会の決議に基づいて外務・英連邦省(FCO)や国際開発省(DFID)から受けているが、独立したNGOであり、WFDが独自でプロジェクトを運営している。外務省はWFD理事会からの報告書をもとに年次報告書を作成し議会に対し提出する。また、会計監査英国議会会計検査院(National Audit Office)が行うこととなっている。

 2014年3月期のアニュアルレポート*3によると、収入は外務・英連邦省からの資金約7億円(350万ポンド)に加えて、国際開発省などを中心とするそれ以外の第三者機関からの資金が約5.5億円(280万ポンド)、合計で12.5億円程度だ。支出はWFDの運用するプログラムの費用が10億円弱(480万ポンド)で、それ以外はWFD自体のスタッフの給与などである。プログラム費用の内訳はWFDそのものが運用するプログラム資金が約半分を占め、残りの半分がイギリス政党を通じて運用される構成になっている。政党間の内訳は、保守党労働党がそれぞれ2億円弱(90万ポンド)、自由民主党が約6千万円(30万ポンド)、残りが少数政党となっている。

 WFDが資金提供するプログラムは大きくは議会の支援と政党の支援の二つに分かれ、ここにさらに、EUの選挙監視団への監視員の派遣業務が加わる。イギリス政党が運用するプログラムは主にこの政党の支援となる。議会の支援は具体的には、ジョージアにおける市民社会の支援、ボスニアヘルツェゴビアにおける女性の政治参加の促進、ヨルダンにおける議会改革と若者の参加促進など、各国の現状の民主化ニーズに合わせて多様なプログラムが提供される。政党への支援については、保守党労働党自由民主党などのイギリス政党の、現地の姉妹政党への支援が行われる場合もあれば、双方ともに超党派で行われる場合もある。より具体的には、特に女性や若者の参加に焦点を絞った有効な政党組織の構築や、政党の国家、地域、エリアレベルでのキャンペーンや広報活動の強化、政策立案のノウハウ提供など、こちらもそれぞれのニーズに合わせてプログラムが提供される。

 このように政党がかかわるプログラムでは、実際に保守党の国際部のスタッフだけではなく、国会議員や地方議員が被支援国に行き、選挙活動の手法を教えたり、青年部や女性部などの立ち上げのための具体的なアドバイスを行う。当然のことながら、こうした活動を通じて被支援国の政治家と強固なパイプができる。これを、イギリスでは保守党だけではなく、労働党自由民主党なども、それぞれのイデオロギーに近い政党に対して同様の支援を実施する。そのため、結果的には被支援国のどの主要政党与党となっても、イギリス全体としては主要政党を通じて、被支援国の政党とパイプを持つこととなる。

*1:ADP支援議員の会 (2004) 海外の民主化支援財団とそのシステム. 最終検索日: 2015年6月2日

*2Westminster Foundation for Democracy

*3Westminster Foundation for Democracy

2018-07-10 第1章(4)保守党国際部は党の外交機能を持つ

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリス政府与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
 (3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる
 (4)保守党国際部は党の外交機能を持つ
第2章:イギリス議会から見たイギリス首相国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリス選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 前述のとおり、保守党国際部の仕事には、ウェストミンスター民主主義基金(Westminster Foundation for Democracy)という政府基金の運用と、海外の姉妹政党や各国の在英大使館との関係構築・維持などの役割があり、一言で言えば政党外交の中心的な役割を果たすことにある。

 ウェストミンスター民主主義基金以外の業務では、英国保守党議員が所属する欧州議会政党のAECR関連業務中道右派政党の国際組織である国際民主同盟(International Democrat Union)関連業務保守党議員他国議員などと交流する際のデューデリジェンス、党大会における外国の姉妹政党や在英大使館外交官との調整業務、外国からの派遣団の関連業務、在英大使館外交官との関係構築などがある。在英大使館外交官との関係業務については、例えば韓国人コミュニティが大きな選挙区には、韓国系移民も多くおり、韓国大使館とその選挙区議員をつなぐこともしている。

 私の保守党本部での最初の職場となった国際部では、多くがこのいずれかに該当するものであった。海のものとも山のものとも分からぬ新人には多くの雑用をさせていただき、そのおかげで、短期間で多くのことを知ることができた。印象的な出来事としては、国際民主同盟が三年に一度開催する総会の準備・運営をしたことで、後に「(コラム)首相官邸・ナンバー10に『お邪魔しました』」で紹介する通り、首相官邸で開かれたレセプションに参加することができた。

 国際部で仕事をしていた際には、幸運にも、国際部と外務・英連邦省の大臣たちとのミーティングや、公式なミーティングではなくとも、彼らが同席する場にいる機会が多々あった。彼らは外務・英連邦省の大臣たちであるので、当然のことながら、外務・英連邦省の官僚たちのサポートを受けて仕事をしており、彼らを通じて諸外国の事情や要人に関するブリーフィングを受ける。ただし、それらはあくまでも中立的な政府としての立場での内容であり、政治的な関係性や、もしくは政党同士の関係について、国際部からインプットをすることがあった。

 ここで外務・英連邦省の「大臣たち」と書いたが、日本の政務三役(大臣・副大臣政務官)と同じような仕組みで、イギリスには閣内大臣(Secretary of State)、閣外大臣(Minister of State)、政務次官(Parliamentary Under Secretary of State)という3つの大臣職(Ministerial Position)がある。閣内大臣というのは閣議に出席する大臣という意味での「閣内」と呼ばれている。日本の政務三役との違いはいくつかあるが、イギリスの大臣職は閣内大臣を除く大臣職は、ポジションの名前から明確にわかる場合とわからない場合はあるが、内部的にはその政策領域の分担が明示的に決まっていて、その規模に応じて人数が異なるのが特徴だ。例えば、現在の外務・英連邦省には閣外大臣が5人おり、それぞれ、ヨーロッパアメリカ担当、中東担当、アフリカ担当、アジアパシフィック担当の4人の庶民院議員と、貴族院議員として外務・英連邦省の政策領域全体をカバーしながら、特定領域としてはイギリス連邦及び国際連合を担当する貴族院議員1人に分かれる。したがって、閣内大臣・閣外大臣・政務次官で合計6人の政治家が外務・英連邦省には在籍している。例えばスコットランド省のように比較的規模の小さい省の場合は閣内大臣と政務次官が1人ずつとなり、1名は庶民院議員、もう1名は貴族院議員となるのが通例である。これは、貴族院における法案審議の際には貴族院議員の大臣職が政府を代表して質疑に立つ必要があるからである*1イギリスにはこれ加えて、正式には政府職ではないが、大臣規範(Ministerial Code)に則って行動することが求められる政務秘書官(Parliamentary Private Secretary)というポジションが用意されていて、政府にポジションを持たない議員の動向や所管政策に対する意見などを吸い上げる働きをする。

 こうした大臣職と政務秘書官イギリスでは雇われ票(payroll vote)と呼ばれている。大臣規範において、議会政府に対する反対票を投じる場合には政府職を辞職しなければならない、と規定されていて、確固たる反対と辞職の意思がない限り管轄外の法案についても反対はできないからだ。また、政務次官政務秘書官議員個人のキャリアとしても、その後の閣内・閣外大臣や総理大臣へのステップとして、位置付けられているため、その職を辞するということは自らのキャリアを賭するということにも直結する。したがって、こうした職に就いている議員政府側が法案を可決するための庶民院議員数(実質的には323議席)のうち、計算できる票と見なすことができる。この雇われ票の数は、保守党政権労働党政権の別を問わず、歴史的に増え続けており、直近では140名程度にまで拡大している*2

 国際部の仕事を通じて、政党という組織のモザイク状のコミュニティの性質を持つということと、保守党本部がキャンペーンのための本部であるということを実感した。当時の保守党国際部の会長(Chairman)はジェフリー・クリフトン・ブラウン(Geoffrey Clifton-Brown)庶民院議員であり、政府外務省の大臣とは異なる議員が務めている。国家としての外交政党としての外交は、本質的に役割やスタンスが異なる、と言ってしまえばそれまでだが、単線的なレポーティングラインと明確な役割と責任で物事が動いているわけではないことが、ここでも表出している。また、外国の姉妹政党の多くの人々が英国総選挙ボランティアとしても活動をしており、次期総選挙に向けたキャンペーンを担うという大きな枠組みの中で、国際部も活動をしているということに対して違和感はなかった。キャンペーン本部であるという名と実が合致しており、さらには、かつての保守党本部の名称であるConcervative Central Officeと比べて中央集権的なイメージが薄いことも実態に近く、当初は不思議に思っていたConservative Campaign Headquartersという党本部の名称が、だんだんと腑に落ちていった。

*1:田中嘉彦 (2011) 英国貴族院改革 ―二院制の史的展開と上院改革の新動向―. 国立国会図書館「レファレンス」. 平成23年12月号

*2:濱野雄太 (2010) 英国の省における大臣・特別顧問. 国立国会図書館「レファレンス」. 平成22年2月号

2017-10-30 第1章(3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリス政府与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
 (3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる
第2章:イギリス議会から見たイギリス首相国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリス選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 保守党調査部(Conservative Research Department、通称CRD)は既に述べたように、保守党本部の中でも、非常に重要な役割を担っているが、どのような人たちが働いているのだろうか。政策通の専門家のベテランが多数在籍するような部署であろうか。それとも、政府シンクタンクなどあらゆる政策通とのコネクションを持つような、長年CRDで勤務する経験豊富なスタッフであろうか。答えはそのいずれでもない。保守党調査部の職員は20代の優秀な政治・政策エリートを中心として構成されており、保守党系の政治エリートの登竜門のような場所となっている。

 過去のCRD出身者にはそうそうたる顔触れが並ぶ。デイビッド・キャメロン元首相ジョージ・オズボーン大蔵大臣、マイケル・ファロン元防衛大臣などキャメロン政権時代の閣僚が名を連ねる。また、ジェームズ・オショーネー氏は2007年から2010年まで調査部のディレクターを務め、2010年総選挙における保守党マニフェストを作成し、2010年に保守党自由民主党連立政権ができると、キャメロン首相の政策ディレクターとして国内政策の実行をモニタリングする重責を担った。

 こうした、後に保守党政権の中枢を担うこととなる重要人物が、キャリアの早い段階で調査部での経験を積んでいる。キャメロン元首相の場合にはオックスフォード大学を卒業した後、すぐに保守党調査部で5年間働き、1992年の総選挙保守党勝利すると、それまでの功績が認められて当時のノーマン・ラモン大蔵大臣のスペシャル・アドバイザーとして、政府内の政治任用ポストに就いている。オズボーン大蔵大臣の場合もまた、オックスフォード大学を卒業後にすぐに調査部での勤務を開始して、キャメロン首相と同じく閣僚のスペシャル・アドバイザーとして政府の政治任用職を得ている。マイケル・ファロン元防衛大臣はキャメロン首相オズボーン財務大臣よりも政治キャリアはずっと長いが、彼もまた、保守党調査部でそのキャリアをスタートさせている点は同じである。

 私が調査部で働いていた時にも、調査部のトップこそ30代後半だったと思うが、それ以外のスタッフは皆、20代か仮に経験が長くても30代前半だった。そしてそれから3年ほど経って再びロンドンを訪れてみると、彼らのうち約半数が、キャメロン元首相などと同じく、政府でスペシャル・アドバイザーのポジションを得ていた。残る半数もシンクタンクか民間の政府担当業務(Government Affairs)をやるなど、何らかの形で政治にかかわっている人間がほとんどだった。

 既に述べたように、彼らが定常的なキャンペーンを行う上でのブレーンの役割を果たしつつ、さらに、選挙の際にはマニフェストの作成を担う。保守党野党時代には、政治セクションに加えて政策セクションを持ち、政策立案機能に特化した役割も果たす。その仕事をより細かくみてみると、大きく分けて、5つの仕事が与党時代の保守党調査部にはある。(1)政治的ブリーフィング作成(Political Briefing)、(2)政治的ストーリー策定(Political Storylining)、(3)訂正・反駁活動(Rebuttal Attack)、(4)クエスチョンタイム・サポート(Parliamentary Question Time Support)、(5)キャンペーン調査(Campaign Work)の5つである。

 (1)政治的ブリーフィングは、毎週、調査部から全国の保守党の国政・地方議員やアクティビストなどに送られるブリーフィングメモを作成することが仕事となる。様々な政策に対する保守党としての立ち位置(Party Line)を明確にして伝えることで、全国の議員やアクティビストが有権者やローカルのメディアなどに質問された際に、一貫した答えができるようにするということが目的である。与党時代は政府内で首相を支えるスタッフから送付されてくる、政府としての中立ブリーフィング資料をベースとして、そこに保守党としての政治的なポジションを加えてメモとする。

 (2)政治的ストーリー策定は、労働党やその支持基盤である労働組合、各政策課題の担当が策定する、保守党が外部に対して発信したい政治的ストーリーを作り、そのデータと情報源を明確にして、党本部のプレスリリースとして提供することが仕事である。こうしたストーリーは第一野党である労働党を攻撃する目的で行われるもの、政府が推進する政策の抵抗勢力を攻撃する目的で行われるものなどがある。各政策領域の担当者がこうしたプレスリリースドラフトを作成したのちに、当該省庁にいるスペシャル・アドバイザーと調査部のディレクターの承認を経て、ゴーサインが出される。いったんゴーサインが出されると、広報部がそのプレスリリースを調査部と広報部の全スタッフに送付して、10分間の追加編集・コメント時間を経て、プレスリリースとして発信され大手メディアにも送信される。当時、経営コンサルタント休職中だった私は、コンサルタントとしての仕事は数か月のプロジェクトも多くはメディアには出ないのが常だった。それに対して、保守党調査部では一日単位の仕事が、次々とメディアで取り上げられることが新鮮だった。

 (3)訂正・反駁活動は、マスメディア労働党プレスリリースなどを通じて、事実とは異なる情報やイメージダウンを図った攻撃を受けた際に、その訂正・反駁をすることが目的である。(2)の政治的ストーリーと同様、この業務のアウトプットは保守党本部として出すプレスリリースということとなる。特に保守党与党である場合には、政府として様々な政策を実行する中で、当然ながら、政策の副作用とも言うべき現象が生じてそれを叩かれることは避けられない。そうした場合に、もし報道内容に事実との相違があればそれを正すのはもちろんのこととして、仮に正しい情報に基づいていたとしても、それがなぜ必要なのか、労働党政権時代よりはどこが良くなっているのか、どのような対応策を講じているのか、そうした観点から反駁を行う。

 (4)クエスチョンタイム・サポートは、議会における首相や大臣に対する議員からの質問時間(クエスチョンタイム)における回答のサポートを行うものだ。イギリス議会では、毎週水曜日の12時から12時半まで首相に対するクエスチョンタイムがある。それに加えて、月曜日から木曜日まで毎日1時間、大臣へのクエスチョンタイムがある。クエスチョンタイムは閣僚ごとに持ち回りで行うため、約一か月に一度、閣僚議会のクエスチョンタイムに当たることとなる。これらのクエスチョンタイムに際しては、事前に議員から質問内容を受け付けるため、最初の回答を含めてある程度は準備をすることができ、それをサポートする。政治的ブリーフィングと同様であるが、政府のスペシャル・アドバイザーなどが政府としての中立的な観点でのサポートをする一方で、調査部はそこにより政治的なメッセージを加えて回答準備をサポートする。党本部から提供するこのための資料は、一回のクエスチョンタイムでA4数ページ程度である。ただし、その後の議論の展開は事前には読むことができないため、ある程度は追加質問を想定したストーリーやデータを提供できるものの、それ以上は首相や大臣が自らの資質と知識と責任において回答を行う。また、このクエスチョンタイムは与党議員も質問を出すため、そうした保守党議員に対して首相や大臣をサポートするための質問を考えて提供することもする。

(動画冒頭部分)ブリーフィング資料を手にクエスチョンタイムに立つキャメロン首相
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 (5)キャンペーン調査は、こうした定常的なキャンペーン活動ではなく、特定の選挙国民投票に向けた準備作業として行われる。作業量として多いもので言うと、毎年、それなりに大きな地方選挙があるため、中央政府の政策による各地域における肯定的な成果を収集しておき、実際の地方選挙活動の中でそうした成果を活用して地域ごとのストーリーを作成する。中央政府省庁の担当が調査部内で割り当てられているが、それぞれの担当省庁ごとに、経済医療、教育など、所管政策による地方への成果を収集することとなる。これらが、最終的には選挙活動の際に配布されるリーフレットや、戸別訪問などの話の材料となる。