議会による政策実行評価

ボリス・ジョンソン市長の再選に向けた選対本部での仕事も一週間が経ちました。仕事は前よりも忙しくなりました。選挙ということで、非常にセンシティブな内容なので、まだブログに何を書けるのか、やや考えあぐねているのが正直なところです。とりあえず、今のところは、手持ちの話を書いておきたいと思います。

本日はPost-Legislative Scrutiny(適訳が分かりませんが、法制後審査、としておきます)という、イギリス議会に2008年に導入された制度を、取り上げたいと思います。日本を含めて、多くの先進国で「政策評価」というものがありますが、このイギリスのPost-Legislative Scrutinyという制度の特徴は、議会がその審査の主導権を握っていることです。議会の中でも特に、select committee特別委員会という、政府の各省庁別の委員会があるのですが、このselect committeeがこの審査を主導します。

この制度は2008年に導入された制度で、あらゆる法律が実施されてから3-5年以内に、その法律の実行状況に関して、評価を行うことが主旨です。議会が主導する制度とは言っても、議会にそのためのスタッフが存在するわけではありません。政府の担当省庁がgovernmental memorandumメモランダムを作成し、それがselect committee特別委員会に提出されます。内容・場合によっては、その後、詳細な調査inquiryが行われるのですが、その前段階の資料が担当省庁から提出されるメモランダムgovernmental memorandumです。この制度は2005年以降に提出されたすべての法律に適用されますが、担当省庁と特別委員会の間で「特に早期評価の必要なし」と合意された法律については、このメモランダムが提出されません。

このPost-Legislative Scrutiny法制後審査は、私がLSE修士課程でイギリスの下院事務局House of Commons Officeと行ったプロジェクトのテーマでした*1(ちなみに「政策評価」が、私が台湾政府でインターンをしていた際の、リサーチトピックでした)。私たちのプロジェクトの目的は、果たしてこういった書類が、議会による今後の法律作成・修正に資するものであるかどうか、資料作成の内閣府のガイドラインについて修正が必要かどうか、を検討することでした。

その検討のために、2つのことをしました。1つ目は、この新しい制度に基づいて2008年以降(プロジェクトまでに)政府から提出された、十数個のメモランダムの内容を吟味することです。2つ目は、その当時まだ政府のメモランダムが作成されていなかったGambling Act 2005について、ゼロからメモランダムを作成してみることでした。この活動を通じて、目的に照らして、内閣府のガイドラインが適切に設計されているかどうか、各メモランダムに共通する欠陥については、何らかの指針を示すことができないか、ということを検討しました。

このメモランダムの構成の骨格は内閣府のガイドラインに示されています。いろいろと章立てがありますが、なんと言っても、最も大切なのはPreliminary Assessment早期評価です。ここで、きちんと法律の目的に照らして、法律やその実行が評価されていなければ、この活動の意味はあまりありません。ただ残念ながら、全体を通じて、もっともこの部分に欠陥が多かった、というのが私たちの報告の1つでした。そもそも、法律にきちんと目的が示されていないもの、(イギリスで規制変更の際に政府に作成が義務付けられている)Impact Assessment政策の事前評価の評価に照らして事前と事後の比較がなされていないもの、評価らしきものはされていてもその根拠が極めて曖昧なもの、コスト評価(が可能にも関わらず)提出されていないもの、などです。

私たちがゼロからメモランダムを作成したGambling Act 2005についても、(プロジェクトが修了した後の)昨夏に政府からメモランダムが提出されました。ここでの最大の問題も、Preliminary Assessmentにあります。この法律はそもそも2つの目的がありました。1つは、ブックメーカーや、ビンゴ、カジノなど、ギャンブルの規制がそれまで複数の組織で行われていたものを、Gambling Commissionという1つのエージェントにまとめることでした。規制当局を1つにまとめつつ、problem gambler(中毒などの問題ギャンブラー)や、若年ギャンブル、ギャンブル犯罪などの規制課題を改善すること、そこが1つ目の目的です。このことは、実際の法律を読むと、法律の3つの目的として、明確に記載されています。

一方で、当時の法案審議にいたる様々な資料を読むと明らかですし、カジノなどのギャンブルの議論ということで明白でもありますが、もう1つの目的は、上記のようなブレーキを踏みつつも、ギャンブルによる経済効果を向上させることでした。だからこそ、スーパーカジノなどの導入も、この法律で法律的な裏付けができました。しかし、この法律は2005年の総選挙直前に通ったのですが、その当時、メディアから強烈なネガティブキャンペーンが起きたこともあり、選挙直前で法律を通したこともあり、この経済面の議論はかなりしぼんだ形で法律となりました。その影響の一つかどうか分かりませんが、この経済面での目的は、実際の法律には「目的」の一部には全く現れず、法律の基礎underpinningsの1つとして書かれたに過ぎません。

その結果、実際には経済的な問題があった(と私たちは報告している)にもかかわらず、政府から提出されたメモランダムには、この経済面は全く触れられていません。ただ単に、「目的」に書かれていないことは評価しない、という態度をとればこのような結果となります。また、私たちのような外部のプロジェクトチームは、極めて批判的な視線で、目的と結果を吟味しようとしますが、政府内部で担当の職員がメモランダムを作成すれば、不都合なことにはうまく触れないようにすることもできるでしょう。ただ、議会の特別委員会の委員も、ここに問題があることは、業界からのロビー活動などを通じて、当然知っていたりします。したがって、いずれにしても、彼らに大きな関心があれば、詳細な審査Inquiryを実施することは可能です。

一般論に戻りますが、そうだとすると、このメモランダムの価値やそのためのコストは…、という疑問も湧いたりするのも事実ではあります。ただ、Impact Assessment事前評価でどこまで実効的な評価指標を導入できるかにも寄りますが、この評価によって実際に問題点がデータと共に指摘されることもあること、こういった監視プロセスが入ることで法律を実行する担当省庁により緊張感が生まれること、などのベネフィットはあるでしょう。

また、議会内政治という観点からは、先日の「第二戦線:政府と与党議員の関係」というエントリに関連して、与党中枢への中央集権化に対するゆり戻しの1つとして理解することもできると思います。政権に入っていない与党議員(backbenchers)は、特別委員会の委員として、このような形で政府を監視することができるようになるからです。ただし、この法制後審査は法律が施行されてから3-5年以内、ということなので、ある程度の長期政権でなければ、「与党」議員が法律制定時と同じ政府を監視するツールにはなりません。

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本日、このプロジェクトのことを書いたのは、ちょうど1年前の3月11日が、このプロジェクトの最終日だったからです。前日、深夜まで作業をした後、目が覚めると日本にいる家族から、「無事です」というメールが来ていました。震災から1年に際し、改めて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、被災地の復興を心より願っております。

*1:プロジェクトの結果としては、クライアントからの直接の採点は知らされていませんが、大学の教授陣の採点と合わせて、Aをいただいていたので、ここに書いてある内容もそれなりに的を得ているとは思います