太田裕美アルバム探訪⑤ 『十二月の旅人』

 80年12月発売。タイトルは当時スマッシュヒットとなった「さらばシベリア鉄道」の歌詞からとられたもの。なぜかアルバムチャートにはランクインしなかった。年末発売のためチャート集計が1週休みだった為とも考えられるが、前作『思い出を置く君を置く』次作『ごきげんいかが』が共にトップ50入りしていることを考えると、この作品だけ圏外というのはナゾだ。
 79年以降の太田裕美さんは、松本・筒美両巨匠との黄金トリオを解消し、新しい路線を模索していた。シングルチャートではトップ50位内の壁を破れず苦戦が続いていたが、アルバムは地味ながらも一作ごとにイメージが統一されたコンセプト・アルバムを発表し続け、アルバム・アーティストとしては一定の成果を収めていたといえる。この時期の裕美さんを支えた重要人物と言えば、自らミュージシャンとして活動していた二人、浜田金吾と網倉一也だろう。
 浜田金吾はシングル「青空の翳り(79年4月)」をはじめアルバムでも79年発表の2作『Feelin’ Summer』『Little Concert』でもほぼ半数の曲を作曲した最重要人物。一方、網倉一也は前年の郷ひろみのヒット曲「マイレディー」で注目され、裕美さんには80年春のシングル「南風」で久々のヒットをもたらした、当時まさしく旬を迎えていたソングライターで、80年以降の太田裕美の中心的作家となる。そんな二人のバトン渡しのように、前半(アナログA面)を網倉、後半(B面)を浜田で固めた作品集がこの『十二月の旅人』である。
 タイトルにもなった「さらばシベリア鉄道」は大滝詠一作曲だが、これはヒットしたため急遽収録されることになったという。なるほど、確かに1曲だけ浮いている感じ。でも、「さらシベ」がなければタイトルはどんな感じだったんでしょ?「旅人」っぽいアルバムジャケットも変わっていたのかな?・・・気になる。この時期の裕美さんのアルバム全体に言えるウィークポイントとして「平板さ」があるのだが、このアルバムの場合、鬼っ子ともいうべき「さらばシベリア鉄道」が収録されたことで、それがアクセントとなり「平板さ」をカバーしている感じがするのは皮肉な話だ。
 さて、アルバムの出来の良し悪しを計る尺度のひとつとして「統一感(トータリティ)」を挙げるとするならば、この作品はその点では優れた作品のように思う。「さらシベ」は別として、曲並び・詞のイメージなど、アルバムの流れがとても自然なのだ。また、裕美さんのヴォーカルが終始安定しているのも良い。冬の旅人をイメージしたジャケットや、温かみのある手書きの歌詞カードも含めて、トータルコンセプトの落ち着きどころが良いのだ。曲構成では、前半の網倉サイドが作詞に小此木七枝子(このアルバムが初仕事)・アレンジに萩田光雄を迎え、それまでの裕美さんのイメージに近いフォーキーな世界を展開。後半は作詞山川啓介・アレンジ飛澤宏元の手により、浜田金吾本来の持ち味であるシティ・ポップ系の曲が並ぶ。それまではどちらかと言えば浜田氏がフォーキー、網倉氏がポップ系の曲を裕美さんに提供していただけに、二人がクロスオーバーしたこのアルバムでは両者の曲の傾向が逆になっているのが面白いところだ。
 それでは曲紹介。

  • Sail For Our Life」。人生の旅立ちソング。一瞬クリストファー・クロスのような西海岸AOR系のイントロからして爽やかだ。
  • 25年目の冬に」。これは実家住まいのOLが、家を出たいけど家族にも愛着あって、というコンセプト。曲調はマイナー歌謡曲だが、冬の寒さと家庭のぬくもりの対比が印象的な、「いい曲」。
  • 海に降る雪」。小此木七枝子さんの詞は、(未完成な感じは拭いきれないけど)ディテール描写や小物の使い方でイメージを喚起させる点では、松本隆氏に近いところにいたような気がする。そしてこの曲はピアノ弾き語り+フォーキーな曲想+ディテール詞ということで、良く出来た、ど真中の太田裕美ソングになった。
  • 少女憧憬」。この曲はちょっと苦手。少女時代に憧れる女の詞なんて、つかみどころがなさ過ぎ。メロもちょっと平凡だと思う。
  • メロディー・スモーキン」。この曲はタイトルのアイデアはいいけど、消化不良に終わった感じ。それが曲にも影響しちゃって、悪くはないけど、特別良くもないという印象に。
  • さらばシベリア鉄道」シングル。オリコン最高位70位ながらロングヒットし、彼女の代表曲のひとつとなった。大滝バージョン(『ロン・バケ』収録)は、ちょっと気持ち悪い・・かも。
  • City Lights」。ここから浜田作品。いきなりのパンチが効いたアレンジとメロディーはロス録音盤『海が泣いている』を彷彿とさせる。この曲ではAOR風のアレンジに負けることなく、裕美さんがサビまで強い地声で押し切っているのが新鮮で、印象的だ。
  • ら・ぼえーむ」。筒美・松本ラインを彷彿とさせるキャッチーなポップソング。まるで「しあわせ未満」のアナザーバージョン。俺は当初このアルバムではこの曲が一番好きだった。やっぱり裕美さんの全盛期(黄金トリオ)のイメージを引きずってたのかもね。
  • スナック“シェルブール」。都会に住む孤独な女性を主人公にした山川啓介の詞は、意外に裕美さんに合う。(でも「スナック」というのはちょっとねえ。。。)このアルバムと同時期に浜田金吾氏は岩崎宏美にシングル「摩天楼」を提供。都会的なサウンドと言う意味では姉妹曲と言えるかも。
  • 青春のキャスティング」。オトコを友達目線で見るちょっとタカピーな女も、裕美さんに合う。このアルバムで山川啓介さん、太田裕美の本質を見抜いた結構イイ仕事をしていて、この後も断続的に詞を提供することになる。この曲はイントロで裕美さんの何とも微笑ましい(?)一人アカペラコーラスが聴ける。
  • HAPPY BIRTHDAY TO ME」。アルバム中ベストチューン。温もりたっぷり、でもちょっと寂しげな裕美さんのボーカルが良い味わいで、バラードながら詞曲ともキャッチーで手抜きがなく、ラストを飾るにふさわしい名曲だと思う。